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「1つの意見では真実は見えないなと思った」―臼井 孝 インタビュー
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記録のヒットと記憶のヒットを混ぜ合わせた総合ヒットを作りたかった
−−音楽ランキングに興味を持たれたきっかけを教えてください。
臼井 孝:僕は大学では理系の勉強をし、大学卒業後は三菱化学に就職、コンピューターシュミレーションによる化学反応の研究をしていました。なんですが、実は小さい頃から音楽ランキングが大好きで。これを見ていただけますか?
−−このノートはなんでしょうか。
臼井:これは、ザ・ベストテンのランキングを書き留めたものです。このノートを小学生の時から、高校受験までずっと付けていました。なので、就職後も自分の仕事に対して迷いがあって。僕ができるような仕事は何かと考えた結果、音楽を研究したいと思い音楽系の広告代理店に転職しました。代理店ではマーケティング分析を通じて、数字を見るだけではなく、お客さんの目線に立ち、どうすれば買っていただけるのかを提案する仕事をしていました。
その後、コンピレーションアルバムを制作する仕事やチャートを解説する仕事をいただけるようになり、今は独立して市場分析、執筆活動、CDや音楽配信サイトの監修という3つを柱に仕事をしています。
−−そのプロフィールにも通ずると思いますが、この本を執筆されることになったきっかけは何ですか。
臼井:(ノートを見せながら)このようにヒット曲を記録していると、ヒット曲って記録するものと記憶されていくものがあるなと感じるようになったんです。なのに、音楽番組で「このアーティストが今までで一番売れた歌は?」というようなランキングでは、どうしても90年代をピークとした楽曲ばかりが選ばれていて。記録のヒットばかり注目されていることに違和感があったので、総合的に指標を見て順位を決めたいと思いました。
あと、もう一つのきっかけは、2016年に、星野源「恋」とRADWIMPS「前前前世」とピコ太郎「PPAP」がビルボードの年間チャートの上位を獲得したことですね。その頃から、CDヒット以外にもヒットを計る指標があるということが世間的に認知されたと思います。それ以前から、ヒット曲はまだあるということを言いたいと思って、僕なりの指標で、記録のヒットと記憶のヒットを混ぜ合わせた総合ヒットを作りたいと思いました。
−−たしかに、記録のヒットと記憶のヒットは両方存在し、どちらも反映されたヒットチャートは必要ですね。
臼井:今、ダウンロードやストリーミングなど色んな聴き方ができるようになったので、CDを購入する目的が「楽曲が良いから」だけではなくなってきていますよね。なので、全ての聴き方がちゃんと評価されると良いなと思っています。でも、昔もそういう総合的なランキングは存在していました。『ザ・ベストテン』でも、レコードの売上はだんだん落ちていっても、有線やラジオで長く支持されている点が評価されていましたから。なので、やはりランキングというのは様々な指標でちゃんと捉えないといけないと思います。
−−臼井さんのランキングへの疑問や興味の原点は『ザ・ベストテン』なんですね。
臼井:そうですね。音楽ランキングへの興味だけではなく、『ザ・ベストテン』を通じて1つの意見で物事の真実は見えないということも教えてもらったと思います。あと、1週だけではなく何週もチャートをキープすることで本当のヒット曲になるんだということも番組を通じて分かったことですね。それを象徴する出来事があるんです。『ザ・ベストテン』は12年間放送されたんですが、12年間合計の第1位は五木ひろしが1984年に発売した「長良川艶歌」なんです。でも、「長良川艶歌」は毎週のランキングでは1度も1位になっていないんですよ。1年近くにわたってTOP10前後を出たり入ったり、人気が続いていたから12年間で1位になったんです。
他にも、2004年4月28日発売の平井堅の「瞳をとじて」は週間最高位で2位なんですが、2004年の年間では1位を獲得しました。
−−たしかに週間チャートで1度首位を獲得するより、複数週にわたりチャートインし続ける曲の方が記憶のヒットに近いかもしれません。今回この本では、そんな総合ヒットを作るためのデータとして、「CD売上」、「ダウンロード」、「カラオケ」の3つのデータが取り上げられています。このデータで分析しようと思われた理由は、なんでしょうか。
臼井:70年代から現代にいたるまで、なるべく長期的に使われているものを評価軸にしたいと思い、この3つにしました。CD(レコード)にはオリコンに50年にわたる記録がありますし、2000年代になってからはやっぱりダウンロードは外せません。あとカラオケって、曲を覚えたらいつまでも歌われ続けますから、特に記憶のヒットの代表格ですよね。そのような理由で、この3つを使っています。
−−カラオケは日本独自の文化で浸透している音楽の楽しみ方の一つだと思います。CDがすごく売れていた90年代と今とでは、カラオケの役割は違うのでしょうか。
臼井:そうですね。すごくCDが売れていた時代は、その週に売れているものを、8cmシングルで買って、すぐ覚えてカラオケで歌うという人が多かったと思います。90年代は曲がリリースされて1~2週間後には、カラオケのランキングに入っていましたから。でも今は、わりとゆっくり覚えるというか、みんながある程度知っている曲になったら歌う人が多いように感じます。それに昔の曲でも、バラエティ番組で使われたりすると、それを見た視聴者が「いい歌だな」と思って、その曲をカラオケで歌うことがあったりと、より記憶型になってきていると思います。
イベント情報
『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』刊行記念
著者・臼井孝×イントロマエストロ・藤田太郎トーク&サイン会
2019年5月16日(木)
OPEN18:45 START19:00
紀伊國屋書店新宿本店9階 イベントスペース
参加料500円
リリース情報
『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』
- 臼井 孝
- 2019/4/23 RELEASE
- [1,700円(tax out)]
臼井 孝 1968年、京都市生まれ。93年、京都大学大学院理学研究科修了後、三菱化成(当時)に入社し、高分子材料を研究。29歳で畑違いの音楽業界に飛び込み、広告代理店で音楽ファンの視点を交えた市場分析を進める。2000年から音楽チャートやCDの解説を開始(当時のペンネーム:つのはず誠)。05年、T2U音楽研究所を設立し、CD企画も始める。『エンカのチカラ』、岩崎宏美紙ジャケット・コレクション、松崎しげるメガ盛りシングル「愛のメモリー」など約250タイトルに及ぶ。10年代より配信サイトの開発にも着手
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「うたもの」の方がロングヒットにつながる
−−今、特定のストリーミングサービスのランキングなど様々なランキングが存在しています。そのサービスのユーザーによって、ランキング結果も異なっていますが、世代やコミュニティーによってヒットするものが違うという、ヒットの分断は今後も増えていくと思いますか。
臼井:増えていくでしょうね。でも、1つずつのサービスの中でのヒットが繋がった時に、より大きなヒットになると思います。僕が感じている大きなヒットの基準の一つに、「小中学校の運動会で流れるか」があります。小中学校で流れるくらいまで浸透した時のヒットって、鳥肌が立つようなものすごい力があって。
例えば、「シェイプ・オブ・ユー」が去年あたりから、急に流れ出しました。売れたのは2017年なんですが、運動会レベルで使われるようになったのは2018年なんです。なので、時間差がありつつも、そういう超ロングヒットというのは、今後徐々に増えていくんじゃないかなと思いますね。ヒット曲が生まれるということは、共通項が生まれるということです。より仲間との楽しさが倍増し、寂しさが半減するってことですから、もっと生まれると良いなと思います。
−−ヒット曲があることで、例えば私と臼井さんの間の共通項という楽しさが生まれるということでしょうか。
臼井:そうです。SNSを見ていると「自分だけ知っていればいい」と投稿している人もいますが、結局そういうことを発信しているということは誰かの共感を求めようとしているという意味ですよね。なので、誰もが楽しさを増やして寂しさを減らそうと、何かしら共通点を探しているんだと思います。だからこそ、ヒット曲は絶対に必要だと思っています。
−−先ほど、ロングヒットは増えていくというお話がありましたが、アメリカでも複数週チャートインという楽曲はとても増えてきています。
臼井:そうですね。ストリーミングや動画によって、よりロングヒットが見えやすくなってきていますね。
−−昔もそうだったかもしれませんね。買うという行動しか計れなかったので、ロングヒットが見えにくかっただけで。
臼井:そうです。2013年にきゃりーぱみゅぱみゅ「にんじゃりばんばん」がヒットした時、週間YouTubeランキングを見ていたら、1999年にリリースされた宇多田ヒカル「First Love」と1996年のスピッツ「チェリー」の2曲がずーっとチャートインしていました。なので、5年以上前からそのような動きがありましたが、今はより可視化されるようになったということだと思います。
−−本の中には、ヒットのきっかけとしてタイアップの事例も多く紹介されています。今も、テレビ番組がチャートに及ぼす影響は強いと思われますか。
臼井:最近はバラエティ番組の影響によって、ダウンロードチャートが急上昇することがすごく多いですね。例えば、先日放送された『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』で、オードリーの春日さんが、ゆず「栄光の架橋」をピアノで演奏してプロポーズされました。その影響で、「栄光の架橋」のダウンロード数が急上昇したんです。バラエティ番組をきっかけに購入される人というのは、日頃から音楽が好きというよりむしろ、普段は音楽を聴いていないけれど、番組を見て良い歌だなと感動して買う人が多いのではないでしょうか。
あと、「栄光の架橋」は、もともと北京オリンピックとタイアップしたスポーツソングですよね。ですがオリンピックが終わると、結婚式ソングやチャリティーソングなど別の役割を持って売れ続けています。素敵な現象ですよね。
−−音楽番組の影響力は、いかがでしょうか。
臼井:音楽番組は、通常の放送時よりも『FNS歌謡祭』や『紅白歌合戦』といった特番の時に、チャートが大きく動いている感じがします。特番の時は、視聴者のモードが違うのかもしれません。なので、放送時間が1時間から2時間になっても、効果は2倍どころではなく5~10倍くらいあるのではと感じています。
−−今、私たちもビルボードのチャートと、テレビ番組での露出がどのように影響し合うかを分析しています。現在、チャートは、CDセールス、ダウンロード、ストリーミング、ルックアップ(CDのPC読み取り回数)、Twitter、動画再生、ラジオ、カラオケといった8種類のデータで構成していますが、番組によって反応するデータが異なるという興味深い結果がでています。
臼井:いろんな音楽の聴き方・お金の払い方があるからこそ、これはCDを買おうとか、これは動画サイトで見ようとか、これはレンタルで聴こうとか、限られた予算の中でやりくりしているのをすごく感じますよね。僕は楽曲には「おと」が主体のものと、「うた」が主体のものの2種類が存在すると思っているのですが、「おと」より、「うた」の方によりお金が払われている気がしています。
−−著書の中でも触れておられましたね。米津玄師「Lemon」やあいみょん「マリーゴールド」がヒットしたのも、一緒に歌いたくなる楽曲ということなのでしょうか。
臼井:米津玄師さんは、「おと」の部分の緻密さもありますが、「うた」の部分のヒットも大きいのではないでしょうか。先日、新宿でカラオケ大会が行われていたのですが、60歳くらいの男性が「Lemon」を歌っていました。その様子を見て、「うた」として広まると年齢に関係なく共感を呼び、広まるのだなと感じました。
−−これからのヒットは、どちらが主流になっていくと思いますか。
臼井:「おと」か「うた」かだったら「うた」の方だと思います。あとは、TWICEは何度も見たくなるミュージックビデオというのが、ロングヒットの要因の1つです。なので、これからは「絵」というか、映像もヒットの要因の1つに大きく加わってくると思います。
イベント情報
『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』刊行記念
著者・臼井孝×イントロマエストロ・藤田太郎トーク&サイン会
2019年5月16日(木)
OPEN18:45 START19:00
紀伊國屋書店新宿本店9階 イベントスペース
参加料500円
リリース情報
『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』
- 臼井 孝
- 2019/4/23 RELEASE
- [1,700円(tax out)]
臼井 孝 1968年、京都市生まれ。93年、京都大学大学院理学研究科修了後、三菱化成(当時)に入社し、高分子材料を研究。29歳で畑違いの音楽業界に飛び込み、広告代理店で音楽ファンの視点を交えた市場分析を進める。2000年から音楽チャートやCDの解説を開始(当時のペンネーム:つのはず誠)。05年、T2U音楽研究所を設立し、CD企画も始める。『エンカのチカラ』、岩崎宏美紙ジャケット・コレクション、松崎しげるメガ盛りシングル「愛のメモリー」など約250タイトルに及ぶ。10年代より配信サイトの開発にも着手
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今は映像のウエイトが高くなってきている
−−著書の中には、カバーによって原曲がヒットした動きも書かれています。
臼井:カバーには超えるものが3つあると思っています。まずは、時代ですよね。昭和から平成、そして今度は令和というように、カバーされることで曲が時代を超えて広まっていきます。次に、ジャンルです。例えば、『演歌の乱』という番組で徳永ゆうきくんがback numberの曲を歌ったら、配信チャートで急上昇しました。
そして最後に、性別ですね。徳永英明さんが女性の曲をカバーした『VOCALIST』シリーズが象徴的です。この3つを超えることで、楽曲は再活性化すると感じています。
−−同じ曲でも違う人が歌うことで見えなかった部分が見えるのですね。
臼井:そうですね。景色が変わるのだと思います。中島みゆきさんの「糸」もそうですよね。もともと、1992年に発売されたアルバムの収録曲ですが、2013年頃からカラオケチャートで上昇しはじめました。それは、素人の方の『のど自慢』や芸人のバラエティ番組での歌唱も含め、多くの歌い手がカバーした影響がとても大きいと思います。
−−過去の曲の再浮上というのは、デジタルの特徴でもありますね。YouTubeは無料で手軽に検索できることから、過去曲が浮上することがあります。
臼井:先ほどの、「おと」と「うた」に加えて映像という要素が加わって成り立っている現在の音楽シーンでは、ヒットチャートに動画再生数を入れることは重要だと思っています。ただ、映像が面白いからといって何度も再生するのと、音楽を聴きたくて動画を再生するのでは目的が違いますよね。なので、そのあたりの重みづけは総合チャートを作る上で非常に難しいのだろうなと思っています。
−−2016年頃から動画再生数は、全体的に大きく伸びているので、それぞれのデータの重みづけは私たちも毎週、注意深く見ています。
臼井:あと、Twitterのデータも面白いですよね。さだまさし「関白宣言」が、急にチャートインした週がありました(2017年2月13日付)。ネット上で、西野カナ「トリセツ」と比較され話題になったことが影響したんでしたよね。そういう現象も拾えるデータは面白いなと思います。
1位だけ見ても、何がヒットしているのか見極めるのは難しい
−−ヒットチャートは、1位のみが報じられることが多いですが、私たちは1位だけではなく100位までの楽曲を見ていただき、今週のプレイリストとしても見て楽しんでいただければなと思っています。
臼井:そうですよね。例えば、ビルボードのチャートページでは当週と前週の順位が表示されていますが、5週くらい前までの順位の推移を表示するというのは、どうでしょうか?例えば前週5位で翌週8位だと「ヒットしていないな」と感じるかもしれませんが、「10位→4位→9位→5位→8位」といったような推移だと、また見え方が変わってきます。
今は、特にダウンロードで先行配信してから、CDをリリースし、その後ストリーミングで解禁するといったように、タイミングをずらして公開される楽曲もあります。なので、特に5週くらい推移を見た方が、よりヒットの動向が見えるのではないでしょうか。
−−それは面白いですね。
臼井:その推移から、「この曲は、どうしてロングヒットしているんだろう」とか、「この曲はどうして、再浮上したんだろう」といったような、気づきもありそうですよね。
−−80年代からヒットチャートを軸に音楽市場をご覧になっていますが、1998年代をピークに音楽のソフト市場は下降しています。今は、ストリーミングの浸透によって市場全体は再び活性化してきましたが、音楽市場が不況だとチャートが面白くなくなるなど、市場とチャートは影響していると思いますか。
臼井:チャートやメディアに出ることによって、市場が活性化することはあっても、逆に、音楽市場が縮小したからといって、チャートがつまらなくなることはないと思います。たとえ縮小していても、チャートを通じて、「この曲、毎週チャートインするな」と感じて、少しずつ浸透していく楽曲もありますし。
−−音楽ランキングは必要だと思いますか。
臼井:絶対に必要だと思います。例えば、友人に「あの曲、良いよね」って話す時に、なんらかの信頼できるヒット指標がある方が伝わりやすいですよね。そのためには、そのチャートで1位を獲得する曲が世の中の人にとって納得のいく1曲でないといけません。あとは、チャートイン回数や前週の順位など、様々な数字がチャートには書かれているので、ぜひ色んな数字からヒットを読み取っていただくと、面白いと思いますね。
イベント情報
『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』刊行記念
著者・臼井孝×イントロマエストロ・藤田太郎トーク&サイン会
2019年5月16日(木)
OPEN18:45 START19:00
紀伊國屋書店新宿本店9階 イベントスペース
参加料500円
リリース情報
『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』
- 臼井 孝
- 2019/4/17 RELEASE
- [1,700円(tax in.)]
臼井 孝 1968年、京都市生まれ。93年、京都大学大学院理学研究科修了後、三菱化成(当時)に入社し、高分子材料を研究。29歳で畑違いの音楽業界に飛び込み、広告代理店で音楽ファンの視点を交えた市場分析を進める。2000年から音楽チャートやCDの解説を開始(当時のペンネーム:つのはず誠)。05年、T2U音楽研究所を設立し、CD企画も始める。『エンカのチカラ』、岩崎宏美紙ジャケット・コレクション、松崎しげるメガ盛りシングル「愛のメモリー」など約250タイトルに及ぶ。10年代より配信サイトの開発にも着手