2021/09/14 18:00
【第56回グラミー賞】(2014年)で<最優秀カントリー・アルバム賞>を受賞したデビュー・アルバム『セイム・トレーラー・ディファレント・パーク』(2013年)から8年半、迷走することもなく順調なキャリアを築いているケイシー・マスグレイヴス。グラミー効果もあり、そのデビュー作は米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で2位まで上昇し、以降2ndアルバム『ページェント・マテリアル』(2015年)が3位、前作『ゴールデン・アワー』(2018年)は4位にいずれもTOP5入りするヒットを記録した。『ゴールデン・アワー』は、カントリー・アルバムとフォーク・アルバムの両チャートで1位を獲得し、UKアルバム・チャートでも6位に初のTOP10入りを果たしている。
たしかに心に響くいい曲を書く人で、曲調や歌い方にとりわけ個性・特徴があるわけではないが、リスナーに刺さる“何か”をもっている。ブルックス&ダンやザック・ブラウン・バンド、ミランダ・ランバートなど同じカントリーをルーツにもつアーティストから、サイケデリック・ロック・バンドのザ・フレーミング・リップスまで、ジャンルをクロスオーバーして楽曲提供したソングライターとしての腕も一流。ビジュアルの美しさとファッション・センスを活かした映像作品や、ポジティブに時代と対峙した音の組み立て方もすばらしい。
プライベートでは、2017年10月にシンガー・ソングライターのラストン・ケリーと結婚し、翌年にリリースした前述の『ゴールデン・アワー』では彼との馴れ初めについて触れたりと、幸せな新婚生活をアピールしたことも話題になった。インタビューでも「最高の時間を過ごしている」とノロけ、さぞ良い関係を築いているのだろう……と思いきや、昨年夏に離婚を発表。順風満帆に思えたが、この3年間はパンデミック含め公私ともに目まぐるしい日々を送っていたようだ。
約3年半ぶりにリリースされた本作『スター・クロスト』は、その離縁が成立するまでのストーリーを中心とした“個人的感情”満載のアルバムで、ハッピーなオーラに包まれた『ゴールデン・アワー』とは対照的な作風となっている。カバー・アートも、ハートのペンダントが2つに割れた画を用いて“引き裂かれた感情”を示した。トータル・プロデュースは、前作に続きイアン・フィッチュクとダニエル・タシアンが担当。
リリース前月に発表した「スター・クロスト」は、アルバムの主題としてオープニングを飾る。シンプルに別れの情景を描いた歌詞を、マイナー調のメロディに乗せて歌うラテン風味のサッド・ソングで、ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲『ロミオとジュリエット』に触発されたフレーズも。また、レコードのノイズ音がクラシカルな雰囲気を醸す故ヴィオレタ・パラの名カバー「グラシアス・ア・ラ・ヴィダ」をエンディングに配置し、オープニングからストーリーが繋がる芸術性の高い演出をみせた。流暢なスペイン語にも感服。
もう一曲の先行シングル「ジャスティファイド」は、エド・シーランのモンスター・ヒット『÷(ディバイド)』直系のポップ&フォーク。ラストンに対する離婚後の感情を吐き出しているが、この“正当化”は自分の気持ちに対しての叫び、とも受け取れる。想い出に更けながらハンドルを握る、歌詞に直結したミュージック・ビデオも良い作品だ。映像作品といえば、発売同日にショート・フィルム『star-crossed: the film』も配信されていて、来年1月からはアルバムとフィルムを携えた北米ツアーをスタートさせる予定。
離縁に纏わる曲は、関係が崩れる前後のもどかしい感情を歌ったアコースティック・ギターによる哀愁ミディアム「グッド・ワイフ」や、良好な関係だった頃を(スマホの)カメラロールで遡る、繊細な感情を歌い方、曲調、旋律に反映したメランコリック・バラード「カメラ・ロール」、完璧な妻でなかったことを諫めるように歌う穏やかなカントリー・メロウ「エンジェル」など、優しい旋律のスロウが主流。内容は異なるが、テイラー・スウィフトの『フォークロア』(2020年)にインスパイアされたような「フックアップ・シーン」や、ジョニ・ミッチェルを彷彿させる古典的な「キープ・ルッキン・アップ」など、インディー・フォーク調のメロウも出来が良い。
アップではメルヘンなポップ・ソング「ブレッドウィナー」という曲があるが、タイトルが示す「稼ぎ頭」が自身のことであり、収入格差も離婚の原因に繋がったことがこの曲から読み取れる。次の「イージアー・セッド」も、アーティスト同士が故の衝突が見受けられたが、どちらも曲調が穏やかな分不気味だ。不気味といえば、崩壊しはじめる関係を映画のシーンに例えた「イフ・ディス・ワズ・ア・ムーヴィー…」も、フォーキーなドリーム・ポップに宙を漂う質感の軽いボーカルを乗せたある意味サイケな曲。
重たいテーマの中でも、自身を散りゆく桜に例えたキュートなエレクトロ・ポップ「チェリー・ブロッサム」や、学生時代について触れたニューウェーブ風の「シンプル・タイムズ」は、サウンドが明るい分聴きやすい。後者は、女優のヴィクトリア・ペドレッティやシンガー・ソングライターのプリンセス・ノキア等が参加したミュージック・ビデオも、ケイシーらしさが出たポップな作風がよかった。ジャンルは違えど、いずれの曲にも彼女の真骨頂であるカントリーの要素は含まれている。
物語の終盤は、テイラーやミランダ・ランバートの曲にも通ずる「ホワット・ダズント・キル・ミー」で「あの頃は戻ってこない」と気持ちを切り替え、次の「ゼア・イズ・ア・ライト」では「終わりの中にも希望の光がある」ことを示し、前へ向かう意思を告げた。「ゼア・イズ・ア・ライト」は、前向きな歌詞もさることながら、ジャズの旋律を奏でるインタールードのフルート、ダフト・パンクの「ゲット・ラッキー」(2013年)を意識したようなサビ、ラップも絡めたボーカルなどケイシー・マスグレイヴスの曲という視点では異色のアレンジが満載で、賛否はあるだろうが個人的には良い意味での意欲作になったと思う。
その他の曲も、カントリー・ミュージックを基としたフォーク、ダンス、サイケデリック~ロックなど、様々な要素を取り入れたユニークなサウンド・プロダクションで、歌詞の暗いトーンを様々な音色と良質なメロディでカバーした傑作が揃っている。また、内容においても恨み節ではなく自身への戒め、ミュージシャンとしてのキャリア、友情関係、人生全般……と、様々な問題・思想に触れていて、彼女の(良い意味での)人間性が伺えた。離婚やパンデミックの最中にこういった作品を創り上げ、悪い状況は全てがマイナスではないということを示してくれたケイシー・マスグレイヴスに……感謝。今後、どういった路線にシフトチェンジするのかも楽しみなところではある。
Text: 本家 一成
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