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ボブ・マーリー生誕75周年記念特集 ~息子、ジュリアン・マーリーの軌跡と課されたミッション
ボブ・マーリー生誕75周年にあたる2020年、7人いる息子のひとり、ジュリアン・マーリーが3月に来日を果たす。子どもの頃から音楽の道を志し、「マーリー・ブラザーズ」の一員として、また、ソロのシンガー・ソングライターとして活躍してきた。改めてボブの功績を振り返りつつ、ジュリアンの軌跡と課されたミッションについて考察する。
同時代生を保ち続けるボブの音楽
ボブ・マーリーが生まれた2月はレゲエ・マンスとして、本国ジャマイカでもイベントが目白押し。誕生日当日の2月6日は、ホープロード56番地にあるボブ・マーリー・ミュージアム−−彼が亡くなるまで住んでいた家であり、1976年に暗殺されかけた場所でもある−−でイベントが行われる。75回目の誕生日だった今年は、キマーニとダミアン、そして本稿のもう一人の主役、ジュリアン・マーリーがマイクを握った。ボブが1981年に36歳の若さで病死して半世紀弱。1984年にリリースされたベスト・アルバム『レジェンド』は、ビルボード・チャートのトップ200に613週連続(!)でランクインして、世界第2位の長寿ベストセラーだ(第1位はピンク・フロイドの『狂気』)。アメリカではいまでも毎月1〜2万枚は売れており、それにストリーミング配信で聴く層を加算すると、彼の音楽は新しいファンをずっと獲得し続けていることになる。
ボブ・マーリーは、60年代初頭からピーター・トッシュ、バニー・ウェイラーと一緒に音楽活動を始め、スーツを着て、アメリカの音楽をジャマイカ流にアレンジした軽快なスカや甘いロックステディを歌って徐々に売れていった。1970年代、アフリカ回帰思想をベースにしたラスタファリズムに傾倒し、鬼才プロデューサー、リー・ペリーの助力を得て傑作を次々と生む。イギリスから独立したばかりのジャマイカの気運と相まって、ルーツレゲエを奏でる彼は国民的スターへ。その間、政治紛争で荒れていたジャマイカのために、敵対する政党のリーダーふたりを【ワン・ラヴ・コンサート】で握手させるという偉業も果たしている。同時期に、イギリスのアイランド・レコーズ、クリス・ブラックウェルが戦略的に海外でも売り出し、体制からの自由を意味するドレッドロックスとともに全世界に衝撃を与えた。
▲Bob Marley at One Love Peace Concert (Full live) (Remastered)
‥‥あまりボブのことを知らない人のために、超ザックリ説明してみた。どの時代でも、衝撃を与え、爆発的に売れる音楽は生まれる。問題は、そのあとの持久力だ。たまたま、ラジオでかかって、「あー、懐かしい」で終わる作品と、自分の人生と照らして新たな意味をもち、次の世代に伝えたくなる作品との分かれ目はなんだろうか。ボブ・マーリーの言葉、メロディ、メッセージはまちがいなく、後者だ。彼は政治的、社会的な曲も多く残しているが、「みんなに伝わるように」と、意識的に平易な言葉で歌詞を書いたという。もし、ボブ・マーリーの音楽にあまり触れたことがないなら、この文章を読んでからぜひ、クリックするなりCDを求めるなりして、聴いてみてほしい。
マーリー・ブラザーズの真ん中っ子、ジュリアン
ボブ・マーリーが同時代性を保っている理由に、妻のリタ・マーリーが取り仕切るボブ・マーリー・ファンデーションを中心に、彼のレガシーを伝える活動が続けられることがある。1998年にアメリカのアーティストが彼の曲をカヴァーしたアルバム『チャント・ダウン・バビロン』がリリースされ、同様の趣旨のコンサート行われたり、2005 年の生誕60周年にエチオピアで大掛かかりなトリビュート・コンサートが行われたり、2012年には伝記映画『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』が上映されて話題をさらったり。新しいファンはもちろん、長年のファンにとってもボブに関して再発見があるプロジェクトが定期的にあるのだ。
もうひとつ、さらに大きな理由がある。彼の子ども達がアーティストとして活躍し、父の遺志をついだメッセージを歌声で伝えているのだ。レゲエの神様は36年という短い生涯のあいだ、12人(一説には13人)の子どもに恵まれた。そのうち、娘のうち2人は妻のリタ・マーリーの連れ子だが、ほとんどが「神の子」という自覚と重責のもと、マーリー家のビジネスに関わっていて、結束は固い。7人いる息子のうち、父と同じ道に進んだ5人、ジギー、スティーヴン、ジュリアン、キマーニ、ダミアンは、「マーリー・ブラザーズ」としてさまざまな形でタッグを組んでいる。今回来日するのは、「真ん中っ子」にあたるジュリアン“ジュジュ”マーリーだ。息子たちのなかで唯一人、イギリス生まれ。優しい佇まいの人で、ボブ・マーリー・ミュージアムや、タフ・ゴング・スタジオでばったり会うと、気さくに記念撮影に応じてくれる。柔和な雰囲気は、彼の父親譲りのハスキーで艶やかな歌声にも滲み出ている。
▲Julian Marley - Broken Sail (Official Video)
1975年生まれのジュリアンは、5歳のときにボブと死別している。父がイギリスに訪れたときやマイアミなどで会っていたそうで、海外のインタビューで「コンサートのバックステージで会っていたけれど、会話は覚えていないんだ」と話している。その代わり、子ども〜少年時代はイギリスを拠点としながら、アメリカのマイアミやジャマイカに訪れては、ジャマイカを代表するギタリストのアール・チナ・スミスや父のバンド、ザ・ウェイラーズのメンバーに教えを受け、兄弟たちと交流し、父の遺志を継いでいく。彼は、ステージではギターを弾くことが多いが、ドラムやキーボードも弾く、マルチプレーヤーだ。
90年代に入ってから本格的にジャマイカに移住し、1996年にデビュー作『Lion In The Morning』をリリース。これには、次兄のスティーヴンほか、姉のシャロンやセドラも参加している。ここから、兄弟たちとボブ・マーリーの息子として、世界中をツアーする生活が始まる。ひとつ、興味深いトリビアを。筆者も取材した98年の年末に行われた『チャント・ダウン・バビロン』のコンサートは、ベン・ハーパーやクリッシー・ハインズ、エリカ・バドゥやローリン・ヒルと人気レゲエ・アーティスト、そしてマーリー・ブラザーズが参加し、アメリカでは地上波でテレビ放映された。ローリンがソロデビュー作『ミスエデュケーション・オブ・ローリン・ヒル』で大ブレイクした頃だが、実は、このアルバムにジュリアンはギタリストとして参加しているのだ。ローリンはジュリアンの兄で、実業家のローハン・マーリーと以前、内縁関係にあり、ボブ・マーリーの血を引く子どもを6人生んでいる。
ジュリアンは2003年に『A Time and Place』を、2009年に『Awake』をリリース。マーリー・ブラザーズのなかではゲットー・ユース・インターナショナルの一員として、次兄のスティーヴン、末っ子のダミアンと仲がいいようで、音楽活動をともにしている。このレーベルには、「ミスター・ロックステディ」と呼ばれたアルトン・エリスの息子、クリストファー・エリスや、スティーヴン・マーリーの息子のジョマーサ・マーリーらも所属しており、ダミアンの「Set Up Shop」や、ジュリアンの「Lemme Go」といったヒット曲を放っている。
<最新作『As I Am』の聴きどころ>
2019年にリリースした、10年ぶり3枚目のアルバム『As I Am』の話をしよう。ジャマイカの一流ミュージシャンたちと丁寧にレコーディングしたのが伝わってくる、ジュリアンの最高作にして、長く聴かれる上質のレゲエ・アルバムだ。「ありのままの自分」というタイトル通り、肩の力が抜けたムードで、多彩な曲調のトラックに挑んでいる。シャギーとのダンスナンバー「Too Hot To Dance)、ビーニマンとはスカの「What's New Pussy Cat」、ロックに挑戦した「Chalice Road」、父への思慕と感謝をストレートに表す「Papa」など聴きどころはたくさん。筆者はベテランDee Jay、スプラガ・ベンツとの「Panic Mind State」を気に入っている。今年のグラミー賞の最優秀レゲエ・アルバム部門にもノミネートされたが、ジャマイカからの久々の大型新人、19歳のKoffeeのデビューEP『Rapture』に受賞は譲った。このアルバムのリード・シングル「Cooling In Jamaica」の歌詞がおもしろいのだ。
Cooling in Jamaica sitting on the white sand
ジャマイカにのんびりしているんだ 白砂の上でね
Sipping some coco and get sun-tan
ココナッツのジュースを飲んで 日焼けして
If you think I am tourlist but I am a West Indians
観光客に見えるかもしれないけど カリブ海の人間だよ
Born in England and true African
イギリス生まれだけど もとはアフリカ人
▲Julian Marley - Cooling in Jamaica (Official Video)
ラスタファリアンで、ドレッドロックスの髪を長く伸ばしているジュリアンだが、グレーがかった美しい鳶色の瞳と鷲鼻をもち、肌の色も薄い。そこで、「観光客に見えるかもしれないけど」という少し自虐が入ったラインになるのだ。ジュリアンの祖父にあたる、ボブの父親ノヴァール・マーリーはジャマイカ生まれの白人であったこともあり、ボブ・マーリーの子どもたちは肌の色がまちまちだ。だが、音楽の道に進んだ息子たちに共通する遺伝子がひとつある。歌声である。ダミアンだけ、レゲエでいうところのDeeJay(ラッパー)スタイルを得意とするが、ほかの4人はシンガーであり、全員がボブ譲りの歌声を披露する。マーリー・ブラザーズのコンサートで一緒にステージで立っている映像を見ると、よく似ているけれど微妙にちがう声色が重なり、おもしろい。なにしろ、全員が、父親の名曲を自分のものにして歌えるのだ。実は、彼らが20代だった頃、ジャマイカやニューヨークで揃い踏みのステージを見るたび、「お父さんの歌より自分の歌を前面に出せばいいのに」と思っていた。だが、年月が経ち、ボブ・マーリーの存在は伝説になる一方で、歌詞の同時代性、普遍性はどんどん増すという現象が起きた。
「起き上がれ 立ち上がれ 権利を取り戻すんだ(get up stand up, stand up for your own right)」、「争いはもういらない( no more trouble)」、「大丈夫 きっとうまくから (everything gonna be all right)」
という、ボブ・マーリーのシンプルながら力強いメッセージは、21世紀の今日も必要とされ、世界のどこかで響き続ける。そのため、アーティストとしてさらに成長したマーリー・ブラザーズたちは、自分たちの音楽を作ってキャリアを築きつつ、父のメッセージを生の歌声で届けるという重要な任務、ミッションを背負っているのだ。3月に来日するジュリアンも、ミッションを果たしてくれるはず。
いまから楽しみでしかたがない。
公演情報
ジュリアン・マーリー
Julian Marley
ビルボードライブ東京:2020年3月16日(月)※公演中止
ビルボードライブ大阪:2020年3月17日(火)※公演中止
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Text:池城美菜子
アタック・バック (ライオン・イン・ザ・モーニング)
2006/02/22 RELEASE
ABCP-110 ¥ 2,619(税込)
Disc01
- 01.ラビング・クリアー
- 02.ブロッサミング・アンド・ブルーミング
- 03.ライオン・イン・ザ・モーニング
- 04.ナウ・ユー・ノウ
- 05.バビロン・クッキー・ジャー
- 06.サム・オールド・ストーリー
- 07.アタック・バック
- 08.アーム・ユア・ソウル
- 09.イーズ・ジーズ・ペインズ
- 10.ホエン・ザ・サン・カムズ・アップ
- 11.ゴット・トゥ・ビー (ボーナス・トラック)
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