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2021/08/10

『キングス・ディジーズ2』ナズ(Album Review)

 当時のヒップホップ・シーンに大きな衝撃を与えたデビュー・アルバム『イルマティック』(1994年)から27年、映画『ゼブラヘッド』 (1992年)のサウンドトラックに提供したソロ・デビュー曲「Halftime」のリリースから来年で30周年を迎える、米ニューヨークの生きるレジェンド・ラッパー=ナズ。目まぐるしく移行した流行に踊らされることなく、自身を貫く男気あるスタイルは後のラッパーたちのお手本となった。

 昨年8月にリリースした前作『キングス・ディジーズ』は“RETURN OF KING”というべく大傑作で、今年3月に開催された【第63回グラミー賞】では<最優秀ラップ・アルバム賞>を受賞する大快挙を達成した。グラミーでは、これまで『I Am...』(1999年)や『ヒップ・ホップ・イズ・デッド』(2006年)、『ライフ・イズ・グッド』(2012年)など名だたる名盤がノミネートされてきたが、受賞したのは意外にも本作が初で、正真正銘の王位に昇格した……ということになる。

 本作は、その『キングス・ディジーズ』の続編となる通算14枚目のスタジオ・アルバム。前作に続きヒットボーイがトータル・プロデュースを務め、自身も「Composure」という曲でゲストとして参加している。アーティスト/プロデューサーとしての相性が良いことはいうまでもないが、アーティスト/アーティストの相性も抜群で、アール・スウェットシャツを彷彿させるヴァース~ホーン使いのジャジーなバックトラックどれをとっても文句のつけどころがない。

 ゲストが参加した曲では、エミネムと米ニューヨーク・ロングアイランド出身のヒップホップ・デュオ=EPMDがクレジットされた「EPMD 2」も好評価を得ている。エミネムはナズの「The Cross」(2002年)にソングライターとして参加したことはあるが、正式にリリースした作品でコラボレーションするのは同曲が初。今やどちらも“ヒップホップ界の偉人”とされる両者のタッグには興奮冷めやらず「あぁ、あの頃が蘇る……」と、思わず漏らしそうになる。タイトルに冠したEPMDへの敬意、今年の4月に急逝したDMX等への餞がスピード感あるギャングスタ・ラップに乗る。

 若手では、昨今の活躍が目覚ましい同ニューヨーク・ブロンクス出身のエイ・ブギー・ウィット・ダ・フーディと、米カリフォルニア州コンプトン出身のラッパー=YGによるコラボレーション「YKTV」も、アーティストの無駄打ちのない傑作。耳に脳に響く重低音に、それぞれの生き様を披露した3者それぞれの個性と強烈なフロウで展開するトラックは、本作の中でも特に難易度・クオリティが高い逸品。

 往年のファンから期待が寄せられていたのが、米ラップ・ソング・チャートで15位を記録した「If I Ruled the World (Imagine That)」(1996年)以来のコラボレーションとなるローリン・ヒルとの「Nobody」。90年代にフージーズ~ソロで大成功を収めてからオリジナル・アルバムをリリースしていないローリンだが、ラップスキルは衰えることなくさらに重みと深みが増し、『ミスエデュケーション』(1998年)の感動を裏切ることなく蘇えらせた。キャリアを示したようなリリックも彼らの年齢だからこその説得力があり、ジャズ・サックスによるアウトロがアーバンなムードをより彩る。

 大御所では、前作で「Car #85」にフィーチャーされたチャーリ・ウィルソンとの再タッグ「No Phony Love」もすばらしい。そのチャーリー率いるファンク・ユニット=ギャップ・バンドの「Lonely Like Me」(1982年)をネタ使いしたヒップホップ・ソウルで、ナズの作品としては珍しいラブ・ソング的なリリックにもハマった。R&Bにクロスオーバーした曲では、米LA出身のラッパー/シンガーのBlxst (ブラスト)がまろやかなバック・コーラスを務めた「Brunch on Sundays」も、“日曜日のブランチ”を連想させるさわやかな歌詞に直結したライト感覚のいい曲だ。

 アーティスト・クレジットはないが、後輩への(若干)説教臭いメッセージが胸に刺さる「40 Side」にはリル・ベイビーがコーラスに、アルバムのオープニング曲「The Pressure」には米テキサス州ヒューストン出身のラッパー=ドン・トリバーがそれぞれシークレット・ゲストとして参加している。「40 Side」は責め立てるハイアットと光暈のシンセサイザーによるトラップ……とサウンドは今風ながら、どこかデビュー作『イルマティック』の面影を感じる。

 キャリア・人生を深く省み振り返る「Moments」~幼少期を過ごしたクイーンズブリッジでの出来事を、90年代を昇華した華麗なサウンド・プロダクションに乗せた「Store Run」~生音感覚の霞んだドラム&ベースによる「Count Me In」あたりも、原点回帰というべく傑作。昨今の社会情勢にも触れた「Rare」も、ジェイ・Zやカニエ・ウェスト、スリー・6・マフィアにJ.コール等自身“の”影響を受けたであろうアーティストの要素が伺えるイースト・コーストらしい一曲。同日に公開されたMVも、モノクロの90年代っぽいクールな仕上がりだった。

 当時のヒップホップ・シーンといえば、中期に勃発した東海岸と西海岸の抗争が有名だが、2曲目に収録された「Death Row East」ではその当事者である故2パックとのビーフや殺害前の関係性について触れ、世間の誤解を解くような素振り(?)をみせた。90年代後期から00年代初頭のR&B/ヒップホップに回帰した、フロアライクなトラックも格別にいい。以下、ナズの持ち味である力強いフロウが炸裂する「My Bible」~タイトルが過大評価とさせない、トラック&リリック共に最終曲に相応しい「Nas Is Good」まで完璧な構成。

 若手の起用もほんのアクセントに過ぎず、30年以上のキャリアがありながら未だ第一線。古典的なサウンドも“昔にすがってる感”を一切感じさせない王者の貫禄には恐れ入る。ナズが1年以内に2枚のアルバムをリリースしたのは『I Am...』~『ナストラダムス』(1999年)以来2度目の試みだが、今回はコンセプトに則った連続リリースであり、グラミー受賞の恩恵や焦り、プレッシャー等も一切感じられない余裕がみられた。

 昨今ではナズのクラシック・ナンバーをはじめ90年代のトラックをサンプリングする若手も多く、また当時のヒップホップをお手本にしたような曲も目立つ。流行のリバイバルという視点で見ても、本作の存在意義は十二分にあり、2度目のグラミー受賞もお世辞抜きに「期待できる」といえるすばらしいアルバム。怠るべからず。

Text: 本家 一成

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