Billboard JAPAN


Special

小坂忠×松任谷正隆 【新日本製薬 presents SONGS & FRIENDS】『ほうろう』インタビュー

対談インタビュー

 武部聡志プロデュースによるライブ・イベント【新日本製薬 presents SONGS&FRIENDS】の第二弾が11月26日に東京国際フォーラム ホールAにて開催される。武部聡志が「100年後も聴き続けてほしいアルバム」を、その音楽の“遺伝子”を受け継ぐ様々なアーティストたちが、世代も時代もこえて、 それぞれの解釈でアルバムを1曲目から全て再現するプレミアムコンサート。荒井由実『ひこうき雲』をフィーチャーした第一弾に続き、第二弾では小坂忠『ほうろう』がフィーチャーされ、小坂本人はもちろん、同作の演奏に深く関わったティン・パン・アレー(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)や小坂のソロ・デビュー期を支えたフォージョーハーフの後藤次利、駒沢裕城の面々をはじめとする豪華なゲストが参加する。日本のポップスのDNAに大きな影響を与えている名盤を、盛大な形でセレブレートする祝祭的な舞台だ。

 今回Billboard JAPANでは公演に向けて、舞台の主役である小坂忠と、全体の総合演出をつとめる松任谷正隆の貴重な対談を収録。「日本のR&Bの礎を築いた」とも言われる名盤について、“時空を超えて”改めて語って貰った。

『ほうろう』で細野(晴臣)君が形を作ってくれて、それに自分が乗れた

−−小坂さんは発表時のコメントで、「1970年代の初めは、それまでの音楽界にはいなかったタイプの、すごいミュージシャンがたくさん誕生して、それぞれの個性を発揮して、お互いを認め合って作品を作り上げました」とおっしゃっていましたが、このコメントについてもう少し詳しくうかがえますか?

小坂忠:今の日本の音楽につながる、創成期ですよね。その時代に一緒にバンドをやっていたミュージシャン達が、今でも日本の音楽を作る中心にいる。その人達が持っていた能力や積んできた経験は、本当に貴重だなと思います。

松任谷正隆:日本の音楽もまた、世界的な音楽の流れについて行っているわけで、世界的にも音楽が変わっていった時代なんじゃないでしょうか? 日本も何回か“洋楽の洗礼”を受けていますけど、それが特に大きく表れた時代なんだと思います。忠さんは(ミュージカルの)『HAIR』の前からずっと音楽をやられていますが、僕は業界に入った時は、忠さんの良さが分からずにやっていました(笑)。

小坂:『HAIR』以前の僕の音楽を知らないもんね。

松任谷:そう。ある一面の忠さんを知っていただけだから、『ほうろう』を一緒に作って、「へえ、忠さんって、こういう人だったんだ!」って驚いたんです。あのアルバムがなかったら、忠さんのことをフォークの人だと思ったままだったかもしれないです。

小坂:『ありがとう』という僕の最初のソロ・アルバムがフォークの作品だったので、邦楽フォークのジャンルに入れられてたんですよ。僕はすごく違和感を持っていたんだけど、まあ、しょうがないよね(笑)。『HAIR』の前には、エイプリル・フールや、その前にもザ・フローラルというバンドをやっていて、そこでも自分達の新しい音楽を作り出そうとしていたんだけど、当時はよくレコード会社の人間とぶつかったりしていました。やっぱり僕が思うのは、戦後に生まれた僕らは、それ以前の世代との文化的なギャップがあったということです。そういうものを持ちながら、ずっと活動してきた才能が、あの70年代くらいにやっと花開いたんだと思います。

−−松任谷さんは、そういう世代的なギャップを感じていましたか?

松任谷:当時は分からなかったですね。訳が分からないままやっていました。僕はカレッジ・フォーク上がりで、カントリー上がりだったので、小坂さんの音楽に対しても「この音楽は何だろう?」ってずっと思っていました。フォージョーハーフが解散するまで分からなかったですね。

 それが解るようになったきっかけが、『ほうろう』でした。それまでは、色んな人から「忠さんはカッコ良かったんだから」って言われても、「ボソボソ歌っているだけなのに?」って思ってしまっていたんです(笑)。

小坂:そうだよね(笑)。

松任谷:トークもボソボソ話していたから、「シャウトしてた? 信じられない!」って感じでした。

−−松任谷さんにとっても『ほうろう』が小坂さんのイメージが変わる、転換作だったんですね。

小坂:(『HAIR』の後)ソロで歌うようになってから、自分の歌のスタイルを見つけようとしていたんです。それまでコピーしかやってなかったから、初めて自分の歌を歌う時、どうやって歌えばいいのか分からなかったんです。最初の頃は、当時好きだったジェイムス・テイラーに影響されたスタイルでしたね。でも、これが僕にあったスタイルなのか、ずっと疑問だったんです。それをずっと探していて、『ほうろう』の時に、細野(晴臣)君がアルバムをプロデュースしてくれました。彼とはエイプリル・フールの時代から一緒に音楽を聴いたり、音楽の話をしたりしていたから、僕が好きな音楽をよく知っていたんです。『ほうろう』で彼が形を作ってくれて、それに自分が乗れた感じです。

松任谷:でも、『ありがとう』も細野さんがプロデュースしてますよね?

小坂:そう。だから細野君も探していたんだと思います。



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この作品は目に見えない奇跡がいくつも起こったアルバム

−−『ほうろう』は今では、“日本のリズム&ブルースの礎”というキャッチコピーが定着するほどに作品として高く評価されています。当時、この作品が後世に影響を与える作品になる、という確信はありましたか?

小坂:あくまで自分の歌のスタイルの出発点、あるいは再出発点というイメージで、それがどういう風に広がっていくのかまでは想像がつかなかったですね。

松任谷:僕は作品が出来た瞬間、「これは名作だ!」と思いました。間違いなく後世に残る作品だと感じました。これは口では説明するのは難しいのですが、全部のクオリティーー曲もそうだし、忠さんのスタイルもそうだし、サウンドも含めてーーが高くて。それを「まとめた」という表現だと少し違うんだけど、ただ作ったのではなくて、「別のモノが出来上がった」という感じでした。すごいアルバムが出来た、と思いましたね。

小坂:ミュージシャンとしてのティン・パン・アレーの、一番いい時のような感じがするね。

松任谷:そうだね。バンドでも、スタジオ・ミュージシャンでもない…。

小坂:サウンドクリエイター集団。そんな感じ。

松任谷:本当は偶然ではないんだけど、みんなで一つのものを偶然作り上げたような感じでしたね。ミュージシャンに一番勢いがあった時期でもあって。佐藤(博)さんも生きていたし、アッコちゃん(矢野顕子)もいたし…。

小坂:後で『ほうろう』のマルチ・テープが見つかって、聴き直したときは衝撃だったね。思わずボーカルを録り直したくなっちゃったんだよね(『HORO 2010』)。後でみんなからヒンシュクを買ったけど…(苦笑)。

松任谷:でも、その気持ちは分かる。ミックスし直したくなる気持ち。

小坂:ボーカルって人間性と同じだと思うんです。僕がオリジナルの『ほうろう』をリリースした後の何十年間に経験してきたことが、今の歌でどういう風に違いを表現できるのか。表現者としては、それが楽しみになっちゃうんですよね。

−−そういう欲求が掻き立てられるくらい、今聴いても、当時の演奏はすごかったということですね。

小坂:最高でしたね。

松任谷:いいアルバムというのは、どこかで奇跡が何度か起きないと生まれないんです。それが目に見える時もあれば、見えない時もあって、この作品はその目に見えない奇跡がいくつも起こったアルバムなんです。なので、そんなものをもう一度作るなんて無理なんですよね。

−−今回は、そんなアルバムを掲げた公演になりますが、コンセプトとしてはどのようなものになるのでしょうか?

松任谷:【SONGS&FRIENDS】は、「一枚のアルバムに影響を受けたミュージシャンが、後世にその作品を伝えていく」という企画なので、時空を越えたショーになると思います。全部を言っちゃうと、つまらなくなっちゃうと思うので難しいところですが、あの貴重な日本の音楽の転換期のど真ん中に忠さんはいたわけで、それを若い人を含め色んな人にも分かるようなショーになっていくと思います。『ありがとう』に参加したミュージシャンも出てくるなど、色々とサプライズもあると思います。

小坂:いっぱいありそうだよね(ニヤリと笑う)。

松任谷:この作品が出来た経緯や、それを若い連中が自分達の作品にフィードバックしていく部分まで表現した、そんなショーになると思います。

−−アルバム一枚にフォーカスするのではなく、時空を越えた音楽の繋がりを描くショーということですね。

松任谷:一枚のアルバムが与える影響って、思いのほか大きくて、若いミュージシャン達もこのアルバムには影響を受けていますね。

−−槇原敬之さんや田島貴男さん、さかいゆうさんのような若い世代から、細野晴臣さんや高橋幸宏さん、Charさんなど参加メンバーも錚々たる顔ぶれですよね。メンバーの人選に、お二人も関わっているのでしょうか?

松任谷:少しは関わっていますが、基本は武部(聡志)がやっていますね。僕は演出面で、それをパズルのように組み合わせていくような役割です。現代の忠さんを全体の括りとして、演出を作ろうと考えています。ただ、みんながやりたいことを全部やると4時間くらいのショーになってしまうので(笑)、ちゃんと2時間半くらいの長さに収めないといけないですね。

−−出演者からそれくらいアイデアが出てくるほど、大きな影響を与えた一枚なんですね。

松任谷:ミュージシャン自身が忠さんに思い入れがあるので、「これをやりたい」とか「あれをやりたい」っていうのが割とハッキリしている人が多くて。一方で、「何でもいい」っていう人もいるんだけれど、実は何でもいいわけなくて…それが一番難しいですよね(笑)。

−−なるほど(笑)。小坂さんから演出面でのリクエストは?

松任谷:忠さんからは「『ほうろう』の全曲をやりたい」というリクエストを貰いました。

小坂:せっかくあのアルバムにフォーカスしてくれるショーなので、それを自分で歌いたいと思ったんです。あとは、戦後世代である僕らから生まれてきた文化――例えば僕がバンドをやっていた18歳の頃は、一世代、二世代上の人達と一緒に音楽が出来るなんてイメージが全く持てなかったんです。だけど、今はそれを乗り越えたと思っていて。そんなこともこのショーから生まれればいいなとも思っています。

−−なるほど。当時は世代の差があったし、「自分達が新しい世代なんだ」という自負もあったでしょうし…。

松任谷:最初、僕らはアンダーグラウンドだったから。歌謡曲と“それ以外”という感じでした。

−−今思えば、そんなことが信じられないくらい、出演者の皆さんが大きな功績を残していらっしゃいます。それが一同に会するというだけでも貴重な機会ですね。

松任谷:みんな病弱なので、まずはちゃんと出てくれば…と思います(笑)。






小坂忠「ほうろう」

ほうろう

2001/11/21 RELEASE
ESCL-2281 ¥ 2,619(税込)

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