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コスモ・パイク来日記念特集 ~弱冠20歳にして注目を集める新鋭シンガーソングライター。その才能を育んだ「サウス・ロンドン・シーン」との関わりを5つのキーワードとともに探索する。
「サウス・ロンドン・シーンがアツい」と音楽メディアで取り上げられるようになって約1年ほど。今年に入ってからはトム・ミッシュ、ロイル・カーナーといったシーンの要人たちが相次いで来日。10月にはキング・クルールの盟友で新作『(04:30) Idler』も好評のジェイミー・アイザックの来日も予定されている。本稿の主役であり、【SUMMER SONIC 2018】、そして8月22日にビルボードライブ東京での単独公演も控えるコスモ・パイクもまた、そんなサウス・ロンドンの次代を担う若者だ。
現在のサウス・ロンドンの盛り上がりはいくつもの要素が複雑に絡み合いながら形成されている。アーティスト同士の関わりも密接で、現時点で一つの物語として解説するには頭を悩ませざるを得ないほど厚みのある動きだ。そこで今回はコスモ・パイク/サウス・ロンドンのシーンを理解すべく5つのキーワードを用意。それぞれの要素ごとに、その状況を整理してみたい。
KING KRULE
コスモ・パイクのことを考えた時、バックグラウンドの面で様々な共通点が見つかるのが、キング・クルールことアーチー・マーシャルだ。彼は、現在のサウス・ロンドンにとって、一種の守護神のようなアーティスト。「ペッカム」「多文化主義」「ブリット・スクール」…と、以下にまとめた全てのキーワードに、コスモ同様、彼も深く関わっている。
古のロックンロールやジャズ、ブルースと同時に、ダブ・ステップ以降の最新のエレクトロニック・ミュージックからの影響も昇華した彼の音楽は、常にロンドンの折衷主義を体現してきた。また、アーチーは、ペッカムとイースト・ダルウィッチにある離別した両親の家を行き来しながら育った、生粋のサウス・ロンドンっ子でもある。
▲King Krule - Molten Jets - Live On The Moon
同時に、キング・クルールは、LA(アメリカ)やパリといった英国外のシーンに対しても影響力・発信力を持っており、サウス・ロンドン・シーンの“窓”のような役割も果たしている。そしてコスモもまた若くして世界的なキャリアを築こうとしている。年齢もコスモの4歳年上であり、音楽的な影響も感じられる、“兄貴分”のような存在だと言えそうだ。
PECKHAM
「サウス・ロンドン」と一括りにした時に少しややこしいのが、シェイムがレベゼンするようなブリクストン周辺、さらに言えば“ウィンドミル”というベニューを中心としたインディ寄りのバンドたちと、ペッカムを中心としたジャズ/ラップ/ヒップホップなどの要素が混ざりあった、よりブラック・ミュージック寄りのアクトたち、大きく分けてこの2つが居るということ。通常「サウス・ロンドン・シーン」と言った時は前者が連想されることが多いようだが、後者に関してもシーンとしてのまとまりや繋がりは強い。コスモは紛れもなくペッカム・コミュニティのアーティストだが、音楽的にはブラック・ミュージックとロック、いずれの要素も感じられる。
▲Shame album launch party at The Windmill
では、ペッカムとはどのような地域か。かつては隣り合うブリクストンとともにロンドンで最も治安の悪い地域の一つとして知られ、犯罪やギャングによる暴力事件の発生率も高かった。ゆえに家賃も安く、移民・低所得者の多い街でもあった(コスモもルーツはジャマイカ系移民)。だが、街はこの15年ほどで様変わり。キャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツやゴールドスミス・カレッジ等、市内の美術大学に通う学生たちが、そのまま住み着くことで、洗練されたギャラリーやバーが増え、今では“ロンドンで最もヒップな地域の一つ”としてメディアから取り上げられることも増えた。その背景には、政府がこの地域を観光と商業の面で蘇らせようと2000年代から立ち上げている再建プロジェクトの影響もあったようだ。ある意味では、それらが奏功し、現在のペッカム&ブリクストンの活況がある、という見方が出来る。
だが、そうした街の変化をコスモは必ずしも良いこととしては考えていないようだ。その変化についてコスモは『i-D』のインタビューで「僕が生まれてからというもの、ペッカムは悪い方向に変化を続けてきた」と切り捨てている。加えてサウス・ロンドンが昔から受け継いできた(移民街であるがゆえの)多文化主義の尊さを説き、それへの愛も語っている。ペッカム市街地で運営され、コスモやジョー・アーモン・ジョーンズ、マクスウェル・オーウィン等が番組を持つコミュニティ・ラジオ「Balamii Radio」などは、地元の結びつきの良い面を象徴する存在だ。
MULTICULTURALISM
多文化的なカルチャーのあり方、そして地域の結びつきは、サウス・ロンドンの音楽を語る上で欠かせない要素だ。実際、弱冠20歳という若さのコスモ・パイクでさえ、これまでのキャリアを振り返ると様々な文脈に根差した活動をしていることが分かる。
まず、シンガーソングライターとしての彼は、前述のキング・クルールのような、ロウなロックンロール/インディ・サウンドがスタイルの中心となっている。これには、彼自身が長年のフェイバリットに挙げるザ・リバティーンズ(もっと言えば、ピーター・ドハーティ)からの影響も強そうだ。一方で、アレンジの面では、彼の家族のルーツであるカリブ音楽や、それらを昇華したUKのスカ/2トーンのバンドからの影響が強い。かと思えば、音源からは、R&Bやヒップホップなどモダンなダンス・ミュージックのプロダクションからの影響も感じられる。その多層的なテクスチャーが、現時点でのコスモの音楽の最大の魅力だと言っていいだろう。
▲Cosmo Pyke - Social Sites
また、コスモはシンガーソングライターとしての活動と並行して“AMMI BOYZ”というラップ/グライム・クルーの一員としても活動しており、その活動の幅の広さも非常に現代的だ。何度も繰り返しになってしまうが、実はキング・クルールも、また“Sub Luna City”というラップ・ユニットでジェイミー・アイザック等とともに活動しており、やはり幅広いサイド・プロジェクトで知られている。ミュージシャン(楽器演奏者)としての世界観と、トラックメイカー&ラップ・シーンでのスキルを別け隔てなく行き来し、時にそれらを美しく溶け合せた形で提示するの活動あり方は、アメリカで言えば、LAのシーンのあり方と近いのかも知れない。
▲Ammi Boyz - Zebadee #ABorAmmiBoyz
THE BRIT SCHOOL
もう一つ、現在のサウス・ロンドンの活況の背景にあるのが、ペッカムやブリクストンからさらに南方のロンドン・クロイドン地区にある「ブリット・スクール」だ。授業料の掛からない公立のアートスクールとして創立・運営され、これまでにアデルやレオナ・ルイス、ケイト・ナッシュにルーク・プリッチャード(クークス)等、英国音楽の雄を次々と輩出してきた同校(かつてはエイミー・ワインハウスも通っていた)。近年もその影響力は大きく、キング・クルール、ジェイミー・アイザック、あるいはロイル・カーナーが同校の卒業生として、サウス・ロンドンの活況に寄与している。
コスモ・パイクも同校を卒業したばかり。また、現在のサウス・ロンドンのもう一人の若き顔役となりつつあるピューマ・ブルーも同校出身だ。ブリット・スクールでは、単に音楽の才能や演奏的なスキルを磨くだけではなく、一人のアーティスト(あるいは裏方のエンジニアなど)として自立して活動するために必要な様々なカリキュラムが充実しており、人間性の育成もその目的に入っている。在校生や卒業生同士がコラボする機会も多く、シーンの背景として重要な機能を果たしている機関だ。
▲Puma Blue - Moon Undah Water (Official Video)
FASHION
最後は、コスモのキャラクターに特化したキーワードとして、ファッション/アート業界との関わりについて触れたい。日本でコスモの名前が知られるきっかけの一つになったのが、フランク・オーシャン「Nikes」のMVへの出演。このコラボレーションは『The Mushpit』というロンドンのインディペンデント系のZINEの関係者が、コスモをオーシャン側に紹介した、という経緯で実現したそう。ミュージシャンの他にもモデル/スケーターという顔を持つコスモの活動のあり方を強く印象付けるものとなっていた。
▲Frank Ocean - Nikes
痩身で童顔、ドレッドヘアも印象的な、魅力的なビジュアルを持つ彼は、これまでにファッション誌の他にも、TOPMANやランバン、ヴェルサーチのモデルも務めてきた。ここ日本では、今年4月の国内ライブ・デビュー、そして今回の公演と、英国の伝統的ブランド=フレッドペリーがサポート。その才能はファッションの世界からも大きな注目を集めている。
▲Cosmo Pyke - Chronic Sunshine
数枚のシングルを除けば、これまでに正式にリリースした作品は『Just Cosmo』EPのみと、まだまだその真価は未知数と言える彼。だが裏返せば、それゆえに前途は可能性に満ちている、という言い方もできるだろう。最新のビデオ・メッセージでは、ビルボードライブの公演で新曲を披露することも予告しており、【SUMMER SONIC】と並んで、今後の行く末を想像させる絶好の機会になりそう。その煌めきを間近に感じる貴重なステージを、どうか見逃さないで欲しい。