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岸田 繁(くるり)インタビュー
2016年12月、自身初の「交響曲」を初演し、5月24日に『岸田繁「交響曲第一番」初演』をリリースした岸田繁。ロックバンド、くるりのフロントマンとして20年以上、日本のロックシーンを牽引してきた彼が考える「交響曲」とはどんな音楽なのか。さらに、ジャンルを超えて様々な音楽を発信し続けてきた岸田が考える、「ヒット」について話を聞いた。
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チャートより売上枚数の方を見ます
―私達は、パッケージのセールス数以外にダウンロードやストリーミング、YouTube、PCにCDを取り込んだリッピング数など8種類のデータを使って日本版ビルボードチャートを作っています。岸田さんは、音楽チャートはご覧になりますか?
岸田繁:見ないですね。「見ないということに、何か意味があるのか?」って聞かれると特にないんですけど。自分が聴く音楽には自分の中のブームがありますし、ランキングに左右されず好きな音楽を聴きたいので。
―ご自分の作品が、チャートインしたかどうかは気になりますか?
岸田:それは気になりますね。(順位が)低かったら嫌な気持ちになりますし、上の方に入ったら嬉しいです。けど、チャートより売上枚数の方を見ます。ビルボードのチャートは、リッピング数までカウントしているんですね。データを見ることは好きです。データには色んな可能性があると思うし、1つの事実やと思いますから。
―数字には、説得力がありますしね。
岸田:そうですね。あと、数字に反映されない事実というのもありますし、むしろ僕はそっちの方に愛着が湧きます。野球に例えると、二割七分八厘の打者がいるとします。そして、その人は右ピッチャーの打率は三割一分やけど、左ピッチャーやと二割四分くらいやったとします。この数字だけを見ると、その人は「右ピッチャーの方が得意なんやな」って思うけど、実際に試合を見てみると、もしかしたら左ピッチャーの時には惜しい当たりがいっぱいあるかもしれません。そういう、数字では見えないところを突き詰めるのがデータ収集の面白さかなと思います。
―確かに数字やデータだけでは測れないものもありますね。チャートはご覧にならないということですが、「この曲、流行っているな」と、感じるのはどんな時ですか?
岸田:つい何日か前にも、ヒットチャートに弱い人達だけでそんな話をしました。例えばエアコンやと、どの地域で、どんなスペックのものが売れているかって明確ですよね。でも音楽の場合は枚数とか回数以外に、「脳内再生」っていう聴き方もあると思うんですよ。どうしても頭から離れへんやつ。
―音楽を聴いているわけではないのに、頭の中で音楽が流れていることってありますね。
岸田:それも、ヒットを測る重要なデータやと思います。だから、音楽は何がヒットしているかを測るのが曖昧やし、皆さんおっしゃってますけど、より一層曖昧な時代になってきたなと思います。なので、今の質問に対して自分の言葉では答えられへんけど、こないだ知り合いのミュージシャンと飲んでた時に「ヒットとは、コンビニでかかっているかどうか」って言った人がいました。その人も、たぶんチャートに疎いタイプの人やと思うんですけど、コンビニによく行くらしいんですよ。だから、そこで聴く回数が多い曲には、なんか肌身で感じるヒット感があるらしくて。それ以降、コンビニの小さいスピーカーからモコモコの音で、全然知らん曲が突き刺さるように聴こえてくることがあって。そういう瞬間に「あれ?この曲って売れてんのかな」って思ってます。
―なるほど(笑)。ビルボードジャパン・チャートについて、先ほど8種類のデータを合算していると説明しましたが、約10年前はラジオのエアプレイ数とシングルの売上枚数のみでチャートを作っていました。そこから、ダウンロード、YouTubeの再生数…といったように、音楽の聴き方の変化にあわせてデータを追加していきました。ここ数年で音楽の聴き方は大きく変化しましたが、岸田さんは学生の頃どのように新しい音楽と出会っていましたか。
岸田:ラジオやテレビ、映画を通じて知ったり、FMのエアチェックをしたり。あとは、1日中CDショップにいって試聴機の曲を聴いたり、専門店でお店の人に聞きながら買ったり…。色々ですね。
―最近は、いかがですか。
岸田:音楽好きの友達から教えてもらったり、コンサートに行ったり。YouTubeとかSoundCloudも使いますが、最終的に気に入ったらCDを買います。
―定額制ストリーミング配信は使いますか?
岸田:AppleMusicとかSpotifyも使ってます。でも、あくまで調査用として使ってますね。やっぱり、気に入ったらCDを取り寄せるか、お店に行って買います。
―ストリーミングで聴ける曲でも、CDを買うんですね。
岸田:CDが売ってる場合は買いますね。CDを開けてデッキに入れて、終わったら別のCDに替えるっていう一連の動作が好きなんですよ。アナログやったら、開けて、入れて、ちょっと埃を払って、針を落として、聴いて、ひっくり返して。でも最近は自分の中のアナログブームが終わってきまして。
―なぜですか?
岸田:音は好きなんですけど、すぐにA面が終わるから、用事をしながらやとひっくり返すのが面倒くさいんです。50分くらいのCDが、僕の生活サイクルにはちょうど良いんちゃうかなと思って。飯作って、食べて、洗い物が終わるくらいで1枚終わるから。あと、音楽を聴く時には1つルールがあるんです。
―どんなルールですか?
岸田:かけっぱなしにして用事をすることもあれば、集中して聴くこともあるんですが、その日に聴くアルバムを順不同に並べておくようにしています。僕はテレビを見ないので、皆さんがテレビを見ている感覚かもしれませんね。
譜面を逆から読んでみたらまとまった
−−岸田さんの最近の活動について、お伺いします。まもなく『岸田繁「交響曲第一番」初演』が発売されますが、今回演奏された京都市交響楽団とは以前から繋がりがあったのですか。
岸田:京都市交響楽団の柴田マネージャーのお父さんと僕の父親が友達で、食事に行く機会があったんです。その時に「オーケストラの作品を書いてもらえませんか」って言ってもらったので「やります」って答えました。ただ、今までオーケストラの作品は書いたことがなかったので、どういう風に進めていくかは試行錯誤しました。
−−1年半かけて作られたそうですが、特に苦労されたことはありますか。
岸田:くるりとか映画音楽を作る時にも管弦楽器を使うことはありましたけど、オーケストラの曲を書くというのはとにかく初めての経験だったので、最初はキャンバスが真っ白でした。でも、オーケストラの曲を書く人として評価されたことがないということは、むしろ何をやっても良いんやなって思って、とにかくいっぱいスケッチをしていきました。だから、今はこの曲を「交響曲」って呼んでますけど、はじめはどういう呼び方をするか考えていませんでした。
−−「交響曲を書いてください」という依頼ではなかったんですね。
岸田:35分以上のオーケストラ作品を書いてくださいという依頼でした。でもコンサートをするのであれば、35分やと短いですよね。公演として成り立たせるためには、前半はくるりがオーケストラとコラボレーションするっていうやり方もあるけど、それやとやりたいことがブレてしまいます。だから、50分以上の曲を書こうということだけ決めて書き始めました。あれを交響曲って言うことにしたのには、色んな理由があるんですけど、一つはカマしです。クラシックって分からん用語が多いんですよ。真面目にあの曲のタイトルを考えるとしたら、5楽章を3曲と2曲に分けて別の作品にした上で、「管弦楽のための協奏曲」とか、「○○風舞曲」とかになるんちゃうかなあ。でもそれやと難しそうやから、「交響曲」にして、カマしとこかなと思いました。
−−アルバムの前半に収録されている曲には「Quruliの主題による狂詩曲」というタイトルが付いていますが、「交響曲」には作品にも楽章にもタイトルがありません。
岸田:作品の意味を自分から押し付けたくなくて。この曲はクラシックの形式的な縛りから、はみ出る曲やと思います。でも、だからと言って他の芸術の表現には委ねたくありませんでした。なので、敢えて交響曲と呼ぶことで記号のようにして、あとはお客さんに委ねようと思いました。
−−たしかに今回は岸田さんにとって初のオーケストラ作品ですし、タイトルを付けることで固定概念が生まれることもありますね。
岸田:ベートーヴェンの「交響曲第5番」を僕らは「運命」って呼んでますけど、そんな呼び方をしているのは日本人だけやという話もあります。たしかに僕らは「ジャジャジャジャーン」っていうのが、「運命」的やって思ってますけど、ベートーヴェンはそう思って作ったわけじゃないやろうから。
−−そうですね。あの曲を「運命」だと思わずに聴いたら、違う感想を持ったかもしれません。
岸田:あと、バットマンのマークあるでしょ?黄色と黒の。
−−こうもりのマークですか?
岸田:僕の妻は、バットマンの存在もバットマンがこうもりの格好をしていることも知ってたんですけど、あのマークは”口“やと思ってたんですって。
−−え?口ですか?
岸田:口を開けたら、ガタガタの歯があったっていうマークやと思ってたらしくて。
−−(笑)
岸田:それを聞いて僕は「バットマンはこうもりやから、あのマークはこうもりや」って思い込んでるだけやったんかなって思いました。ほんまは、あの曲には「交響曲」っていう名前すらいらんかったかもしれません。でも、真面目に聴いてもらうために最低限必要なカマしと情報はなんやろうって思案した結果、「交響曲」になりました。
−−先ほど、キャンバスにスケッチをするように、様々なフレーズを書いていったとおっしゃいました。その後は、どのように組み立てられたのですか。
岸田:管弦楽作品と言っても、色んな作品があります。何をやっても良いとはいえ、1つの作品として聴いてもらうためにどうしたら良いかなって考えて、まず構成をかっちりした楽章を1つ作りました。それが、今の第四楽章です。
−−最初に出来上がったのは第四楽章なんですね。
岸田:一番はじめに書き上げたのは第四楽章でしたね。そのあと、他の楽章を書き足しながら最後につじつまを合わせようって思ったんですけど、どうも合わなくなってきて。「導入があって、騎馬民族が出てきて、王様が出てきて…」っていうストーリーを作ろうかとも思ったんですけど、それも何か違う気がして。それで、シンメトリーにすることにしました。なので、はじめは四楽章で終わらせるつもりでしたが、五楽章まで書くことにしました。
−−シンメトリーということは、第二楽章と第四楽章、第一楽章と第五楽章が対比しているという意味ですか?
岸田:そうです。
−−アルバム『ワルツを踊れ』で管弦楽のアレンジをした、ウィーン交響楽団の打楽器奏者フリップ・フィリップにも途中経過を見てもらったそうですね。
岸田:まず、第五楽章とか第二楽章の前半を聴いてもらったんですが、「いやいや、やりたい事は分かんねんけど…」っていう反応をされました。例えばロックを好きになって、いきなりギターを抱えてメタルを練習し始めた人がいるとしますよね。そういう人に対して、ロック好きのおじさんが「お前の気持ちも分かんねんけど、まずはビートルズも聴いてみたら。そこにヒントがあるかもよ」みたいな。それで、フリップにはモチーフの使い方とか、別のテンポで譜面を読んでみることとか、カウンターで使うモチーフを主役にする瞬間を作るとか、そういうことを教えてもらいました。あと、一つ面白かったのは「譜面を逆から読む」ということですね。僕は、ピアノロールを使って書いていたんですが、ふと自分の書いた曲を見た時に汚いなって思って。そしたら、フリップから「どうやって楽曲を収束されるかを考えるには、譜面を逆から読んでみたらどうか」って言われたんです。それで、A-B-Aのソナタ形式の中で、Aでカウンターとして使っているモチーフを逆にして、Bに書いてみたんですよ。そしたら、綺麗につながって。そこから綺麗に書き終えられて、すごくまとまった音楽に仕上がりました。そのあと、フリップにデモ音源を聴いてもらったら、「ばっちりや!」って言われました。
「魂って、1つずつ灯るんやな」って思いました
−−日頃のくるりのライブと違って、今回は自分の曲を客席で聴いてらっしゃいました。どんな気持ちでしたか。
岸田:客席にいる間、ずっと頭の中で譜面を追ってました。くるりとして演奏してる時というのは、演奏している行為自体が作曲に近いんです。自分で作った曲でも、大半はメンバーやその場の雰囲気によって変わるので。だから、良い意味で自分の思い通りにはいきません。でも今回は、指揮者の広上先生や京都市交響楽団、あとオーケストラ譜面にしてくれた三浦秀秋さんの意匠も入っていますが、自分だけの世界として書ききったので、くるりの時とは全然違う感覚でした。
−−今回、指揮をされた広上淳一さんはどんな方ですか。
岸田:作曲家が曲を書くように、音楽自体を秒単位で心の中に表現して、その結果起こった波をコントロールできるすごい人です。譜面を見ただけでは分からへんことも含めて、実際に音が鳴ったらどうなるのかを逆のパターンも含めて対応できるというか。絶対、怪我しいひん猛獣使いみたいでした。
−−広上先生とは、演奏についてどんなやり取りをされたのでしょうか。
岸田:時間の動かし方やテンポについては、色んなアイディアを言われました。例えば、僕はゆっくりしたイメージで書いたんですが、広上先生はもうちょっと早い方が良いと思われた箇所があって。「僕は、少し遅いイメージで書いたんですよね」って言ったんですけど、18世紀のウィーンとか色んな例をマシンガンのように出してきはって、結局早くなりました。
−−え(笑)。
岸田:広上先生は、そうやって話しながら、僕の感覚と彼の中に落としどころを見つけて、決断して、それを振り切るという能力がすごい人なんです。初めて一緒に仕事をしたのが広上先生で良かったと思ってます。広上先生と過ごした数日間は図形で書いてみたいくらい。彼自身が交響曲みたいな人でしたね。
−−初演を演奏するということは、広上先生にとってもすごくプレッシャーだったのではないでしょうか。特に岸田さんは異ジャンルの方ですし、岸田さんにとって初のオーケストラ作品なので、過去の演奏を聴きたくても、前例がありません。
岸田:すごいエネルギーを使われたと思います。特に2回目の東京公演の方が、すごい気迫でした。1回目の京都公演には、良くも悪くも初日の良さがあるんです。若々しさというか、葉っぱが開いたばかりのキラキラした緑のような。でも東京は再演だったので絶対に失敗できないし、広上先生のエネルギーと集中力は鬼気迫るというか、僕も圧倒されるものがありました。
−−東京公演の演奏後、ステージ上でおっしゃった「この曲はソウルミュージックやと思います」という言葉は、とても印象的でした。
岸田:僕にとって作曲するということは、買うてきたポテトチップスを、横になりながらこぼさへんように全部食うっていうことと変わりません。嫌いなことはやってないし、好きなことをやってるだけやから。だから、もしあそこで僕じゃない人が「あれはソウルミュージックや」って言ったとしたら、「意味は分からんけど、言い得て妙やな」って感じたと思います。赤ちゃんって生まれてすぐの時は呼吸もしてなくて土人形みたいですよね。客席で聴いてて、赤ちゃんに血が流れ出して「ぎゃー」って泣き出したような感覚がしました。痺れていた足に血が流れだす感じというか。今回、客席で聴いてて50分間、ずっとその連続でした。今回、書いた曲はコンピューターを使って書いてるから、演奏される前はすごく四角いものですよね。でも、演奏が始まった瞬間「こんなとこにも血が通うんや」って思いました。譜面を頭に思い浮かべながら、自分が書いた音、全部に火が灯る瞬間を見た時に「魂って、1つずつ灯るんやな」って思いました。だから「ソウルミュージックです」って言うたんやと思います。
岸田繁「交響曲第一番」初演
2017/05/24 RELEASE
VICC-60944 ¥ 2,750(税込)
Disc01
- 01.Quruliの主題による狂詩曲 Op.2 Ⅰ 幻想曲
- 02.Quruliの主題による狂詩曲 Op.2 Ⅱ 名もなき作曲家の少年
- 03.Quruliの主題による狂詩曲 Op.2 Ⅲ 無垢な軍隊
- 04.Quruliの主題による狂詩曲 Op.2 Ⅳ 京都音楽博覧会のためのカヴァティーナ
- 05.岸田繁 交響曲第一番 Op.3 第一楽章
- 06.岸田繁 交響曲第一番 Op.3 第二楽章
- 07.岸田繁 交響曲第一番 Op.3 第三楽章
- 08.岸田繁 交響曲第一番 Op.3 第四楽章
- 09.岸田繁 交響曲第一番 Op.3 第五楽章
- 10.管弦楽のためのシチリア風舞曲 Op.1-2 (アンコール)
- 11.京都音楽博覧会のためのカヴァティーナ Op.2-4 (アンコール)
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