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伝統の後継者? それとも、究極の未来派? 未だ謎多きジャズ界の新星、クリスチャン・スコットを柳樂光隆が解説
ロバート・グラスパー、エスペランサ・スポルディング、カマシ・ワシントンなど、新世代の台頭で新時代に入った観のある現在のジャズ・シーン。そんなスター選手たちの次に続く筆頭候補の一人として挙げられるのが、トランペット奏者のクリスチャン・スコットだ。今年、“ジャズ100年”をテーマにした三部作「THE CENTENNIAL TRILOGY」をリリース。第一弾『Ruler Rebel』、第二弾『Diaspora』に続く第三弾『The Emancipation Procrastination』も近日リリース予定。いままさにクリエイティビティの頂点を迎えつつある気鋭。その位置づけと魅力、公演の見どころについて、ジャズ評論家で『JAZZ THE NEW CHAPTER』の監修者である柳樂光隆氏に話をきいた。
『Stretch Music』のデザイン感覚
――柳樂さんから、いまのクリスチャン・スコットのポジションはどう見えますか?
柳樂:最近だと、GAPのCMに出てましたよね。背が高くて、華があって、ファッションも派手だから、そういう部分でもアメリカのメディアによく出ている。すごく賢いし、みんなが期待する“ジャズ・ミュージシャン”像に、最近の若手では一番近い気がします。例えば、おじいちゃんとかがパッとジャズ・ミュージシャンを想像した時に、ロバート・グラスパー的なものやエスペランサ的なものは出てこないですよね。でも、クリスチャン・スコットは、新しさに加えて、そういう期待にも応えている気がします。トランペッターだと、ルイ・アームストロングとか、ディジー・ガレスピー、マイルス・デイヴィス、日本だと日野皓正さんみたいな。出身も(ジャズの本場である)ルイジアナ州ですしね。
▲Skate Meet Horn — Full Film
――クリスチャン・スコットは叔父さんもミュージシャンなんですよね。
柳樂:ドナルド・ハリスンですよね。クリスチャン・スコットって実は特殊な人なんです。『JAZZ THE NEW CHAPTER』でまとめて紹介したからセットみたいな感じだけど、実はちょっと違くて。例えば、グラスパーがNYに出てきて、ネオソウルとかヒップホップとかR&Bの人たちとコラボして…みたいな感じとは全然違うところから出てきている。NYのいわゆるコンテンポラリー・ジャズの人とつるんで一緒に何かをやっているのも、ほとんど見たことがないし。かと言って、カマシとかがいるLAのシーンとも違いますよね。
――背景になっているシーンがよく分からない?
柳樂:そう。そういう意味でも、すごく変わった人なんですよね。デビューの時もポンって出てきたし。
――メジャー・デビューは2006年。23歳のときですね。
▲クリスチャン・スコット
『リワンインド・ザット』(2006年)
柳樂:最初は<コンコード>からですね。まさに“ニューオリーンズから出てきたトランペッター”という感じで、派手な売り出され方をしていました。でも、アルバムには、ジャマイア・ウィリアムズとか、マシュー・スティーヴンスとかも参加していて、一時期は、エスペランサもバンドに入っていましたね。たしか、彼女とはバークリーの仲間で、BIGYUKIとか上原ひろみとも近い世代ですね。でも、彼らとNYで日常的にセッションしているみたいな印象はないですよね。
アメリカでも日本でも、ジャズファンの中には“ジャズ=トランペット”みたいな考えの人がいて。歴史的には、ルイ・アームストロングがいて、クリフォード・ブラウンがいて、マイルスがいてみたいな流れがあって、80年代以降だとウィントン・マルサリスが出てきてから、ニューオリーンズ・ジャズとトランペットが見直されるようになって、その延長でニコラス・ペイトンとかテレンス・ブランチャードとかが出てきました。クリスチャン・スコットも最初はそういう“トランペットのスターを発掘して売り出そう”っていう動きの最新バージョンとして出てきました。一時期は、ステフォン・ハリス、ダビッド・サンチェスと『ナインティ・マイルズ』っていうラテンジャズのプロジェクトもやってましたね。その頃は、すごく上手いけど、ロバート・グラスパーとも違うし、ブラッド・メルドーとも違うし、個人的に、どう聴いていいか分からない、みたいな部分もありましたね。
▲Christian Scott - Rewind That (Bridgestone Music Festival '10)
――どのくらいからイメージが変わりましたか?
▲クリスチャン・スコット
『Stretch Music』(2015年)
柳樂:2010年の『Yesterday You Said Tomorrow』で少し変わり始めた気配があって、2012年の『クリスチャン・アトゥンデ・アジュアー』という2枚組のアルバムで、プリペアード・ピアノを使ったり、いわゆる現代ジャズ的なミュートしたドラムの感じとかをやり始めて、更に印象が変わりました。あと、2013年には、“ネクスト・コレクティブ”っていうプロジェクトで、ローガン・リチャードソン、マシュー・スティーヴンス、クリス・バワーズ、ベン・ウィリアムス…みたいな面々と、ヒップホップ~R&B~インディー・ロックあたりのカヴァー・アルバムをリリースしたんです。それは演奏自体は、割と従来のジャズの形式だったんですけど、リトル・ドラゴン、ジェイ・Z&カニエ・ウェスト、ドレイク、ボン・イヴェール、グリズリー・ベアみたいな選曲が面白かったですね。
そうやって少しずつイメージが変わり始めて、その後<Ropeadope>に移って出したアルバム(『Stretch Music』2015年)で一気に印象が変わりました。それまでは、ジャズがやりたい、っていう感じだったけど、そこで初めて、ジャズだけやりたいわけじゃないんだなって感じましたね。
――『Stretch Music』は、「Pitchfork」で取り上げられたり、「NPR」の年間ベストに選出されるなど、ジャズ以外のリスナーにも広く知られるきっかけになる、ブレイクスルー作でしたね。
柳樂:僕も年間ベストに選んだけど、やっぱりそれまでは全体のサウンドに対する意識がすごく薄かった気がするんですよね。でも、『Stretch Music』からは、デザインができるようになった。「とりあえず、このリズムを取り入れてみました」とかじゃなくて、全体のデザインがあって、それに必要なものという考えでリズムを変えたり。レコーディングの参加メンバーも若くなりましたね。
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