2021/07/27 18:00
昨2020年7月にリリースした故ジュース・ワールドの遺作『レジェンズ・ネヴァー・ダイ』で一躍注目を集めた、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州シドニー出身の新星ラッパー=ザ・キッド・ラロイ。マシュメロ&ポロ・Gと参加した本作収録の「ヘイト・ジ・アザー・サイド」は、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で10位にランクインし、オーストラリアで15位、カナダでも12位を記録するなど、その名を世に知らしめ見事ブレイクを果たしている。
『レジェンズ・ネヴァー・ダイ』発売の2週間後、7月24日には自身のデビュー・ミックステープ『ファック・ラヴ』を発表。本作は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で3位に初登場し、自国オーストラリアではソロ・アーティストの最年少記録を塗り替え、念願のNo.1を獲得した。そのジュース・ワールドとコラボしたアルバムからのリード・シングル「ゴー」も、Hot 100チャートで52位に初ランクインしている。
その「ゴー」や「テル・ミー・ワイ」、「セルフィッシュ」など、本作『ファック・ラヴ』にはジュース・ワールドを継承したエモ・ラップが満載で、喪失感や失望感を中心としたリリックからもジュースに対する“リスペクト”が伝わってくる。その他、ニーヨの大ヒット曲「ソー・シック」(2006年)をサンプリングしたメロウ・チューン「ニード・ユー・モスト」や、昨年「ブルーベリー・フェイゴ」でブレイクした新人ラッパー=リル・モジーとのコラボレーション「ロング」など、ミックステープとは思えない高クオリティの良質ヒップホップが満載。日本にインスパイアされたと思われるアニメーショのカバー・アートも、最新の流行をしっかりおさえている。
その4か月後、2020年11月6日には、『ファック・ラヴ』のデラックス・エディション『ファック・ラヴ(サヴェージ)』を早々に発表。本作に追加された7曲も、引き裂かれた感情を刹那に歌ったレゲエ調の「ソー・ダン」や、アニメ『ポケットモンスター』の人気キャラクターを引用したヘヴィ級のトラップ「ピカチュー」、人気ラッパーのヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲインとインターネット・マネーをフィーチャーした「トラジック」、単体では初のコラボとなるマシュメロとのコラボレーション「フィール・サムシング」~マシン・ガン・ケリーの低声が映えるドクター・ルークによるプロデュース曲「ファック・ユー、グッド・バイ」など、厳選された傑作が並ぶ。
中でも最終トラックとして収録された「ウィズアウト・ユー」は、もの悲しさに満ちたアコースティック・サウンドと失恋の痛みを綴った歌詞が相まったデラックス盤のハイライトともいえる曲で、マイリー・サイラスをゲストに招いたリミックスの反響もあり、今年5月のHot 100チャートでは8位にランクイン。全世界で6億ストリーミングを突破する大ヒットを記録した。
「ウィズアウト・ユー」のヒットが続く中、翌6月にジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデをクライアントに持つスクーター・ブラウンとマネジメント契約し、7月9日にはそのジャスティンとコラボした新曲「ステイ」をリリース。最新の7月24日付Hot 100チャートでは3位に初登場し、2曲目のTOP10入りと自己最高位を更新した。ジャスティン・ビーバーとのコラボレーションは、3月に発表したジャスティンの新作『ジャスティス』収録の「アンステイブル」に続く2曲目で、プライベートやSNSでも絡み合うほど親密さもうかがわせている。
「アンステイブル」はピアノの重苦しい伴奏によるメロウ・チューンだったのに対し、「ステイ」では80'sシンセポップ/ニューウェーブ調のアップにイメージチェンジを図っている。昨年ザ・ウィークエンドの「ブラインディング・ライツ」が大ヒットして以降、こういったサウンドがヒットする傾向にあり若干狙った感は否めないが、ポップの頂点を極めたジャスティンとのコラボだからこそ、違和感なく仕上げることができた……という捉え方もできる。こじれた関係を女々しく歌う歌詞においては両者のお得意とするところで、時間が止まった街をもがくように駆け抜けるミュージック・ビデオでも(ビジュアル含め)相性の良いパフォーマンスをみせた。
本作『ファック・ラヴ3(オーヴァー・ユー)』は、その「ステイ」を含む新曲7曲をさらに追加収録した『ファック・ラヴ』のデラックス盤最終形態。前2作のテイストを受け継いだ“仕上げ”に相応しい内容で、この1年間で得た経験や年齢による成長も随所にみられる。今年2月にリリースされることが告知されていたマスタードとのコラボレーション「スティル・チョーズ・ユー」も、本作でようやくお披露目される形となった。
「スティル・チョーズ・ユー」は、英国の女性R&Bシンガー=ジョルジャ・スミスの「エニー・ミーンズ」(2020年)という曲をサンプリングしたクールなピアノの伴奏に操られるジャジー・ヒップホップ風味の傑作で、歌詞おいては恋の沼にハマりもがく様子が綴られている。既に制作されていたというMVは撮りなおし、後日あらためてリリースされる予定とのこと。ということは、シングル・カットも期待できそう……か?
もう1曲のシングル候補が、ポロ・Gとスタンナ・ガンビーノによるトリプル・コラボ「ノット・ソーバー」で、こちらは本作のリリースと同じタイミングでビデオも公開されている。少し雑味のあるキッド・ラロイとマイルドなポロ・G、あどけなさと独特な声質が特徴的なスタンナ・ガンビーノ3者の個性が発揮されたエモ・ラップで、メンタルヘルスや人間関係、薬物問題など昨今の若者を悩ませる彼是が歌われている。大ブレイク中野ポロ・G効果もあり、正式にリリースされればヒットも十分狙えそうだ。
ゲストが参加したナンバーでは、昨今のヒップホップ・シーンを担う人気ラッパーのG・ハーボとリル・ダークがフィーチャーされた「ドント・リーヴ・ミー」も、エレキが唸る男子受け必須の好曲。「ノット・ソーバー」同様、G・ハーボの重圧感とリル・ダークのソフトネス、そして主役のキッド・ラロイそれぞれのパートが明確にライン引きされていて、聴きごたえも十分。
無論ゲスト不在のナンバーも秀逸で、過去の出来事・関係性を感情的に、切なさを滲ませるメロディ・ラインに乗せて歌う「オーヴァー・ユー」、トラップとオルタナ・ロック、ラップとボーカルを絡めた“脱却”がテーマの「セイム・エナジー」、切れ味の鋭いラップとタイトルを連呼するコーラスが印象的な「バッド・ニュース」など、最終章にとっておくべくお蔵入りを詰め込んだ感は皆無の力作ばかり。前述にもある通り、わずか1年という期間で伸びたソングライティング~ラップ・スキル、MVでみせる表情までザ・キッド・ラロイの目覚ましい成長が伺える。
3部作のトータルは全29曲。ストリーミングが有利になるトラックの充実さからも、翌週のBillboard 200では自身初のNo.1にも期待が寄せられている。
Text: 本家 一成
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