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2021/06/15

Appleのエディ・キュー、音楽の未来はロスレスではなく空間オーディオだと語る

 現地時間2021年6月7日、Apple Musicが大規模なアップデートを行い、ハイレゾ音源を提供するロスレスのサービスに加え、音楽リスナーにサラウンド・サウンドのような音響体験を提供するドルビーアトモスによる空間オーディオを導入した。これらの新機能は、加入者であれば追加費用なしで楽しむことができる。

 ここ数年間、次に注目を浴びるのはロスレスオーディオだと音楽業界内では考えられていたが、Appleはこれとは異る見解を持っており、ハイレゾ音源を、再生に適した機材を保有する限定数のオーディオ・ファンのための“プロ用”機能と位置付け(ロスレス音楽はBluetoothを使った再生ができないため、AppleのAirPodsでは利用することができない)、音楽消費にとって前進の鍵となるのは空間オーディオだとしている。Appleは、空間オーディオを可能な場面に次々と導入しており、昨年以降iPhoneでのTVや映画観賞時に利用可能となっていた。そしてApple社は、現地時間で先週月曜日に開催された【Worldwide Developers Conference】で、空間オーディオをFaceTime、Apple TV 4KとMacに導入すると発表した。

 米ビルボードは、Apple Musicで空間オーディオが公開される前に、それを聴く機会を与えられたが、そのクオリティはTIDALとAmazon Music両者が提供するドルビーアトモスによる3Dオーディオとソニーの360リアリティ・オーディオなど類似サービスを上回るものだった。だが、サラウンド・サウンドを普及させるためAppleは困難な戦いを強いられている。空間オーディオに対応した楽曲はまだ一握りの上(Appleによると同社が配信している合計7500万楽曲のうち空間オーディオ対応楽曲はまだ数千曲とのことだ)、音楽が次の段階へ進むためには、より質の高いオーディオ・クオリティ以外にも必要なものがあると大衆を納得させる大仕事がある。

 米ビルボードは、Appleのインターネットソフトウェア・サービス担当シニアバイスプレジデントエディ・キューに取材し、彼が担当するApple Musicやロスレスオーディオ、そして音楽消費の未来にとって空間オーディオがどのような意味を持つのか、話を聞いた。

 過去にも競合企業が独自の立体音響体験をローンチしていて、その成功の度合いはまちまちですが、今回の空間オーディオは何が違うのでしょうか?

 私は、音楽において真の意味で革新的なものを待ち望んでいました。オーディオの質が改善することが難しかったのは、それを聴いてみて、他と決定的に違うと思えるプロダクトがなかったからです。たとえあなたが8歳でも80歳でも、サウンドの違いがわかり、他よりもいいものだと思えるものが。

 これを例えると、初めてHDをTVの画面で見たら、(従来の映像と比べ)どちらが優っているのか歴然としています。ですが、長年オーディオ界には欠けていて、あまり有力なものはなかった。ロスレスや他にも色々ありますが、結論としてはそこまで変わりがないのが現状です。

 初めて空間オーディオを聴いて、音楽におけるドルビーアトモスの可能性をを体験すれば、真の意味で革新的だとわかるでしょう。私たちは最初に空間オーディオを聴いた時、これが極めて重大なものだと気付きました。まるでステージに立って、シンガーの真横にいるかのようで、自分がドラマーの左、ギタリストの右にいるような感覚がします。もし音楽を演奏している誰かのすぐそばに立つという幸運な経験をしたことがあれば別ですが、色々な意味で今まで体験したことのないようなことを味わせてくれるんです。

 そこで私たちはこれを強力にバックアップしたいと名乗りを上げました。そうすると、いくつか異なることが関連してきます。一つは、それを再生できるできるデバイスが関連するということです。新しいテクノロジーの難点は、例えばTV用のHDが登場した際、(それを見るためには)新しいTVを購入しなければなりませんでした。そして普及するのに何年もの時間がかかります。今回、私たちは人々が既に所有している自社のAirPods、スマホ、またはMacBookで展開することができたため、人々が聴くために新たにハードウェアを購入しなければならないという難点をクリアすることができました。テクノロジーの観点から、私たちが再生を可能にするため、ドルビーアトモスに調整をする点での問題はありませんでした。難しかったのは、ドルビーアトモスの可能性についてアーティストやレーベル、出版社などに興奮してもらうことだったんです。

 ドルビーアトモスについて初めて教えてくれたのは、(マルーン5の)アダム・レヴィーンでした。彼とは知り合いで、たまたま同じ場所に居合わせた時に、“これ聴いた?”って訊かれたんです。そこで彼は、興奮気味にある曲を送ってきました。“これでどんなことができるか信じられない”と彼は言いました。これが発展してしていく様子やアーティストたちがこれを使うとどんなことが可能になるのかを見るのが本当に楽しみですし、ファンやリスナーにとってもエキサイティングなものになるだろうと思っています。

 そこで私たちは、レーベルやアーティストを教育するために動きました。ご存知の通り、(私たちのサービスは)数千万曲を提供しているので、やるべき仕事が沢山あります。ステレオのファイルをソフトウェアのアプリでプロセスすれば、ドルビーアトモスになるという単純なものではないんです。作業にはサウンド・エンジニアとそれを聴いて正しい判断下せ、どうすればいいのかわかっているアーティストが必要になります。時間がかかるプロセスですが、その価値はあります。

 新しくリリースされた曲はすぐにドルビーアトモスに変換されるようになると思いますし、過去のカタログを遡るアーティストも出てくるでしょう。既にそういったアーティストが出てきています。テイラー・スウィフトはもうやっていますし、そしてアリアナ・グランデ、J.バルヴィン、ザ・ウィークエンド、ケイシー・マスグレイヴスやマルーン5などです。私たちは、(この試みに関して、)本当に興奮しているんです。

 空間オーディオが未来だとおっしゃっていますが、今後CarPlayに加え、Sonosなど他社のスピーカーへの導入を見据えているということなのでしょうか?これら全てのデバイスで展開することについての見解を教えてください。

 そうですね。私は空間オーディオがどこでも聴けるようになると信じています。それだけ重大なものだからです。先ほど話したように時間はかかると思います。こういった物事は時間を要します。TVも一緒です。車で聴くためには、ただCarPlayに導入するという単純なものではないんです。その車に正しいシステムが設置されている必要があります。というのは、CarPlayは車の中、車内を取り囲むステレオからプレイバックがなされるからです。ですが、疑う余地はありません。すでに空間オーディオを導入している車(内)で聴くことができましたー出荷時設定ではなく、改良されたものですがー素晴らしかったです。私が思うに、ドルビーアトモスは、HDがTVにもたらしたような変化を音楽にもたらすでしょう。今日、HDではないTVが見られるところはあまりないですよね?

 TVと比べ、音楽が持つ利点の一つは、TVの場合、低品質のカメラで撮影された昔の番組を真のHDクオリティへ引き上げることは不可能ですが、オーディオの場合、複数のトラックに録音されているため、遡って多くの曲でこの作業を行うことが可能だということです。

 私は、これが全てに取って代わると思っています。自分が車内にいるときは、この方法で音楽を聴きたいです。自分のAirPodsで即座に音楽を聴くときもこの方法になるでしょうし、自宅で音楽を聴くときも同じです。ある意味、ドルビーアトモスではないもの聴くのは、あまり気が乗らないかもしれないですね、それほど優れているんです。HDを観ているときと同じで、元に戻るのは難しいですよね。

 ここ数年間、音楽業界内ではロスレスに関する会話がなされており、それが全てを変える新世代のテクノロジーだと言われてきました。ですが、あなたはそれを空間オーディオが成し遂げると考えているようです。ロスレスに関する当初の考えは間違っていたということでしょうか?

 その役割を果たすのが、ロスレスではないというのは確かです。というのも、ロスレスの現状は、同じロスレスのステレオ音源とApple Musicのために圧縮された音源を100人に聴いてもらっても、そのうち99人か98人か忘れましたが、違いがわからないんです。

 私たちの耳は、ロスレスの違いに関して、そこまで長けていないんです。もちろん素晴らしい耳を持った人々も一部いますが、これが一つのピースです。もう一つのピースというのが、本当に違いが分かるような機材を持っているか、ということです。(聴き分けるには)とてつもなく高品質なステレオ機材が必要となります。わかったのは、例えばクラシックの専門家のような真の(音楽通)であれば、ロスレスの違いを聞き分けることがおそらくできます。私は頻繁にチームとブラインド・テストを行っていますが、聞き分けることができません。ここが問題なんです。そうなるとマーケティング戦略となり、顧客のための戦略ではなくなってしまうので、うまくいきません。ではドルビーアトモスと空間オーディオはどうでしょう?違いがわかるんです。私にもわかりますし、誰もがわかります。そこが大きな違いなんです。

 私たちはロスレスを支持していますし、ある程度顧客がいると考えています。少数の顧客ですが、彼らはそれを求めていて、私たちは確実にそれを彼らに提供しますし、彼らはこの一部としてそれを手にすることになります。朗報なのは、彼らがロスレスに加え、ドルビーアトモスと空間オーディオも手に入れるということです。(その顧客層にとっては)とても適していますが、ロスレスが(率先することは)ないでしょう。

 ロスレスよりも空間オーディオに焦点を当てることで生まれるマーケティング上の問題点はありますか?5月に新機能を発表した際、AirPods MaxAppleによる550ドルのヘッドホン)ではロスレスがサポートされていないことに不満を表していた人々もいました。

 そうですね、多くの人々がまだロスレスが何かを理解していないと思うんです。ロスレスという言葉を聞くと、ロスより響きがいいですよね。わからないですが、「ねぇ、これをロスレスで聴く、それともロスで聴く?」と言われたら、ロスレスを選びますよね。何となく響きがいいですし。そういった側面もありますが、意味のないことだと思います。

 99.9%の人々はまだ一度も空間オーディオを聴いたことがなく、そういった人々が初めて聴くことになれば、それが全てになると思います。ロスレスの問題点は、誰かに「あ、ロスレス(の曲を)聴いているんだね?」と言えば、相手は「あぁ、すごいよ。信じられない」と返答するでしょう。でもそう答えたのは、誰かにロスレスだと教えてもらい、それが正しい反応のように思えたからで、実際は違いがわからないんです。

 そこがやや問題点だとは感じますが、ニッチな問題点でもあります。なぜなら、何度も言いますが、多くの人々はそもそもロスレスについて聞いたことがなく、そうだと教えた場合のみ(そうだと認識するんです)。そういった人々が空間オーディオについて知り、実際に聴くことができれば、ゲームオーバーになると思います。

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