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「自分を極限まで追いつめたあとの解放感がすごく好き」― 服部百音 インタビュー



服部百音 インタビュー

 作曲家である服部克久(祖父)、服部隆之(父)のもとに生まれ、5歳からヴァイオリンを始めた服部百音。2009年にリピンスキ・ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール(ポーランド)のジュニア部門で史上最年少第1位及び特別賞を受賞した他、世界各地のコンクールで受賞、現在は東京音楽大学付属高等学校に特別特待奨学生として在籍するほか、スイスにあるザハール・ブロン・アカデミーで研鑽を積んでいる。今年で35回目を迎える【サントリー1万人の第九】に出演する服部百音に、ヴァイオリンとの出会いやサントリー1万人の第九に向けた思いを語ってもらった。

色んな音の宝物に恵まれてほしいという思いを込めて、「百音」に

CD
▲『チャイコフスキー&
シベリウス:
ヴァイオリン協奏曲』
ダヴィッド・オイストラフ

――初めて聴いたヴァイオリンの曲のことを覚えていますか。

服部百音:チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」です。私は、すごく泣く赤ちゃんだったんですが、外出先でもオイストラフの演奏するチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」を聴かせると、すぐに泣きやんだそうです。他の作品も、色々聴かせたそうなんですが全然だめで、パガニーニを聴かせるとハイハイして部屋を出ていっちゃったそうです(笑)。なので、チャイコフスキーは今でも大好きな作曲家の1人です。

――赤ちゃんの時から、音楽の好みがすごくはっきりしていたんですね。

服部エリ(母):車で移動中でも、すごく泣く子で。でも、チャイコフスキーを聴かせると、眉間に皺を寄せながら真剣に聴き始めるんですよね。なので小さい頃は、家と実家と車の中に常備していました。

――8歳の時にオーケストラと共演をされたそうですが、何を演奏されたのですか?

百音:岩村力さんの指揮でサン=サーンス「ヴァイオリン協奏曲第3番」の第3楽章を演奏しました。

――8歳でオーケストラとの共演は、すごく緊張しますよね。

百音:それが全然緊張しなくて。まわりに人がいっぱいいるのが嬉しくて、とても安心しながら演奏したように思います。実は、つい先日も岩村さんと10年ぶりに共演したんです。今もソロよりオーケストラと一緒に演奏する方が好きですね。あと、サン=サーンス「ヴァイオリン協奏曲第3番」は初めての発表会でも弾いたので、とても思い入れのある作品の1つです。



▲服部百音 エルンスト「 《夏の名残の薔薇》による変奏曲より」


――すごく難しい作品ですが、初めての発表会で弾いたんですね。

エリ:まだ、全然ヴァイオリンを弾けないのに、発表会でどうしても「サン=サーンス」が弾きたいって言って。先生も驚いて「他にこんな曲もあるから、この中から選んでくれないかしら?」っておっしゃったんですが、全部「嫌だ」って断っちゃったんです。周りの人から「今度の発表会は何を弾くの?」って聞かれるたびに、「サン=サーンスのコンチェルトです」って言っちゃって。オオカミ少年になると困るので、それから必死で練習しました。1か月しかなかったので、毎日「正」の字を書いて100回ずつ練習して。そうしたら850回目あたりで、なんとなく弾けるようになったんです。あの時は驚きましたね。でも、そこで褒めると伸びなくなるので、「次の小節も弾いてごらん」って言い続けて、なんとか1ヶ月で間に合いました。「この子は、もしかしたら物になるかもしれないな」と思ったのは、その頃ですね。

――百音さんは、その練習のことを覚えていますか?

百音:覚えています。「正」の字を書きながらの練習は今もやっています。

――百音さんは、お父さんは服部隆之さん、お祖父さんは服部克久さんで、お2人とも著名な作曲家ですが、お父さんやお祖父さんからアドバイスされることはありますか?

百音:ヴァイオリンについてというより、父からは「出した音には責任を持ちなさい」とか、「ステージで100%の演奏をするためには、練習では200%弾けるようになっていないといけない」という音楽家としてのアドバイスをもらっています。両親から常に言われていることは、自分が決めたことには責任を持つということです。祖父は、いつも「まあ、無理しないで頑張って」と言ってくれています(笑)。

――お父さんやお祖父さんが音楽家であるということをプレッシャーに感じることはありますか?

百音:周囲の人達が私のために多くの時間や労力を使って私を育ててくれたことを思うと、きちんと結果を出さないといけないなというプレッシャーは感じています。ですが家族が音楽家であることに対するプレッシャーは特にありません。両親はいつも「別に、音楽家にならなくても良い」と言ってくれています。他にやりたいことがあれば自由に選んで良いと言われているので、とても幸せですね。

――今までもヴァイオリン一筋の人生だったわけではなく、バレエやピアノなど様々なものを習われてきましたもんね。ちなみに、百音さんというお名前はどなたが付けられたのですか?

エリ:名前に「音」を付けたいなと思い、主人と一緒に色んな名前を考えました。その結果、色んな音の宝物に恵まれてほしいという思いを込めて、「百音」にしました。

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自分を極限まで追いつめたあとの解放感がすごく好き

――今回、出演される【サントリー1万人の第九】ですが、総監督・指揮の佐渡裕さんとは初共演ですか?

百音:はい。初共演です。6年ほど前に『題名のない音楽会』に出演させていただいた時、佐渡さんが司会をなさっていたのでお話はしたことがあります。とても情熱的な方で、中身も含めてとても大きい方だなと思いました。色に例えると「赤」のような…。いらっしゃるだけで、ぱっと周りが明るくなるような方ですよね。【1万人の第九】は合唱団の方が1万人もいらっしゃるわけですから、佐渡さんのような情熱がないと指揮できないんでしょうね。緊張しますがとても楽しみにしています。

――【サントリー1万人の第九】のことは、今回の出演が決まる前から知っていましたか?

百音:母は知っていたそうですが、私は今回の出演で初めて知りました。まさか【1万人の第九】というのが1万人の合唱団を意味すると思わなかったので、予告動画を見てとても驚きました。とにかく、すごい迫力でしょうね。ベートーヴェンも、天国から降りてきちゃうんじゃないかな(笑)。



▲【サントリー1万人の第九】


――日本では年末は「第九」のコンサートが数多く開催されます。「第九」の魅力はなんでしょうか?

百音:歌詞に込められた意味でしょうか。生命力が吹き込まれるというか、聞いていると元気がわいてくるので昔から大好きです。ベートーヴェンは交響曲「運命」もそうですが、重厚感のある深い作品が多いイメージがあります。「第九」も、もちろん重厚な作品ですが最後は希望に満ちているので、いつも聴くとすごく勇気づけられます。

――百音さんはフランツ・ワックスマン作曲「カルメン・ファンタジー」と、エルンスト「「夏の名残のばら」による変奏曲」を演奏されますね。

百音:実は『題名のない音楽会』の時も「カルメン・ファンタジー」を演奏したんです。ただ、その時の指揮は佐渡さんではなかったので、佐渡さんに「カルメン・ファンタジー」を聴いていただくのは今回が2回目で、共演させていただくのは初めてになります。ワックスマンはサン=サーンスの次に好きになった曲で、10年くらい弾き続けています。人生で一番長く弾いている曲かもしれません。

エリ:9歳の時に「弾きたい」って言い出したんですが、とても難しい曲なので無理して弾くと変な癖がつくと思い、楽譜を渡さなかったんです。そうしたら自分でCDを聴きながら部屋でコソコソ練習しはじめて(笑)。なので、仕方なく楽譜を渡しました。

百音:この曲は、オペラのアリアがふんだんに取り入れられています。なので、ヴァイオリンで歌声のような音が出せたら…と思って弾いています。ヴァイオリンは、歌声のようにビブラートをかけたり音を膨らませたりするなど、様々なニュアンスを作ることができます。ヴァイオリンの音色自体、とても歌声と似ていますが、特にこの曲を弾く時は歌を意識して演奏しています。

――「夏の名残のばら」による変奏曲」は、4月から6月にかけて辻井伸行さんと共に出演されたツアーでも取り上げていらっしゃいましたね。

百音:これは2016年10月に開催されたコンクールのために弾き始めた曲です。練習し始めたら、とっても難しくて、コンクール直前は朝起きてから、翌朝の5時頃までずっと練習していました。あまりに弾けなくて、何度も何度も落ち込みましたね。

エリ:スイスの学校の地下の練習室は私の部屋からも見えるんですが、部屋に入ったら椅子を蹴っ飛ばしたり、投げ飛ばしたり、机に突っ伏して大泣きしたりして…。そのあと少し落ち着いたら、楽器を持って練習し始めて。大変でしたね。

百音:だって、弾けないんだもん(笑)

――そんなスランプを、どうやって乗り越えたのですか?

百音:練習の連続ですね。でも、こういう挑戦をするのは好きなんです。自分を極限まで追いつめたあとの解放感がすごく好きで。

――アスリートのようですね。

百音:ヴァイオリニストはアスリートだと思います。コンクールの間際は指の関節がパンパンに腫れたり、指先も切れたりします。なので全部の指に絆創膏やシップを貼る時もありますし、痛み止めを飲むこともあります。特に、コンクールの時は辛いですね。頑張った分だけ結果が出ることがありますが、出ないこともありますから。ですが、決まった期日があって自分の演奏に点数が付くということは、目的意識を持って作品に取り組むことができるので、得られるものもとても大きいです。なので「結果が出なくてもコンクールを通じて成長できる」という気持ちと、「出るからには良い結果を残したい」という気持ちのせめぎ合いの連続です。

――「もうこれ以上は、何にもできることはない」って思えるまで練習することがモチベーションに繋がっているんですね。

百音:不安に打ち勝つには、寝る間も惜しんで練習するしかありません。日々の練習が、唯一 自分の自信を裏付けるものですから。「あの時に寝ちゃったな」とか、「あの時、ご飯を食べていてあんまり練習ができなかったな」って思うと後悔が残って、それが雑念になってステージに現れてしまいます。

――そうなんですね。ちなみに、今回演奏される2曲はいずれも“歌”に縁がありますが、なにか理由はあるのでしょうか。

百音:特に意識して選んだわけではないのですが、オペラは大好きでよく見ています。生まれて初めて観たオペラはカラヤン指揮の『カルメン』ですね。そういう意味でも、「カルメン・ファンタジー」はとても思い入れのある作品です。

――最近、観たのはどのオペラですか?

百音:テノール歌手のヨナス・カウフマンが大好きで。彼が出演している作品をYouTubeで片っ端から観ています。2011年にミラノ・スカラ座でヨナス・カウフマンとアニタ・ラチヴェリシュヴィリが出演した『カルメン』は素晴らしかったですね。あとは、ディアナ・ダムラウや、ジョイス・ディドナート、ペーター・マッティが好きです。歌劇場には小さい頃に『トゥーランドット』を観て以来、行けていないので、いつか生の『カルメン』は観てみたいと思っています。

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限られた時間の中でどうやって完成度を上げていくのかというのが課題

――百音さんは東京音楽大学付属高校に通いながら、スイスのザハール・ブロン・アカデミーにも在籍されています。来年の春には高校を卒業されますが、今後どこを拠点に活動したいですか。

百音:まずはザハール・ブロン先生からできるだけ多くのことを吸収したいと思っています。先生は世界中を飛び回っておられるので本当は全てに付いていきたいくらいですが、それは叶いません。なので今の環境の中で精一杯 先生の教えを吸収するのが目標です。そしていずれ自分が大きくなった時に、先生のメソッドや素晴らしい世界観を次の世代に受け継いでいきたいと思っています。

――ザハール・ブロンとの出会いは、何歳ですか?

百音:私が8歳の時ですね。まだ小さかったので先生がすごく大きく見えて、はじめはとっても緊張しました。でも先生が「君は、喋るのとヴァイオリンを弾くのと、どっちが早かったの?」って冗談を言ってくださって。いつもとても優しくて、誰に対しても父親のように温かく接してくださいます。

――今は学生生活やコンサートに加えて、テレビ出演やインタビューなど活動の幅がとても広がってきました。その分、スケジュールもハードになり練習時間を確保するのも大変ですね。

百音:そうですね。ただ、そういう機会をいただけるのは、とてもありがたいことだと思っていますし、感謝しています。なので色んな活動をさせていただけるようになったおかげで、より一層頑張って演奏しようという気持ちが強まりました。今までは好きなだけ練習ができましたが、大人になったら限られた時間の中でどうやって完成度を上げていくのかというのが課題なんだなと感じています。



▲ 服部百音「ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲」


――今後、弾いてみたい曲はありますか?

百音:先日、ショスタコーヴィチ「ヴァイオリン協奏曲第1番」を録音したので次は2番に挑戦したいです。ショスタコーヴィチは、死ぬまでに全曲取り組みたい作曲家ですね。あとは、ラヴェルやプロコフィエフ、ドビュッシーなど幻想的でモダンな作曲家が好きです。でも、苦手なモーツァルトやバッハ、ベートーヴェンにも挑戦しようと思っています。

エリ:モーツァルト、バッハ、ベートーヴェンは、どれも小さい時に泣きやまなかった作曲家ですね(笑)。むしろ0歳の頃はヴィエニャフスキの「スケルツォ・タランテラ」の方が気に入って聴いていました。

――0歳の音楽の好みが、今も続いているんですね。今後、どんなヴァイオリニストになりたいですか?

百音:ブロン先生は音楽にも人間性そのものが表れていて、演奏を聴くとまるで先生の話し声を聴いているような気持ちになります。オイストラフの音は一音で「彼の音だ」って分かるように、ヴァイオリニストはそれぞれ音色が全然違います。私も先生のように、聴いてくださった人の心が温かくなるような演奏ができるようになりたいと思います。あとは少しでもクラシック音楽を聴く人が増えるように、敷居の高さをなくしていければと思っています。

――今回の【1万人の第九】はテレビでも放送されます。多くの方にヴァイオリンの新たな魅力が伝わると良いですね。

百音:ヴァイオリンは、エルガー「愛の挨拶」のような曲をにっこり笑って優雅に弾いているイメージが強いみたいで、私が超絶技巧の曲を弾くと「今までのイメージと違う」っておっしゃる方が、とても多いです。なのでヴァイオリンは色んな音が出せるし、すごく面白いんだよということを多くの人に伝えていきたいです。ポップスと違って、みんなで立って踊りながら聴くわけにはいきませんが、クラシック音楽にもノリはあります。これからも様々な作品に挑戦していきたいと思っています。

服部百音 アラン・ブリバエフ ベルリン・ドイツ交響楽団「ワックスマン:カルメン・ファンタジー ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番」

ワックスマン:カルメン・ファンタジー ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番

2016/10/19 RELEASE
AVCL-25904 ¥ 3,300(税込)

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Disc01
  1. 01.カルメン・ファンタジー
  2. 02.ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77 第1楽章 Nocturne-Moderato
  3. 03.ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77 第2楽章 Scherzo-Allegro
  4. 04.ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77 第3楽章 Passacaglia-Andante
  5. 05.ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77 第4楽章 Burlesque-Allegro con brio

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