2021/05/24
2021年の上半期で最も飛躍したシンガー、オリヴィア・ロドリゴ。年明け1月8日にリリースしたデビュー曲「drivers license」は、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で初登場から8週連続、全英チャートでは通算9週のNo.1をマークし、史上最速で5億ストリーミングを突破。「2021年度10億回を突破した初のタイトル」という記録も打ち出した。Hot 100でデビュー曲が初登場から8週連続首位をキープしたのは「drivers license」が歴代初で、グローバル・チャート“Global 200”でも発足後最長となる6週連続を記録。後者では、マライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」を上回る女性アーティスト最多の週間ストリーミング数も更新している。
「drivers license」の大ヒットを経てリリースされたオリヴィア・ロドリゴのデビュー・アルバム『サワー』には、多感な年頃の(甘)酸っぱい経験・感情が詰まっている。トータル・プロデュースは「drivers license」を手掛けたダン・ニグロ。彼女が最も敬愛しているテイラー・スウィフトはもちろん、ケイシー・マスグレイヴスや母親が愛聴していたアラニス・モリセットなど、影響を受けたアーティストの要素も取り込まれた。
1曲目の「brutal」では、そのアラニスに習った90'sポスト・グランジを炸裂。ノイズとラップを絡めたボーカルで、スターダムを駆け上がった彼女の苦悩……というか、抱えきれない“病み”を歌う。SNSで叩くアンチ、理不尽な業界に萎える様が「仕事を辞めて新しいスタートを切ろうかな」~「神様、ここはなんて残酷な場所なの」などのフレーズから読み取れる。エゴサーチ依存や「いい曲をつくれるほどの才能もない」という自虐もあり、メンタルが心配になるほどブレイク後のリアリティに溢れている。
2曲目の「traitor」は、自身の出身でもあるディズニーのテーマ・ソングを彷彿させるソフト&メロウ。触れたら壊れそうなほどの繊細さと、感情的な二面性を使い分けて歌うのは、信じて待っていた相手にあっさり裏切られた儚い乙女心で、テイラーの曲をお手本とした執念深さ・恨み節が見受けられる。この曲からの「drivers license」となると、ストーリーが続いていると受け取れなくもない。何せ、後者は「終わった後の傷心」を歌っているのだから。「traitor」には“年上”や“ブロンド”などのワード使われていないし、「drivers license」は本人が「実体験ではない」と否定しているためこじつけに過ぎないが、そういった妄想をたのしませてくれるのも彼女の力量。
「drivers license」は、耳障りの良いメロディ、ゴスペル風のコーラス、ドラマティックな展開、音域の広さを発揮したボーカルいずれも完璧な構成で、アルバムを通して聴くとあらためて「選ばれた曲」だったと実感できる。歌詞をそのまま映像化したシュー・ディロン・コーエンによるミュージック・ビデオも完成度高く、TikTokでブレイクした“倒れ込み”のシーンも含め大ヒットは必然だった。
4曲目の「1 step forward, 3 steps back」は、ピアノの伴奏にワルツのようなリズムを刻むメランコリック&メロウ。テイラー・スウィフトの「New Year’s Day」(2017年)が使われており、テイラー本人と彼女の作品には欠かせないジャック・アントノフがソングライターとしてクレジットされている。デビュー作から憧れの人が楽曲にクレジットされるなんてラッキーだと嫌味を言われそうだが、それもオリヴィアの実力と人間性が認められてのこと。うまくいったと思ったらすれ違う、もどかしい関係性を「一歩進むと三歩下がる」と表現した曲で、相手が思わせぶりなのか、自分の言動に問題があるのか、思春期ならではの“モヤモヤ”が画かれている。
5曲目は、2ndシングルとして前月にリリースされた「deja vu」。新しいガールフレンドへの敵意と嫉妬心むき出しな歌詞がなかなかコワイ曲で、「Gleeの再放送一緒に観てるのね、イライラする」というZ世代っぽいフレーズもあれば、生まれる20年も前にリリースされたビリー・ジョエルのヒット曲「Uptown Girl」を引用した節もあり、面白い。本人曰くテイラーの2020年作「Cruel Summer」にインスパイアされたとのことで、たしかにソングライターのセイント・ヴィンセントっぽいサイケ・ロックに仕上がっている。米Hot 100では8位にデビューし、デビュー曲から2曲連続でTOP10に初登場という史上初の快挙を達成した。
続いては、3曲目のシングルとしてリリースしたばかりの「good 4 u」。UKシングル・チャートで2位、ニュージーランドやアイルランドでは「drivers license」に続き1位を獲得した。前2曲とは全く違うタイプのパンク・ロックで、持ち味である透明感はどこへやら、アヴリル・ラヴィーンのような狂気を帯びたシャウトを聴かせる。こういう曲が彼女にフィットするかはさておき、意欲的で手探りなところはデビュー作らしい。サウンドとは対照に、歌詞は「よかったね、すぐに新しい彼女を見つけられて」~「楽しそうでうらやましい、私は違うけどね」と、ジトジトしたフレーズが満載。スパっと断ち切るサバサバ女子になれないのも、オリヴィアの魅力……か。
7曲目の「enough for you」は、アコースティック・ギターによるスロウ・ジャム。初期のテイラーに類似したカントリーっぽい要素も(聴きようには)ある。自身についてか、架空の人物なのかは定かでないが、コンプレックスだらけのキャラクターが主役の失恋ソングで、「自己啓発本を読んで、何がいけなかったのか泣きながら考えた」という今っぽいフレーズが、同年代女子の共感を呼ぶ。
本作の中でもファルセットが特に美しい「happier」では、レトロなハチロク・メロウに乗せて「幸せになってほしいけど、私以上の女の子はダメ。想い出は塗り替えられたくない」とまた違う表現で未練を歌っている。一見コワイが、誰しも身に覚えがある失恋後の本音……といえよう。次の「jealousy, jealousy」は、彼のSNSに映る“すてきな女の子たち”と自分を比較し、劣等感や嫉妬心を抱いてしまう今ドキの女の子らしい曲。粗削りなボーカルとインダストリアル風のトラックも、頭の中を整理できない歌詞とフィットしている。
サビのハーモニーが美しく重なるアコースティック・ギターによるララバイ「favorite crime」~消息が途絶えてしまった古い友人に捧ぐ「hope ur ok」のバラード2曲で、アルバムは終了。前述にもあるように、彼女の曲はフィクションとノンフィクションが織り交ぜられていて、全てが実体験によるものではないようだが、まったくの想像・妄想で書いたであろう曲はなく、友人の体験談などを参考に“同世代の女の子たちが抱える悩み”を詰め込んだ、『サワー』というタイトルに相応しい作品だった。
米カリフォルニア州テメキュラ出身。フィリピン系の父親とドイツとアイルランドの血を引く母親を両親にもつ、2003年2月生まれの現18歳。幼少期から演技や歌のレッスンをスタートさせ、2015年に映画『アメリカン・ガール』、翌2016年にはディズニー・チャンネル・オリジナルの『やりすぎ配信!ビザードバーク』に出演し、女優としての知名度を高めた。2019年に主演を務めたディズニープラスのオリジナル番組『ハイスクール・ミュージカル:ザ・ミュージカル』で、「All I Want」を披露しシンガーとしての実力をアプローチ。これを機に世界を魅了した「drivers license」が誕生し、本作『サワー』でアルバム・デビューを果たした。
Text: 本家 一成
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