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Billboard Styleの言葉からvol.2「アナログ・レコード再入門」──Billboard Live Newsの既刊号から“音楽のあるライフ・スタイル”を再考する。
ビルボードライブ東京が発刊する月刊フリーペーパー[Billboard Live News]。2007年の創刊号から巻末を彩ってきたのが、コラム&インタビューを掲載する[Billboard Style]です。ここでは、約150回にわたって続いているそのページで語られてきた数々の「言葉」をピックアップ。[Style]のタイトル通り、あらためて「音楽のあるライフ・スタイル」を探るシリーズをお届けします。
東京と大阪に[ビルボードライブ]が誕生してから12年と数ヵ月。この干支がひとまわりする年月の間に音楽の聴き方も大きく変化しました。CDからダウンロードへ、そしてストリーミングや動画配信へと移り変わり、SNSや動画サイトでその情報が共有される。そんな変化の軌跡は、SNSなどのデータを積極的に取り込んだ[ビルボードジャパン]の数々のチャートにも反映されています。
そうしたデジタル化が進む一方で、ハイレゾの登場やアナログ盤の再評価など、音質へのこだわりも生まれ、音楽を楽しむスタイルが多様化したのもこの間の出来事。特にロックやソウル、ジャズのレジェンド・アーティストたちが続々とステージに登場する[ビルボードライブ]は、アナログ盤との相性が悪いわけがありません。
そこで今回の「Billboard Styleの言葉から」は、そんな「アナログ愛」を語ってくれたアーティストの言葉を集めてみました。
▲Billboard Live TOKYO
レコード盤を取り出す「贅沢な」体験
[ビルボードライブ]がオープンした2007年に遡ると、オープン直前に発行された[Billboard Live News]の創刊号で、アーティスト/プロデューサーの片寄明人さんが、「アナログ・レコードを聴く至福」というタイトルで寄稿してくれています。少年時代の思い出として「少ない小遣いをやりくりして入手したアルバムを、友人宅に持ち寄っては、ステレオの前に黙って座り、一音一音と対峙するかのように聴いたものだ。」という片寄さん。
『少年時代の愛聴盤だったエルヴィス・コステロのレコードの久々に針を落として驚いた。その鮮烈さと、細胞の隅々にまで音楽が染み入るような感覚に、一瞬にして虜になってしまった。慌ててCDと聴き比べてみたのだが、言葉に出来ない何かが決定的に違う。感動で立つ鳥肌の数が違うとでも言おうか。』(片寄明人/Billboard Live News 2007年創刊号)
この原稿が書かれた2007年に比べれば、デジタル・リマスタリングなどが急激に進んでCDの音質が進化したのも事実ですが、そんな「音の情報量」を超えたよさがアナログ・レコードにあると片寄さんは続けます。
『僕はレコードを聴くときの、儀式めいた行為が好きだ。盤を丁寧にジャケットから取り出し、ターンテーブルに載せ、針を落としたときのときめき。そして、人間の集中力を計ったかのような、片面30分以内というサイズ。』(片寄明人/Billboard Live News 2007年創刊号)
「盤を丁寧にジャケットから取り出し」という部分は、まさにアナログ好きならではのフレーズ。ワンクリックで無限大に音が降りてくることが当たり前の今だからこそ、片寄さんも「レコードを味わうように聴く、という行為ほど贅沢なものはないのかもしれない。」とエッセイを結んでいます。
▲Billboard Style 2007年創刊号誌面より。表紙はオープニング・シリーズとして登場したジョーでした。
「経験値」を高めることの大切さ
そんなアナログな体験から染み出してくる「贅沢さ」には、世代の違う二人からもこんな言葉が届いています。まずは、評論家でありテレビでも活躍する山田五郎さん。2009年、ちょうど4月を前に[Billboard Style]にフレッシャーズの皆さんへのメッセージを寄稿してくれました。社会に出れば、先輩たちの昔話を否が応でも聞くことになる、という前置きをした上で、こんな言葉を続けます。
『各部署に一人はいる自称ロック・オヤジにつかまって、「俺たちが若い頃はレコード一枚でも足が棒になるまで探して清水の舞台から飛び降りる覚悟で買ったもんさ」と、随所に死語を交えての自慢話を聞かされることになりかねません。』
『どうせ逃れられないのなら、嫌々聞き流してストレスを溜めるより、いっそ積極的に耳を傾け、「なかった時代の苦労」を追体験してみてはいかがでしょうか。それは高度情報化時代を生き抜く上で、かなり有効なトレーニングになるはずです。』
(山田五郎/Billboard Live News 2009年4月号)
さらに世代が入れ替わった今では、この「おやじの昔話」の内容も変わってきているかもしれませんが、様々なデジタル・デバイスから情報、そして「音楽」が流れ出し続けていることは変わりません。「なかった時代」を追体験してみることが、どうして有効なのかを山田五郎さんはこう説きます。
『IT機器は、量とスピードをアップしてくれるだけ。情報の質を判断し、利用するのは人間で、そこでは経験が生きてきます。そして経験知というやつは、労力とリスクに比例します。同じレア音源を手に入れるのでも、ネットで検索して無料でダウンロードするのと「足が棒になるまで探して清水の舞台から飛び降りる覚悟で買う」のとでは、得られる経験知のレベルが違うのです。』(山田五郎/Billboard Live News 2009年4月号)
レコード、つまり音楽を引き合いに出して「経験知」の大切さを語る。社会人の大先輩、山田五郎さんからフレッシャーズに向けられた、さすがの言葉たちでした。
▲Billboard Style 2009年4月号誌面より。表紙はキース・スウェットでした。
傷つくからこそ大事にしたいアナログ盤
そして、もう一人は、never young beachの安部勇磨さん。never young beachは、メンバー全員が30代の入り口という若さですが、これまでもアナログ・レコードでのリリースにこだわり続けてきたバンド。その「アナログ愛」に至った経験をこんな言葉で語ってくれています。
『(中古盤のアナログを)聴いていたら「絶対にレコードで聴きたい音がある」って感じるようになったんですね。(中略)どこが違うのか……うまく言葉にできないんですけど。』
『人の手が細かく入っているからなのかなって思うときがあります。レコードをプレスする現場で職人さんが溝を調整してくれたり、オーディオにも針にも人の手が入っていたり。どこかで「人を感じる」部分があるのかもしれないですね。』
(安部勇磨/Billboard Live News 2018年10月号)
さらに、安部勇磨さんは、最初に紹介した片寄さんの「儀式めいた行為が好きだ。盤を丁寧にジャケットから取り出し、ターンテーブルに載せ、針を落としたときのときめき。」という言葉に通じる気持ちをこう語っています。
『レコードは傷ついたり、汚れたりするからこそ、大事にしようって思える。楽器も塗装がはがれたり、経年で変化しちゃったりするから愛着があるし、大事にしますよね。簡単に買い換えることに慣れると、僕はあまりいいものが生まれないと思っているので、レコードにときめいてしまうんですね。』 (安部勇磨/Billboard Live News 2018年10月号)
アナログ・レコードは、音楽を聴くことの手段のひとつでありながら、どこかでその人の中にある「音楽」を豊かにしてくれるのではないか……。今回の「Billboard Styleの言葉」には、年月を経てこそわかる、そんなアナログ・マジックへのヒントが溢れていました。
▲Billboard Style 2018年10月号誌面より。
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