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2021/09/27 18:00

『アンド・ゼン・ライフ・ワズ・ビューティフル』ネイオ(Album Review)

 1987年生まれ、東ロンドン出身。自身の音楽スタイルを“wonky funk”と表現するシンガー・ソングライター=ネイオ。その名の通り、90年代後期のロドニー・ジャーキンスあたりを彷彿させるサウンド・プロダクションで、見るからに“熱唱系”なその風貌を良い意味で裏切る、個性的なハイトーンと音楽学校で習得したジャズを崩したボーカルも魅力的。

 日本との接点もあり、マネージャーと来日した際に東京に魅了され、自身のレーベルを<Little Tokyo Recordings>と名付けたという。そのレーベルから2014年に初EP『So Good』を発表。翌15年には早々に2作目『February 15』をリリースし、【MOBOアワード】で<ベスト・ニューカマー賞>にノミネートされた。同15年にはディスクロージャーの『カラカル』(2015年)に参加し、知名度を高めたタイミングで翌16年7月にデビュー・アルバム『フォー・オール・ウィー・ノウ』を発表。本作は、UKアルバム・チャートで17位、R&Bチャート5位、米R&Bアルバム・チャートでも8位にTOP10入りし、翌17年開催の【ブリット・アワード】では<最優秀ブリティッシュ・フィーメール・ソロ・アーティスト賞>にノミネートされた。

 ムラ・マサとコラボレーションした「Complicated」や、米アダルトR&Bソング・チャートで25位に初ランクインした「Make It Out Alive」などのヒットを経て、2018年10月に2ndアルバム『サターン』をリリース。本作は、2020年1月に開催された【第62回グラミー賞】で<最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム>にノミネートされ、さらに多くのファンを獲得した。本作『アンド・ゼン・ライフ・ワズ・ビューティフル』は、その『サターン』に続く約3年振り、通算3作目のスタジオ・アルバム。新型コロナウイルスによるパンデミックや、第一子の出産を経ての作品ということもあり、過去2作にはなかった感情やメッセージが込められている。

 「人生は良いこともあれば困難もある。だけど感謝の気持ちをもって進めば美しくなる」そんな想いを乗せた「And Then Life Was Beautiful」は、デニース・ウィリアムスに通ずる清涼感に浄化される、タイトル曲に相応しい傑作。6人の女性コーラスを従えて歌うミュージック・ビデオも、曲調にフィットした仕上がりだった。その他の曲もサウンド(ビデオ)と歌詞の統一感がしっかり組み込まれていて、作品への愛情が十二分に伝わってくる。

 真実の愛を追求する……そんなニュアンスを歌った「Messy Love」は、Dマイルと共作した90年代直系のR&B。彼がプロデュースしたメアリー・J.ブライジやブランディーを連想させるフレーズ&コーラス・ワークもあり、当時のリスナーも懐かしむことができるのでは?コンテンポラリー・ダンサーを引き連れた、色彩のコントラストがすばらしいアート・タッチのMVもグレイト。カナダ出身のプロデューサー=STiNTが手掛けた次曲「Glad That You're Gone」も同路線のミディアムで、ギター&グルーヴが初期のインディア・アリーを彷彿させる。

 90年代R&Bのフレイバーを感じさせる曲は、その他にもいくつかある。米ニューオリンズ出身のR&Bシンガー=ラッキー・デイとコラボした「Good Luck」は、当時のティンバランド・サウンド(アリーヤ、ジニュワイン等)っぽい雰囲気で、去る友人やこれまでの出会いをノスタルジックに歌った「Better Friend」は、スピーチ~ア・トライブ・コールド・クエストあたりのオーガニックなヒップホップ・ソウル。「Postcards」の続編的なドリーミーなミディアム「Little Giants」は、サムシング・フォー・ザ・ピープルが手掛けたメロウ(テリー・エリスなど)にフィットする。

 ナイジェリア出身のシンガー=アデクンレ・ゴールドとコラボレーションした「Antidote」は、両者のマイルドなボーカルが程よいリラックス感を醸す直系のアフロビート。パンデミックの最中に生まれた新しい命を“時代の救済”と例えた母目線の歌詞で、その喜びをアップ・テンポなサウンドで表現した。8曲目の「Nothing's for Sure」も、困難な時期における生きることの美しさを探求した曲で、ポジティブな思考を同路線のダンスホールに乗せて歌っている。

 母目線といえば、娘を抱っこしながらレコーディングをしたという「Woman」という曲もある。この曲では、主に女性や黒人であることのプライドと地位を主張しているが、それを怒りや悲観的な表現ではなく、「私たちの時代がやってきた」と祝福するあたりが彼女らしい。ゲストには、シルキーなボーカルが定評の同ロンドン出身の女性シンガー・ソングライター=リアン・ラ・ハヴァスが参加していて、センシュアルな曲の雰囲気など持ち味が活かされている。カラフルなサイケデリック調のMVも素敵。

 ゲストが参加した曲では、米ボルチモア出身のR&Bシンガー=サーペントウィズフィートがフィーチャーされた「Postcards」も、その音楽性に直結した浮遊感あるエクスペリメンタルR&B~聖歌隊がベースのコーラス・ワーク~クィアであるセクシャリティーのニュアンスを含む歌詞が、アーティストの持ち味を引き立てる。同調の曲では、慢性疲労症候群と診断されたことについて歌った「Burn Out」も、ドリーミーなオルタナティブR&B。

 ブラック・ミュージックの真骨頂であるミディアムがメインのアルバムだが、バラード曲もすばらしい。アカペラに近いスタイルの「Wait」は、ピアノとストリングスの奏、聖歌隊風のコーラスがバックを支えるクリスチャン・ソングのような曲で、過ちや厳しい時代を経験したことで強くなれると、観音様のような(?)包容力で諭す。暗闇の中に咲く花に横たわり歌うミュージック・ビデオも“そんな”雰囲気だ。アルバムの最後を飾るゴスペル・バラード「Amazing Grace」でも同様に、「倒れるほど強くなる」と前向きなメッセージを残した。かの有名な同名曲のカバーではないが、 主張は同じといえるだろう。

 「Postcards」の歌詞にもあるように、テクノロジーに支配され失った人間の本質を思い出すことができる『アンド・ゼン・ライフ・ワズ・ビューティフル』。人生や生命という壮大なテーマを取り上げ、且つ説得力をもつ作品に仕上がったのも、困難な時代と子供を産んだからこその賜物だろう。実に評価と聴くに値するアルバム。

Text: 本家 一成

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