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山中千尋『モンク・スタディーズ』インタビュー
ニューヨークを拠点に活動し、現在は米バークリー音楽大学助教授として後進の指導も行うなど世界で活躍し続けているジャズ・ピアニスト、山中千尋。山中本人が敬愛するジャズ・ピアニストのセロニアス・モンク生誕100周年を記念したオマージュ・アルバムが6月21日にリリースされた。今回のインタビューでは、“セロニアス・モンクの再解釈”というアイデアをエクスペリメンタル・ジャズという形で実現するに至った経緯や、ディーント二・パークス(Dr.)、マーク・ケリー(Ba.)との共演で生まれたオリジナル曲に込めた想いについて話を訊いた。
自然の造形物のようなメロディーラインがたくさん詰まっていて、それが凄いなと思いました
−−セロニアス・モンクと山中さんの出会いはいつ頃ですか?
山中千尋:ジャズを聴き始めた頃なので高校生ぐらいです。初めて聴いたのは『ブリリアント・コーナーズ』や『モンクス・ミュージック』です。モンクのバイナルが好きで集めていました。
−−モンクの音楽は“個性的”とよく表現されますが、聴かれた当初の印象はいかがでしたか?
山中:全く分からなかったです(笑)それまでジャズ・ピアノは他にオスカー・ピーターソンやバド・パウエルのようにピアニスティックな方を聴いていたせいもあって、モンクの場合は「ピアノだけどピアノじゃない、一体何なんだろう?」と。当初は「独特だな」と思っていましたが、その面白さにどんどん惹きつけられていきました。
−−面白いと思われたのはどういう部分ですか?
山中:ジャズのスタンダードはブロードウェイ・ミュージカルのように、覚えやすくて歌いやすい曲が多いんですが、モンクの曲っていうのはまず覚えにくいし誰も口ずさめないですよね。その再生不可能なメロディーがすごく面白くて。
−−当時半音階を多用する演奏者も中々他にはいませんでしたよね。
山中:その通りですね。あと、モンクのメロディーはスウィングのツボに上手く乗っているんです。スウィングというのは裏の拍が強調されるリズムなんですが、モンクの演奏はそういうジャズのリズム感がダイレクトに伝わってきます。
−−モンクを聴き始めた当初、他にはどんなジャズ・ミュージシャンの演奏を聴いていらっしゃいましたか?
山中:ハービー・ハンコックやチック・コリア、オスカー・ピーターソンやビル・エヴァンスなど、いわゆるジャズ・ピアノの“名手”たちですね。それに比べると(モンクは)やはり変わった弾き方ですよね(笑)だけど、よく聴くと誰にも真似できない自然の造形物のようなメロディーラインがたくさん詰まっていて、それが凄いなと思いました。
−−私もビル・エヴァンスやチック・コリアを聴いた後にセロニアス・モンクを初めて聴いたので、第一印象では彼の凄さが分からずに「聴き込めないかも…」と思ってしまいました(笑)
山中:モンクのピアノは長縄跳びに例えると、必ずつっかえたり縄を止めてしまったりするような感じの音楽なんです。あのゴツゴツした歪なメロディーや、リズムのモチーフの形が凄く変わっていて、普通は考えられないようなところで音が伸び縮みしたり。本当に不思議な音楽ですよね。音だけでなく彼(モンク)も変わった人で、「自分で天気を変える力を持っている」という伝説もあるような人なんです。
−−音だけでなくやはり不思議な人だったんですね。
山中:日本では、彼が“不器用”だというイメージを持っている人もいますが、彼は不器用というわけではないんです。50年代に行われた『メトロノーム』という雑誌が主催のジャズ・ミュージシャンが集まる卓球大会で、優勝したのがセロニアス・モンクだという逸話があって。身体能力はとっても優れていたみたいです。
−−卓球とリズム感の良さには共通点がありそうですよね。
山中:彼の演奏は、ゴツゴツしていてもスウィング感やグルーヴ感のあるダイナミックなピアノなんですよね。私自身もモンクのトランスクリプションなどを聴いたり弾いたりしますし、今私は教える立場でもあるので、学生にも必ずモンクを練習するよう教えています。モンクの音楽には、ジャズ・ミュージシャンにとって必要な基礎となる要素がたくさん含まれていると思っています。
−−基礎、というのは具体的にどういった部分ですか?
山中:勉強をしているようにピアノを弾いてしまうと、どうしても演奏の上手さや技術の高さに目がいってしまいますよね。でも、そうなってしまうと大切なグルーヴ感が置いてけぼりになってしまって。ピアノは操作が難しい楽器なので、リズムやグルーヴがいかに大事かを知ってもらうためには、モンクの音から学べることはたくさんあると思います。
−−モンクの音楽を教えるときに学生に伝えてらっしゃることはありますか?
山中:難しいことは言わずに“まずは聴く”ことですね。音楽学校の生徒って、実はあまり音楽を聴かない人が多くて。みんな、自分が弾くことに一生懸命になってしまって。モンクに限らず、音楽を分析するよりもまずは耳を傾けるということを私も心掛けていますし、学生にもそう伝えてます。音楽は聴くことで楽しさと良さがわかりますから。
−−バークリー音楽大学で教える立場になられて、ご自身が在学されていた頃と現在では学生の音楽との触れ合い方に違いはありますか?
山中:まず勉強するためのツールが違います。皆iPadで書き込んでいて、そもそも紙を持っている子がいないんですよ!「五線紙ないの?」と聞いたら「え…何それ?」って言われました(笑)
−−本当ですか?! それは驚きました。
山中:今は桐朋学園大学でも教えているんですが、学生は、みんなすごく真面目で貪欲ですね。ただ、情報が過多なために、何を聴けば良いのか分からないという根本的な悩みもあるようです。逆にこの曲は嫌いという主張もなく、どれが好きか分からないって相談しにくる子もいます。私が学生だったときは、手あたり次第自分から聴いていかないと周りに情報がなかったので、そこは大きな違いかなと思っています。
−−生徒さんたちの悩みは、私も分かる気がします。海外の音楽もすぐに聴くことができるので便利になった一方、情報が多すぎて。同じ悩みを持っている人は多いのではないでしょうか。
山中:そうですよね。自分の感覚を信じたら良いと思うんですが、誰でも全ての情報を受け取れるチャンスがあるが故に、みんなが聴いている曲は自分も全て聴かなきゃいけないというプレッシャーもあるようなのです。
−−山中さんは、普段ジャズ以外にどんな音楽を聴いてらっしゃいますか?
山中:基本的にはミーハーなので色んな音楽を聴きます(笑)知らない曲は、アプリですぐに調べてみたり、レコードを集めたり。当たり外れもありますが、色んな音楽にチャレンジするのが好きですね。
−−アプリはどういったものをお使いになるんですか?
山中:ShazamやSpotify、Apple Musicを使うことが多いですね。知らない音楽が聞こえてくると、すぐにチェックしています。
−−気になる音楽とは、どういう風に出会うんですか?
山中:音楽って歩いたりしていると、自然と耳に入ってくるんですよね。他にはインターネットを通じて知ることも多いです。
−−常に音楽へのアンテナを張られているんですね。
山中:そうですね。情報収集のためにInstagramやTwitter などSNSもチェックしていますね。なるべく鍵盤の前だけにいないようにしています。
リリース情報
公演情報
【“文春トークライブ 第17回”山中千尋 演奏とトークで披露する『極私的5つのピアノ名演と名曲』】
日程:2017年6月21日(水)
会場:東京・紀尾井ホール
時間:OPEN18:30 / START19:00
【山中千尋エレクトリック・トリオ・『モンク・スタディーズ』スペシャル・ライヴ 2017】
日程:2017年7月7日(金)
会場:富山・新川文化ホール 小ホール
時間:OPEN19:00 / START19:30
日程:2017年8月25日(金)、26日(土)、27日(日)
会場:東京・丸の内コットンクラブ
日程:2017年8月28日(月)
会場:名古屋ブルーノート
日程:2017年9月9日(土)
会場:ビルボートライブ大阪
関連リンク
- 山中千尋ユニバーサル ミュージック 公式サイト
interview:神人 未稀
photo:Yuma Totsuka
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