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星野源インタビュー <これから先の未来>
星野源の2019年は、ラディカルな変化に満ちたものだった。2018年末にリリースした5thアルバム『POP VIRUS』を提げて5都市を廻ったドーム・ツアーを敢行。8月には全ディスコグラフィーをストリーミング・サービスに解禁し、自身のInstagramアカウントも開設した。10月にはSuperorganism、Tom Misch、PUNPEEら国内外の「友人」とコラボレーションしたEP『Same Thing』をリリース。次いで、これまた自身初となる上海・ニューヨーク・横浜・台北を廻る『POP VIRUS WORLD TOUR』を行った。
上記に挙げたもの以外にも、日本人で初めてApple Music「Beats 1」のホストを務めたラジオ番組「POP VIRUS RADIO」を放送したり、2018年もライヴで共演したMark Ronsonが彼のツアーのニューヨーク・横浜公演に参加したりと、とにかく話題に事欠かなかったわけだが、この精力的な動きは今年初頭の時点では完璧にプランニングされたものであったわけではなかった。むしろ『POP VIRUS』という、日本の音楽の景色を今再び変えてしまった傑作を産み出し、ある種の「燃え尽き症候群」になっていた星野にとっては、予想もしていなかった喜びに満ちた一年だったと言っていいだろう。
2020年には1stアルバム『ばかのうた』から数えて、ソロ・デビュー10周年を迎える、星野源。「今、やりたいことがいっぱいあるんです」と、語る彼の表情は実に晴れ晴れとしたものだった。変革の年を経て、さらに道無き道を歩み続ける一人の音楽家のこの一年間の怒涛の歩みと、これから先の未来について話を訊いた。
自分の想いをしっかりと受け止めてくれている人たちが確かにそこにいる
――2019年11月23日から始まり、上海・ニューヨーク・横浜・台北を廻った『POP VIRUS WORLD TOUR』が終幕を迎えましたが、初めてのワールド・ツアーが終わっての感想を教えてください。
星野源:本当にやってよかったなって思っています。上海も、ニューヨークも、横浜も、台北も本当にお客さんの「熱」がすごくて、その盛り上がりが毎会場それぞれにあるような感じがしました。どの国のどの会場も現地に住んでいる人たちでいっぱいで。でもみんなものすごく音楽を理解してくれて楽しんでくれて、日本の会場でやるのと何ら変わらない感覚だったんですね。自分を待っていてくれていた、心がしっかりと繋がっている人たちが世界中にいるという事実にすごく感動しました。どこもすごかったけど、特に台北は熱気がすごかったんですよ。2,000人ほどの規模の会場だったのですが、その歓声は5万人が入るドームぐらいの「圧」があった。本当に鼓膜が破れるかと思うほどの熱狂でした。アンコールの後に「Pop Virus」がBGMとして流れたんですけど会場の全員で大合唱してくれて、とても帰る様子じゃなくて(笑)。
――本当に毎会場、星野さんを「待っていた」という気持ちが充満していましたよね。
星野源:そうですね。そういうお客さんの「近さ」をダイレクトに感じることの多かったツアーでしたね。海外のファンの皆さんからのダイレクトな反応を通して、逆に日本でいつも応援してくれているファンのみんなの存在も改めて強く感じたんです。いつもだと、なかなかその母数が多すぎてそれに気づくことができないんだけど、自分の想いをしっかりと受け止めてくれている人たちが確かにそこにいるっていう。僕はずっとそういう「目に見えない人」たちに向かって、表現をしたいと思ってやってきたので、その存在を今回のツアーを通じて改めて感じることができたのは嬉しかったです。
――MCで「音楽に国境はない」「音楽って楽しい」というストレートな言葉を仰っていたのが印象的でした。
星野源:「音楽に国境はない」って、ちょっとなんか言うの恥ずかしいじゃないですか(笑)。でもそれを本当に心の底から感じられた。「マジだ」と思ったんです。このツアーを始めた頃は思ってもみなかったので、それを体感できて本当によかったですね。今までやったことのないこと、未知の部分に踏みだして、道のない場所を進むということが自分にとってすごく大事なことで。これからはどこにでもいけるなって思いました。エネルギーをめちゃくちゃもらって帰ってきたので今、やりたいことがとにかく沢山あって、来年以降じっくりやっていきたいなって思っています。
――2020年の予定が早速飛び出しましたが、しかし、改めてこの一年間を振り返ってみると、まだ『POP VIRUS』の発売から約一年しか経っていないわけですよね。この一年でドーム・ツアー、EP『Same Thing』のリリース、そしてワールド・ツアーと怒涛の展開で。俳優業も同時並行でやられていたことを考えると、かなり濃密な一年だったんじゃないでしょうか?
星野源:さっきの話にもつながってきますけど、本当は 今年は音楽活動に関しては一年ぐらい休もうと思ってたんですよ。
――それは、何か理由があったんですか?
星野源:『POP VIRUS』というアルバムで自分の音楽として一番密度の高いものを創る事ができて、音楽的にもセールス的にもこれまでで一番高い目標をいい形で達成できたんです。これまでアルバムを作るごとに増えていった課題を全部自分の背中から下ろすことができた感覚があって。しかも、ドーム・ツアーも自分なりの見せ方でやりきることができたので。今までは、アルバムを作り終えるとすぐに次にやりたいことが見えてきていたんですけど今回はそれがなくて。燃え尽き症候群になっちゃったんですよね。このまま何のモチベーションもないまま、ルーティンとして音楽をやるのはすごく危険だなと思って、一旦、何も考えずに休もうって考えてたんですけど……。
――でも、そうはいかなかったわけですね。
星野源:そうなんです(笑)。ドーム・ツアーの最中とか前後ぐらいにいろいろな偶然や巡り合わせでSuperorganismやTom Misch、PUNPEEくんと友達になって。かれらとご飯食べたりしてる時に「なんか一緒に作ろうよ」みたいな話が本当に自然に出てきて。改めて考えてみたら「誰かと音楽を一緒に作る」ことって今まで自分はやってこなかったし、面白いかも……って思ったら、いろんなアイデアが溢れ出てきて止まらなくなったんですよね。コラボレーションって、ともすると音楽以外のビジネス的な要素が絡んでくることも多々あると思うんですけど、そういうんじゃなくて友達と「ただ作りたいから作る」っていうのはいいなって思って。
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EP『Same Thing』を作る作業は自分にとってセラピーのような時間だった
――また、音楽を創ることへのワクワクした気持ちが蘇ってきたわけですね。
星野源:でも、ただコラボレーションするだけじゃ面白くないから、当初は自腹でお金を出してレコーディングをして、ミックス・テープとしてリリースしようとしていたんですよ。セールスとかそういうところから離れて、一旦、ピュアにただ音楽と向きあいたいっていうのが根本のテーマとしてあったんです。でも結果的にはミックス・テープという文化そのものの真意が日本では理解してもらうのに時間がかかりすぎるっていう懸念があったり、完成した楽曲があまりにも良かったこともあって、作品として買えるかたちで出すことにしたんですけどね。単純に買えないっていうのはリスニングの方法を一つ奪っているだけだとも思うし。
――ちょっと……というか、かなりクレイジーでラディカルなやり方ですよね。5大ドーム・ツアーを大成功させて、その後が自主制作って、振り幅がすごい。実際、やってみていかがでしたか?
星野源:うーん……最初にまずSuperorganismと制作を始めたんですけど、本当にそれがいい体験として、心の中にものすごい刻まれたんですよね。「楽しい!」っていう感覚が。それがPUNPEEくんやTom Mischとの制作でもずっと続いていた感じっていうか。中学生の時に初めて楽器を買って、友達とバンド始めた時の楽しさみたいな感じでした。そもそもSuperorganismとはスタジオじゃなくて、スタジオに併設されている会議室に楽器とかPCとかゲーム機とかお菓子とかを持ち込んで、部室みたいな感じの環境で録音したんですよ。楽器弾いて「いいね!」って言い合いながらとりあえず録ってみて、お腹空いたらご飯食べて「おいしい!」って喜んで、疲れたらゲームやったりYouTubeで動画観たりして……(笑)。そんな音楽体験をこの歳でできるとは思ってなくて、色々経験してきた上でまたこういうピュアな音楽の喜びを味わえたのは、本当に幸せなことで。それができたのは、Superorganismが自分の好きな音楽とか作り出す音楽っていうのを、本当に大事にしているからだと思うんですよね。それはTomもPUNPEEくんにも通じることだけど。
――これまで星野さんは作詞・作曲・編曲、プロデュースも何曲かの例外を除けば、すべてご自分一人でやってきましたよね。他の方と作業をすることってどんな経験でした?
星野源:今までだったら、星野源の名義で出すんだから自分のプロデュースで全部やって、誰かがコラボレーターとして参加するにしても、自分がイニシアチブをとって完パケまで持っていってたと思うんですけど、今回に関してはリリースすらしないつもりで作ってたから、その辺りはどうでもよかった。「誰の作品だとか、ビジネスのことを一切考えないで、ただ面白い音楽を一緒に作ろうぜ」っていう感じ。ほとんどセラピーだったんですよね、僕にとっては。音楽の大事なものを僕は持っているつもりだけど、今までは自分の世界しか知らなかったから。それを違う場所に住んでる人や違うジャンルで活躍している人と一緒に音楽を作ることで、違う世界を知るというセラピーであり、勉強であり、純粋な遊びである……というような時間でした。
――今後もこういうコラボレーションはやっていきたいと思います?
星野源:出来上がってみて思うのは、4曲聴き進めるごとに自分の色が濃くなっていく感じがあるんですよね。最後の「私」で、僕一人だけになるみたいな構成になっていて……今までにない極端な経験をこのEPでできたから、セラピーがもう完了したような感覚もあって。あと、何枚かこういう作品を作らないといけないかもなとも思ってたんだけど。今はもう次のやりたいことも出てきたし、だから、自由になったなって感覚です。全力で挑んだので、やりきれたなって思いもあるから、次の作品からはやってもいいし、やらなくてもいい(笑)。曲ごとに考えられる状態になったって感じですね。
――今回のEPの表題曲の「Same Thing」は、星野さんにとって初めての全英語詞の楽曲ではありますが、表現に通底しているものは、これまで星野さんが歌ってきたこととつながっているような気がしていて。
星野源:そうですね。まず、この曲の歌詞は僕が日本語で詞を書いて、それをSuperorganismのメンバーに訳してもらって、何回かやりとりをその場で重ねながら作り上げたんです。だから、彼らの視点というのも入っている。でも、確かに今言ってもらったように僕が歌っていることって、ずっと根本にあるものは同じだと思うんです。この曲ではBrené Brownという人がTEDで行った講演に影響を受けていて。彼女が言っているのは、人間は特定の感情を抑えることはできないということなんですね。喜びを感じるためには、怒りや悲しみも感じる無防備な心になることが必要で、そのどちらもあるから人間なんだと。自分は悲しみとか苦しみをいろいろな情報から得やすいタイプで、それをマイナスなことだと思っていたんだけど、でも、そうじゃなくてそういう人ってその分だけ喜びを感じられるってことなんですよ。どっちがマイナスとか、どっちがネガティヴとかなくて、どちらも人間に備わっている。だからこそ、愛とFuckを同時に歌ってもいいじゃないかというのが「Same Thing」のテーマなんです。
――個人的には仏教や禅の「悟り」という考え方にも通じるところがあるな、と思いました。
星野源:確かにそうかもしれないですね。でも、本当に「悟り」が見えている人はイライラしたり、食欲や性欲があったりする自分っていうのを認めていると思うんですよ。まぁ、しょうがないよねって感じというか(笑)。この曲は「悟り」にたどり着こうとしているような状態のような気もしますね。
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何かを発信した時点で世界とのコミュニケーションはスタートしている
――なるほど、ありがとうございます。少し話は変わりますが、今年の新たな試みとしては、ストリーミング・サービスでの音源の解禁やInstagramの開設などもありました。なぜ今のタイミングだったのでしょうか?
星野源:Instagramを始める時の最初の投稿にも書きましたけど「人とつながりたい」っていう思いがあったんですね。今までは、自分のいる場所からあんまり出ないで、出会った人たちを引き込んで未来を創っていくって感じだったんだけど。そうじゃなくて、普通にもっと自由にいろんな人とあって、いろんな人と話がしたいなって思うようになって。それで、Instagramを含めた新しい試みを始めたんです。
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――そういうきっかけがあったんですね。
星野源:でも、最初は「本当にやるのかなあ」って感じでちょっと及び腰ではあったんだけど、(芸人の)渡辺直美さんとご飯に行った時にLAの旅で撮ったフィルム・カメラの画像を見せたら「全部フィルムでインスタをやってる人って今日本ではすごく少ないからやってみたらいいんじゃないですか?」って背中を押されて。僕、大昔に写真の学校に行ってた時期があって、フィルムが好きだったんです。だから投稿を基本フィルム縛りにして、自分の活動なり日常なりをフィルムを通して表現していくっていうのは面白そうだなって。始めてみたら思いほか、めちゃくちゃハマっちゃうっていうね……(笑)。
――めちゃくちゃ使いこなしてますよね。ストーリーズとかも自分でアップロードしてるんですよね。
星野源:一人でやってます。もう没頭しすぎて、画角とか文字の置き方とかいじってたら数時間経ってる。シェアって押した瞬間に「はぁ、疲れたぁ……」って一気に脱力しちゃうぐらい。
――ワールド・ツアーの後は、紅白歌合戦と年末まで大忙しのようですが、2020年はどんな年になりそうでしょうか? デビュー10周年記念の年でもありますよね!
星野源:そうですね……。さっきも話したように、2020年に限らず、これからは普通のことを普通にやっていきたいなって思いますね。こと音楽というカルチャーにおいては、海外と日本の間に見えない壁のようなものがずっとあったと思うんですけど、でも、テクノロジーの発展で世界というものが近所になった今、物理的な距離の問題は解消されて。世界中の音楽がどこからでも聴ける状態の今の世の中って本当にどこにいても「近所」なんですよ。だから、今回のEPもワールド・ツアーも企てたっていうよりは、もう本当に普通に自然の流れでできたんですよね。Mark(Ronson)とライヴやるのも、Markから「もう一回やらない?」みたいなノリだったし。
――海外進出とか、そういう言葉を使うことが今どれだけ世界のカルチャーを取り巻く状況から乖離しているかということですよね。
星野源:そうですね、古いですよね。でも、日本には、まだまだ見えない壁があると思うんですけど(笑)。でも、何かを発信した時点で世界とのコミュニケーションはスタートしているし、世界の人と分かりあうのも、隣にいる人のことを知ろうとするのも、今は同じくらいの距離感なんだと思うんです。同じくらい「遠い」し「近い」っていうか。どこにいたって人を知ることは大変で、面白いことで。だから……そうですね。僕は、普通に自分の音楽を世界中のいろんな場所に向けて放ちたいし、それを通していろんなコミュニケーションをとりたい。そんな感じですかね!
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