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阿部芙蓉美 『沈黙の恋人』インタビュー
センセーションを作為的に生み出すのではなく、そのピュアな音楽への姿勢によって辿り着いた“静かなる衝撃作”について。照井利幸(Signals、PONTIACS/ex.BLANKEY JET CITY)や川上洋平([Champagne])、ジョージ朝倉らが絶賛するその音楽の魅力に迫った。まずは『highway, highway』のMVからご覧頂きたい。
照井利幸からの評価を受けて。心について。
--新曲『highway, highway』のMV、素晴らしいですね。一度見たら目が逸らせません。言ってしまえば、砂浜に棒で道を書き続けるだけのシンプルな映像ですが、目頭が熱くなる。
阿部芙蓉美:アイデアとかも含めて、曲と阿部芙蓉美の在り方、その全部を信頼する人に預けたミュージックビデオで。私と年齢の近い森(ゆうき)さんという『青春と路地』(2007年11月リリースの2ndシングル)以降、私のMVに携ってくれている映像制作会社のスタッフなんですけど、同じ北海道出身で、プライベートでも仲良くしていて。だから濃い空気みたいなものは出たかもしれない。そういう意味で、今までのものとはちょっと違う。
--楽曲自体も、田中義人さんのギターと、あらきゆうこさんのドラム、阿部芙蓉美さんの声とギターだけで構成されていますが、世界がどんどん広がっていきます。これは具体的にはどんな音楽を目指した結果なんでしょう?
阿部芙蓉美:アコギの弾き語りで全編やりきったものがデモバージョンで、そこに現場でそれぞれが音を乗せていって。例えば、義人さんは「俺はこんなギターが聞こえる」って言って、自分の曲に対する印象でアイデアをバーって出してくれたり。そういう作り方。特に参考曲があった訳でもないし、純粋に現場でああいうことが起きた感じですね。
--阿部さんは以前、自らの感情は歌から遠ざけるわりには「来い来い」みたいな部分もあると仰っていましたが、正にそういう曲ですよね。大袈裟にせず、感情を取っ払い、その上で聴き手を高揚させる。イマジネーションを掻き立てる。
阿部芙蓉美:曲が全部仕上がってから「こんな風になったか」みたいなパターンが多くて、この『highway, highway』もそうで。やっぱり曲を書き出すときは「良い曲にしたい」という欲みたいなものがあるんだけど、それでアレコレしてもイマイチだったりして。でもある瞬間、一旦諦めがついて、欲みたいなものが無くなると、この曲で言えば、曲中の主人公にあたるキャラクターからアプローチをしてくれて、事態が好転する。
--なるほど。
阿部芙蓉美:私の最初の予定では、車に乗って走っている話なのかなと。でも全然それが面白くならなくて悩んでいたんだけど、その主人公に「車は無くてもいいかもしれない」「高速道路に乗らなくてもいい」って言われた気がして。それで「高速道路って外から見上げることもあるな」と思って、私は車の免許を持ってないから「そっちの方が見慣れた景色だよね」って曲とちょっと会話ができた。それをきっかけに最後まで突っ走ったんです。「無理しなくてもいいんだよ」って言われた気がした。
--無理して「私、ドライブしてる」感を出さなくてもいいと。
阿部芙蓉美:そうそう。「ドライブして誰かを想う」みたいな、そんな演出はいらないと。そういう演出で成り立つ曲もいずれは書いてみたいと思うけど、今回はそうじゃなくてもいいんじゃないって、曲が目配せしてくれた気がして「そっか」って。
--そんな阿部さんの音楽を照井利幸(Signals、PONTIACS/ex.BLANKEY JET CITY)さんが、「彼女の唄に心が吸い寄せられ溶けていく。それは癒しとか和みなんかじゃなく彼女の心が歌ってる唄だからだと思う」と絶賛されていました。“心が歌ってる唄”という評価に対しては、どんなことを感じますか?
阿部芙蓉美:心ね。心ってどこにあるんですかね? いつもそんなようなことばっかり考えているけど、あるんでしょうね。それをいつも探している。でも「どこにあるか分かんない」って思っていた方が、その“心”っていうものに対して、もしかしたら誠実でいられるのかもしれない。私はあらゆることが分かってないんだけど「分からないから知りたい」って思うことが、私の場合はすべてだから。その姿勢が、そういう風に言ってもらえる音になったんですかね。
--阿部さんが感情を省いて、真っ白な状態で歌うからこそ感じるものかもしれませんね。“心が歌ってる唄”って。
阿部芙蓉美:あぁ~。
--阿部さんは前回のインタビューで「音楽と仲良くなりたい」と仰っていましたが、それって音楽と溶け合う、という意味でもありますか?
阿部芙蓉美:うーん……結局、気持ちの良さというか。それは合点がいってスッキリするとか、天気が良いとか、そよ風が気持ち良いとか、そういう気持ち良さの中で在るみたいな。あと、ドキドキしたいとか、ドキドキさせたいとか、そういう関係性が“仲が良い”ってことになるかもしれない。溶け合うってなると、なんか……一緒になっちゃうのは嫌かも。やっぱりあくまで別々で、そこに距離はほしい。
--ただ、聴き手としては、阿部芙蓉美の音楽は溶け合えるんですよ。溶け合うことを許してくれる。
阿部芙蓉美:音楽と溶け合う場を提供したりとか、そういう作品を出すっていうときに、私自身がそうなっちゃうと周りが見えなくなっちゃうかもしれない。それが一番怖いです。自分が事態を把握していない、それだけは避けたいかもしれない。
--そっちも溶けちゃったら、こっちは溶けられなくなるという。
阿部芙蓉美:そうそうそう(笑)。
--ちなみに阿部さんが聴いてて、歌との対峙の仕方が近いなと思う歌い手さんっていますか?
阿部芙蓉美:先日、恵比寿LIQUIDROOMでご一緒したACOさん。ずっとファンで、すごく好きなんです。あの方は……自分と似ているとはおこがましいから言いたくないけど、なんとなく「なるほど、なるほど」っていう要素はある。きっと気持ち良いとか、気持ち悪いとか、肌で感じる部分とかはすごくある人なんじゃないかなって、感覚的にするから。すごく気になる人。
--また、照井さん以外にも、レキシ(池田貴史)、川上洋平([Champagne])、ジョージ朝倉(漫画家)といった方々が阿部芙蓉美の音楽に絶賛のコメントを寄せています。どんなことを感じますか?
阿部芙蓉美:お顔をちゃんと見たことがある人、言葉を交わしたことがある人たちからのコメントだったから、うれしはずかしい(笑)。なんて言ったらいいのか分からないけど、何回も眺めています。ひとりで。
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Interviewer:平賀哲雄
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