Special
ネナ・チェリー来日記念特集:「真にエクレクティックでヴァーサタイルなスタイルを確立したシンガー・ソングライター」Text by 小野島大
ジャンルを越境し続ける音楽性でシーンから多大なリスペクトを集めるネナ・チェリーがビルボードライブ東京での単独公演(8月19日)、そして【SUMMER SONIC 2019】への出演(8月18日、東京公演のみ)のために来日する。
2018年にはフォー・テットことキエラン・へブデンがプロデュースしたアルバム『Broken Politics』をリリースし話題となった。デビューから30年以上を経てなお、高い評価を集める彼女のキャリアと音楽性について、音楽評論家の小野島大氏に解説してもらった。
UKニュー・ウエイヴ・シーンでの交流から「Buffalo Stance」のブレイクまで
ネナ・チェリーは80年代から現在まで、ジャンルも年代も国境も民族もクロスオーバーした、真にエクレクティックでヴァーサタイルなスタイルを確立したシンガー・ソングライターだ。決して多作とは言えないが、そのつどの時代の肝を掴んだ先進的な作品を作り続け、後進たちのため道を切り開いてきた。
ネナは1964年3月、スウェーデンのストックホルムで生まれている。両親は早くに離婚したが、母親はアメリカのフリー・ジャズのトランペット奏者ドン・チェリーと再婚。ネナはドンの姓を名乗ることになった。両親の影響で幼いころから音楽に親しみ、父親と共にニューヨークを始め世界中を旅して回っていたネナは、自然と各地の音楽や文化、生活に馴染んで、コスモポリンタン的な性格を身につけていったようだ。
1977年にパンクに出会い、自分も音楽をやろうと思った。14歳になると両親と共にロンドンに移住、そこで女性パンク・バンドの先駆者でもあるザ・スリッツと出会い、ザ・スリッツのヴォーカリスト、アリ・アップやプロデューサーのエイドリアン・シャーウッド、ブリストル・サウンドの先駆ザ・ポップ・グループのマーク・スチュワートら、当時のポスト・パンク~ニュー・ウエイヴ、UKレゲエ~ダブの先鋭たちが集ったプロジェクト:ニュー・エイジ・ステッパーズに参加。
▲New Age Steppers - My Love
そしてザ・ポップ・グループを解散したブルース・スミスとギャレス・セイガーが結成した新グループ:リップ・リグ&パニック(RR&P)のヴォーカリストとして抜擢され、1981年にシングル「Go,Go,Go!(This Is It)」でデビューを果たす。当時まだ18歳だったネナの若々しい歌声は非常にフレッシュで奔放だった。RR&Pはザ・ポップ・グループのパンク・ファンクと即興的な前衛ジャズ、果てはアフリカ音楽やレゲエを融合した実験的で独創的な音楽性で高い評価を受けるが、アルバム3枚を残して解散。
▲Rip Rig & Panic - Go Go Go This Is It
ザ・ザ(マット・ジョンソン)への客演などを経て、1988年になってネナはシングル「Buffalo Stance」でソロ・デビュー。ボム・ザ・ベースのティム・シムノンをプロデューサーに迎えた軽快なヒップホップ~ダンス・ポップチューンで、ネナは歯切れのいいラップを披露、全英全米ともチャート3位まで上昇する大ヒットとなった。この曲はもともと英国のデュオ、モーガン=マックヴィーのシングル「Looking Good Diving」(1987)のB面に収められた「Looking Good Diving with the Wild Bunch」が原型だ。フィーチャリングされているザ・ワイルド・バンチはマッシヴ・アタックの前身となったヒップホップ・クルーで、この曲にはネナもゲスト参加していた。そしてこのモーガン=マックヴィーの片割れキャメロン・マックヴィーはのちにネナの夫となり、作曲・プロデュースなどで公私ともにパートナーとしてネナを支えていくことになる。
この「Buffalo Stance」を収めたファースト・アルバム『Raw Like Sushi』を翌1989年に発表、全英2位まで上昇するヒットとなり、ネナは一躍時代を象徴する顔となって、パンク~ニュー・ウエイヴ後のヒップホップ~ダンス・ポップの時代を鮮やかに先取りしてみせたのである。
▲Neneh Cherry - Buffalo Stance (Official Video)
▲MORGAN McVEY - Looking Good Diving with the Wild Bunch
豊富なコラボレーションと長い沈黙期、そして『Broken Politics』の現在
そしてこのアルバムの収録曲「Manchild」の作者の1人として名を連ねているのは、マッシヴ・アタックを結成したばかりのロバート”3D”デル・ナジャ。アルバムにはアンドリュー”マッシュルーム”ヴォウルズも参加している。「Manchild」のシングルにはマッシヴや、マッシヴと並ぶブリストルの雄スミス&マイティもリミキサーとして参加。つまりネナはのちにマッシヴやスミス&マイティ、ポーティスヘッドらによって一大ブームとなったブリストル・サウンドあるいはトリップホップの動きをいち早く察知し成立に一役を買った功労者ということになる。
さらにネナは米ヒップホップのギャング・スターやポーティスヘッドのジェフ・バーロウ、REMのマイケル・スタイプなどが参加したソロ2作目『Homebrew』(1992)をリリース、そして1994年にはセネガルのユッスー・ンドゥールとのデュエット曲「7 Seconds」を発表、フランスで16週連続1位を記録するなどヨーロッパを中心に大ヒット。アフリカン・ポップの貴公子としてワールド・ミュージックの時代を牽引したユッスーにとってキャリア最大のヒットとなった。その手助けをしたのがネナだったわけだ。
▲Youssou N'Dour - 7 Seconds ft. Neneh Cherry
しかしこの曲を収録したアルバム『Man』(1996)を最後にネナはソロとしては長い沈黙期間に入る。その間ゴリラズやピーター・ゲイブリエルのアルバムに客演したり、スウェーデンのジャズ・トリオ、ザ・シングと共演したり、夫キャメロンや娘のタイソンと結成したバンド、サーカス(CirKus)などの活動はあったが、なんと18年というブランクのあと、4枚目のソロ・アルバム、その名も『Blank Project』(2014)を発表。もともと彼女がファンだったという英国エレクトロニカの雄フォー・テットことキエラン・へブデンのプロデュースだった。母親の死をきっかけに作られたというこの作品は、パーカッションを中心とした最小限の楽器編成で作られた作品で、終始抑制されたネナのヴォーカルとフォー・テットによる深みのあるエレクトロニカ~トリップホップ・サウンドの融合は50歳になった彼女にとって新境地であり、高い評価を受けた。
▲Neneh Cherry - Blank Project
そして昨年になってキエラン・へブデンが再びプロデュースした新作『Broken Politics』を発表(今回はフォー・テットではなく本名名義)。キエランは曲作りでも全面的に参加し、前作以上にディープで繊細で力強いアルバムを作りあげている。本作はかつて継父ドン・チェリーも使ったというNYウッドストックのスタジオで録音された。またドンが参加したフリー・ジャズの巨人オーネット・コールマンの音源からのサンプルも使われており、ネナのルーツを振り返るようなアルバムにもなっているのである。3Dと組み難民問題をテーマにしたディープなトリップホップ・チューン「Kong」も聴ける。アルバムのテーマはタイトル通り、最近の政治状況についての言及だ。ネナは語る。
「多分“政治”っていうのは寝室もしくは自分の家の中から始まっているもので、“行動”や“責任”というものの一つの形だと思うの。このアルバムはそのようなことに関するもの全て:心が張り裂けそうだったりがっかりしたり悲しいと感じることはあっても、耐えることを知っている。これは自由な思想や精神を無くさないための戦いね」
ネナは現在55歳。だが最近のライヴ映像を見る限り、その声に衰えは見られない。若いころのようなキュートでエネルギッシュな歌声を保ちながらも、落ち着いた大人のヴォーカリストとしての魅力も増している。55歳にして自らの表現を果敢に更新し続け、政治的なプロテストも辞めない彼女のバイタリティには脱帽のほかない。そんな彼女の来日公演、絶対見逃せない。
▲Neneh Cherry - Kong
▲Neneh Cherry - Natural Skin Deep (Glastonbury 2019)
Text:小野島大
公演情報
ネナ・チェリー来日公演
- SUMMER SONIC 2019 / Billboard JAPAN STAGE
- 2019年8月18日(日)
- http://www.summersonic.com/2019/
- ビルボードライブ東京
- 2019年8月19日(月)
- 詳細はこちら
関連リンク
関連商品