2022/02/15
当時のフロアを揺るがせたクラブ・ヒット「Real Love」、同曲を収録したデビュー・アルバム『ホワッツ・ザ・411?』のリリースから、今年でキャリア30年目を迎えるメアリー・J. ブライジ。米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”では、その『ホワッツ・ザ・411?』から13作全てが、コンピレーション・アルバム『リフレクションズ~ア・レトロスペクティヴ』(2006年)を含めると14作がTOP10入りし、90年代、2000年代、2010年代の3年代を制する“女王”と呼ぶに相応しい功績を残してきた。
記念すべき30thアニバーサリー・イヤーに“ドロップ”された『グッド・モーニング・ゴージャス』は、最高3位をマークした前作『ストレングス・オブ・ア・ウーマン』(2017年)から約5年を経て完成させた通算14作目のスタジオ・アルバムで、メーガン・ザ・スタリオンや フェティ・ワップ等若手人気ラッパーを輩出したレーベル<300 Entertainment>移籍後初のリリース作品となる。『ストレングス・オブ・ア・ウーマン』は、威風堂々と王座に座るカバー・アートのイメージそのまま、女性の強さを歌ったナンバーが目白押しだったが、本作はアルバム・タイトルを含め何を意味しているのか?
先行シングルとして発表したタイトル曲「Good Morning Gorgeous」の一節でもある「おはよう、ゴージャスな私」は、一見“さわやかな朝”を連想させるポジティブなメッセージと捉えるが、掘り下げると自分自身を奮い立たせるためのサイクルだった……と読み取れる。毎朝、鏡の前で化粧気と覇気のない顔からアーティスト=メアリー・J.ブライジを呼び起こしていたと思うと、なんだか締め付けられるような。「涙を拭いて闘わなきゃ」~「終わりが見えない」などのフレーズからも、この曲(アルバム)のコンセプトは一歌手の葛藤であることは明らか。
「Good Morning Gorgeous」のソングライターには、現在の女性R&Bシンガーの代表格H.E.R、ラッキー・デイ、Dマイルがクレジットされている。H.E.Rはバック・ボーカルとギターも担当。サウンドは、彼女の作品に直結するアンビエントなソウル~ブルースやゴスペルの要素も絡めた“ドス黒い”バラードで、その重々しいメッセージもダイレクトに刺さるメアリーらしい傑作となった。米R&Bソング・チャートでTOP50入り、アダルトR&Bソング・チャートでは2007年にNo.1を記録した「U + Me (Love Lesson)」以来5年ぶりのTOP3入りしたのも納得で、まさに「ゴージャスな朝」を演出したミュージック・ビデオも、シンプルながら曲にフィットしたいい作品だった。
一方、タイトル曲と同時にリリースした「Amazing」は、ゲスト&プロデューサーを務めたDJキャレドの本領といえるパーティー・チューン。“上げアゲ”なトラックにのまれることなく、若手に引けを取らないパワフルな歌いっぷりも健在で、ネオンライトを反射させたナイト・プールでのパフォーマンスでも、ショートパンツにロングブーツで御年51歳とは思えない見事なプロポーションを披露した。歌詞においても、前曲とは対照に“ポジティブなバイブス”が綴られていて、メラメラとエネルギーが漲っている。同曲のイントロには、当時のフロアを賑わせたドーン・ペンの「You Don't Love Me (No, No, No)」(1994年)が使用されている。
H.E.RやDマイル、DJキャレドはもちろんだが、本作で最もいい仕事をしているのが、昨年ブルーノ・マーズとのコラボ・プロジェクト=シルク・ソニックとして大活躍を遂げたアンダーソン・パーク。そのシルク・ソニックの作風にも類似する生音を基調としたソウル・ファンク「No Idea」、ストリングやローズ・ピアノのレトロな音色が心地よい横揺れのアーバン・ソウル「Love Without the Heartbreak」、そして自身がフィーチャリング・ゲストとして参加した「Here with Me」いずれも甲乙つけがたい好曲で、70年代ファンク~90年代ヒップホップのグルーヴ溢れるファンキーなサウンド・プロダクションは、まさにアンダーソンのセンス“あってこそ”といえる。どんな曲も柔軟に対応するメアリーのラップを絡めた歌ゴコロも、さすがクイーン・オブ・ヒップホップ・ソウルと呼ぶに相応しい。
ゲストがクレジットされた曲では、米ニューヨークの後輩を起用したデイヴ・イーストとのコラボレーション「Rent Money」や、米ブルックリン出身のファイヴィオ・フォーリンをフィーチャーした「On Top」も、持ち味が見事に溶け合った快作。前者は、上品なピアノの伴奏にムーディーな崩しを加えて歌う“ジャジー・ヒップホップ”的な曲で、都会的でクールなデイヴ・イーストのラップとエレガントなメアリーのボーカルが映える。金絡みの歌詞に通じるカジノを舞台としたMVも、 ケンドゥ・アイザックスとの泥沼離婚を彷彿させるようで(見方によっては)面白い。後者は、 ファイヴィオ・フォーリンの高速ラップが鋭いブルックリン・ドリルで、サンプリングされたスリー・6・マフィアの「Who Run It」(2000年) も強烈なアクセントとなった。
「Amazing」や「On Top」など、若手に習ったアップも難無くこなす歌業はさすがといったところだが、弦楽器とピアノ、低音を響かせたDJキャンパーのプロデュース曲「Love Will Never」、70年代ソウル直系の夢見心地なインタールード「GMG Interlude」、ピアノを主体としたジャズ風の「Come See About Me」など、アダルトR&Bにカテゴライズされるミディアム~スロウの完成度は格別で、不規則に音を上下させる独特のこぶしもさらに熟し、年相応だからこその説得力や余裕が“諭す”ような歌い回しから感じられるようになった。
中でも、華やかなフレンチ・ホルンにスモーキーなギターを従えた「Falling in Love」は、本作のハイライトに挙げたいほどのすばらしさ。彼女も愛聴していた故マイケル・ジャクソンの「アイ・キャント・ヘルプ・イット」(1979年)を彷彿させるサウンド、甘美なボーカルはソウル・ミュージックの真骨頂だ。それから、同じ時代を築き上げたアッシャーとのコラボレーション「Need Love」も、2nd『マイ・ライフ』(1994年)~3rd『シェア・マイ・ワールド』(1997年)あたり、90年代全盛期のサウンドを忠実に再現した傑作で、広い音域と硬軟を使い分けた両者のボーカル・ワークには思わず拍手を贈りたくなる。わずか40分弱ではあるが、実に充実した内容の復帰作…ということがおわかりいただけるだろう。
本作のリリースから3日後、日本時間2月14日に開催された【第56回NFLスーパーボウル】のハーフタイム・ショーに、エミネム、スヌープ・ドッグ、ケンドリック・ラマー、ドクター・ドレーといったレジェンド等と出演したメアリー・J.ブライジ。「Family Affair」では華麗なダンス・パフォーマンスを、「No More Drama」では“絶唱”ともいえる強烈なシャウトで会場を沸かせ、紅一点・女王の貫録を示した。本作もこのライブからも、妥協を許さない完璧主義者が故、タイトル曲に綴られた苦悩を抱えてしまうのだと想像する。しかし、それが30年間トップ・スターであり続けることにも繋がっているわけで、プロとして仕事に対する真摯な姿勢には本当に感服。新旧多くのアーティストからも支持され続けているのは“そういうこと”だ。
Text: 本家 一成
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