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エイミー・マン、5年ぶり通算9作目の最新作『メンタル・イルネス』発売記念特集
「ポール・マッカートニー、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーンと並び、存命するソングライターのトップ10に入る存在」「この世代で最も優れたソングライターの一人」と絶賛され続けるエイミー・マンが、5年ぶり通算9作目となる待望のニュー・アルバム『メンタル・イルネス』を2017年4月5日にリリースした。これを記念し、改めて女性シンガー・ソングライターとしては最高峰のアーティストであるエイミー・マンについて内本順一氏に彼女の魅力に迫ってもらった。
確固たる独自性を有しながら常に新しさがある
ギターを弾いて歌われる、メロディアスで心に響く“歌”。さながら短編小説のようなストーリーを有した“歌”。その力と価値が再び見直されるようになったことを強く感じる2017年の春である。エド・シーランの3rdアルバム『÷(ディバイド)』の世界的な特大ヒットがそれを象徴する決定的な事象で、ギター1本で曲を作り、そのままひとりで巨大な会場のステージに立つ彼は、まさにギターと歌で時代を切り開く新たなヒーローのよう。また、そのエドの『÷(ディバイド)』にも参加していたジョン・メイヤーの新作もそう遠くないうちに届くようだが、それに先駆けてリリースされた4曲入りEP『ザ・サーチ・フォー・エヴリシング : ウェイヴ・ワン』は全米アルバム・チャートで初登場2位を記録。こちらはピアノ弾き語り曲もあったりするが、やはり原点回帰を思わせるギター曲が今だからこそ新鮮だ。いずれもギターと歌のみのフォーク的な作りというわけではなく、様々な音楽要素を巧みに取り入れながら洗練されたポップへと昇華しているわけだが、そこから滲み出るのはやはり生楽器で作って熟成させた楽曲ならではの「温かみ」。あるいは身ひとつである故の原初的な強さ。人々が真の意味での“いい歌”を求めているこの時代に、それらはひとつの答えのように響いてくる。
では、女性アーティストはどうか。ギターを弾きながら歌い、しかもこの時代に求められる洗練されたサウンドとリリックの強さを持ち合わせた曲を作れる女性シンガー・ソングライターといえば……そう、真っ先に浮かぶのがエイミー・マン。80年代初頭から音楽活動を続け、「ポール・マッカートニー、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーンと並び、存命のソングライターでトップ10に入る存在」とUSのメディアが絶賛するその人だ。
▲Aimee Mann- Goose Snow Cone (Official Video)
“並び”として名の挙がった大御所3人に比べたら、1960年生まれの彼女はずっと若いが、先に名を出したジョン・メイヤー、ましてやエド・シーランに比べれば遥かにベテラン。少しばかり強引に書くなら、つまり彼女はその架け橋的なシンガー・ソングライターということにもなる。が、同時代にデビューしながら今も前線に立って活動を続けるシンガー・ソングライター(とりわけ女性)がずいぶんと減ったなか、エイミー・マンだけが揺るぎなきスタンスで音楽表現を続け、しかも今なおフレッシュな印象が失われていないというそのことはなかなか興味深い。それは、ひとつにはベタついたところのまったくない、凛とした強さと気品を感じさせるスッとした歌声によるのかもしれないし、シニシズムやウィットの混ぜられた独自の歌詞によるところもあるかもしれない。また、アルバムごとに異なるテーマを設定し、ひとつの映画作品のような世界観を毎回創り上げてきたからというのもあるだろう。つまり確固たる独自性を有していながら、彼女の表現には常に新しさがあるということ。故にファンは新作が待ち遠してたまらなくなるわけだ。
ここで簡単に振り返っておくと、エイミー・マンは米・バージニア州の出身。20代半ばでニュー・ウェイブ的なロック・バンド、ティル・チューズデイのヴォーカル兼ベース奏者として1985年にデビューするが、バンドは3枚のアルバムを残して1989年に解散。1993年にソロ歌手として再デビューし、ソングライターとしての才能に高い評価が集まった。初めの数年はレコード会社の倒産などもあって苦労が続いたが、3作目『バチェラー No.2』を2000年に発表するにあたって自身のレーベル<スーパーエゴ>を立ち上げ、そこからインディ・アーティストとしてタフに活動。彼女の曲をもとにポール・トーマス・アンダースンが脚本を書いて監督した映画『マグノリア』(サントラ盤をエイミーが担当し、主題歌「セイヴ・ミー」は大ヒットしてグラミー賞で2部門にノミネートされた)によって、日本でも注目度がグンとアップした。その後もテーマ性を持った傑作を次々に発表。優れたシンガー・ソングライターとして、また信念を貫く強くしなやかな女性として、後進のアーティストを含む数多くの人たちから尊敬を集めている。昨年は米大統領選の前にドナルド・トランプを批判したアンチ・ソング「Can’t You Tell」を公開し、テレビ番組でそれを歌ったりもしたものだった。
▲Aimee Mann sings Save Me at The White House
さて、そんなエイミー・マンにとって、前作『チャーマー』から約5年ぶりとなるニューアルバムがここに完成。ソロとしての通算9作目、タイトルは『メンタル・イルネス』というものだ。メンタル・イルネス、即ち精神的病(やまい)。ジャケのアートワークもああいうものであるからして、一瞬「えっ?!」と軽い動揺を覚えたりもするが、彼女によればこんな具合にそのタイトルを付けたのだそう。「友人に“次のアルバムはどんな感じになるの?”って訊かれて、“まあ、いつもみたいな感じね。心が病んでる(Mental Illness)歌よ”って答えたの。そしたらその友人に“それ、いいねぇ。そのままタイトルにしたら?!”って言われて」「可笑しいくらいストレートだけど、それを聞いたらほかにはもう思い浮かばなかったのよ」。このあたりはいかにも、とんちとユーモアを好むエイミーらしい感覚だが、彼女は真剣に次のようにも説明している。「トランプが自己陶酔型な人間だとはよく言われることだし、私もそれに100%同意する。でも、だからといってそれが精神的な病なのかどうかはわからない。逆の見方をするなら、人間というのは多かれ少なかれ衝動的な行動にとらわれて生きているということね」「今作のなかのいくつかは実際に私の知っている人たちのことで、躁鬱状態にあったり、人格に問題があったり、反社会的な性質を持っていたりする人について書いているの。そういう性質って複数のことが重なって引き起こされるものだと私は思う。そして、彼らがだんだんとこじれていく様子を観察するのは、難解なパズルを解くようで興味深いわ。私は“共依存”の原理なんかにもすごく興味があるんだけど、なぜならそれは自分にとっても他人事じゃないことだから。自分が“精神の問題”とまったく無縁だとは決して言えないと思うのよ」。
▲Aimee Mann Performs 'Can't You Tell'
「これほどまでに削ぎ落したアコースティク・サウンドのアルバムを作ったのは今回が初めてよ」
アルバムの表題とそこに託されたテーマ的なことから書いてしまったが、しかしそのような一筋縄ではいかない主題に対して、音楽としての聴き心地は決してハードでもエッジィでもなく、むしろ柔らか。あるいは穏やか。不安を掻き立てられる種類のものではまったくないし、ここでのエイミーの歌声はとても優しい。彼女はその時々で志向するサウンドが変わり、例えばある時期はバンドとライブっぽい音を鳴らす方に傾いていたし、前作『チャーマー』ではカーズあたりを想起させるエレクトリックなポップ・サウンドが楽しかった。そして今作はというと、前作の反動なのか、ほぼアコースティック・ギターを中心にしたシンプルなサウンド傾向に。ピアノと共に歌われる曲もあるし、ストリングスが効果的に入って気品を高めている曲もあるが、大半は生ギターと歌が主体で、つまり極めてオーガニックなあり方の作品だと言えよう。そういう意味では3作目『バチェラーNo.2』あたりに通じる部分もあるが、今回はドラムが目立たないだけに尚更シンプル&オーガニック。エイミーも「これほどまでに削ぎ落したアコースティク・サウンドのアルバムを作ったのは今回が初めてよ」と話している。因みに制作中には「ブレッドやダン・フォーゲルバーグといった70年代のソフトロックをよく聴いていた」そうで、今作の温かみはそのあたりからきてもいるのだろう。
▲Aimee Mann-The making of Mental Illness
プロデュースを手掛けたのは、『ワン・モア・ドリフター・イン・ザ・スノウ』(2006年)、『スマイラーズ』(2008年)、『チャーマー』(2012年)に続いて、今回もポール・ブライアン。長年の友人でバンドのベーシストでもある彼は、ストリングスのアレンジも担当している。エイミーによれば、ストリングスは数曲だけに取り入れようと、ポールと話していたそうだ。が、「できあがってくるストリングスのアレンジを聴いていくうちに、もっと多くの曲に入れたくなっちゃって」そのようにしたのだそう。彼女はポールのアレンジメント能力を絶賛してもいる。さて、できるならここで全曲について触れていきたいところだが、そろそろ紙幅が尽きそうなので、MVが先に公開された2曲についてのみ触れるとしよう。
初めにMVが公開されたのは6曲目の「ペイシェント・ゼロ」で、これが本作からの1stシングル。スコットランドのバンド、ブルー・ナイルの1stアルバム『A Walk Across the Rooftops』に収録されていた「Tinsel Town in the Rain」という曲にインスパイアされて書いたそうだ。また歌詞においてはレイモンド・チャンドラーに触発されたところもあるとのこと。アコギと歌が主体だが、本作においては遠慮深いながらもドラムも入っている数少ない曲のひとつ。ピアノとストリングスの繊細で美しい音色、さらにはテッド・レオ(2014年のBothというユニットでエイミーと組んでいたのが彼だ)のバッキング・ヴォーカルも耳に残る。
▲Aimee Mann - Patient Zero
続いて先頃MVが公開になったのは、本作のオープナーとなる「グース・スノー・コーン」。イントロから冬を思わせ、まるでクリスマスのような……でもハッピーなそれではなく、孤独なクリスマスを音と曲調からイメージさせるよう。『ワン・モア・ドリフター・イン・ザ・スノウ』というクリスマスアルバムがあったり、Bothでも「You’re a Gift」というクリスマスの曲を発表していたりと、エイミーがクリスマスソングをとりわけ好んでいるから、そんなふうに感じてしまうというのもあるかもしれないが。「ツアーでアイルランドにいたとき、外は雪で寒くて、気が滅入ってきて、私はインスタグラムでグースという仲良しの猫の画像を見ていたの。グースの小さな顔が真っ白な雪のかたまり(スノー・コーン)みたいで、そのことを歌に書き始めたのよ。そしたらすっかりホームシックになってしまって。そんな思いを歌にしたの」とはエイミーの言葉。MVの主役でもある猫がそのグースで、エイミー自身も出演しているそれを見ると、曲調も手伝ってなんともたまらない気持ちになってしまう。
繰り返しになるが、ピアノやストリングスの美しい音色も溶け合わせつつ、しかしこれはやはりアコースティック・ギターと歌を主軸にした、極めてオーガニックなアルバム。 ギターを弾いて歌われる、メロディアスで心に響く“歌”。短編小説のようなストーリーを有した“歌”。その力と価値が再び見直されるようになった2017年の春、そんな気運と風に乗り、エイミー・マンの新しい歌が静かに優しく降り注ぐ。
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