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超実写版『ライオン・キング』OST発売記念特集~音楽賞を総なめにした名作ができるまで~
2019年は、エルトン・ジョンの年といっても過言ではないだろう。彼の半生を映画化した『ロケットマン』と、自身が音楽を手がけ、数々の賞に輝いたディズニー・アニメーションの名作『ライオン・キング』の超実写版が公開される年だからだ。すでに日本を除く世界各国で公開されている『ロケットマン』は、エルトンの母国イギリスなどで好調なスタートを切り、『ライオン・キング』に至っては全米オープニング3日間の興行収入が1億8,500万ドル(約197億9,500万円)という驚異の数字を叩き出している。
『ライオン・キング』は、誰もがこの世界に生きる誰かを支えているという生命のつながり“サークル・オブ・ライフ”が意味するメッセージが心に響く名作だが、その名作を彩るのが、エルトン・ジョン作曲、ティム・ライス作詞の劇中音楽だ。ティムは、ディズニー・ルネッサンスと呼ばれる1989年~1999年のディズニー黄金期の初期作品である『美女と野獣』(1991年)と『アラジン』(1992年)の作詞を手がけた作詞家で、2人が書き上げた劇中歌5曲に加え、映画音楽の巨匠と呼ばれるハンス・ジマーによるスコアを収録したサウンドトラックは、全世界で大ヒット。映画とサウンドトラックはセールス面だけでなく、作品面でも高い評価を受け、3名はその年の音楽賞を総なめにした。
そしてついて、アニメーション版の公開から25年の月日を経て、実写もアニメーションも超えた驚異の“超実写版”『ライオン・キング』が公開された。アニメーション版『ライオン・キング』のサウンドトラックが成し遂げた偉業や、アルバムが出来るまでの経緯や裏話、そして、その傑作をさらに超える超実写版サウンドトラックの聴きどころを紹介しよう。
メロディメーカー×大物作詞家×映画音楽の巨匠が手がける名曲
1991年初期に『ライオン・キング』の作詞を手がけることが決まったティム・ライスは、同年3月に亡くなった作詞家ハワード・アシュマンの後を継いで、アラン・メンケンと『アラジン』の曲を作っていたところだった。ディズニー側から『ライオン・キング』で誰と音楽を作りたいか尋ねられたティムは、最初ABBAにオファーをしたものの、アルバム作りとミュージカルの準備でスケジュールが合わず、断られてしまう。次に誰がいいか考えたティムはエルトンにコンタクトを取った。ティムは1982年のエルトンのアルバム『ジャンプ・アップ』に収録されている「リーガル・ボーイズ」で共に仕事をしていたこともあり、エルトンが適任だと考えたようだ。
しかし、当時のディズニーの副会長であるロイ・E・ディズニーはその時代のポップ・ミュージック・シーンに疎く(本人曰く『グレン・ミラーが音楽を引退した後のポップ・ミュージックを知らない』)、ティムの提案にあまり興味を示さなかったようだ。また当時のエルトンは、1970年からほぼ毎年のようにアルバムを出しては、そのツアーで世界を廻るという超多忙の生活を送っていたため、ティムもディズニーもエルトンがこのオファーを受けてくれるとは思っていなかったと話す。それに加え、1971年公開の英映画『フレンズ〜ポールとミシェル』でエルトンは初めて映画音楽に挑戦していたものの、それ以降、映画音楽から離れていたことも、ディズニー側にとっては懸念材料の一つでもあった。しかし肝心のエルトンはと言うと、そのオファーに二つ返事で承諾。そのときについてエルトンは「喜んでチャンスに飛びついた。だってディズニーは一流の映画スタジオだし、(『ライオン・キング』の)ストーリーもディズニーのスタッフもすぐに好きになったからね。ディズニーは永遠に語り継がれる作品で、大人も子供も楽しめる。刺激的なプロジェクトだったのと同時に困難だけどやりがいのあるものでもあった。というのも自分の音楽を作るときのやり方と全く違う方法で曲を書かなければいけなかったからね。」と語っている。
そうこうして『ライオン・キング』の音楽作りはスタートした。アンドリュー・ロイド=ウェバーやポール・マッカートニー、フレディ・マーキュリーと共に仕事をしてきたティムは、その楽曲の9割以上はメロディー先行で、歌詞が後だったようだが、『ライオン・キング』では、エルトンの希望で先に歌詞を書くことに。ストーリーに忠実に沿った曲が必要だと考えたからだ。プロダクションチームと密に話し合いを進めたティムは、曲の内容と曲が使われる場面が決まってから、エルトンの元へ赴くと、エルトンは速攻で音を書き上げてしまい、その早さにティムも驚いたという。ティムは「エルトンの曲作りの早さには度肝を抜かれた。昔から彼は20分かけていいメロディーが思い浮かばなかったら、それをボツにすると言っていた。エルトンが『サークル・オブ・ライフ』に取り掛かるところから完成するまでを目撃することができて……14時頃に彼に歌詞を渡して、15時半頃には完璧なデモ録りが終わっていた。」と、『ライオン・キング』の代表曲のひとつが、ものの1時間程度で出来上がったことを明かした。
▲「サークル・オブ・ライフ」
こうしてティムとエルトンによって「サークル・オブ・ライフ」、「王様になるのが待ちきれない」、「準備をしておけ」、「ハクナ・マタタ」、「愛を感じて」の5曲が完成。そして、『レインマン』や『ドライビング Miss デイジー』で名を馳せ、1930年代のアパルトヘイト体制下の南アフリカを舞台にした映画『パワー・オブ・ワン』(1992)でアフリカ音楽を取り入れたハンス・ジマーによって、ポップ/ロック/ゴスペル寄りだったこれらの楽曲にアフリカン楽器やズールー語のコーラスなどが加わり、アフリカン・テイストにアレンジされた。さらに「サークル・オブ・ライフ」にアフリカ出身のシンガー、レボ・Mによってズールー語の歌詞が付け加えられ、南アフリカ・ヨハネスブルグから約250km離れたスタジオで収録されたコーラスや現地の音声が採用され、とことんアフリカ・サウンドを追求した12曲入り(エルトン・ジョン歌唱の3曲含む)のアルバムが完成した。
▲エルトン・ジョン「愛を感じて」
リリース情報
Text: Mariko Ikitake
最も売れたアニメーション・サウンドトラック
そして満を持して発売された『ライオン・キング オリジナル・サウンドトラック』は、1994年6月18日付けの米ビルボード・アルバムチャートで初登場13位にチャートイン。6月24日に全米公開を迎え、着々と順位を上げていくと、7月16日付けの同チャートから9週連続でNo.1に輝く。本作は翌年4月29日付けで再び1位に輝き、トータルで10週に渡って全米アルバム・チャートを制した。2014年4月に『アナと雪の女王』のサウンドトラックにその記録を破られるまで、アニメーション映画のサウンドトラックがトップに君臨した首位最多週記録を保持。また、1994年の年間アルバム・セールス・チャートで4位に入り、アメリカ国内だけでも総セールス枚数780万枚以上と、ディズニー作品及び世界のアニメーション作品のサウンドトラックの中で最も多く売れたCDアルバムとして、いまだにその記録を保持している。フィジカル・セールスが年々減少している昨今の音楽シーンの傾向から、今後この記録が破られる可能性はかなり低いだろう。
音楽セールスに加えて、映画の興行収入はアメリカ国内で4億2,278万ドル(約459億円)、全世界興収は9億6,848億ドル(約1,051億円)と大ヒットを記録(Box Office Mojo調べ)。1994年のアメリカ国内年間興収ランキングでは『フォレスト・ガンプ』に次ぐ2位を記録するなど興行的にも大成功を収めた。【第67回アカデミー賞】では「ハクナ・マタタ」、「サークル・オブ・ライフ」、「愛を感じて」の3曲が<主題歌賞>にノミネートされ、見事「愛を感じて」が受賞。ハンス・ジマーは<作曲賞>を受賞している。ほかにも【グラミー賞】で4部門、【ゴールデン・グローブ賞】で2部門を受賞するなど、その年の賞レースを席巻した。エルトンは後に、『ライオン・キング』、『アイーダ』、『ビリー・エリオット』、『レスタト』といったミュージカル音楽を手がけるようになるのだが、これも全て『ライオン・キング』での経験とティムがオファーの時にかけてくれた電話のおかげと話している。
▲【第67回アカデミー賞】<主題歌賞>発表
▲「愛を感じて」
ここで「愛を感じて」に関するトリビアを2つ。何度か路線変更されたこの曲は途中でティモンとプンバァが歌う曲に変わり、実際にティモンとプンバァの声を務めたネイサン・レインとアーニー・サベラはレコーディングまでしたのだが、ラブソングとしてこの曲を書いたエルトンがそれを拒否したため、残念ながらボツに。またこの「愛を感じて」が一度カットされたこともエルトンの証言によって明かされている。2012年のThe Wrapのインタビューでエルトンは「映画公開の4週間前に(ディズニーのCEOの)ジェフリー・カツェンバーグが映画を見せてくれたんだが、『愛を感じて』がカットされていて、本当にガッカリしたことを彼に伝えたら、復活させてくれた。そのおかげで、オスカーを獲得できたんだよね」と語っている。もしエルトンの希望が通っていなければ、名曲「愛を感じて」はお蔵入りになっていたかもしれない。
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Text: Mariko Ikitake
キャストを一新して生まれ変わった 超実写版『ライオン・キング』
現在公開中の『ライオン・キング』のオリジナル・サウンドトラックには、今作のためにリアレンジされた劇中歌と、ハンス・ジマーが手がけたスコアが収録されている。ファレル・ウィリアムスがプロデューサーとして参加した楽曲は、アニメーション版のサウンドトラックと比べてビートや楽器のバリエーションが増え、ポップに、そしてアフリカン・テイストが際立っている。また、アニメーション版では、主人公シンバやシンバの幼馴染のナラ、シンバの叔父で王座を狙うスカーといった主要キャラクターの声をほぼ白人俳優たちが務めていたが、今回はシンバをドナルド・グローヴァー、ナラをビヨンセ、スカーにキウェテル・イジョフォーと、ほぼ黒人俳優たちが務めており、よりアフリカン・ルーツを尊重する作品になっている。さらに、アニメーション版のサウンドトラックには収録されていなかったティモンとプンバァが歌う「ライオンは寝ている」が本作に収録されているところもファンには嬉しいポイントだ。ティモンとプンバァの声を務めたビリー・アイクナーとセス・ローゲンは、どちらも人気コメディー俳優で、ふたりのセリフにはアドリブがふんだんに使われている。アニメーション版で多くの観客のハートを掴んだティモンとプンバァの凸凹っぷりが、超実写版でもその愛らしさはそのままに、息ぴったりの掛け合いがいかんなく現れている。ティモンとプンバァと森の仲間たちが颯爽とフォーメーションを作ったかと思えば、そこにナラが登場して大騒ぎというこのワンシーンに、アニメーション版同様、大爆笑すること間違いなし。
▲「ライオンは寝ている」
8月7日にCD発売された本サウンドトラックは、本国オリジナル・キャストによる英語歌を収録した『英語版』と、日本語吹替版キャストによる日本語歌を収録した『日本語版』、そして両方を収録した『デラックス版』の3形態でリリース。全形態にエルトン・ジョンとティム・ライスによる新曲「ネバー・トゥー・レイト」と、ビヨンセのアフリカへの愛が込められたインスパイアード・アルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』よりビヨンセの新曲「スピリット」が収録されている。「ネバー・トゥー・レイト」は、シーアやアデル、エリー・ゴールディングの作品で知られるグレッグ・カースティンのプロデュースで、自分が進みたい道に進むことに<遅いなんてことはない>と、まるでシンバの背中を押しているようなポジティブな楽曲だ。本曲はエンドクレジットで流れるということで、本編が終わった後にこの曲を聴くと、さらにその曲を理解できるだろう。また、ドナルド・グローヴァーとビヨンセという現代ミュージックの重要人物2人による「愛を感じて」も最高に素晴らしいデュエットに仕上がっている。
▲エルトン・ジョン「ネバー・トゥー・レイト」
▲ビヨンセ「スピリット」
▲「愛を感じて」
日本語版では、シンバの声を賀来賢人、ナラを門山葉子、スカーを江口洋介、ティモンとプンバァを亜生(ミキ)と佐藤二朗が担当。賀来賢人と門山葉子は、すでに公開されている「愛を感じて」の歌唱シーンからも分かるように、ドナルドとビヨンセに負けない美声を披露している。スカーの楽曲「準備をしておけ(2019)」では、久々に歌声を披露している江口洋介のディープで悪意に満ちた歌声が楽しめ、「ハクナ・マタタ」では最初のフレーズを聴いただけで亜生と佐藤二朗のハマりっぷりがうかがえる。少し音程がズレたプンバァの歌声はいい意味でキャラクター味を出していて、思わず吹き出してしまうギャグも満載なので、通勤中やデスクで聴くには少し注意が必要だ。『日本語版』のデジタルアルバムと『デラックス版』には、新人アーティストのRIRIが歌う「サークル・オブ・ライフ」も収録。7月中旬に米ロサンゼルスを訪れたRIRIは、本作のジョン・ファヴロー監督とドナルド・グローヴァーに本曲をアカペラ披露した際、ドナルドから「『ライオン・キング』に出演したほうがいいよ! 君、本当にビヨンセみたいだ。ヤングバージョンのね!」と絶賛されており、その圧巻の歌声は見逃せない。日本語版と英語版では印象が違い、どちらも楽しめるので、ぜひ両方聴いてみて欲しい。
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Text: Mariko Ikitake
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