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【ラ・フォル・ジュルネ TOKYO】ルネ・マルタン インタビュー「UN MONDE NOUVEAU 新しい世界へ」中世からコンテンポラリーまで



FF インタビュー

 ゴールデンウィークの風物詩になりつつある、日本最大級のクラシック音楽祭【ラ・フォル・ジュルネ】が、今年も5月3日から5日までの3日間に渡って開催される。テーマは「UN MONDE NOUVEAU(モンド・ヌーヴォー)-新しい世界へ-」。

 今年はこれまで開催してきた大手町・丸の内・有楽町エリアに加え、池袋エリアでも開催。公演数は過去最多の400公演(有料公演他、無料含)を予定しており、そのラインナップの幅広さは中世からコンテンポラリーまで500年の音楽史を股にかける壮大なもの。このアイディアと出演アーティストについて、ラ・フォル・ジュルネのアーティスティック・ディレクター、ルネ・マルタン氏に話を聞いた。

※本文の括弧内の番号は、公演番号

「エグズィル(exile)=亡命」という言葉が描き出す音楽史

――今回のテーマは「UN MONDE NOUVEAU 新しい世界へ」ということですが、もともとは「エグズィル(exile)=亡命」というテーマを考えていたと記者会見でおっしゃっていましたね。このテーマを考えついたきっかけについて教えてください。

ルネ・マルタン:「exile」は4年前から考えていたテーマです。もちろんその時は難民などの問題などは全く考えていませんでした。今はヨーロッパ中で移民問題が深刻化していますが、当時は起きていなかったことです。この時から、音楽史の中で、この「exile」というものがとても重要なキーワードだと思っていました。何故かというと、ルーツや故郷からすごく遠い場所で書かれている作品というものがすごく多いなということに気づいたからなんです。

その最も美しい例がショパンだと思うんですけれど、彼は20歳でポーランドを離れて、ポーランドはその後ロシアに鎮圧されますよね。当時パリにいたショパンは、結局その後一度もポーランドには戻りませんでした(M114、T322、他)。もう一人、祖国に戻らなかった例としてはラフマニノフが挙げられます。彼もロシア革命の後にアメリカに移って、そこで傑作を書いていますよね(M212、M316、T215、他)。19世紀や20世紀は政治的な理由で祖国を離れる作曲家達というのが多かった。

そういうわけで「exile」というのが音楽史の中でとても重要なのではないかと思ったんです。特にすごく強烈な音楽作品というのは、「exile=亡命」から生まれているということに気づいたんです。「exile」というのは、やはり家族や親戚、友人から離れた場所に行くということ。そして作曲家自身も、自分のルーツに真摯に向き合うことになります。そのために、すごく力強い作風になったり、メランコリックになったりとかしますよね。

――記者会見では物理的な亡命と共に、「精神的な亡命」という意味での「exile」も取り上げるということでしたが、これはどこからきたアイディアでしょうか。

ルネ:「精神的な亡命」で一番自分にとって象徴的なのはやはりベートーヴェンです(M112、M213、他)。27歳で耳が聞こえなくなって、自分の世界にどんどん潜っていってしまった。自殺を考えた時期もあるんですよね。そして、やはり、その期間に傑作を書いています。それはシューマン(T325)も同じで、彼も晩年は自殺未遂を繰り返しています。でも一方で、自分の世界へ深く入り込んでしまったが故の狂気というものが、彼らの作品と深くリンクしていると思います。シューベルトのいくつかの作品も精神的な亡命を体現しているなと感じることがあります(M137)。

――本家・フランスのナントで開催しているテーマと日本のテーマでは必ずしも一致していないと思いますが、今回、日本のラ・フォル・ジュルネで「UN MONDE NOUVEAU 新しい世界へ」=「エグズィル(exile)=亡命」をテーマとして開催しようと決めたのは何故でしょうか。

ルネ:最近は結構、全世界、同じテーマでやるようにはしているんですよ。ただ、日本で、今回このテーマでやるかどうかは、実は迷いました。何故かというと、この「エグズィル(exile)=亡命」という言葉自体が、日本人にとってはすごく分かりにくいものなんじゃないかなと思ったんです。あ、日本にエグザイル、というグループがあることは知ってたんですよ(笑)。でも今回のテーマとは全然関係ないわけですけど(笑)。

まず単純に、この「exile」という言葉自体に色んな意味があって、それを伝えるのが難しいということもありました。

――フランス語で「exile」と言ったとき、その言葉にはどんなイメージがあるんでしょうか。

スタッフ:exileというのはもともと「ex(出て行く、追い出される)」と「ile(場所)」が合わさった言葉です。ですから一番最初に人がこの言葉から想像するのは亡命ですね。でもそれだけではなくて、故郷やルーツを喪失する、ということが言葉と結びついていると言っていいと思います。bannir(バニール)=追放と同じ意味あいもあります。日本語だと島流しや流刑という意味も含みます。だから今回、アンサンブル・オブシディエンヌによる中世のプログラムの中には、投獄や出家というモチーフもあるんですよ(M136、M232、M332、M335、T123、T226)。

ルネ:この言葉のイメージを共有するのが難しいというのは、考えてみれば当然ですよね。日本は島国で、やはり、その島の中で生きてきた民族なわけです。ヨーロッパみたいに、人の往き来がものすごく激しかったという大陸の歴史とは全く違うわけです。ヨーロッパなんて、ある意味で、ぐじゃぐじゃ。例えば同じ場所が、戦争があって、ある時はドイツ、ある時はオーストリア、と言った具合に変わってしまう。日本は、戦いはあったかもしれないけれど、あくまで島国の中で起こったもので、国外との大きな紛争というのはあまりなかったわけですよね。

だから日本の方がどのようにこのテーマを自分のものとして吸収してくれるのか、最初はすごく心配でした。でも、今年のテーマは、大成功すると思います。聴衆の方々は、きっと分かってくださると信じています。何故かというと、今年のテーマによって、中世から現代音楽まで5世紀に渡る音楽史を語ることが出来ることになったからです。つまり中世前から現在まで、亡命、「exile」というものが音楽史に存在したということを証明出来たと言えるからです。でもそれは、国が占領されて逃げる為に亡命した人たちもいれば、ただ単にお金が無くて「exile」したのかもしれないし、色んな例がありますけどね(笑)。多くの芸術家たちは、全体主義体制の中で、その作風が故に、国を追い出されています。



▲ ラ・フォル・ジュルネ


池袋エリアでの初開催、「公園」という場に合った音楽を

――いつも会場となる場所に、テーマに沿った名前を付けてらっしゃいますが、今回のアイディアについて教えてください。

ルネ:音楽は他の芸術、文学や絵画とは切り離せないので、今年は作家の名前を付けました。ヨーロッパの亡命作家ですね。丸の内はトーマス・マン、クンデラ、ツヴァイク、ナボコフ、ネルーダ、デスノス。池袋にはブレヒト、ボウルズ、ツェランです。例えばウィーンに生まれたシュテファン・ツヴァイクは、亡命先のブラジルで妻と自殺しました。パブロ・ネルーダはチリからイタリアに亡命しました。彼らは全体主義体制から追い出された人たちです。

――今回、会場が丸の内エリアに加えて池袋エリアが増えました。特に、会場として2つの公園(池袋西口公園、南池袋公園)の名前が上がっています。ナントでは屋外の会場も多く活用されているのでしょうか?

ルネ:ナントでの開催は1月だから、屋外の会場は実はあんまりないんですよ。寒いから、外でのコンサートは厳しいんですね。以前『ナチュール(自然)』がテーマだったときは、実は、温室の中でコンサートをしたんです。それはすごく綺麗だったんですけどね。

でも今回、日本での開催は5月ですから、是非公園でやりたいなと思っています。豊島区を訪ねたときに、公園にすごく人が集まって賑わっていたんですね。その雰囲気がいいなと思ったんです。家族や子供達が集まっていて、ピクニックしたり焼き鳥を食べていたりして。そこに音楽が加わったら面白いんじゃないかな、と。ですから、その場所に合ったスタイルの音楽をやりたいですね。

――キオスク・ステージのような?

ルネ:そうそう。池袋はいろんな公園があって、そんなに大きすぎない広さだし、セッティングとか考えれば、結構うまく使えるんじゃないかと思ってるんですよ。でも雨降ったりとか、リスクもありますからね……だからそこでオーケストラのコンサートやるとかいうことは出来ませんけどね。1滴でも雨が降ったら延期とか中止になっちゃうから。だから場所に合った、多くの人向けのコンサートを考えています。

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