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2022/01/29

『クレッシェンド 音楽の架け橋』に込められたクラシック名曲のこだわりを解説

 世界各国の映画祭で、熱い喝采のもと4つの観客賞に輝いた映画『クレッシェンド 音楽の架け橋』が現在公開中だ。

 長きにわたり紛争が続くイスラエルとパレスチナから、音楽家を夢見る若者たちが集まり、和平コンサートが開催される。コンサートが目前に迫った21日間の合宿で、最初は激しくぶつかりあうも、互いの音に耳を傾け、経験を語り合うことで、少しずつ心の壁を溶かしていく彼らがラストに見せる魂の演奏は見逃せない。

 山根悟郎氏(コンサートプロデュース&文筆業)の協力のもと、劇中で登場する「カノン」や「ボレロ」、「四季」より<冬>といったクラシックの名曲の数々の選曲の意図やシーンに込められたこだわりを解説していく。

 オーケストラが合宿で初めて練習するパッヘルベルの「カノン ニ長調」は、古今東西のクラシック音楽でもっとも知られたメロディーの一つ。音楽の追いかけっこという意味で、<かえるの歌>のように、次々と先行する旋律をそっくり真似て演奏していく。反復されるベースラインに乗って同じ旋律が何度も現れる様子は、粘り強くワークショップによって対話の試みを繰り返す指揮者スポルクの意思を反映しているようにも見える。

 チェコの作曲家ドヴォルザークの楽曲からは、「管楽セレナードOp.44」と「交響曲第9番『新世界より』第2楽章」が使用されている。後者は、日本では「遠き山に日は落ちて」のメロディーとして知っている人も多いことだろう。ドヴォルザークは、いわゆる西洋クラシック音楽において主流ではなかったチェコの音楽や精神を楽曲へと投入し、世界各国で大人気を獲得するに至る作曲家だ。本作に登場する楽団員たちもクラシック音楽の中心ではないイスラエルとパレスチナから集まっている点が共通している。

 本作のタイトルでもある“クレッシェンド”とは、“だんだん強く”という意味の音楽記号のこと。ラヴェルの「ボレロ」は、同じ旋律が次々と違う楽器へとバトンを渡しつつ、少しずつ変化をつけながら、徐々に音量を増しながらひたすら繰り返され、最後は大音響とともにクライマックスが築かれる。曲全体が“クレッシェンド”で構成される楽曲だ。

 ドロール・ザハヴィ監督は、「楽曲とシーンとは具体的な繋がりがあります。」と、選曲にまつわるエピソードを明かす。「ラヴェルの『ボレロ』は“クレッシェンド”という言葉の意味を表す最高の楽曲です。本作のタイトル“クレッシェンド”には、成長するという意味も込めています。この物語の最後に、若い演奏家たちは新たな視点を持つ素晴らしい人間に成長するのです。」各シーンと演奏される楽曲のマリアージュ、圧巻の演奏を、ぜひスクリーンで。


◎公開情報
『クレッシェンド 音楽の架け橋』
全国公開中
監督:ドロール・ザハヴィ
主演:ペーター・シモニシェック
配給:松竹
(C) CCC Filmkunst GmbH