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高橋洋子 『暫し空に祈りて』インタビュー
高橋洋子、『エヴァ』シリーズの新曲完成。
国民的代表曲「残酷な天使のテーゼ」がもたらせたもの、鷺巣詩郎との共演、プロシンガーとしての矜持、2010年発表「慟哭へのモノローグ」の凄味、新曲「暫し空に祈りて」と「魂のルフラン」の対比、号泣したという映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の感想、今回のアートワークの秘密。
パチスロ『EVANGELION』テーマソングとなるニューシングル『暫し空に祈りて』をリリースする高橋洋子が語る。
「残酷な天使のテーゼ」がもたらせたもの
--「残酷な天使のテーゼ」という、日本人ならほとんどの人が耳にしたことがあるくらいの国民的な代表曲を持っているシンガーからは、どのような景色が見えるものなのでしょうか。
高橋洋子:『エヴァ』という作品のおかげで、言ってみれば世界に発信するパスポートになるような曲ではありますよね。色んな国の方々が観ている作品なので、海外に行くと私のことをご存知な方も多く、ビックリことがあります。
でも、日本で生活していて私が高橋洋子だと気付く人はほとんどいないですよね。……っていう不思議な感覚の中にいるんですよ。『エヴァ』に携ることで、色んな方と出会うことになったのは事実ですし、喜びは感じています。ただ、それは“歌は知ってるけど誰かは知らない”っていうことでもあるんだなって認識しています。
--曲が一人歩きしている状況に対して、シンガー、表現者として憤りを感じた時期もありましたか?
高橋洋子:16年前に初めて歌った時は、それが『エヴァ』主題歌になることも知らなければ、作品の内容も絵も知らない状況だったんです。アニメだってことは聞いていましたけど、収録当時はまさかこうなると思って歌っていないんですよね。
元々、私はバラードシンガーとしてデビューしているんですけど、『エヴァ』のあとに元々のバラードを歌おうものなら、「高橋洋子は何をしているんだ? 何処に向かっているんだ?」って言われるんです。
『エヴァ』という作品は社会現象になって、作品の主人公が14才ということと重なり、(97年には)酒鬼薔薇聖斗と名乗った14歳の少年の事件ともリンクしてしまった。その背景、延長上に私もいた形にはなっていたので、歌う責任についても凄く考えました。聴きたいか否かは関係なく、テレビから流れれば視聴者は聴いてしまう。そうすると、私の影響力というのは少なからずあるんですよね。
その時に、自分が歌うことへの責任を感じるようになって、それ以降はどういう作品なのかをうかがうようになりましたし、責任を持てる活動をすることを心がけています。
--また、『エヴァ』シリーズの楽曲では、高橋さんの歌声に母性を求められる所があったと思います。ただ、他にも引き出しを持っているシンガーであるだけに、そればかりが求められることへの苦しさもあったのではないでしょうか?
高橋洋子:歌う時って、歌詞とかあんまり考えないんですね。一生懸命歌っていると感情や情景が出てくるので、事前に自分で設定しないんですよ、私の場合は。だから母性ということも、歌っている時は気付いていないんですよ。前もって色んなものを準備させていただける状況でもないですし、歌詞が収録当日に来た現場もありました。
--そういう現場はシンガーとしてのスキルが求められる所でもありますよね。
高橋洋子:それは間違いないですね。譜面を渡されて歌うこともあるので、譜面を読めなければいけないですし。ある程度のスタートラインというのは、プロとしてできるという前提でお仕事はしていますね。それが前提にあるので、「歌が好きでやっています」っていう状態ではないです、受ける土台として。
「巧くとか音程とかは当たり前なんですよ、プロだから」
--2010年にリリースしたカバーアルバムには「魂のルフラン2010Version」のセルフカバーが収録されていましたが、編曲は鷺巣詩郎さん(※1)が担当されていました。
高橋洋子:私の曲で鷺巣さんにアレンジいただくのは初めてだったんです。この期に及んで「魂のルフラン」を誰がアレンジするのかってなった時、ファンの方の期待は裏切りたくないし、どの人のなら聴いてみたいかを考えてみたら鷺巣さんしかいないと。
彼は本当に大物ですよね。小さなこだわりはゼロです。神経質に何かを言われたりっていうのは一度もなかったです。感動しましたね、世界の鷺巣なんだなって。凄くクリエイティブな良い時間をすごさせていただいて。
--『エヴァ』シリーズの庵野秀明監督、鷺巣さん、そして高橋さんのお三方は、共通してクラシック音楽に精通している方々だと思います。クラシックは超一流の演奏者たちが一発勝負で演奏する。ミュージシャンの資質を最も問われる世界だと思うのですが、高橋さんの楽曲からはそうした音楽家としてのプライドを感じつつ、アレンジやアプローチでも勝負していると思えます。
高橋洋子:そう聴いていただけて嬉しいです、実際にそうしていますから。発信をしていく立場として、最終的には生き方が歌になると思うんですよね。巧くとか音程とかは当たり前なんですよ、プロだから。
例えばアイドルだったら見せて楽しませる部分があるだろうし、それは素晴らしいと思います。でも、私はそれがないから歌えて当たり前なんです、スタートラインが。買っていただいて聴いてもらえるのなら、それなりの作品を作ろうって思いますよね。
--しかも、アレンジについては定番やお決まりを踏襲している訳ではなく、ある種異質なトラックになっている曲が多いですよね。
高橋洋子:結果的に、って所ですね。制作していても思うんですけど、“こうしたら売れる”とか誰も考えてないんですよね、その現場では。やりたいことの中で最前を尽くす。例えば大森(俊之 /作曲、編曲 ※2)さんとかは、平均点が高いんですよ基本的に。全部が80点以上なんです。でも、それがプロなんです。
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Interviewer:杉岡祐樹|Photo:佐藤恵
2010年発表「慟哭へのモノローグ」の凄味
--2010年春に発表した「慟哭へのモノローグ」も、壮大なスケール感に非常に驚きました。
高橋洋子:嬉しいなァ……。良いですよね、アレ! ……とか言っちゃって(笑)。凄い好きな曲なので、もっと多くの人に知っていただきたいです。
--ありふれた音がほとんど鳴っていないのに、メロディには普遍性がある。そしてパチスロという周囲が乱雑な音にあふれている環境でも耐えうるメロディや音、という点まで追求されていました。
高橋洋子:もうね、突き抜けてるんですよ、ある意味。考えてもしょうがないから振り切る所までいかないと。やってきたことを繰り返す訳にはいかないし、皆さんは凄く期待して下さる。だけど制約もあるので、それを踏まえた上で振り切るんです。そうしてできたサウンドに対して及川(眠子 / 作詞 ※3)さんが歌詞をつけるんですけど、別にミーティングなんてないですよね。本当にプロ集団というか。
--『エヴァ』の歌としては「魂のルフラン」以来の新曲でしたが、歌詞の部分でも先を見せながら、色んな意味で過去を超える曲になっていた点が凄いと思います。
高橋洋子:……ありがとうございます。なかなかそんなことを言ってもらえなくて、自分たちだけが思ってるのかな? って分からなくなっちゃう時もあって(笑)。ただ、究極は頭で計算するとかではなくて、自分の中で正直にというか、私の役割は何だろうかとか。自分はこういう風にしていきたいとか、それが一つにまとまって腹が据わってからが長いので、自分の仕事や役割を淡々と真っ当していこうという想いの中で、こういう活動をしている感じですね。
--それにパチスロで流れる歌、というのも主題歌や普通の歌などとは違う感覚がありますよね。
高橋洋子:前にバス停で待ってたら自分の歌がドンドン流れてくるという不思議な体験もしましたね(笑)。ありがたいことなんですけど、じゃあ私の歌はどういう風に存在しているのかを考えた時に、例えば聴いた方が「勇気が出る」とか。「もう一回聴きたくてお金をつぎ込む」みたいなのが良いのか悪いのか分からないですけど!(笑) でも、そういう風に思ってもらえることは私にとっても嬉しいし。
“私に還りなさい”から“私の手を振り切りなさい”へ
--そして今回のニューシングル『暫し空に祈りて』ですが、「魂のルフラン」と対比させると面白い1曲ですよね。かつて“私に還りなさい”と歌った高橋さんが、今回は“私の手を振り切りなさい”と歌う。決別もまた愛情なのだと感じさせる楽曲になっています。
高橋洋子:及川さんとの打ち合わせは一切していないし、この歌詞に関して「こういう風に書いて下さい」とかも一切なかったんですけど、自分の中でのテーマとして、正に自立というのがあったんですよ。今仰った通り、愛って意外に厳しいもので、本当にその人のために大切なこと。必要なことを考えると、やっぱり自分で決めて歩いていくしかないんですよね。
どんなに手を引っ張ってもらっても、その人と自分は同じではない。哲学的に言えば一緒ですけど、身体とか生き物としては違う。まったく同じ経験や環境、身体や心じゃなければ、よかれと思うこと自体すら分からないから、自分の足で立ち上がって景色を見て、歩くと決めない限り何も変わらないと思うんです。親って字は“木の上に立って見る”なんて言いますけど、あれもこれも言っていたら全然自立しない。
--それは現代の流れとは逆行する考えでもありますよね。
高橋洋子:そこまで考えてテーマにしている訳ではないんですけど、どうせ歌わせていただけるなら、その人の追い風になるような曲、元気になるような歌をうたいたいと思いますね。
確かに社会は依存合戦みたいになっている所がまだまだあるけど、自立することは大事だな……と思っていたら、そういう歌詞が来たんですよ! だからキターーー! って思ったし、及川さんはやっぱり凄いなァって。
--だから「暫し空に祈りて」は求められている歌ではなく、必要な歌だと感じています。
高橋洋子:あぁ~……、ありがとうございます。
--で、その曲がパチスロで鳴るっていうのがまたイイんですよ(笑)。
高橋洋子:凄くね、イイと思います! そこでそう思えたら、しめたもんですよね! そんな策略はないんですけど(笑)。
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Interviewer:杉岡祐樹|Photo:佐藤恵
「魂のルフラン」とは真逆であるけれどもテーマは一緒
--「暫し空に祈りて」はサウンドも面白くて、四つ打ちの部分はともすれば依頼主から求められた所なんじゃないかと思うんです。今の世間にありふれているフォーマットを用いて、どこまで飛び抜けたサウンドを作るのか。あのコーラスはドイツ語ですか?
高橋洋子:あれは何語でもないんですよ。『エヴァ』シリーズのコーラスは何語でもないことをコンセプトにしてやっているんです、大森さんが考えるんですけど。
--あのコーラスの奇妙さがあり、中盤に曲が止まる瞬間も普通に考えたら長すぎるんですよね。
高橋洋子:あり得ないんですけど、あれが必要なんです。復活です!(笑)
--だから基本フォーマットとは明らかにかけ離れた、もの凄く勝負している楽曲で。
高橋洋子:常に勝負ですよ。何を言われてももういいよ! ってくらい、そこを詰めていかないと。もう引き下がれないです。色んなことをやってきましたから、音の世界にしても。そうなると次はどうするのか、前に行くしかないですよね。
ちょっと哲学的な話になりますけど、「暫し空に祈りて」と「魂のルフラン」は真逆であるけれどもテーマは一緒。そこに気付けるかどうかも凄く面白いと思うんですね。及川さんが意図しているのかは分からないし、彼女は「そんなに深く考えてないのよ」なんて言うんですけど、どんぴしゃなんですよ、いつも。
--理屈や計算で“正しい”として築き上げても、想定していた正解になるとは限らない。そろそろ世間も気付き始めてきましたよね。
高橋洋子:そのトリックにそろそろ気付きだしているというか、見えないものの中に本当のことがあるかもしれないし、自分たちが良いと思っていたものは本当に良かったのか。立ち止まって考える機会なんじゃないですかね。
例えば行き先が決まっていない船には普通は乗らないと思うんですけど、意外にみんな乗ってる(笑)。そして「みんな乗ってるから」って言うんですよ。でも、「この船は何処に行くんだろう? ちょっと降りようかな」とか、あるいは自分の船を出そうかなと気付き始めている人も中にはいると思う。
それに一見すると不幸に見えることの中に意外とヒントがあったりするので、良いも悪いも一緒だと思うんですよ、エネルギーでいうと。それを同じ所で見るのか、俯瞰で見るのかによって、物事の答えが全然変わってくる。
だから全部良いんだと思うんですよね、良くなるためにしか起きていないと信じられるというか。それは音楽も同じで、「……ちょっと待てよ。これはこういうことなのかな」とか、自分のためにエッセンスとして聴き取ることができれば、全てがメッセージになる。だったら私は光になるような活動をしたいなって、それが私の歌っていきたい理由なので。
高橋洋子が見る『エヴァ』とジャケットの秘密
--最初の放送から『エヴァ』を見ていて思ったのが、現実に返ることを促している内容でありながら、その世界観に埋没、捕われてしまった人をも生み出してしまった作品だと。そして、そういう人たちを救おうとしているのが「暫し空に祈りて」ではないかと感じました。
高橋洋子:その通りです。誰も打ち合わせをしないんですけど、向いている方向はみんな同じなんです。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』はみんな色んな意見を言っていましたけど、私は凄く良かったと思いました。映画の終わりに「私も気づかない内にこれだけの人を傷つけてきたのかな」って号泣したんです。
やっぱり捉え方だから色々あると思うんですけど、単純に人として、魂を持つものとして、その魂が泣いたんですよ。誰も、わざと人を傷つけてないし、誰も傷付きたくない。究極に正直な言葉を述べている作品かもしれないって思ったんですね。私は今までの作品の中で一番観て良かったと思いました、真逆の意見もいっぱい聞くんですけど。
--そうですね(笑)。
高橋洋子:ある意味、凄く人間らしい姿を見たというか。それに反応して泣く私は、まだまだ知らないことがいっぱいあるし、人ってやっぱり計り知れないものがあるんだなって思ったんですよ。
じゃあその時に私は何ができるのか。何かを投げかけて考えさせるっていうことは、作品としてはAAAだと思うんですよ。だから凄い、凄いなって思ったし、そうした作品の一連にいさせていただけたことを誇りに思った。それにこれが最後じゃないから、その時に私は何ができるのかなって思うし、思ったようになるので少なくとも私は良い未来を設定しようって。
例えば震災、天災、事故やアクシデントが起きた時に、悲しみだけを拾ったらそれだけで終わる。残念な未来を想定しがちなことって現実にはいっぱいあるから、それを見ると不安にもなるんだけど、自分がここまで来て凄く思うことの一つに、「あ、でも私は凄く良い人生だったな」って。
痛かったこととかも色んなことがあったけど、凄く楽しかった。みんなにありがとうって言いたいんです。痛みを知らずに進んでいたらトンでもなかったと思うし、今は凄く貴い時間だったと思えるんですよね。
だから変なことが起きたら、「立ち止まってみなさい」って言われているんだと思うんですよ。変えた方がいいから起きている。みんな変化を好まず元に戻ろうとする習性があるけど、この世に生きとし生ける全てのものは進化するために生まれているはずだから。全員が良くなるために起きてることしかないと思うんです、どうしても。
--あ、最後になっちゃいましたけど、本作のジャケットも初号機になっていますね。
高橋洋子:そうなんです。非常に謎めいたアートワークを描き下ろしていただきまして。実は秘密が隠されているとかいないとか……? ぜひそういった角度でも楽しんでもらいたいですね。
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Interviewer:杉岡祐樹|Photo:佐藤恵
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