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山中千尋『ユートピア』インタビュー



山中千尋『ユートピア』インタビュー

 ニューヨークを拠点に活動し、現在は米バークリー音楽大学助教授として後進の指導も行うなど世界で活躍し続けているジャズ・ピアニスト、山中千尋が、アルバム『ユートピア』を6月20日にリリースした。今回はアルバムや収録曲について話を訊いたのだが、音楽のスタンダードとも言えるクラシックを素材にしたことでジャズをもっと知ってほしいという想いや、自身が表現の幅を広げ多様性を拓いていくことで、ジャズを演奏することと聴くことの楽しさを若い世代に伝えようとする、山中千尋が持つジャズの未来への希望がひしひしと伝わるインタビューとなった。

クラシックを素材として全く別なものを再構築したオリジナル・アルバム

――『モルト・カンタービレ』以来のクラシックを題材としたアルバム『ユートピア』ですが、なぜ今回クラシックを再びアレンジしようと思われたんですか?

山中千尋:ジャズとクラシックは、別のジャンルだと捉えられがちですが、ジャズはもともと、ミュージカルの曲を元にしたアドリブが広まり、 “スタンダード”と呼ばれるようになりました。ミュージカルには、クラシックの作曲家が手掛けた素晴らしい作品が数多くあります。なので、クラシックは、ミュージカルよりもジャズのアドリブ素材として、よりスタンダードなものではないかと思いました。

−−選曲の面で、前回との違いはどういうところでしょう。

山中:今年は、ジョージ・ガーシュウィンが生誕120周年、レナード・バーンスタインが100周年を迎えます。音楽史の中ではクラシックの作曲家として有名ですが、ジャズにも非常にゆかりの深い2人なので彼らを軸に取り上げつつ、クラシックからポピュラー音楽ともなりつつある有名曲を集めました。

−−山中さんは、ピアノを始めてからバークリー大学に入学するまでクラシックを勉強されていましたよね。ジャズの経験をたくさん積まれて、クラシックへの視点の変化などはありましたか?

山中:そうですね。昔は音楽室にあるバッハやシューベルトの肖像画に対して怖いなと感じていました。とても崇高で偉い作曲家たちだと。でも、一度ジャズを経験してからクラシック音楽と向き合うと、彼らも同じような…と言うとおこがましいですが、身近なミュージシャンとしてすごく近いと思えたんです。バッハたちは、当時は譜面としてしか残す手段がなかったため楽譜として残されていますが、もしかしたら毎日ピアノに向かって即興で演奏したり、実際はもっと違う風に弾いていたかもしれないですよね。

−−今、楽譜として残されているのは1つの完成形であって、その作品が出来上がるまでには、様々な試行錯誤があったのでしょうね。

山中:本当にその通りなんです。作曲家が作った最初の音は残っていないし、彼らは思いつくメロディを弾いて、記譜して、何度も書き直していたんだと思うんですよね。なので、私たちの解釈と表現を重ねて弾くことは悪いことではないと思います。今回の場合は変えすぎてしまったと思うんですけど、自分自身のものにしていく面白さがありました。なのでどうしてもクラシック・トリビュートと思われてしまうんですが、私の中では曲を素材として全く別なものを再構築してオリジナルのアルバムにしたつもりです。

−−なるほど。

山中:学校では、(クラシックだと)譜面に忠実にと教えられることが多いですが、歴史を紐解いていくと、いくつもあったアイデアの中の一つを、譜面として私たちが見ているのかなと思うんですよね。なのでアレンジするときには、この曲の中で大事だったものは何だろう、この作曲家が言いたかったことは何だろうと考えて弾いています。

−−クラシックの楽譜とまた向き合った上で、その曲の一部分にある情景や感情を切り取ってジャズで表現するということですか。

山中:そうです。私が激しく揺さぶられた部分をクローズアップしてます。クラシックって、色んな音楽的なレイヤーが複雑にできているので、アドリブの素材としてとても面白いんです。クラシックの作曲家同士でも同じようなコード進行の上で違うメロディをつけているので、色んなものを引用できるし、ブロードウェイだと曲の中でメロディと伴奏が2層になっていることが多いんですが、他のクラシックの作曲家は、工夫を凝らして様々な対位法や和声を使っているので、そのあたりを拾い出す楽しみもありました。

−−映画などを観ていても、怒りや悲しみの大きな感情が主題となるシーンでクラシック音楽が使われることが多いですよね。山中さんのピアノを聴いていると、美しいメロディの中にある感情の部分がより引き立っている気がします。

山中:ジャズでクラシックを題材にすることはよくあるんですが、昔はスウィング、4ビートなどシンプルなものが多くて。ですが今の現代ジャズはビートを複雑にしたり同じメロディでも展開の違うハーモニーをつけることで、また違ったストーリーを重ねていける所が楽しいです。映画で印象的なクラシックのメロディは、ジャズのスタンダードよりもさらにインパクトがあるかもしれないですね。

−−クラシックの楽曲とジャズとの相性などはありますか?

山中:どの曲もアレンジのし甲斐がありますが、相性もありますね。私はなるべく誰もが知っている曲をアレンジするようにしているんですが、「乙女の祈り」なんかは新幹線の発着時に使われているのでよく耳にしますよね。小さなお子さんから年配の方まで「あ、あの曲がこんな風になるんだ」と曲の変化を多くの方に分かって頂ける方が面白いかなと思っています。また、ラヴェルやワーグナーのように原曲が作りこまれている楽曲はアレンジが簡単ではないですし、色んな音が聞こえてくるのでオーケストラの曲はアレンジは難しいです。

−−今回の収録曲だとレナード・バーンスタインの「マンボ」はオーケストラの楽曲ですよね?

山中:そうなんです。オーケストラの楽曲は難しいんですが、バーンスタイン自身がジャズやラテンのビート感やリズムというものを非常に理解している作家さんなので、今回は是非演奏したいと思っていたんです。

−−アメリカ出身のガーシュウィンやバーンスタインは、クラシックで高い評価を受けながら、同時にジャズやポピュラー音楽にも精通していました。今回の選曲はそういった時代背景も意識されたのでしょうか?

山中:アメリカの古典と言えばジャズですし、それまで色んな地域で発生していた様々なジャズをブロードウェイミュージカルやオペラという一つの形に落とし込んだのはガーシュウィンなんです。そのガーシュウィンの系譜を受け継いだのがバーンスタインで、『ウエスト・サイド・ストーリー』なんてまさに映画音楽ですよね。彼は作曲の面でも非常に優れていますが、元々の曲はブロードウェイ歌曲になるように一段の楽譜とコードになるようなシンプルな部分もあったんです。そういったアメリカの方法論や歴史も踏まえてポピュラーミュージックをクラシックの域まで発展させていたバーンスタインには音楽学者のような側面もあって、色んなレクチャーが残っているんです。どのようにリズムができていて、そこにどうやって音を乗せると、かっこいい音楽ができるかということを知り尽くしていて。クラシックというのはハーモニーやヨーロッパのダンスが基礎になっていますが、アメリカはやっぱりジャズが基礎になっている部分が多いので、ガーシュウィンやバーンスタインが受けた影響もきっとあると思います。

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山中千尋 脇義典 ジョン・デイヴィス「ユートピア」

ユートピア

2018/06/20 RELEASE
UCCJ-9215 ¥ 4,070(税込)

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