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<コラム>心に響くラブソングが魅力の次世代バンド、マルシィを紐解く

 福岡発の4ピースバンド、マルシィの名前を耳にする機会がじわじわと増えてきている。マルシィは、うきょう(Vo)、おさみぃ(Gt)、フジイタクミ(Ba)、めゐびー(Dr)から成る4人組バンド。バンドの結成が2018年で、現メンバーが揃ったのが2019年11月。現時点で6曲リリースしていて、心に響くラブソングを歌うバンドとしてファンを増やしている。例えば、彼らが最初に発表した楽曲「Drama」は、元恋人を忘れられずにいる気持ちを歌ったバラード。温かくも悲しげなうきょうの歌声に、バンドのサウンドが丁寧に寄り添っている。

Text:蜂須賀ちなみ

福岡発の4ピースバンド、マルシィとは?

 RADWIMPSやback number、クリープハイプ、My Hair is Badなど、ラブソングに定評があるバンドはいくつかいるが、いずれも邦楽ロックファンを超えてリスナー層を拡大させてきたバンドばかりだ。そんななか、ラブソングを歌う次世代のバンドとして注目されているマルシィ。今後の飛躍に期待できる国内新人アーティストをフックアップするSpotifyのプレイリスト「Early Noise Japan」や、文字通り失恋ソングをまとめたApple Musicのプレイリスト「失恋J-POP」など、ストリーミング配信サービスの公式プレイリストにピックアップされた実績があり、今では新曲をリリースするたびに、各種プレイリストにピックアップされたり、各種チャートに入ったりしている。



▲ マルシィ「Drama」


 YouTubeにアップされているMVのうち、2019年4月に公開された「Drama」のMVは現在再生数259万回を超えている。とはいえ、当然初めから人気が約束されていたわけではない。「Drama」は元々自主制作曲で当時はノンプロモーション。それにもかかわらず早耳のリスナーの間で話題になり、派手なバズこそなかったものの、ゆるやかに再生数を伸ばしていった。

 そんななか、2020年夏にあった2つの出来事がバンドの人気を後押しした。1つ目は、2020年5月31日からスタートしたストリーミング配信サービスでの楽曲配信。それまではリスナーがマルシィの楽曲にアクセスするには、YouTubeでMVを見るか、Eggs(タワーレコードとレコチョクが運営する配信プラットフォーム)にアクセスするか、2019年7月にタワレコード渋谷店+ライブ会場限定で販売されたCDを買うかしか手段がなかった。ゆえに、元々バンド界隈の音楽が好きで、ニューカマーのことも積極的にチェックするようなリスナーが注目している“知る人ぞ知るバンド”というイメージが否めなかったが、ストリーミング配信を機に間口が一気に広がり、MV再生数の増加ペースも変わった。特に2020年5月30日(ストリーミング解禁の前日)から7月28日までの間には、90万回超から150万回超にまで数値を伸ばしている。MV公開から約1年2ヶ月後に90万回突破と考えると、2ヶ月弱で60万回というのは急速な増加だ。



▲ マルシィ「絵空」


 2つ目は、2020年5月に発表された楽曲「絵空」のヒット。MV再生数は現在253万回超で、2020年6月に1カ月内で再生数が15万回も増加し、つまりスタートダッシュからかなりの勢いがあった。しかしこの曲に関しても決定的なバズのきっかけがあったわけではない。インフルエンサーの拡散したわけでもないし、認知を拡大させる明確なきっかけが仕掛けられていたわけではないが、リスナーの口コミや弾き語りカバー動画の数が積み重なることでヒットに繋がった。その波が感知され、「絵空」は、Spotifyの「バイラルトップ50」やLINE MUSICの「邦楽ROCK TOP 100」にランクイン。ストリーミングチャートの場合、一度上位にランクインすればプレイリストにピックアップされ、さらに多くの人に聴かれる機会が増えていく。結果的に、「絵空」はSpotifyのバイラルチャートに1ヶ月連続チャートインし、2020年夏、Spotifyにおけるマルシィの楽曲のリスナー数は約10倍増加したという。ここで注目したいのは、“チャートに入った→リスナーに聴かれるようになった”という順序ではなく、“リスナーの口コミによって曲が流行った→そのムーブメントが感知されチャート入りが叶った”という順序であること。バンドが波に乗ったきっかけはあくまでリスナーの口コミだったことは強調しておきたい。



▲ マルシィ「ワスレナグサ」


リリースを重ねる度に、過去曲も含めてストリーミングで広がりが

 このように、「Drama」や「絵空」がたくさん聴かれることで、バンドに対する周囲の期待度も上昇。そのため、2020年11月リリースの「雫」、2020年12月リリースの「白雪」、2021年3月リリースの「ワスレナグサ」に関しては、配信直後からリアルタイムの再生数を反映させた各種チャートに入っていて、複数のプレイリストにピックアップされている。2020年以降はCDをリリースせず、ストリーミング配信に力を入れているマルシィ。積み重ねが実を結び、スペースシャワーが主催するプレイリスト「BOOM BOOM BOOM」の新人アーティスト応援企画「STARTERS MATCH」では、期間中のストリーミング再生数を他アーティストと競う企画で上位3組内にランクイン。そして先日4月27日、オンラインライブ「BOOM BOOM BOOM LIVE vol.2」に出演した。

 チャートなどの実績から読み取れることはまだある。まず、新曲がリリースされると、他の曲も一緒に聴かれる傾向にあること。MVの再生数に着目すると、「絵空」が発表された時期には「Drama」も数値を伸ばしているし、「雫」や「白雪」が発表された時期には「絵空」も数値を伸ばしている。また、ストリーミングでの再生状況に着目すると、2021年3月7日には、LINE MUSICの「邦楽Rock Top 100」で「ワスレナグサ」(21位)、「絵空」(34位)、「白雪」(65位)が3曲同時チャートイン。1つの曲を聴いたあと、「この曲がよかったから、マルシィの他の曲を聴いてみたい」といった具合にディグっているリスナーが多数いることがうかがえる。そして、歌詞がいいバンドとしてファンから認識されていること。リリース前に歌ネットで歌詞を先行公開した「白雪」、「ワスレナグサ」が同サイトの注目度ランキング(発売1ヶ月前~発売日までの楽曲のみが対象)でともに1位を獲得。「次の新曲はどんな歌詞だろう?」と楽しみにしている人が一定数いることがうかがえる。バンドサイドがMVだけではなくリリックビデオも制作しているのは、そういった需要を踏まえてのことだと考えられる。



▲ マルシィ「オードトワレ」


 そんなマルシィが、4月26日に新曲「オードトワレ」を配信リリースした。〈君は羽ばたいて きっと誰かのものになるのだろう/誰よりも思い焦がれてる僕を置いていく〉とあるように、“実ることのない恋の歌”を歌ったミディアムナンバー。編曲は島田昌典で、ストリングスの流麗なフレーズが特徴的。ポップなサウンドが、桜が咲いている様子よりも散っている様子をイメージさせるようでかえって切ない。うきょうによる歌詞表現は、まず、歌い出しの〈隣の席にいた 君を今も変わらず眺めてる〉からして秀逸。君と僕がいつからの仲なのか、僕が君にどういう想いを抱いているのかなど、この物語の背景が一発で伝わってくるほか、僕の心に棲みつく君の姿が映像として浮かび上がってくる。さらに、〈隣の席〉という多くの人にとって馴染み深いワードを持ち出すことで、学校に来さえすれば毎日隣にいられたあの頃の距離の近さと、そうはいかない今(精神的な距離の遠さ)とを対比。短い言葉にいくつもの情報を内包させた、最初のワンフレーズとしてこれ以上にない表現と言えるだろう。それ以外でいうと、〈巡り巡って僕のもとへ 来るはずないのにいつまでも/最後でいいからと 願って待っている〉というラインも気になる。〈最後でいいから〉という言葉は一見妥協に聞こえるが、恋愛における最後の相手とは一生を添い遂げる相手であり、これは妥協どころか最大級のエゴを感じさせる言葉だ。君は手に届かないと諦めながらも心の奥にある欲望を捨てきれているわけではない。そんな僕の心の揺れが読み取れる。なお、ショートヘアの女性がこちらを見ているアートワークは、ドラマーのめゐびーが描き下ろしたもの。マルシィのアートワークはどれも女性の繊細な表情が印象的だが、全てめゐびーが描いているそうだ。そちらにもぜひ注目してみてほしい。

 ライブやイベントが従来通りにできなくなった2020年を経て、バンドシーンの在り方は変わったが、今年こそはライブシーンが再び盛り上がることに期待しつつ、マルシィの活躍にも注目していきたいところだ。因みに、マルシィがこれまでに発表した曲は「オードトワレ」を含めて6曲のみ。今からでも全く遅くない、気になる人はぜひ聴いてみては。

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