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デヴェンドラ・バンハート 日本愛溢れるプレイリスト&来日インタビュー



デヴェンドラ・バンハート インタビュー

 2000年代初頭に“フリー・フォーク・ムーヴメント”の一員として頭角を表わした、流浪のアウトサイダー=デヴェンドラ・バンハート。音楽以外にも、アーティスト、写真家としても活動し、個展を開くなど、その独特な感性と眼識は、ここ日本をはじめ世界中に多くのファンを持つ。最新作は、2013年に移籍した米名門レーベル<Nonesuch Records>からリリースした『エイプ・イン・ピンク・マーブル』。“架空のホテル”をイメージし制作された聴き応えに富んだ今作には、造詣が深い日本文化へのオマージュも多数あり、デヴェンドラ自身が手掛けたアルバム・カヴァーもインパクト大だ。

 ここでは、自ら選んだ【日本の雨/冬と田舎/ゴールデン・ボーイ通りでブギウギ】という日本愛に溢れるテーマに基づき選曲してくれた、こだわりのプレイリストとインタビューをお届けする。ちなみに、取材は米大統領選の直後、そしてデヴェンドラが敬愛するレナード・コーエンの訃報が流れた2016年11月、雨模様の日に行われた。

【日本の雨/冬と田舎/ゴールデン・ボーイ通りでブギウギ】
プレイリスト BY デヴェンドラ・バンハート

「このプレイリストは、日本の楽曲を中心に選んだ。長年、日本の音楽がすごく好きだから、日本に来ると必ずレコード屋に足を運ぶし、日本の曲を友達同士でシェアしたり、レコメンドしたりするんだ。じっくり選んだ曲たちだから、気に入ってくれるといいな。」――デヴェンドラ

01. 「TORNADO」 - 吉田美奈子

 これは、まさしくゴールデン・ボーイ通りでブギウギにピッタリ。シティ・ポップの定番だ。



02. 「Kotoba Maku (Kein Wort) 」 - ハウシュカ

 田舎へ徐々に近づいていってる感じ。ハウシュカは素晴らしい作曲家で、この曲は日本人のシンガーが歌ってる。



03. 「Japan」 - アンドレイ・デルガチョフ

 冬のイメージだね。インストゥルメンタルの曲で、静寂のパートが多い。雪がゆっくりと降っている情景が浮かぶ。

04. 「最後の手品」 - 佐藤博

 実は、今日ベスト盤を買ったばかり。後で聴くのがすごく楽しみなんだ。

05. 「しんしんしん」 - はっぴいえんど

 (雪が降る時の音でもあると聞いて)パーフェクト!これはブギウギと田舎が交じり合った感じ。カントリーやロック調のサウンドで、田舎でちょっとだけパーティーしたい時に聴くのに適してる。その上、冬にもあてはまることが分かった!




06. 「踊りなよ」 - ケン田村

 まさに、“クラッシック”。僕の大好きな曲の1つでもある。この曲は、1年ぐらいずっと頭から離れなかったんだ。冒頭は、キュートな感じで、TV番組のイントロ音楽ぽいでしょ?そこからこれだよ、最高だね(笑)。シティ・ポップ的なヴァイブもあるけど、澄んだ日に田舎で踊りたいときにもピッタリだね。

07. 「Yoko’s Eyes」 - ステファン・ミクス

 ドイツの作曲家で、彼のアルバムはすべて大好き。日本人女性の瞳を連想させる曲。

08. 「鉱夫の祈り」 - 高田 渡

 頭から離れない、哀しげな曲。昔ながらのフォーク調のプロテスト・ソング。彼がギター一本のみで歌うと本当にビューティフルで、気持ちを奮い立たせてくれる。

09. 「マリアンヌ」 - 金延幸子

 僕が世界一大好きミュージシャンの一人。最高。天国のようだよ。冬ではないけど、田舎というテーマに合うね。この曲は、この世で最も美しい曲の一つだと思う。聴くと泣けてくるんだ。

10. 「Ki」 - さかな

 この曲はすごくクール。バンドもすごくクールだね。

11. 「Microon II」 - 坂本龍一×ALVA NOTO

 この曲は傑作。美しい、アート的音楽の典型。本当に詩的なサウンド。坂本龍一が作る音楽は、どんなものも好きなんだ。毎日欠かさず聴いているごく少ないアーティストの一人だ。いつもは『Playing the Piano』から1曲を選ぶ。坂本らしいけど、僕が好きなサティや彼を形作るアーティストの影響が伺えるし、純粋に彼の音楽と触れ合うことができるから。彼の演奏は本当に独特で、それがダイレクトに伝わってくる。曲を選曲をしてほしいと言われると、必ず『Playing the Piano』から何か選ぶんだけど、今回はちょっと違うものを選んでみた。候補として、この曲か、『千のナイフ』からの曲が候補に挙がっていたんだ。



12. 「Treasure」 - ホープ・サンドヴァル・アンド・ザ・ウォーム・インベンションズ

 マジー・スターのホープと、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのコルム・オコーサクによるユニットで、この曲が収録された新作をすごく気に入ってる。今朝、ホテルの部屋から雨が降るのを眺めながら聴いていたら、すごく合うなと思って。アルバムに収録されているホープとカート・ヴァイルのデュエットもおススメだよ。



13. 「The Moon and the Abandoned Old Woman」 - イクエ・モリ

 これは本当に美しい、インストゥルメンタルの曲。アルバム・ジャケットも最高にクール。能とか歌舞伎を連想させるすごく日本的な要素に、少し電子音楽っぽい要素が混じった曲で、惹かれるね。日本の文化は、何に関しても間や空間の取り方がとても巧みだと思う。空間とサウンドの強弱。文化に広く行き渡っていて、建造物からも伺える。住居もそうだし、商業的な施設も。この意味深なタイトルもすごくいいよね。ちょっと村上(春樹)っぽいし、ジブリの作品っぽい感じもするから、映画のタイトルにもなりそう。自分の曲のタイトルも深い意味があるものもあれば、まったくそうじゃないものもある。すっと降りてくるときもあれば、すごく時間がかかるときもある。そういう時は、ギヴアップしちゃうこともあるんだ。

14. 「Improvisation 2」 - 古賀雅之

 日本の伝統的なフルート(尺八)奏者で、とてもビューティフル。この曲は毎日聴いてる。まさに田舎にピッタリな曲。

15. 「未来の子守唄」 - 坂本慎太郎

 すごくのどかな感じがするから、テーマの田舎にピッタリ。それでありつつ、都会っぽいヴァイブもあって不思議な感覚だね。プロダクションがすごくスマートで、的確だからかな。坂本慎太郎の曲はどれも好きで、「ナマで踊ろう」って言う曲なんかは、DJする時によくかけているんだ。




16. 「砂の女」 - 鈴木茂

 同タイトルの映画もあるよね。この(『バンドワゴン』の)アルバム・ジャケットを見てよ。ルックスもめちゃめちゃクールだ。彼の作品はもっと掘り下げなきゃと思ってるんだ。




17. 「prairie home suite - part 2」 - the sleeping beauty

 すごくビューティフルなインストゥルメンタルの曲。



18. 「ユーミン(Live)」 - シュガー・ベイブ

 これはライブ・バージョンなんだけど、すごくクールで、お気に入りなんだ。




19. 「ドリーム - 君去りし後」 - 渋谷毅

 この曲は、ジャズ・スタンダードで、鉄板。

20. 「美しい人」 - Takuro Kikuchi

 牧歌的な田舎っぽい感じ。曲が収録されているアルバムもビューティフルだ。




21. 「返事はいらない」 - 荒井由実

 やっと田舎から都会へ戻ってきた、と感じさせる、シティ・ポップ的なヴァイブを持ったJポップ・ナンバー。このちょっと小生意気なタイトルもいいよね。

22. 「Conversation」 - 細野晴臣

 これは2部構成になっていて、イントロがあるんだ。傑作中の傑作。僕が敬愛する細野晴臣が手掛けた映画『メゾン・ド・ヒミコ』のサントラに収録されている。まさに、このプレイリストのラストを飾るのにふさわしい曲だと思うよ。

「言葉がわかる場合は、詞をじっくりと聴く。稀に、詞があまり良くなくても、音楽自体や歌い方に惹かれる場合もある。たとえ100人が同じを詞を歌ったとしても、その中からガツンと響くものや涙が出るようなものはごく少数だ。それが平凡な言葉の場合もある。詞は家と同じで動かぬものだ。そこにどうやって、生気を与え、曲のエモーションを引き出すか、ということなんだ。日本語とか詞が理解できない場合は、さらに解釈が広がり、奥深く、豊かな体験になる。詞に捉われなくていいから。詞が素晴らしすぎて、音楽を圧倒してしまう場合もあるから。で、自分の解釈が定まったところで、翻訳することが多いね。」――デヴェンドラ

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芸術はきっと大丈夫だ
むしろこの結果を受け、素晴らしいものすら生まれるかもしれないと思ってる

−−つい先ほど、レナード・コーエンの訃報が入ってきたばかりですね。

デヴェンドラ・バンハート:まだ信じられない。この前リリースされたばかりの新作をずっと聴いていて…この感情を今はまだ言葉にできない。実は、今日最初に受けた取材で彼について話したんだ。でも、その時は彼が亡くなったと知らなかった。それほど彼は僕の人生にとって大きな存在だった。たしか質問は冬に寒さをしのぐ方法についてで、僕はレナード・コーエンと答えた。具体的には、『ソングス・フロム・ア・ルーム』とね。気持ちの整理がつくのには、もう少し時間が必要だな。

−−音楽界の訃報やドナルド・トランプの当選など、2016年は暗いニュースが続きました。

デヴェンドラ:トランプに関しても、混乱していて、ショックでしかたがない。

−−日本滞在中だったと思いますが、大統領選は追っていましたか?

デヴェンドラ:もちろん。唯一良かったのは、この結果を受けて、人々が政治に興味を持ち、自分から情報を探し、議論するきっかけになったということ。いまだに不思議なのは、彼の女性蔑視発言を受けて、一人でも女性が彼に投票したという事実。僕には理解しがたい。というか、あんな最低な人間に投票した人がいること自体信じられない。その上、そんな彼の対抗馬だった女性に、女性が票を入れなかったこと。女性、いや、みんなヒラリーに投票するべきだったと思うね。

−−オバマ大統領や現在の政治的体制に不満を感じていた人たちが、変化を求めトランプに投票したという話も聞きますが、変化といってもポジティヴな変化になるとは思えません。

デヴェンドラ:1000%同感。今、アメリカがどんな状況にあって、自分たちの(トランプに投票したという)行動がどんな結果を招くかわかってない、または考えていない、そして他の人たちに対する関心や配慮に欠けた人々が沢山いた、ということが浮彫りになってきている。真っ先に僕の脳裏をよぎったのは、芸術はどうなるんだろう、ということ。でも、芸術はきっと大丈夫だ。むしろこの結果を受け、素晴らしいものすら生まれるかもしれないと思ってる。

一番心配なのは環境問題だ。少しずつ自分たちの行動に責任を持つようになってきたのに、これまでの努力がすべて無駄になるんじゃないか、って。地球滅亡じゃなくて、人類滅亡に向けて―というのも、地球自体は大丈夫だろうけど、温暖化が進んだら、僕たちは間違いなく茹って、死んでゆくから。だから、有害なものを削減し、地球に優しいエネルギーの開発に投資することは重要だと思う。けれど、これらの試みを継続していくことにトランプは関心がなさそうだ。これが僕の最大の懸念。白人男性ではないすべての人々の安全も心配だね。




−−デヴェンドラの故郷であるベネズエラでも、政治・経済危機が続いています。

デヴェンドラ:大惨事だよ。今となっては、アメリカ国内の状況も最悪だから、ここにきて初めてベネズエラのパスポートを申請するか考えた。たしか僕は二重国籍を持っているから。カラカスに戻ろうか、本気で考えた。でも、一番行きたいところはイナカだね(笑)。場所は構わない、イナカだったらどこでもいいよ。僕にとって夢の職業は、干し柿を作ることだから。

−−(笑)。

デヴェンドラ:いや、本当だよ。ハチヤカキ(蜂屋柿)を収穫して、紐でつるして、乾燥させて、甘くなるように丹念に手入れして、それを色々な販売業者に売る。そんなことをよく空想するんだ。あとは、モチを作りたいと夢もあるんだ。それと自分のナットウのブランドも持てたらと思ってる。

−−どれぐらい前から目論んでいるんですか?

デヴェンドラ:もう何年も前。あとヴィーガン用のオイスターを作りたいんだ。ナットウとオクラを代わりに使って開発できたらいいな(笑)。

−−ではまず、ベネズエラで過ごした幼少期と音楽との出会いについて教えてください。

デヴェンドラ:サルサ、メレンゲ、クンビアは、街の中で常に流れていた―道端、露店、車の中。だから、すぐに自分の存在の一部となっていった。ブラジルからも、ボサノヴァやサンバが少し流れてきていた。僕の場合、幸運なことに家に帰ると両親がラヴィ・シャンカール、ヌスラト・ファテー・アリー・ハーン、ジャグジット&チトラ・シン、アリ・ファルカ・トゥーレやニール・ヤングを聴いていた。母親はジプシー・キングスが大好きだったけど、彼らには大して影響は受けてないかな。当時、南アメリカで流れていた、ありきたりなものではない音楽を知るきっかけを与えてくれた。その後に、スケートボードにハマって、スケート・ビデオを作るようになって…。

−−それはアメリカに移住した後ですか?

デヴェンドラ:まだカラカスにいた頃からビデオを見たりしていたけど、その当時はそういうビデオに使われていた音楽には心を奪われなかった。それよりもアメリカのカルチャーとかアメリカン・ドリームとかに惹かれて、そういうものがクールだと思った。一番興味があったのはグラフィックだね、ボードとかビデオ自体の。トランスワールドっていう、スケートボードの雑誌があるんだけど、そのビデオ版に411というシリーズがあって、アメリカに移住してからはそれをよく見てた。

フランク・シナトラの曲を初めて聴いたのも、スケートボードのビデオだったんだ。トイマシーンとかマーク・ゴンザレスの60/40スケートボードを通じて、初めて変わった音楽を聴いた。ペルーやメキシコの伝統的な音楽をはじめ、デヴィッド・ボウイ、バッド・ブレインズ、クラスとかもスケボーを通じて初めて知った。そしてデズモンド・デッカーを聴いた時に、スカやロックステディとかに傾倒していった。

−−当時聴いていたもので、今もずっと聴いているものってありますか?

デヴェンドラ:ほとんど全部聴いてるよ。デズモンド・デッカーはもちろん、アルトン・エリス、ホレス・アンディ、プリンス・バスター、ウェイラーズ、キング・タビー。こんなの生まれて初めて聴いた、ってぐらいに衝撃を受けたスミスやザ・キュアーとかもスケート・ビデオを通じて知って、いまだに聴いてる。

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新作に関しては、2時間で作ったように聴こえるアルバムに、2年間の構想をかけた

−−2000年代にウッドストックでレコーディングし、過ごした日々を今振り返ってみてどうですか?

デヴェンドラ:あ、そういえば、バッド・ブレインズのメンバーの一人が当時あの辺の健康食品を売ってる店で働いてて、毎日スタジオ入りする前に姿を見たよ。野生の七面鳥がいたり、めちゃめちゃ寒い時に川に飛び込めって、ノア(・ジョージソン)が僕に挑戦してきたり。最終的には、実行しなかったけど。だって、ハイポサーミア(低体温症)になるの嫌じゃん。

レコーディングをしてたのは、すごく古い家で、 超常体験もした。でも、これは次回に…サケを飲みながらでもじっくり話すよ。まるで空想の世界…奇妙な夢の中に生きているような時期だった―ウッドストックで曲作りやレコーディングをして、古い車に乗って、とにかく楽しかった。

若かったから、責任とかほとんどなかったし、自分たちが何をしてるかもよくわかってなかった。素晴らしい機会を与えられたゆえの不安と何でも探求できる自由が見事に入り混じった不思議な感覚。その時から、ずっと同じメンバーで音楽を作り続けることができて、本当に恵まれてると思ってるんだ。

−−それからお互い大人になりつつも、同じヴァイヴで音楽を作り続けている。

デヴェンドラ:みんなはちゃんと大人になってるけど、僕は例外(笑)!いまだに青春期を漂ってる。髭は白髪交じりになってきたけど。




−−そんな気の知れたメンバーたちと作った最新作『エイプ・イン・ピンク・マーブル』についてきかせてください。

デヴェンドラ:アルバムが完成した、と悟るのは、次の作品について考えられるようになった時。僕の場合、大抵はミキシングをしてる時に、それが明らかになる。僕は、曲を作るのすごく時間がかかるから。そこからデモを作って、プロダクションについて具体的に話し、レコーディングする場所を見つける。スタジオを一から作ることもよくあるんだ。そしてやっとレコーディングを始めて、オーヴァーダブをのせていく。それが終わるとミキシングに入って、色々慎重に検討する。そして最後にマスタリングを行う。

新作に関しては、2時間で作ったように聴こえるアルバムに、2年間の構想をかけたという感じかな。いかにも安易に作ったと聴こえるようにするために、ものすごく時間と労力を費やしたんだ。だから、ミキシングをしてる時には、もう聴きたくないってぐらいに収録曲を聴いてる。というか、その時点ではもうアルバムが完成してるって信じたいんだよね。そして、その経験や失敗を踏まえ、次はどんな作品にしていくか考えるんだ。でも、紙とペン、そしてギターまたはピアノと向かい合い、録音ボタンを押すまで、何が起こるかはわからない。

−−構想に2年かけたと言いましたが、いつもそれぐらいかけるのですか?

デヴェンドラ:いや、今回は我ながらやりすぎたと思ってる。これまでで一番時間をかけた。でも、そのおかげで、一定のムードが保てたのかもしれない。“架空の空間”を作り上げるために、かなり入念に話し合った。どんな音楽がその空間にハマるのか、って。その“空間”というのが、このアルバムの場合、東京から少し離れたとある県にある荒廃したホテル―もう誰も泊まらない全盛期が過ぎた。レセプションには、少し年配の革ジャンを羽織ったジャッキーという女性が煙草を吸いながら座っていて、ロビーの隅っこには、くたびれたスーツを着た酔っぱらいビジネスマンがいる。少しシャツの襟にゲロが付いたようなね(笑)。

こんな風に、かなり細部までこだわって、生気あふれる世界観を作り上げた。そこから初めて、この雰囲気を音楽でどうやって表したらいいのか、この曲はホテルのロビーでかかってもおかしくないか、って考えていった。そして、琴を借りて、壊れかけのシンセサイザーや日本製のパーカッションを使い、曲のいくつかは―「Fig In Leather」のように、ホテルの中で起こった出来事についてでもいいなと思ったり…そんなぐあいに方向性を示してくれたんだ。


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日本の音楽は、空間を差し込むのではなく自然に取り入れている

−−アルバム・タイトルをはじめ、「Fig In Leather」のように想像を掻き立てる、ちょっと変わったタイトルがいくつかあります。

デヴェンドラ:「Fig In Leather」は、中年の危機を迎えた人のメタファーでもある。ちょっと年齢がいった男が、革ジャンを着て、若者っぽく振舞っている。でも、同時に、オジサンが革ジャンを着たらダメな理由はない。言葉通りに、革の…ボンデージ的な衣服を纏ったイチジクを想像しても面白いよね。なんだかキュートだし。

アルバム・タイトルに関しては、男性的なエネルギーと女性的なエネルギーの交わりのメタファーなんだけど、やはりその言葉通りのイメージも好きなんだ。ピンクの大理石でできた猿。しかもアニメのように動く。ちょっとビクッとするよね。部屋の角から、こちらの様子を伺っていて、目を離した瞬間に消えてしまう。それと「Saturday Night」。ちょっと古い曲で…多分、1~2作前ぐらいに書いたと思う。

−−かなり長く温めていたんですね。

デヴェンドラ:ずっとしっくり来なかったんだ。最初はレゲエ調で、次はダンス・ソングになって、ちょっとテクノに近づいていってから、ギターとヴォーカルのみになって…けれど、どれも違和感があった。で、今回、やっと満足がいくもの仕上がった。

詞に関して話すと、あの曲と他の収録曲との差は一目瞭然。あの曲には希望が全くないんだ。唯一希望があるのは、コーラスの「君が一人になりたくないからって、僕と一緒にいないで」という部分だけ。すごくポジティヴというわけではないけど…僕と一緒にいたいから、一緒にいてくれ、ということが言いたいんだ。

なぜタイトルが「Saturday Night」かって?すごくありきたりな、クリシェなタイトルだから。同じ名前の曲は8000曲ぐらいあるんじゃないかな。けれど、そういうのも悪くない。何年か前に、「Baby」という曲もリリースしてるし。まさに典型的なタイトルだよね。とはいえ、そんな普通っぽいタイトルでも、じっくり考えてつけているんだ。




−−先ほど話に上がった琴は、どんな風に習得したのですか?

デヴェンドラ:習ったわけでもなく、ただいじくりまわしていただけでもなく、シンプルなギターパートを頑張って置き換えていった。過信から謙虚さを学んだ。最初は、琴を借りて、チューニングすれば弾けるだろうと思っていたけど、もっと奥が深かった。もちろん触れながら、感覚的に演奏することもできるけれど、とても正確な楽器でもあるから、ちゃんと弾くには正しいスキルが必要となる。

朝起きて、半日かけて僕が琴をチューニングしていると、ノアとジョサイア (・スタインブリック)がやってきて、チューニングを完成させるのを手伝ってくれる。そしてギターで作曲をして、それを琴用の譜面に置き換えていった。すごくシンプルな、たった3つの音符さえ、琴で解釈するのにすごく時間がかかった。だから、アルバムで聴けるのは、可能な限りミニマルでシンプルなものなんだ。

−−アルバムの中でも一際異彩を放つ「Mourner's Dance」からは、アンジェロ・バダラメンティによる『ツイン・ピークス』のスコアの影響が伺えます。

デヴェンドラ:そうだね。実は、バダラメンティのスコアに似すぎていたから、変えた部分もあるんだ。あの曲では、初めて本格的に“ダンス”を追及した。LAには面白いダンス・トループがたくさんいて、その中に僕の幼馴染のジャスミン・アルバカーキ―彼女はロドリゴ・アマランテの奥さんでもある―が所属しているWIFEというグループがある。

ジャスミンは、僕に能やマース・カニンガム、バレエ、舞踏について教えてくれた。舞踏といえば、アノーニが大野一雄をアルバム・ジャケットに起用しているよね。初めて本格的なダンス・パフォーマンスを観に行った後に、葬式で演じられるダンス・パフォーマンスやその音楽って、どんなものだろう、って考え始めた。このアルバムを作っている最中に親しい人々が何人も亡くなって、いくつもの追悼式に出席した。その人たちの死も、まだきちんと飲み込めていない。

−−だから、どことなく悲しげな空気がアルバム全体から感じられるんですね。

デヴェンドラ:うん。そうしようと思ったわけではないんだけど、それがその当時の僕の現実だったから。とはいえ、この曲は「Mourner's Dance」というタイトルではあるけれど、悲嘆しているわけではない。それよりもダンスに焦点を置きたかったんだ。

−−収録曲で、とりわけ思い入れのある曲はありますか?

デヴェンドラ:どうかな…なぜだかわからないけれど「Linda」には満足している。達成することができなかったけど…。

−−何をですか?

デヴェンドラ:この曲には空間を持たせたかった。この曲は、ニューメキシコ州のタラスからサンタフェまでドライブしているときに書いたんだけど、そのむき出しな風景や孤独感…孤独から生まれる不思議な安らぎや癒し、そして親密さの表現が多少うまくできた。でも、やっぱりちょっとぎこちなくて、ベタな手法だったかも。日本の音楽の巧みな空間や間の取り方には、全然及ばないよ。日本の音楽は、空間を差し込むのではなく自然に取り入れている。僕らの場合は、望む以上にアグレッシブに空間を加えた感じだったから。




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願わくば泣けるナットウについてのドキュメンタリーを作りたい

−−話は変わって、親友アダム・グリーンによる最強に奇想天外な映画『アラジン』に出演していましたね。

デヴェンドラ:ほんの数分だけだけど。僕にとって演技をするのは、至難の業なんだ。

−−きっと、話をもらった時に想像していたものと出来上がった作品にはデヴェンドラでさえも驚いたと思います。

デヴェンドラ:アダムの奇想天外な頭の中がほんの一部だけど体験できる。彼は、本当に革新的な芸術家だよ。映画の脚本、監督、主演、セット作り、すべて自分でやってる。スゴイよ―素晴らしい功績だ。かなりの時間と労力を費やして制作された映画で、それがにじみ出ている。とてもインスパイアされる、ビューティフルな作品。今後、様々な授業で取り上げられると思う。

−−デヴェンドラ自身、映画を作りたいと思いますか?

デヴェンドラ:僕は一つでも素晴らしい俳句が書けたら満足だよ。

−−曲ではなくて?

デヴェンドラ:いい曲を書くのは、とっくに諦めた(笑)。随分前に。でも、映画は作りたいかも。ナットウについての映画。

−−ドキュメンタリー?

デヴェンドラ:うん。胸が張り裂けそうになるような。みんなを泣かせたいんだ。だから、願わくば泣けるナットウについてのドキュメンタリーを作りたいね(笑)。




−−そういえば、アダムと2人でNYにある本屋StrandでQ&Aをやった時に、「自分の作るヴィジュアル・アートの方が、作りたい音楽に近い」と言っていたのが印象的でした。

デヴェンドラ:僕がアート・ブックを発表した時だね。あの本を作ってたから、新作を作るのに時間がかかったっていうのもあるんだ。過去10年の作品を網羅した本を作るのは、アルバムを作るのと同じぐらい、ディテールに配慮をしなければならない。莫大な数の作品の中からコンパイルしている時に、アートワークの中の空間が、自分が作りたいと思う音楽に近いことを発見した。最近やっとそれが音楽でもできるようになった。たとえば、さっき話した「Linda」がそう。音楽を作っている時って、空間を埋めることがいとも簡単だから。でも、埋めるのではなく、自分のアートワークように、空間を持たせるようにしたいんだ。

−−最後に、ビルボードライブで行われる来日公演について教えてください。今回はバンド編成ですね。

デヴェンドラ:まったく、見当もつかないよ(笑)!

−−是非アンディ(・キャビック)もこっそり連れてきて下さい。

デヴェンドラ:アハハ。じゃあ、この後アンディが入りそうなスーツケースを東急ハンズで探して帰るよ。まだ僕ですらどんなライブになるかわからないから、公演まで楽しみに待ってて!あ、最後に一言みんなに“オドリナヨ”と言っておくよ。

デヴェンドラ・バンハート「エイプ・イン・ピンク・マーブル」

エイプ・イン・ピンク・マーブル

2016/10/19 RELEASE
WPCR-17503 ¥ 2,640(税込)

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Disc01
  1. 01.ミドル・ネームズ
  2. 02.グッド・タイム・チャーリー
  3. 03.ジョン・レンズ・ア・ハンド
  4. 04.マラ
  5. 05.ファンシー・マン
  6. 06.フィグ・イン・レザー
  7. 07.ライム・グリーンの服を着た台湾の婦人のテーマ
  8. 08.スーベニール
  9. 09.哀悼者の踊り
  10. 10.土曜日の夜
  11. 11.リンダ
  12. 12.幸運
  13. 13.祝祭
  14. 14.エヴィクション・パーティー (日本盤のみボーナス・トラック)

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