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Zion.T来日直前インタビュー 【SUMMER SONIC 2018】で初来日を果たす韓国音楽シーンの鬼才、日本初インタビュー掲載



 “K-POP”のメインストリームとは一歩離れた地点から音楽シーンを更新する、韓国音楽の新たな才能を紹介する連載企画【K STORM】。これまでにHYUKOHやDEANなど韓国音楽の次世代を担うアーティストたちのインタビューを中心に届けてきたが、今回は特別編として、この8月に開催される【SUMMER SONIC 2018】の「Billboard JAPAN Stage」で初来日公演を行う韓国トップクラスのシンガーソングライター/R&Bアーティスト、Zion.T(ザイオン・ティ)の貴重な最新インタビューをお届けする。

 Zion.Tは2011年に本国デビュー。現在では、韓国音楽の主流の一つとなっている“ラップとメロディをミックスした音楽スタイル”の先駆者として一躍脚光を浴びる。2013年には、1stフルアルバム『Red Light』をリリース。R&Bやヒップホップの影響を独自に昇華したその音楽性は異色の存在感を放ち、ちょうどネオソウル再評価の機運が高まっていたここ日本の音楽ファンの間でも、アルバムは密かな話題となった。

 何より、その功績とシーンからのリスペクトの大きさを物語るのは、これまでにコラボレーションしてきたアーティストの多彩さだろう。Crush、Zico、Primary、Dynamic Duoと新旧世代の韓国ブラック・ミュージックのレジェンドたち、さらにはG-DRAGON(BIGBANG)、Psy、そして故ジョンヒョン(SHINee)といった国際的なビッグスターたちが、その才能に魅了されてきた。ある意味では、これまでにこの【K STORM】の連載で紹介してきた若手アーティストたちの“お兄さん”と呼ぶべき重要な存在だ。

 また、彼の場合、音楽性だけではなくヒットメーカーとしての役割も大いに期待されている。2014年にはシングル「ヤンファ大橋(Yanghwa Bridge)」が本国で大ヒット。以降、音楽性もより多彩となり、ソングライター/プロデューサーとしても活躍の幅を広げている。

 本国でも決して取材数の多くはないZion.Tの、日本向けとしては初となるインタビューは、そのスマートな受け答えからアーティストの明晰さが伝わってくるような内容になった。ぜひご一読頂きたい。(以下、取材・文:筧真帆)

日本市場によく似合う“服”を作りたい

取材を始めようとすると、Zion.Tのスマートフォンの画面に<ひらがな表>が浮かび上がった。「いま必死に日本語の勉強中なんだけど、文字を覚えるのが難しくて」と、いきなり日本への興味を示したことに驚いた。テレビで見かける彼は、いつもトレードマークのサングラスで瞳を隠し、あまり多くは語らない印象を持っていたが、とても愛想よく、言葉をていねいに紡ぎながら自身の想いを語ってくれた。

――日本語の勉強をしているとは驚きです。この夏の来日をきっかけに?

Zion.T:そう。最近勉強を始めたところだけれど難しい。日本語のできる友だちにアドバスしてもらって歌詞も作っているけど、すごく楽しい。日本で活動するときは、韓国とは区別して、日本人のように歌いたいなと思っているんだ。けっこう本気で。日本のカルチャーや言葉を、自分でも楽しみたいからね。日本特有の感覚やサウンドの魅力に僕の個性を乗せれば、日本市場によく似合う“服”を作れるような気がする。僕にとっても新しさへの逸脱になると思う。

――日本へ来たことは?

Zion.T:プライベートではよく行っている。東京、大阪、箱根とか…6月頃も行った。日本人の知り合いはほぼいないから、自分でAirbnb を探して泊まるんだ (笑)。日本は文化的先進国だと感じる。音楽や映画、アニメはもちろん、芸術家たちをみれば一目瞭然。建築もそう。細々した感性が生きている。

――改めて、音楽をはじめたきっかけを。

Zion.T:僕は音楽が職業になるとは思っていなかった。幼い頃は絵を描いたり、近所で写真を撮って歩くのが好きな子だった。皆がスマホで写真を撮るようになっても、僕は携帯を持っていなくてフィルムカメラで撮っていた。高校生の頃にカラオケで、僕はバラードを入れたはずなのに番号を入れ間違えたみたいで、今のレーベルの代表、TEDDYさんが所属していた1TYM(※)の「HOT」が流れてきた。とりあえず聴きながら歌ってみたら友だちが楽しんでくれて。それが最初に聴いたヒップホップで、ラップが好きになった。当時TEDDYさんのラップをよく真似していたら、ビートが必要だな、メロディも欲しいな、という自然な流れで、手探りで曲を作るようになっていった。デビュー当初、ラップにメロディを付けた僕の音楽を初めて聴いた人たちは、聴き慣れなかったと思う。当時、アメリカにはよくあるスタイルだったけど韓国には無かったから。いま振り返ると、僕がパーフェクトなアーティストじゃなくて、もの珍しかったから注目されたんだと思う。

※1TYM(ワンタイム)…2000年代に大人気を博したヒップホップグループ。現在Zion.Tが在籍するレーベルの代表で、BIGBANGやBLACKPINKを始め多くのビッグアーティストをプロデュースするTEDDYが所属していた。「HOT」は2003年の大ヒット曲。


▲1TYM - HOT(HOT 뜨거) M/V

――“ヒップホップ・アーティスト”と例えられることが多いですが、Zion.Tさんはヒップホップもあればスタンダードジャズもあり幅広いです。自身ではどう感じていますか。

Zion.T:ヒップホップ・アーティストだと言われる理由は、デビューしたころ僕の周りの友達がラッパーばかりだったことや、『SHOW ME THE MONEY』(韓国の大人気ラップ・バトル番組)に出演していたからだと思う。あと歌のリズムがヒップホップ風に聞こえるからじゃないかな。でも今やっている音楽はヒップホップじゃないと思う。人々が色んな音楽が好きなのと同じように、僕も色んな音楽が好き。シンガー、ミュージシャン、アーティスト、音楽家……僕をジャンル分けしたり肩書をつけるのは難しい気がする。


▲[MV] Zion.T _ Babay (feat.Gaeko)

転機となった「ヤンファ大橋」以前と以後

――ジャンルの話をすると、2014年に発表し国民的大ヒットとなった「ヤンファ大橋」の発表前後で曲調が変わりました。それ以前はリズミカルな曲も沢山ありましたが、以降はメロウな曲が主流となりましたが、何か理由はありますか。

Zion.T:やっぱり「ヤンファ大橋」のヒットはあなどれない。それ以前に良い成果を出した曲もあったが、「ヤンファ大橋」は男女や年齢の区別なく、沢山の人々に愛された。それ以降、“Zion.Tは家族や愛について歌う人だ”という認識が人々に生まれた(※)。と同時に、それまでメロウな曲をあまり作って来なかったから、僕としても研究したくなって、スローテンポな音楽を作るのが好きになったんだ。

※「ヤンファ大橋」の歌詞は、ソウルを東西に流れる川・漢江(ハンガン)に掛かるヤンファ大橋を行き来するタクシードライバーの父の姿を通して、自身の成長や家族愛について歌っている。

――作詞作曲がシンガーと別の人の場合、ヒット曲が一つ生まれると、本人の意思に関係なくヒット曲に似たテイストが続く場合があります。Zion.Tさんは「ヤンファ大橋」の大ヒットにより、本人の意思でリスナーの好みに寄り添いつつ、新境地を開拓したということでしょうか。

Zion.T:確かに。だから「以前の音楽性に戻ってほしい!」というファンの声も聞くよ。でも、以前のZion.Tが好きな人は以前の音楽を聴けばいいし(笑)、今のZion.Tは今のZion.T、未来のZion.Tは……さらに好んでくれる人が増えればうれしいね。

――ところで「ヤンファ大橋」は、最初の段階では違う雰囲気だったそうですね。

Zion.T:原曲はジャズに近かったけど、今の曲はソウル寄りでリズムも強くなっている。原曲のまま発表したら、ムードは良いけれど難しく受け取るかもしれないと思って、プロデューサーたちと話し合い、より多くの人に届けようという意図で今のアレンジになったんだ。どっちの曲も好きだけど、原曲が恋しくもあるね。

――原曲をリリースする予定は?

Zion.T:この曲がヒットした当時は今より4歳若かったから、今になって感じることもさらに増えたね。さらに時間が経てば、僕にも「ヤンファ大橋」の“家族愛についてのリアル”をもっと上手く歌える時期がくるはず。年を重ねて僕自身が成熟したら、改めて原曲を歌ってみたいな。

――ちなみに「ヤンファ大橋」の中で、主にタクシー運転手の父親とのストーリーが語られますが、お父さんは実際にタクシードライバーだった?

Zion.T:そう。僕が子供の頃は長い間タクシー運転手だった。この歌はすべて僕の実話なんだ。


▲[MV] Zion.T(자이언티) _ Yanghwa BRDG(양화대교)

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――Zion.Tさんの音楽は、リズムと歌詞の絶妙なバランスで出来ているので、曲作りの方法を知りたいです。

Zion.T:歌詞を先に作ることが多いね。僕にとっては作詞がいちばん楽しい作業だ。メロディが出来ていない段階で文字を先に書く。文字を書くとフロウが生まれるから、その流れに任せてメロディを乗せる。でも、最近は、歌詞のないインスト曲もたくさん出来てきて、どう発表しようか考えているところなんだ。

――2年前に現在のブラックレーベル(YG ENTERTAINMENT傘下のレーベル)に入ったことで、変化はありますか。

Zion.T:ブラックレーベルに入ってからは“学びの時期”だ。これまでより格段に学ぶことが増えた。(代表の)TEDDYさんは本当に尊敬すべき人で、長い間いつも変わらない姿勢で多くの人たちとコミュニケーションを取ると同時に、自身の活動でも成功している。そんな心から見習いたいTEDDYさんの存在がこのレーベルに来た最大の理由だ。言葉を初めて学ぶときと同じで、意味は分からずとも、まずは文字が読めないといけない。(ブラックレーベル在籍2年目を例えると)今やっと文字が読める年齢になって、このレーベルに来て本当によかったと感じる。多くのことを学び、僕も少しは成長したようだね。

――実際にTEDDYさんが楽曲に関わったりはするのですか?

Zion.T:ブラックレーベルの良い点は、僕に音楽の制作を委ねてくれることだ。歌詞はこう、メロディはこんなふうにしよう、そんな指摘はしない。提案だけ。こんな方法もあると提案をされたら、ちょっとやってみる…というスタイルで学んでいる。それにTEDDYさんは20年以上も音楽界のトップにいる人だから、周囲で作業をする音楽家たちも素晴らしい人ばかり。そんな仲間と共に音楽を生み出すのは楽しくて、すごく有意義だね。

――TEDDYさんはYG ENTERTAINMENT(以下YG)の音楽プロデューサーでもあることから、YG所属のアーティストたちとZion.Tさんがコラボレーションする機会も増えました。実際どんな関係性ですか。

Zion.T:YGは“隣の家”。僕は“お隣のおじさん”だね(笑)。TEDDYさんは、基本こっち(ブラックレーベル)のスタジオに居るから、YGのメンバーもよくこっちに来て一緒に作ったりしている。でも、もちろんYGのメンバーと挨拶ぐらいはするけど、実はそんなに親しいアーティストはいないんだ。最近友だちを作ろうと思い立って、WINNERのカン・スンユンとソン・ミノと親しくしている(笑)。やっている音楽やスタイルは違うのに、すごく気が合って上手くやれているよ。

――友だちが必要になった理由は?

Zion.T:“この前こんなことあったよね”なんて吐露や共感できるシンガー仲間がいない。だから欲しくなったんだ。

――アルバム『〇〇』収録の「Complex」でフィーチャリングしたBIGBANGのG-DRAGONさんとは?

Zion.T:G-DRAGONさんは、僕にとって大先輩。年はひとつ違いだけど、僕より相当な経験をしてきているし、もしG-DRAGONさんが親し気な感じで接してきても僕は一定の距離で接すると思う。大先輩への尊敬の念もあるから。


▲Zion.T - Complex (feat. G-DRAGON) (Audio) [Album 'OO']

――さて、まもなくサマーソニックで初来日となります。

Zion.T:なんだか実感がない。日本のフェスはお客さんとしても行ったことがないし、現場やオーディエンスがどんな感じなのかも予想が付かない。周囲の友達からは、とにかく規模がすごい、雰囲気もヤバい、とは伝え聞いてはいるよ。だから緊張と期待が入り混じっている状態だけど、今のZion.Tを見てもらうにはピッタリのステージになるんじゃないかなと思っている。何より(出演同日は)チャンス・ザ・ラッパーも出るしね。僕はすごく気分が良いときしかお酒は飲まないけど、軽く飲みながら色んなステージをぜひ楽しみたいね。

――日本をはじめ、今春はアメリカ4都市・カナダ2都市を廻り外向きに活躍している印象です。日本でもZion.Tさんを待ちわびている人は沢山いますが、これまで来日しなかった理由は?

Zion.T:これまでは“その時”ではなかったということかな。国内で音楽を研究することに必死で、韓国の音楽市場でしっかり長く愛される音楽を作ることに集中していたから他をみる余裕もなかった。それが最近、外向きになってきて、すごく久しぶりに音楽自体も楽しいんだ。いろんなチャレンジもしてみたいし、日本という場所も好きで、言葉にも興味がわいて……そんな自然な流れで“機が熟した”ということだね。

――ライブ活動の“機が熟した”ということは、そろそろ次の作品にも期待してよいでしょうか?

Zion.T:実は曲がありすぎるのが悩みなんだよね。例えば言いたいことが頭の中に沢山あるとき、それをただ喋っても、聞いている相手は何を言っているか分からないよね。それと同じような気持ちというか。だから、今……どこから始めるべきか分からなくて(笑)。でも、近いうちに何か出せると思う。それは期待してもらってもいいかな。

――Zion.Tさんがデビューした時は、ラップを軸としたシーンはこれほど大きくなく、ご自身が「他にいなかった」という歌とラップをミックスしたスタイルが、今や流行りになっています。自身に近い音楽シーンが厚くなってきたことを、どう感じていますか。

Zion.T:僕はシンガーで音楽家でもあるけど、同時に誰かの音楽を買って聴いたりもする、いち音楽ファンでもある。その立場で考えてみても、すごく楽しいよ。たくさんの人たちが様々なジャンルをやっていることが、楽しいし刺激にもなっている。何かを望むなら、ずっと刺激を受けられる作品が出続けることを願うよ。お互いにね。そうすれば僕もまた良い音楽を創れるから。

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