2021/10/18 18:00
昨年、デビュー・アルバム『パラシューツ』(2000年)のリリースから20年目を迎えたコールドプレイ。彼らのデビュー当時成人していた40代以降のリスナー、フォロワーにとってはまさに“あっという間”で、時の経つ早さをあらためて実感する。以降7枚のスタジオ・アルバムを発表しているが、2019年にリリースした前作『エヴリデイ・ライフ』までの8作全てが英国アルバム・チャート1位を獲得。米国アルバム・チャート“Billboard 200”でも4作が1位に、6作がTOP10入りし、浮き沈みの激しい業界で“未だ第一線”であることを証明した。
本作『ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ』は、約2年ぶり、通算9枚目のスタジオ・アルバムで、ソングライター/プロデューサーには、キャリアを支えてきたリック・シンプソンや、「エヴリ・ティアドロップ・イズ・ア・ウォーターフォール」~「マイロ・ザイロト」(2011年)などをヒットさせたジョン・ホプキンス、そして制作の核となるオスカー・ホルター、マックス・マーティンの2大ヒットメイカーが名を連ねている。
タイトル、カバー・ア―ト、ショート・アニメーションによるトレイラー映像、そして先行シングルからも、本作のテーマが宇宙やSFであることは想像がつく。エレクトロ色を強めた5thアルバム『マイロ・ザイロト』(2011年)以降、サウンドもその路線に移行しつつあったが、そもそも宇宙的な要素(というべきか?)は、デビュー作からの出世曲「イエロー」にもあったわけで、天体の動きと音楽の形態を比喩するコンセプトは、バンドの原点・哲学にも由来している……と、こじつけられなくもない。
アルバムは、壮大な宇宙の風景が浮かび上がるイントロ「ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ」から、1stシングル「ハイヤー・パワー」で幕を開ける。この流れは、『マイロ・ザイロト』のオープニング(「マイロ・ザイロト」~「ハーツ・ライク・ヘヴン」)に近い。「ハイヤー・パワー」は、マックス・マーティン主導の80'sマナーに則ったシンセ・ポップで、アルバムのテーマにも、昨今の流行にもフィットする。「自分の中の宇宙飛行士=未知なる自分を見出そう」というテーマを引っ提げ、ヨーロッパ宇宙機関のフランス人宇宙飛行士=トーマス・ぺスケ氏とのビデオ・チャットで披露されたことも話題となった。エイリアンのホログラムによるダンス・パフォーマンス、超近未来的なMVいずれも宇宙的要素満載。ボーナス・トラックには、アコースティック・バージョンとティエスト・リミックスも収録された。
「満天の星空に花火が上がる」ようなイメージの煌びやかな次曲「ヒューマンカインド」は、2014年のヒット・チューン「ア・スカイ・フル・オブ・スターズ」を彷彿させるサウンドで、同曲を共作した故アヴィーチーへのリスペクト、追悼とも受け取れるフレーズが冒頭に綴られた。「ヒューマンカインド」のアウトロが飛び散っていくようなインタールード「エイリアン・クワイア」から、次曲「レット・サムバディ・ゴー」では静寂が訪れる。この曲は、デュエットを務めるセレーナ・ゴメスの真骨頂ともいえるメランコリック・メロウで、持ち味を最大限に活かし大切な人を失った痛みを情感込めて歌い上げた。数ある女性シンガーの中で、この曲に彼女が選ばれたのも納得。
次の「ヒューマン・ハート」も美しいバラードだが、レイヤーによる声の重奏のみで構成された、機械的なのに古典的なゴスペルの神聖さを感じさせる才気に溢れた傑作で、クリス・マーティンと英ロンドンのマルチ・ミュージシャン=ジェイコブ・コリアーの男性陣から、米ミネソタ州ミネアポリス出身のR&Bデュオ(元トリオ)キングのストローサー姉妹のペア、そしてコーラスで4人一体化する演出がすばらしい。
7曲目の「ピープル・オブ・ザ・プライド」では一転、ギター・リフとシャウトが唸る、ミューズのインスピレーションを感じさせるロック・バンドらしい演奏を披露。2000年代までのサウンドも、チラっと垣間見えた。この曲には、オーストラリアのシンガー・ソングライター=サム・スパローのデビュー曲「ブラック・アンド・ゴールド」(2008年)が使用されている。バラードからテンションを上げて再びトーンを落とし、癒し系エレ・ポップ「ビューティフル」へと繋ぐ。この曲では、大宇宙における人間の普遍的な愛を標榜していて、エイリアン風のボーカルを前半に、後半はクリスが加わりハモるという展開から星を超えた愛……のようなものを感じる。前作『エヴリデイ・ライフ』のレトロなハチロク・メロウ「クライ・クライ・クライ」に似た穏やかさもあり、アルバムの休息処的な役割といえるのでは?
エイリアンの話し声をイメージしたような「ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズⅡ」のインタールードから、本作の目玉曲であるBTSとのコラボレーション「マイ・ユニバース」へ、エンディングに向けたハイライト・シーンの幕が開ける。音楽を通じて国境を超えた面々がひとつの作品を作り上げたことは、まさに本作のテーマであり、両者が大切にしてきた共通の価値観。「愛の力は全てを超える」~「君と僕が作り出す宇宙」というフレーズも世界で通じ合えるメッセージであり、(グローバルに)大衆的なメロディ、テンション高まるエレクトロ・ポップ、すべてにおいて共有しやすい要素がある。音楽が禁じられている惑星で演奏するゲームの世界さながらのMVは、世界を取り巻く状況を打破したいというファンへの贈り物かもしれない。
最終曲へ繋ぐ次の「インフィニティ・サイン」もテンションをキープしたアップ・チューンだが、この曲は前9月7日にメキシコで発生したマグニチュード7.0の地震を受け、被害に遭った人達(ファン)への配慮から作った応援歌だという。陽気なグルーヴ感を織り交ぜたダンス・ミュージックに、ラテン特有の掛け声が響く南米特有のサウンド・プロダクションで、たしかにパワーが伝わってくる。
そこから繰り広げるエンディング「コロラチューラ」は、ピアノとハープのクラシカルな演奏、壮大なオーケストラ、革新的なスペイシー・ロックへ展開していく10分超えの大作。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」ほどのインパクトはないが、アルバム中で最も芸術性の高い曲といえるだろう。頭の中を空にしてフワフワ漂うそのムードは、まさに音で体感する宇宙の航海。すばらしいミッションだった。
マックス・マーティンというポップ・シーンにおけるヒットメイカーを起用し、先行シングル「マイ・ユニバース」が米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で「Viva La Vida」(2008年)以来13年ぶりに1位を獲得。諸々制限がなされるこの状況の中でも精力的にプロモーションを行い、本作『ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ』は完成した。20年の輝かしいキャリアは、作品やファンに対する情熱、努力、謙虚な姿勢あってこそと制作過程から推測することができる。
音楽性においては異論もあるが、そもそも今のコールドプレイはロック・バンドとしてのポジションを維持しようとしていない、ように思える。初期の作風からは遠ざかったが、R&Bシンガーのリアーナやビヨンセ、ラッパーのビッグ・ショーンにファレル、エレクトロ・デュオのザ・チェインスモーカーズ、そして今作ではK-POPのビッグスターBTSまで網羅する引き出しの多さ、意欲的な姿勢には感服するし、それらを商業的な成功に繋げたことはもっと評価されるべきだろう。
ヒット云々はさておき、本作は「宇宙」というアルバム・コンセプトをSFサウンド、ボーカル・アレンジ、歌詞、映像作品いずれにおいても統一させ、ブレのない作品に仕上げたことに意義がある。届けたいメッセージも、シンプルに伝わるいいアルバムだ。先日、本作『ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ』を引っさげて2022年からワールド・ツアーを開催すると発表したが、その実現も含めて希望に溢れている。
Text: 本家 一成
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