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<インタビュー>配信プラットフォーム「MUSIC/SLASH」が掲げる高音質と著作権管理 ライブ配信への姿勢を代表・谷田氏に聞く
2020年7月、山下達郎の初ライブ配信『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』が行われた。この歴史的イベントを実現したのは、業界最高水準の音質での配信を成功させた、動画配信プラットフォーム、MUSIC/SLASHだ。2020年にサービスを開始してから、これまで藤井風、坂本龍一、久石譲などのライブ配信を実施してきたMUSIC/SLASHは、アーティストが納得する最高の音質に加えて、違法録画対策という難題を解決した配信プラットフォームとして、アーティストや業界関係者から注目を集めている。
新型コロナウイルス感染拡大の影響でライブが開催できない中、アーティストが安心して使える配信技術への期待が高まっている。今回は、MUSIC/SLASH代表で、株式会社SPOON代表取締役社長の谷田光晴氏に、高音質へのこだわりや、著作権保護の対策など、サービスの可能性や、配信業界の課題を伺った。
配信の規模感に合わせて最適な環境を構築
――これまでどのように音楽の配信に関わってこられましたか?
谷田光晴(以下:谷田):映像クリエイターと同時にテクニカル・ディレクターとして様々な配信やプロジェクションマッピングの作品に関わってきました。初めて音楽イベントの配信に関わったのは2011年です。坂本龍一さんのソロツアーの韓国公演を、専用回線を使って韓国の会場と六本木ヒルズの映画館と繋いで、高音質HD映像でライブ配信するイベントも担当させて頂きました。2018年からは、山下達郎さんのツアーに映像クリエイターとして参加しています。過去2年ご一緒させて頂いて、良質な音をどうライブで聴かせられるか、ばかり考えさせられています。
――MUSIC/SLASHの開発はコロナ前から始まっていたとお聞きしました。
谷田:当初、東京オリンピックのため、達郎さんは2020年のツアーをお休みされることが決まっていました。最初は物凄い失望感に苛まれました。ですが逆に、2020年は今までやれなかったことを実行すべき、と2019年夏から行動を始め、その時に、2011年ごろから考えていたアーティストに選ばれる、高音質かつ高画質の音楽配信サービスを始めようと決めました。準備は数年前から進めてはいましたが完成のための作業を2019年10月頃から着手し始めた直後、新型コロナウイルスが来たんです。
――サービス最大の特徴はその高音質な配信ですが、どのように実現しているのですか? そして、ビジネスモデルはどのようになっているのでしょうか?
谷田:MUSIC/SLASHは、広告収入や投げ銭などの手数料で賄っていません。ライブ視聴するチケットの販売だけです。ですので、技術的に高音質と高画質が両立できるのは、必要なコストをお客様から頂くチケット代のみですべてを賄うため妥協しなくていいからなんです。
視聴環境も、数百万人、数億人が見る環境を作っていません。お客さんとアーティストにピッタリ合わせた会場サイズ、つまり視聴人数に対応すれは十分です。僕らの配信は、チケット前売りしかしていません。その理由も単純です。何万人来るか把握して、規模感にあった最適な環境を、毎回構築しているからです。リアルのライブと同じ考え方です。そうなれば、音質も画質も上げられます。
開始当初から、高音質を打ち出してきました。そのため、音響機器や外部スピーカーと接続して楽しみたい、というユーザーさんが多いです。ですので、プラットフォームや視聴環境を多様化させることよりも、まずは最高の音楽を最適な環境で視聴したい、という方に向けて開発を続けています。
――配信技術や、配信手法も谷田さんたちが独自に構築されたと。
谷田:パートナーでもあるメディアエッジさんという会社が、384kbps AAC-LCで配信できるエンコーダーを開発していまして、僕が高音質配信をやりたいということを伝えていたので、かなり前から配信の検証をしてくれました。配信用のプログラミングも開発チームが自前で作っています。
音質面では配信用に最高のミックスを作るために、リハーサルから立ち会っています。ライブの現場の専門家や、レコーディング・エンジニアと、ご一緒させて頂いています。エンコーダーを現場に持ち込んで、アーティストの方や、エンジニアさん、PAさんに何度も確認して頂きます。ノイズを減らすため、レベルメーターで計測して、ケーブル一本まで何度も変えたり、検証しています。現場の方から、この音質なら、とお墨付きを頂いて、配信をしています。
プロフィール
メディアプランナー・演出家・企画家
株式会社SPOON 代表取締役
慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科特別招聘講師
1980年、兵庫県篠山市生まれ。学生時代から映像クリエイターとしてのキャリアをスタート。音楽イベントなどの映像演出を中心に活動。2009年に株式会社タケナカに入社。テクニカルディレクター・クリエイティブディレクターとして数々のプロジェクトを開発・参画。2014年に独立し、株式会社SPOONを設立。現在は東京と大阪に拠点を置き、映像技術に精通した企画家・演出家として、多くの企業プロモーションの設計事業を展開する傍ら、映像機器メーカーやソフトウエア開発会社の顧問として新しいソリューション開発にも参画している。これからのイベントメディアの未来ビジョンを「デジタルメディアとフィジカルメディアの融和」として、大学などで学ぶ次世代のクリエイター達に自身が学んだことを伝える活動を精力的に行っている。2018年から山下達郎ライブツアー「山下達郎 PERFORMANCE」にVisual Product Art Director(映像作家)として参加。2020年5月に高音質動画配信プラットフォーム MUSIC/SLASHを立ち上げた。
関連リンク
Interview & Text:ジェイ・コウガミ
配信も一期一会の一発勝負
――昨年始まったサービスですが、すでに山下達郎さんや坂本龍一さん、大貫妙子さん、久石譲さん、藤井 風さんと、錚々たるアーティストの配信を手がけられてきました。高音質へのこだわりに加えて、アーティストに選んでもらえる他社には無い独自性は、何だと思いますか?
谷田:違法複製の問題への取り組みですね。ユーザーがコンテンツをキャプチャしたりダウンロードして勝手にアップロードする問題は止まりませんよね。
当初、サービスの目標は、山下達郎さんに使ってもらいたいサービスを作ることを目指していました。そして、プロトタイプを最初に聴いていただいたのも達郎さんでした。その際に、自分はお金を払って見に来てくれる人たちのためにライブをやっているから、コピーされたり、タダで見られるのは絶対に駄目と厳しく言われました。ですので、達郎さんが納得してくださるセキュリティと音質の両立を目指して、テストを繰り返した結果、僕たちの配信にご理解を頂くことができました。
HDCPとDRMをしっかり運用してコピープロテクトすることをアーティストに約束しています。当たり前なことをやっているに過ぎません。セキュリティをしっかりできるサービスこそが、アーティスト、権利者、音楽の権利を守るサービスだと思っています。
――達郎さんのライブ配信をきっかけに、多くのアーティストや事務所から問い合わせが増えたのではないですか?
谷田:そうですね。ですが、僕たちもクオリティを実現するための基準があります。ですので、金額条件が合わないなどの理由で、別のサービスでやります、というアーティストもいらっしゃいます。また、一時停止や巻き戻しができたり、アーカイブが観れるように調整して欲しいと言われる場合もあります。そういう条件も、お断りさせていただいています。実際のライブでは、一秒も見逃さず集中しますよね。僕たちは、ライブは一期一会の一発勝負だと考えています。配信も同じで、一発勝負で見て頂きたい。
それでも、アーカイブが観れるようにすることは、考えています。しかし、アーカイブは配信コンテンツに複製権やシンクロ権など著作権料が発生することになります。アーティストに還元する方法を考えた時、本来はその料金もチケット代に反映させなければ正しい著作権処理とはいえません。アーカイブ配信時には、見たい人には、別のチケット代を支払って頂き、録音物としての著作権料を徴収して還元できる仕組みを考えています。
――セキュリティの問題に加えて、著作権料を配信からちゃんと徴収することの重要さについても、MUSIC/SLASHはサービス開始から強調されていたことが、印象にあります。
谷田:アーティストへの還元を最大化できる方法は何か、を考えた時、著作権は避けて通れない問題です。ですのでMUSIC/SLASHを開発する前に、僕たちの会社で、著作権処理を徹底して勉強しました。著作権の話ができないと、アーティストさんとのやり取りができません。例えば、2020年9月、DJのケン・イシイさんのイベントを配信しました。その際、僕たちはケンさんがプレイする一曲毎に権利確認を細かく行った上で配信をしました。現状のその他の仕組みでは、配信イベントからの徴収方法が機能していません。配信でも著作権料をしっかり取れる仕組みを今後は作っていきたいですね。
―― 2021年以降のプランはありますか?
谷田:2021年は当たり前を追求したいと思っています。例えば、配信のチケットを1枚買ったとします。でも自宅で家族と見たり、恋人と見るということは、タダ見と同じですよね。当たり前ですが、リアルなライブ会場にはチケット購入者1人しか入れません。配信でも1枚買った人が見てくださり、その売上をアーティストに還元できる仕組みが作れないか、考えています。
もう一つは、新しい配信方式の技術を実現したいと思っています。MUSIC/SLASHを始めたことで、技術開発に長年携わってきた企業から、専門的な技術を紹介して頂けるようになりました。海外の技術を持ち込んだり、ライセンス料を支払うのではなく、こうした方たちと一緒に技術開発して、面白い配信方法にチャレンジしてみたいです。
――具体的な配信方法のアイデアがあれば、教えていただけますか?
谷田:複数のタイムテーブルを視聴者が行き来できる技術の特許を出願しました。複数会場からの配信をタイムテーブル形式で配信できる仕組みで、実装への開発を進めています。この技術を使うと、MUSIC/SLASH音質で音楽フェスが開催できたり、ライブハウスを回って楽しめたりできるようになります。
――コロナ以降、ライブやフェスが復活しても、音楽業界にとってライブ配信は必要されるでしょうか? それとも、一時的な物でしょうか? 谷田さんは今後どのようなビジョンをお持ちですか?
谷田:音楽からの収益を考える上で、サブスクリプションや広告モデルと、音楽業界がどう向き合うかを考えることが、凄く重要だと感じています。その中で、この時代に即した絶対的なマネタイズモデルを作りたいですね。熱いファン層を抱えているアーティストは、無理せずに創作活動が続けられたり、ファンのために作品を作りたいアーティストの選択肢の一つにMUSIC/SLASHが選ばれたいです。
MUSIC/SLASHは、生ライブを配信ライブに置き換えたい訳ではありません。ですので、配信数を増やしたり、市場を広げようみたいなことは全く考えていません。会場のキャパシティを増やせない、チケットを高額にできないライブの制限にプラスアルファを付けるため、ライブ配信は残したいですね。最終的に残るのは、クオリティの高い音楽やライブだと思います。コロナの先に日常が戻ってきた時に、選ばれるのは、そこを追求し続けた音楽ですね。配信プラットフォームの選択肢が多くある中で、僕たちは、現状ではなく未来を見てMUSIC/SLASHを続けていきます。
プロフィール
メディアプランナー・演出家・企画家
株式会社SPOON 代表取締役
慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科特別招聘講師
1980年、兵庫県篠山市生まれ。学生時代から映像クリエイターとしてのキャリアをスタート。音楽イベントなどの映像演出を中心に活動。2009年に株式会社タケナカに入社。テクニカルディレクター・クリエイティブディレクターとして数々のプロジェクトを開発・参画。2014年に独立し、株式会社SPOONを設立。現在は東京と大阪に拠点を置き、映像技術に精通した企画家・演出家として、多くの企業プロモーションの設計事業を展開する傍ら、映像機器メーカーやソフトウエア開発会社の顧問として新しいソリューション開発にも参画している。これからのイベントメディアの未来ビジョンを「デジタルメディアとフィジカルメディアの融和」として、大学などで学ぶ次世代のクリエイター達に自身が学んだことを伝える活動を精力的に行っている。2018年から山下達郎ライブツアー「山下達郎 PERFORMANCE」にVisual Product Art Director(映像作家)として参加。2020年5月に高音質動画配信プラットフォーム MUSIC/SLASHを立ち上げた。
関連リンク
Interview & Text:ジェイ・コウガミ