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THA BLUE HERB結成20周年 シングル『愛別EP』ラッパー:ILL-BOSSTINO インタビュー
THA BLUE HERB 結成20周年
1997年札幌で結成。以後、札幌を拠点に自ら運営するレーベルからリリースを重ねてきた。
オフィシャルサイトのプロフィールにあるこの一節を、20年間続けてきた。常にリスナーから求められ、1MC1DJで1対1の対峙に挑んできた彼らが、ニューシングル『愛別EP』をリリースした。
2015年のソロ活動、シンパシーを感じるミュージシャン、未曾有の新作、日比谷野外大音楽堂での結成20周年ライブ……と、ラッパー:ILL-BOSSTINOに訊いた。
それが俺たちに課された使命だろうね
▲YouTube「THA BLUE HERB×OLEDICKFOGGY:THA BLUE HERB「AND AGAIN」」
--BOSSさんは2015年にソロ・アルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』をリリースしていました。この制作がTHA BLUE HERBにもたらせた変化はありましたか?
ILL-BOSSTINO:O.N.Oと曲を創るのが4年ぶりだから、最初は「どうなるかな?」とも思ったけど、変わらなかったね。ソロはO.N.Oの音でやっていないからといって、自分の表現の中でソロだからと言って違うものを求めたわけではないし、俺のラッパー人生の中のひとつだから、それほど特別なことではなかったね。--BOSSさんは2012年にアルバム『TOTAL』をリリースした際、“THA BLUE HERBとしての音楽の頂点を極めた”という種の発言をされていました。
ILL-BOSSTINO:『TOTAL』のときはそう思ったね。--そこから先も作品を出し続けるというのは、あのとき思った頂点が頂点ではなかったということなのでしょうか。
ILL-BOSSTINO:今回は3曲しか作っていないから、『TOTAL』の13曲の世界観にはまだ及んでいないと思う。1曲単位で何が一番クオリティが高いか、なら今回の3曲だと思うけど、アルバムっていうのは別の話で、それこそトータルの話だから。『TOTAL』はアルバムっていう単位でいうと現状だと最高到達点だと思う。--それはこれから更新されるかもしれないし……
ILL-BOSSTINO:更新し続けること、それが俺たちに課された使命だろうね。--THA BLUE HERBの歴史は、リスナーやファンから「次も驚かせてくれるんだろう?」という期待をかけられ続けてきました。ライブにおいても、1対1の対峙を続けてきた。そういう環境に晒され続けてきた20年は誇りと言えますか?
ILL-BOSSTINO:言ってもまだ20年だからね。毎回それは続いていて、昨日のライブで「やっぱり間違いない」って言ってくれた人もいるだろうし、「もう良いや」って思った人もたぶんいる。それは明日も、次の日も起きる。それをずっと繰り返してるよね。結局20年間、最初から今日までずっとTHA BLUE HERBだけを聴いてくれている人たちっていうのは、たぶんひとりもいないと思う。色んな歴史の中で、合流したり離れていったり、また戻ってきたり、もちろん二度と聴かないって人もいると思う。世の中には良い音楽がたくさんあって、ましてや今ならラッパーもたくさんいる。俺らの音楽はその中の1つでしかないからね。
去っていった人たちもいるけど、それは自然なこと
ILL-BOSSTINO:でもね、一戦一戦、一期一会が気づいたら20年になっていただけ。俺らの音楽だけが正義で他は全部嘘とはもう思ってないし、色んな選択肢がある中から選んでくれた以上は楽しませたいと思ってがんばるし、そのがんばりが伝わらないことも理解してる。新しく俺らの音楽に触れてくれる人たちを常に待っていて、ドアはいつだって開けてるよ。どこからだって来て欲しいけど、それでもやっぱり―――ライブなんか特にだけど、みんな歳を取っていくし、仕事や子育てとかを経験してる人も多いからね。
今いる人がずっといるとも思わないし、ずっといてくれた人とも思わない。今は今。その1回1回を楽しもうっていうフィーリングしか無い。去っていった人たちもたくさんいるけど、それは自然なことで何もないよ。
--では、BOSSさんがシンパシーを覚えるミュージシャンというのはいますか? 個人的にはZAZEN BOYSとの共通点を感じるところがあるのですが。
ILL-BOSSTINO:ZAZEN BOYSは凄い。あいつらがやってるアンサンブルはたぶん、ある領域の中では世界一だと思う。あそこまで突き詰めているバンドは、俺が知りうる限りはそんなにいないと思う。シンパシーは感じているよ、同世代でがんばってるし、クオリティが高いし一緒になれば負けたくねえって思うし、向こうにもそう思ってもらいたくて俺もがんばってるし。
--その共通点は特にライブに関して思うのですが、HIPHOPのライブは楽器を演奏するバンドスタイルとは違い、レコードなど録音された音源を鳴らす形になりますよね。
ILL-BOSSTINO:うん。--それゆえに音源の凄味を超えられないHIPHOPミュージシャンも多いと感じているのですが、THA BLUE HERBのライブはPAスタッフも自ら用意し、常に進化した形を提示することにチャレンジし続けています。プレイヤーとして、演奏家としての凄味まで見せるための努力や施策を厭わないという点で、ZAZEN BOYSと共通するものを感じます。
ILL-BOSSTINO:それは光栄なことだと思う。確かにとても考えることで、バックトラックの音や曲順もそう。毎年アルバムを1枚出してきたグループじゃないから、弾丸は限られる。でも、その並べ方、聴かせ方でまた新しい発見があるっていうところに懸けている。それはDJ的な視点ではあって、手持ちのレコードの順番を変えていくことによって、前後の響き方、聴こえ方が違っていくというマジックを追求しているのかもしれないね。
- できることとできないことは20年前と比べても明確
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できることとできないことは20年前と比べても明確
--リスナーはいつか飽きてしまう?
ILL-BOSSTINO:そう。でも、飽きられるのは止められない。どんな良い曲でも10回で飽きる人がいれば、3回で飽きる人もいて、50回聴いても飽きない人だっている。それは個人的なことだから、要するに俺らが飽きるか飽きないかの話だよ。俺らが飽きたら、次のアルバムを作ろうと思ってライブを休むし、そうやって活動してきた。好きになってもらえるかどうかはコントロールできないから、自分らは自分らでやる。それだけだね。--そういう思いは、今作『愛別EP』のタイトルにも表れています。これは20年間続けてきた答えのひとつでもあるのでしょうか。
ILL-BOSSTINO:だろうね。確かにお客も、スタッフも、こうやって携わってくれて広めてくれた人たちにも感謝しかないけど、別れがあるから出会いがあるというのは真理だから。そこに執着していてもどうしょうもないね。みんなそれぞれの人生だし。無常感というか、できることとできないことは20年前と比べても明確になってるよ。--それはどこかのタイミングで気づけたのでしょうか? それとも段々と?
ILL-BOSSTINO:段々と、だね。結局、自分らで自分らをマネージメントして、自分たちで企画を立てて、表現の場を作って、自分たちで音源を作って、広めて、ライブをやって、自分たちで領収書や請求書を書いて、毎月起こったことをホームページに発表して……、それだけを20年間続けてきたわけだから、どんどん大きいことをやっていこうってことではないわけよ。武道館、ドーム、世界ツアーと広がっていく一方のタイプというより、自分らの音楽が届きやすい範囲の場所をずっと大事に守って、その中で深めていく、高めていくタイプのミュージシャンなわけ。
何万人っていうところでライブをやったって、ひとりひとりの人生にまで入り込めるような気がとてもしない。だったら一番後ろのお客の顔色や頭の揺れ、退屈そうなお客のあくび、ひとりひとりを見ながらライブする方が楽しくて、それをずっと続けてきただけだから。地に足を着けてやってるだけだね。
--それはフェスなどで何万人という観衆の前でもやっているBOSSさんだから言える言葉ですよね。
ILL-BOSSTINO:あれもあれでいいけど、まあお祭りだよね。その45分間で行ける距離、深さと、ワンマンの1時間とか2時間で行ける深さとはレベルが違うし、そこを追求しないことにはどうしょうもない。そんな風におだてられたって手は抜かない
--僕は今年の春に【ARABAKI ROCK FEST】でMOROHAを観たのですが、彼らはTHA BLUE HERBに対してリスペクトを表明しているミュージシャンですよね。近年はBOSSさんの息子でもおかしくないほど若いミュージシャンの中にも、THA BLUE HERBに敬意を表している人たちがいます。
ILL-BOSSTINO:悪いけど俺なんかの言ってることを全部まともに信じてたら、本当の俺に会ったらガッカリするからやめなよって感じだよ、昔から言ってるけど。俺なんか不完全な人間で、何とかまともな人間になろうと思って、それでもなかなか上手くいかなくて失敗して他人を不愉快にしたりして、それでも一角の人物になろうと昨日も今日も明日も努力して生きてる。俺は俺の道があるから、勝手に見てもらえるのは構わないし、それで俺らの音楽を広めてくれることによってお客さんが興味を持ってくれることには感謝しかないけど、別に、ただそれだけのことだから、俺にはプラスでもマイナスでもない。そいつの人生のことだから。俺は俺で、探すことも追いかけることもちゃんとあるから、そんな風におだてられたって悪いけど手放しで喜んだりもしないし、そんなんで手は一切抜かないね。
あの変調が、この曲のすべて
--『愛別EP』には3曲の新曲が収録されていますが、2曲目「BAD LUCKERZ」では近年のTHA BLUE HERBのサウンドに通底する音のシンプルさ、その組み合わせで前人未到の音像を作り上げている点が顕著だと感じました。
ILL-BOSSTINO:今回の3曲も含めて全部で10曲くらいO.N.Oはビートを送ってくれたけど、全部凄かったからねえ。選ぶのにとても苦労したくらい良かった。彼は彼なりにTHA BLUE HERB像をちゃんと考えているんだよね。どういう曲にするのか一言も話さずに送ってきた音があれだったから。普段から毎日遊んだりっていう昔みたいな間柄ではないんだけど、彼は彼なりにTHA BLUE HERBの20年っていうのを感じて作ってるんだなって。進化っていう意味では、O.N.Oはビートメイカーっていうよりは完全なミュージシャンの域まで行っちゃってるから、ちゃんとした調和を生みながら音楽を作れるようになってる。昔はそこじゃないスリルというものに対して評価もされていたけど、難解な表現じゃなくて、いわゆる良い音楽っていう世界にシンプルにアクセスしようとしているのはあると思う。
奇抜なことをやろうとするのは簡単だし、そういうのは2ndとかでいいだけやってるし。毎回毎回違うことを探しているんだよね、ふたりで。
--ただ、奇抜でもあると思うんですよ。1曲目の「ALL I DO」で、ループしていたシンセフレーズが変調する瞬間(1:10~)、身の毛がよだつような衝撃を覚えて。
ILL-BOSSTINO:そうだね、エモーショナルだよね。--全体の中ではちょっとした変化なのに、それだけで信じられないくらいの熱量を生み出している。こういう音楽はあまり耳にしたことがありませんでした。
ILL-BOSSTINO:言わんとしてることはすげえわかるよ。昔はできなかったけど、今はあの瞬間のためにO.N.Oはやってる。やっぱりHIPHOPってループのビートが基本だったりするから、ひとつの極上のループさえ見つかれば、その繰り返しでどんどん感情が高まっていくっていうのも醍醐味なんだけど、一発の変調に懸けていく。そこに向かって進んで、その瞬間に一気に世界を変える……っていう作り方は、音楽に対して一歩進んだ接し方だよね。そこはできてると思う。あの変調が、この曲のすべてだな。何が一番良い曲かって言われたら「20YEARS, PASSION & PAIN」
--これは『TOTAL』の時なのですが、ある人が「THA BLUE HERBは単調になった」と話しているのを聞いて、それは間違ってはいないのかもしれませんが……
ILL-BOSSTINO:そうだね、シンプルになったとは思う。削ぎ落とされていったけど、そこに残ったものっていうのが感情としてあって、そこになかなか気づかない人もたくさんいると思う。さっき言ったように奇抜な音楽の方が耳触りが良いというか、評価しやすいしね。まあ、それは聴いてくれる人の感情が動くか否かだけだから。後々、言葉で説明してもらえるかどうかよりも、その瞬間に感情が動くか否かだけでずっと俺らはやってるわけで、昔の変則的な音楽も、そこに感情の揺らぎを求めていた。今は相手の感情の揺らぎっていうのを、ああいったひとつの瞬間で触れようとしてるんだよね。
--そして、そうしたサウンドに乗せるBOSSさんのリリックは、本質的には20年前から何も変わっていないと感じました。
ILL-BOSSTINO:変わってないね。たぶん変わってないと思う。自分が何者なのかということを、ずっと探求しているよね、歌うことによって。--ただ、3曲目「20YEARS, PASSION & PAIN」に関しては違っていて、サウンドにまず驚きました。
ILL-BOSSTINO:THA BLUE HERBのキャリアの中で、一番良い曲だと思うね。『TOTAL』の時は最後に作った「RIGHT ON」がTHA BLUE HERBの中で一番良い曲だと思っていて、ソロの時は最後に(DJ)CELORYくんと作った「AND AGAIN」(ソロアルバムの初回特典楽曲)が自分のキャリアの中で一番良い曲だと思った。そして今現在では最後に作った「20YEARS, PASSION & PAIN」が一番良い曲だと思えているね。--それは音楽家として、最高のことですよね。
ILL-BOSSTINO:最高だね。何が一番良い曲かって言われたら、「20YEARS, PASSION & PAIN」だと今は断言できるね。--そんなこの楽曲の最後の言葉が「あともう一回」だったことにも畏怖を覚えました。ここはまだ到達点ではないという……
ILL-BOSSTINO:そりゃそうだよ。20年ごときで有頂天になってたら先輩たちに笑われるよ、本当に。20年なんて全然通過点でしかない。ひとつの区切りとして、46歳の働き盛りで、頭脳も肉体も思う通りに動かせるところまで来れたし、10年後に生きてるかどうかもわからない。とりあえずみんな元気な状態でここまで来れたことに感謝して、良い迎え方をしようってだけで、たかが20年。どうってこないよ。20年間HIPHOPを探求し続けていたら、いずれ今の俺らのところに来る
--そして10月29日(日)日比谷野外大音楽堂にて結成20周年ライブを開催します。
ILL-BOSSTINO:祝いたいと思ってるよ、もちろん。あの場所でしか表現できないこともたくさんあると思ってるし、ああいう東京のど真ん中で歌うことによってシリアスに聴こえる曲もいっぱいあるから。でも、今は明日のライブが控えているから、そんなこと考えてたら大怪我しちまう。だから、そのときになったらまた考える。その繰り返しだよ。確かに野音では今までやってこなかった曲とかはやってみようとか、あそこでしかできない試みとかは確実にある。でも、今はまだ次のライブのことで頭がいっぱいだよ。
--すいません、最後に訊くのも何ですが、やっぱりBOSSさんには『フリースタイルダンジョン』について伺いたかったのですが。THA BLUE HERBは結成当初、隆盛を極めていた【さんピンCAMP】に対して仕掛けていったところがありましたよね。今、『フリースタイルダンジョン』や『高校生RAP選手権』が大々的にフィーチャーされ、HIPHOPはそれ以前の苦しかった時代から脱して新たな盛り上がりを見せていると感じています。そういう流れをBOSSさんは感じますか?
ILL-BOSSTINO:俺らのライブではまったく感じないね(笑)。俺も20年前は『フリースタイルダンジョン』や『高校生RAP選手権』をやっている人たちと同じフィーリングでラップしてたと思う。人のことを悪く言って、自分をかっこいいと言わせることによって、俺自身を高めていく。相対的にね。そういうことに熱中していたし、それしか方法を知らなかった。でも、そこから俺らは20年HIPHOPをやっているんだよ。要するに俺らは今、『フリースタイルダンジョン』のプレイヤーがHIPHOPをやり続けた20年後、そしてお客さんたちがHIPHOPを聴き続けた20年後をやっているわけ。その人たちが20年間、HIPHOPをそうやって探求し続けていたら、いずれ今の俺らのところに来ると思う。そのときに今俺らがやっていること、伝えたいことは伝わる。だから、別に今ここで何かを言ってもしょうがないよ。だって、あの当時の俺に何か言ってくる人がいたとしても、その話が為になるかどうか関係なく俺は訊く耳を持たなかっただろうし、それもHIPHOPだからそれで全然良いと思う。皆、思うようにやれば良いよ。
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