2021/07/20
昨年2月に米ハリウッド・ヒルズの自宅で射殺された、米ニューヨーク・ブルックリン出身のラッパー=ポップ・スモーク。訃報から5か月後の同年7月にリリースしたデビュー・アルバム『シュート・フォー・ザ・スターズ、エイム・フォー・ザ・ムーン』は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”でNo.1デビューを果たし、同年の年間チャートでは7位にランクインする大ヒットとなった。2021年に入ってからも上位をキープし、発売1年最新のチャート(20201年7月17日付チャート)では12位に再浮上する驚異的なロング・ヒットを記録している。
本作『フェイス』は、そのデビュー作『シュート・フォー・ザ・スターズ、エイム・フォー・ザ・ムーン』から1年越しに発表された2枚目のスタジオ・アルバム。デビュー・アルバムをリリースした時点で当のアーティストが死去していることもだが、遺作から1年という短いスパンで2作目のオリジナル・アルバムが完成したことも異例のケースといえる。
前作から本作までの1年には、リル・ベイビーとダベイビーをフィーチャーした「For the Night」(最高6位)と「What You Know Bout Love」(最高9位)が米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”でTOP10入りし、前月No.1に輝いたポロ・Gの『ホール・オブ・フェイム』や、ミーゴスの『カルチャーIII』などのヒット・アルバムにもゲストとして参加。今年5月に開催された【2021 ビルボード・ミュージック・アワード】では『シュート・フォー・ザ・スターズ、エイム・フォー・ザ・ムーン』が<トップ Billboard 200 アルバム>を受賞するなど、すばらしい功績を残した。加えて本作『フェイス』のリリース、もはやこの世に存在していないとは思えないほどの存在感だ。
ただ、遺作については様々な懸念点があり、リリースすることがファンにとって時に有益でない場合もある。ヒップホップ・シーンにおいては、故2パック名義で死後発表した作品(『パックズ・ライフ』など)が過去にファンを困惑させている。ポップ・スモークも前述のデビュー・アルバムがあまりにも完成度高く「有終の美を飾った」というに相応しい作品だったため、本作についても一部熱狂的なファンからは疑問や批判的なコメントが早々に投稿された。
前作は、彼が敬愛していた同ニューヨークのスター=50セント自身がエグゼクティブ・プロデューサーを務めた一貫性のあるサウンド・プロダクションで、ブルックリン・ドリルのパイオニアとしての実力を十二分に発揮した作品だった。一方、本作ではそのスキルを存分に活かしたとはいえず、著名アーティスト等が中心となって(若干無理くり)完成させた感が強い。また、いくつかの曲はリークされたオリジナル・バージョンの歌詞が変更されていたり、当初クレジットされていたアーティストが入れ替えられたものもあったりと「故人の意思が尊重なれていない」等の批判も寄せられている。
中でも、クリス・ブラウンをフィーチャーした「Woo Baby」と、デュア・リパとのコラボレーション「Demeanor」には、眉をひそめるファンが多い。「Woo Baby」は、昨年末から今年初頭に大ヒットしたクリス・ブラウン&ヤング・サグの「Go Crazy」路線のR&Bで、「Demeanor」は昨年春にリリースした彼女の大ヒット・アルバム『フューチャー・ノスタルジア』に通ずるニュー・ディスコ風のポップ・ソング。いずれも曲自体は悪くないし、ヒットも狙えそうなクオリティではあるが、ポップ・スモークの作風からすると拭えない違和感がある。
色っぽい歌詞とメロディアス&トロピカルなスローダウン・トラックが印象的なファレル・ウィリアムスによるプロデュース曲「Spoiled」、キッド・カディをゲストに迎えたオリエンタルな雰囲気のミディアム「8-Ball」、コダック・ブラックとミーゴスのクエイヴォが参加したボーカルがメインの「Back Door」など、 アルバム後半に収録された楽曲も前作とは大分温度差があり、純粋なブルックリン・ドリルを期待していたファンにはお茶を濁す展開となってしまった。ファレルが参加した楽曲では、ザ・ネプチューンズ名義でクレジットされているプシャ・Tとのトリプル・コラボ「Top Shotta」も、歌詞はギャングスタっぽいがレゲエを基としたカリビアン・テイストのトラックには少々違和感を覚える。
とはいえ、本作にはポップ・スモークらしさを際立てたハイライトもたくさんある。実質上のデビュー曲「Welcome to the Party」を起用したイントロ「Good News」~悲壮感漂うピアノの演奏をバックに強烈なラップで畳みかける「More Time」、カニエ・ウェストが以前リークした未発表曲を、プシャ・Tを加えてリアレンジした「Tell the Vision」と冒頭から好曲が続く。「Tell the Vision」は、ポップ・スモークが成功するまでの経緯や後のライフスタイルを綴った曲で、当時の思い等々も読み取ることができる。
それから、21サヴェージと米デトロイト出身のラッパー=42 Duggをフィーチャーした「Bout a Million」も、ポップ・スモークが亡くなる前最後に制作したとされる重要な曲。重圧のあるトラックに弦の物悲しいメロディを乗せたポップ・スモークらしい曲で、ファンからの評価も高い。
リック・ロスとザ・ドリームをフィーチャーした追悼を意識した悲しいメロディ・ラインの「Manslaughter」や、同米ブルックリン出身のホープ=ラー・スウィッシュを迎えた本作中最もヘヴィなブルックリン・ドリル「Brush Em」も、楽曲自体はすばらしい出来栄えだが、前者は元にクレジットされていたアーティストがベテラン勢に入れ替わっていたり、後者は歌詞の一部がすり替えられていたりと、売れ線に仕上げたことが(一部のファンには)あだとなった。
賛否はあるが、ミーゴスのテイクオフとコラボした不穏なシンセが舞う米アトランタ産「What's Crackin」や、リル・ティージェイの鋭いラップとスウェイ・リーの滑らかなボーカルを起用した「Genius」、フューチャー独特のトーンが新鮮なニュアンスを引き出す「Mr. Jones」など、互換性がポップ・スモークの新しいビジョンを生み出す典型的なトラップもある意味堅実な曲といえる。
もしポップ・スモークが生きていたら、彼はこのアルバムについてどう評価するのか。激怒する、リリースされることはない、無礼だなどの意見が飛び交う一方、悪影響を及ぼすような要素は一切ないとの見解を示すメディアもある。音楽の価値観はそれぞれの嗜好であり、どう感じるかは本人にしかわかり得ないことだが、未発表のまま眠っていた楽曲が(然るべきとはいえないが)こうして世に送られたこと、何より故人のことを思い出して楽曲が聴かれていることに意義があると思う。
公式YouTubeチャンネルで公開されたアルバムのトレイラー映像には、「影響力のあるアーティストになることは確信していた」~「誰も止めることはできない」~「歴史を作りたいんだ」など、これから成功することを断言するかの如く自信に満ちたコメントが映し出されていた。それを観ると、やはりまだポップ・スモークがこの世に存在していないとは思えない。
Text: 本家 一成
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