Special
<コラム>平井堅が鮮やかな百面相を繰り返すアルバム『あなたになりたかった』 そこから浮かび上がる“本質”とは?
多くの“顔”を持つシンガー
平井堅というアーティストは難しい。知れば知るほど分からなくなっていく。掴みどころがない。自ら作詞作曲はしているものの、シンガー・ソングライターというより歌手然としていて、何か特徴的な作風を持っているわけでもないし、音楽性に統一感があるわけでもない。もとより、多くの“顔”を持った存在ではある。「瞳をとじて」や「大きな古時計」といったバラードを甘い歌声で聞かせる優れたボーカリストとしての顔(多くの人々が抱く彼のイメージがこれだろう)、あるいは「POP STAR」のようなストレートなポップ・ソングからインド人に扮して歌う「ソレデモシタイ」のように奇を衒ったこともしてみせる柔軟なポップ・アイコンとしての顔、「告白」で見せたようなドロドロとした闇を抱えた一人の生身の人間としての顔、はたまた安室奈美恵とコラボするなりシニカルかつ攻撃的な歌詞を歌わせる鋭いプロデューサー目線の持ち主としての顔……。多才と言ってしまえばそれまでだが、正直よく分からない。
平井 堅『瞳をとじて』MUSIC VIDEO
平井 堅『ソレデモシタイ MUSIC VIDEO (YouTube ver.)』
ところで近頃、SIRUPや藤井風といったソウル~R&Bからの影響を強く感じさせる音楽性を持ったミュージシャンが人気だ。つい最近も平井堅の「トドカナイカラ(Kan Sano Remix)」に参加していたKan Sanoもまさにそういうタイプの存在である。だが、こうした若手が注目されている現在の音楽シーンを見るにつけ、平井堅の音楽はもっと今の若い世代に聴かれてもいいのではと感じている。それも、久保田利伸がコーラス・アレンジをしたり、ゴスペルからインスパイアされたようなブラック・ミュージックのエッセンスを多分に取り入れていた頃の作品である。R&B歌手として世間から注目され始めていた時代の彼の作品こそ、今の若い世代に評価されてもいいのではと。もっとも、それも彼が持つ多くの“顔”のごく一部分に過ぎないが。
さて、そんな平井堅が満を持して約5年ぶりのアルバム『あなたになりたかった』を発売した。前作『THE STILL LIFE』以降にリリースされたシングル8曲と新録5曲が収録されている。したがってアルバムのほとんどは、この5年間の記録である。そしてこの5年間というのは、平井堅が平井堅という存在を見つめ直し続けていた期間だったように思う。なにしろ、ジャケット・アートがずっと示唆的であった。自身の“顔”を使い、髭をカラフルにしたり(『僕の心をつくってよ』)、右半分を隠してみたり(『#302』)、鳥が顔面を覆い隠したり(『ノンフィクション』)、施術してみたり(『知らないんでしょ?』)と、徹底して自己を改造。世間に訴えかけるような歌詞やタイトルも刺激的だった。今作のジャケットも表情が白飛びしていて、なんだかよく分からない。笑っているかもしれないし、泣いているかもしれないし、怒っているかもしれない。平井堅とは何なのか。いったいどんな“顔”をした人物なのか。
本アルバムを聴くうえで注目したいのは、アレンジャー/サウンド・プロデューサーである。たとえば、直近のシングルでも参加していたトオミ ヨウ。彼は、aikoや土岐麻子、秦 基博といった幅広いアーティストのアレンジを手がけるプロデューサーで、今作では4曲に携わっている。トオミのアレンジの特徴は、何と言ってもそのシンプルさだ。「#302」のようにギターの弾き語り風の素朴なものから、「オーソドックス」や「トドカナイカラ」にはピアノがメインのストレートなアレンジが施されていて、歌声が極力際立つ作りをしている。
平井 堅『#302』MUSIC VIDEO
あらゆる変化を楽しむ寛容さ
また、数多くのJ-POP作品に関わってきた亀田誠治によって編曲された楽曲も同様である。東京事変のメンバーとしても活躍する、言わずと知れた敏腕プロデューサーだが、「僕の心をつくってよ」「知らないんでしょ?」「half of me」で見せるのは、ピアノの素朴な響きを主眼に置いたまっすぐなアレンジだ。そうすることで歌詞がダイレクトに耳に飛び込んでくる。唯一ストリングスがドラマチックに展開する「ノンフィクション」においても、ギターをメインに据えたフォーク調のアレンジで、こちらも言葉やメロディの良さが際立つ作りをしている。音を削ぎ、装飾をなくすことで、あくまで中心に立つ歌声を引き立てているのだ。
平井 堅『ノンフィクション』MUSIC VIDEO (Short Ver.)
それは、彼自身とにかく歌が好きだというのもあるだろう。ベスト・アルバムに“歌バカ”なんてタイトルをつけるほど歌うことや歌そのものが好きな彼は、むしろミュージシャン的でない自分をコンプレックスに感じていると各所のインタビュー等で話している。今作はそんな歌手としての平井堅の“顔”が、腕利きのプロデューサーたちによって強く出ている。しかしこのアルバムは、そうした歌い手としての一面に、所々で“異物”を挟み込んでいくのだ。
それが近年活躍する若手プロデューサーたちによる作品である。3曲目「1995」は、サウンド・プロデュースにケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ)を迎えた風変わりな1曲。どことなく中東辺りの雰囲気を感じさせるエスニックなアプローチの音作りに、自身の声のサンプリングや摩訶不思議な歌詞によって独特の世界観を広げている。7曲目の「ポリエステルの女」は、詳細不明の増田賢治による作編。情報化社会に飲み込まれていく人々を皮肉るような歌詞を、テクノ系の現代的なサウンドで表現する。11曲目の「鬼になりました」は、大阪出身のトラックメイカー、Seihoによる作品。どこか不穏なムードを保ちながらも、強力なビートによるダンサブルなサウンドに仕上がっている。どれも彼が世の中から抱かれているイメージからは程遠い斬新なものだ。
平平井 堅『1995』MUSIC VIDEO
このように、平井堅の新境地とも言えるエレクトロニックなサウンドの楽曲が、ピアノやギターなどによるシンプルなサウンドのアレンジの作品と織り交ぜられ、2つのタイプを交互にバトンタッチしていくかのように展開していく本作。歌手としての平井堅像が鮮明になったかと思えば、それをするりと躱す表現が次に用意されている。平井堅という存在を、解体し、構築し、また解体し……を何度も繰り返す。そして最後の曲「おやすみなさい」にて、“どうでしたか?”とばかりに幕を閉じるのだ。自身を実験台とした試行錯誤の一部始終がこの1枚にまとめられているかのようだ。
このアルバムを聴いて、改めて平井堅とは異形のシンガーだと感じた。その“顔”がどんな表情なのか理解しようとすると、次にはまた違った“顔”をしている。形が定まらない。常に変異を繰り返す。それが平井堅というアーティストの本質的な部分なのではないかと思う。「どうぞ僕で遊んでください」「どんな歌でも歌います」と言わんばかりの寛容さがある。それによって自分が世間からどう思われようが、どんなイメージを抱かれようが構わない、いっそそれを楽しんでしまえというスタンス。そんな気概を感じる。
だから、“あなたになれなかった”のではない。“あなたになっても次はまた違う何かになっている”人なのだ。このアルバムを聴けば、そんな平井堅というアーティストの特殊性を知ることができるだろう。
あなたになりたかった
2021/05/12 RELEASE
BVCL-1149 ¥ 3,300(税込)
Disc01
- 01.ノンフィクション
- 02.怪物さん feat.あいみょん
- 03.#302
- 04.1995
- 05.僕の心をつくってよ
- 06.オーソドックス
- 07.ポリエステルの女
- 08.トドカナイカラ
- 09.いてもたっても
- 10.知らないんでしょ?
- 11.鬼になりました
- 12.half of me
- 13.おやすみなさい
関連商品