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青野美沙稀×上澤津孝 ミニアルバム『1959 ~Magical Rockabilly Night~』リリース記念対談
11月23日にミニアルバム『1959 ~Magical Rockabilly Night~』をリリースする青野美沙稀(あおのみさき)が、日本のロカビリー・シーンの新たな扉を開ける。
80年代にロカビリーバンド BLACK CATSのメンバーとしてデビューし、90年代にはMAGIC、その後も数々のバンドメンバーとして、時に裏方としてシーンを牽引、支えてきた久米浩司。その愛娘として、父のDNAを受け継いだ彼女がついに日本のシーンに身を乗り出す。
そこで今回、かつて久米浩司と共に90年代を席巻したロカビリーバンド MAGICのフロントマンとして活躍し、今なおシーンを支え続けている重鎮のひとり、上澤津孝との対談が実現。これからを担う青野美沙稀の魅力を、様々な角度から紐解いていく。
子供の頃から溢れていた父の好きな洋楽「勝負の世界に行きたい」
--美沙稀さんは幼い頃からミュージシャンを志していたんですか?
青野美沙稀:物心がついた頃から家には音楽に溢れていて、小さい頃に撮影されたホームビデオを見るとずっと踊ってましたね(笑)。かかっていた音楽は父がやっていたバンドとかビートルズとか……、邦楽より洋楽の方が多かったと思います。ただ、私は子どものころ、テレビでモーニング娘。さんのオーディションをずっと見ていて、厳しい様子がかっこいいって、「モーニング娘。さんになりたい」と思ってました(笑)。勝負の世界に行きたいって。
--上澤津さんは美沙稀さんの存在を昔から知っていたわけですよね?
上澤津孝:そうですね。でもアーティストとして活動を目指しているって話は、僕をプロデュースしてくれている真崎修さんから聞いて、その後に(久米)浩司くんからも詳しく教えてもらいました。ロカビリー・シーンは世代交代ができていない中で、その新たな旗手として、いみじくもかつて一緒にやっていたメンバーのお嬢さんが始める。実際に今、ロカビリーは良い感じになってきているので、やっとそのタイミングが来たんだなと。世代交代……って僕はいなくなるわけではないですけど(笑)。これからのロカビリーがどうなっていくかは想像がつかないし、美沙稀ちゃんや同世代の人たちがどんどん動かしていくのかなって。
--美沙稀さんにとってそんな上澤津さんやMAGICというのはどのような存在なのでしょうか。
青野美沙稀:日本のロカビリーでは一番! っていうイメージです! 知らない人がいない!--上澤津さんはかつて久米浩司さんと一緒にMAGICのメンバーとして活動していましたが、当時は最先端の音楽としてロカビリーをやっている認識はありましたか?
上澤津孝:あったと思いますね。これは浩司くんから聞いた話なんだけど、ウッドベースを弾いて演奏するスラップ奏法ってあるじゃないですか。BLACK CATSの1stアルバムの時、スラップした時に弦とボディが当たってなる“カチカチ”っていう音の出し方が分からなくて、代わりにドラムのリムショットを録音してたそうです(笑)。80年代って今みたいにネットがないので映像が見られないから、演奏方法も音を聴いて想像するしかなかったんですよね。80年代のロカビリーのブームはファッションが先にあって、音楽が後からついていった。90年代のMAGICのブームの時は逆で、音楽からロカビリーに火が付いた。そういう違いはあったと思います。
ロカビリーを好きな人間たちが集まって壊すから大変
青野美沙稀:私も最近、そういう歴史を知りました。前は“お父さんが凄い”って言われてもあんまりわかってなかったんですけど、知っていくうちに色んな知識を知って、“そ、そうなんだ……”って。もっとやらなきゃって思いが強くなりましたね。……抜かさなきゃ!って(笑)。ただ、BLACK CATSやMAGICはもちろん昔から知ってましたし、観たり歌ったりしてましたよ。テレビに出た映像も観ましたし、私は父が作曲したMAGICの「天使のジェラシー」が特に好きでしたね。 上澤津孝:そもそもロカビリーってまず50年代に始まりましたけど、ストレイ・キャッツの1stアルバムはウッドベースじゃないですからね(笑)。そこからどんどん進化していったジャンルではあるので、今の時代に合わせてロカビリーする方が自然ですよね。 “こうじゃなきゃいけない”っていう考えもありますけど、ロックンロールって優等生がやっていたものではないから、変えていって良い。僕たちは若い時に感じた“かっこいい”に凝り固まっている部分もあるから、若い人たちが変えていってくれる様子を見られるのは楽しいですね。 それこそ浩司くんがやっていたBLACK CATSは50’sの匂いがする正統派でしたけど、MAGICはそれを壊すところからのスタートだった。ただ、ロカビリーを好きな人間たちが集まって壊すから大変なんですよ(笑)。“そこはダメなんじゃないの?” “え? ここはいいだろう?”なんて、それこそ毎晩朝まで試行錯誤しながら壊していった。だから美沙稀ちゃんは大変だと思いますよ、お父さんからの“壊せ!”や“待て!”がこれから始まっていくんだと思いますし(笑)。 青野美沙稀:もうすでに大変です(笑)。こだわりがハンパないので。ミュージックビデオで使用したソファとか小道具も、ほとんどが父のこだわりなんです。さらに50年代製のフィルコっていう真空管のテレビを探していたらしくて、あるコレクターの方を見つけて電話してみたら“良さがわからない奴には売れない”みたいに言われて、都筑まで実際に足を伸ばしてお売りしてもらったそうで。ジュークボックスも年代ごとにデザインが変わるって、1959年に合わせた年代のものを選んでます。
- 私にとっての当たり前が当たり前じゃなかった
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リリース情報
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Interviewer&Photo:杉岡祐樹
私にとっての当たり前が当たり前じゃなかった
--それは11月23日にリリースするミニアルバム『1959 ~Magical Rockabilly Night~』の世界観を再現するため?
青野美沙稀:そうですね!
YouTube「【MV】sweet drive Short ver. / 青野美沙稀」
--本作は1曲目の「Midnight of trip」からもの凄い迫力のサウンドが展開されます。
青野美沙稀:確かにああいう音は最近、聴いていなかったので私もめっちゃ気に入っています! 若い世代の人たちには新しい音として楽しんでもらえるんじゃないかなって。私にとっては子どもの頃から自然に鳴っていた音なんですけど、仲の良い友だちは誰も知らなかったんですよ、ロカビリーという言葉すらも。ミュージックビデオの撮影時、ベースの人がウッドベースを回したら、「え、回るんですか!?」って訊いてきた若いスタッフさんもいましたし(笑)。私はウッドベースの弾き方もスラップが普通だと思ってたりと、私にとって当たり前に知っていたことが当たり前じゃなかったんです。
--アルバムタイトルにも起用されている“Magical Rockabilly Night”は、かつて上澤津さんがFMとやまでパーソナリティを務めていたラジオ番組と同名になっています。
上澤津孝:当時ライブをやっていて、何故か富山だけ先にものすごくブレイクしたんですよ。大晦日に発表された年間チャートで、1位がB'z、2位がドリカムで、3位がMAGICだった。桑田さんやユーミンより上位だったっていうおかしな状況が起きていて、ライブもものすごい集客だったんですよ。その人気を受けてスタジオで収録したものを2週に分けて放送してもらったんですけど、その後に浩司くんが交渉してくれてレギュラー化したんですよね。で、その半年後くらいには全国になってましたね。放送中10分くらいはロカビリーを教育するコーナーで、それを聞いてみんなが勉強する(笑)。ラジオで広がったところが、ロカビリーは特にあると思いますね。--アルバムタイトルにもなっている“1959”という年は、もちろん美沙稀さんも生まれる前です。その世界観に入り込むことは難しかったのでは?
青野美沙稀:タイムトリップしている気持ちでしたね。1959年はエネルギーのある時代っていうイメージですね。これは父からの受け売りでもあるんですけど、時代的にはロックンロールが右肩上がりだった時代で、音楽だけじゃなく車にしても家具にしても、何をとっても行き過ぎなイメージだったって。パレットの形になったテーブルだったり、大きな羽がついた車だったり、機能性よりもデザインを重視しているというか、豊かな時代だったと思うんです。それは今の感覚で見てもオシャレだし、ロックンロールっていう若者の音楽が世に広まってきて、後のエルヴィス・プレスリーやビートルズに連なっていくというか。高度な時代に突入する直前に、思いっ切り突き抜けた時代だったのかなって思っています。
余裕があって、贅沢とは違った意味で過剰なまでに文化が花開いている。ある意味、絶頂だった時代とロカビリーがリンクしていたので、この時代を切り取ることが音楽的にもファッション的にも精神的にも象徴的だった。ブライアン・セッツァーが誕生した年っていうのは後に調べてわかったことなんですけど、自分のルーツについて調べていたら辿り着いたそういう時代をフィールドに、シンガーとして挑もうと思って付けたタイトルです。
ヘヴィなサウンドを中和して聴きやすいものにしたい
--今作のサウンドで、特に推したい部分は?
青野美沙稀:「Midnight of trip」の出だしもそうですが、低音がどっしりしている所は今っぽい音楽とは違うかなって。心臓まで響いてくる。この歌をうたう時はけっこう酔いしれてました(笑)。歌詞に“ママ”とか“パパ”が出てくるのがロカビリーっぽいしキュートって感じ! 上澤津孝:エルヴィス・プレスリーにも「That’s Alright (Mama)」とかあったし、「Blue Suede Shoes」も“俺の靴を踏むな”っていう話だもんね(笑)。そこに若い人たちがこだわっている部分が凝縮されているっていうか。--ロカビリーには10代後半の年齢が歌詞になっている曲も数多くありますよね。
上澤津孝:この話、進めると朝までかかりますよ(笑)。ロカビリーの誕生以前っていうのは、若い人が聴く音楽がなかったんですよ、ロックがなかったので。カントリーやブルースっていうルーツがあって、初めて若者が聴く、演る音楽がロカビリー。それまではブルージーンズは作業服だったのに、ジェームズ・ディーンがファッションに取り入れて、彼の髪型がロックンロールの象徴になっていったりとか。すべてが始まった時代ですよね。--そうした若さを放出するための媒介として存在していたロカビリーを、現代に生きる美沙稀さんが歌う上では何を一番大切にするべきだと考えますか?
青野美沙稀:このサウンドを男性の人で太い声でやるのではなく、ヘヴィなサウンドを中和して聴きやすいものにしたいっていうコンセプトはありました。それに今の音楽なので、ヒップホップなどの音圧にも劣らないサウンドにしていくことも重要でした。若い人に訊くと“ロカビリーってスカスカですよね?”っていう人、多いじゃないですか(笑)。 上澤津孝:それこそビル・ヘイリーの音源はがっつり音量を上げてみるとごっつい音してるからね。ワンマイクで距離感だけでやってるというか。--美沙稀さんの声質にはおもしろいところがあって、キュートながら意外に芯があって、この重厚なサウンドの中にあってもちゃんと届きます。
青野美沙稀:それはレコーディング中、サウンド・プロデューサーの真崎さんにも言っていただきました。楽器に埋もれない。シャウトとかするわけじゃないんだけど、ロカビリーの低音にもマスキングされない声質だって。私は自覚してなかったので、嬉しいんですけど驚いちゃいます(笑)。リリース情報
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Interviewer&Photo:杉岡祐樹
サウンドは構想から含めれば3年くらいかかっている
--2曲目の「バンビーナ」なども、豪華に鳴るサウンドの中にあってしっかり存在感を示していると思いますよ。
青野美沙稀:ありがとうございます! 今回の制作にあたって、オリジナルの4曲だけでは成立しきれていなかった作品コンセプトをどうやって広げていくか、プロデューサさんたちと話し合っていく中で、父から勧めてもらったのがこの曲だったんです。「バンビーナ」は布袋さんのルーツが詰まった集大成のハイブリット・ロカビリーだから、私たちが目指すところが似ていたんですよ。
--もう1曲の「フレンズ」のカバーは?
青野美沙稀:この曲は私が大好きで、“ロカビリーでやってみたら面白いんじゃないですか?”って提案して挑戦させてもらいました。4曲目の「sweet drive」でドキドキした気持ちから、友だちと恋人の距離間を歌っている「フレンズ」が5曲目あって、最後の「Love Forever」に続いていく感じ。「フレンズ」は複雑な気持ちを歌っている楽曲だったので、その主人公になり切って歌いました! 私は1曲1曲、演じるように歌っている部分がありますね。--自分のキャラクターに一番近い曲はありますか?
青野美沙稀:やっぱり3曲目の「ガールズ狂想曲」は特に近いですね! 坂詰美紗子さんの歌詞は共感できる気持ちばかりで、ミニアルバム『1959 ~Magical Rockabilly Night~』の中で描いている恋愛は、色んな女の子が“楽しそう!”って共感してくれると思うんですよね。こんな6曲みたいな恋愛ができたら良いなって! テンション高く何を着るか迷ったりしていても、いざデートになったらテンパっちゃっていつも通りの自分になれない所とか、けっこう私っぽい(笑)。歌詞とかは今の世代にぴったりで、音がロカビリーっていうのが新しい部分だと思います。--その音がここまで本格的というか、時間をかけて作った音に聴こえるのが重要ですよね。
青野美沙稀:サウンドは特にものすごい時間かかってます。父の構想から含めれば3年くらい。 上澤津孝:先んじて聴かせていただいたんですけど、僕は古い人間なので懐かしい感じがありましたね。でも、音は古いものではないから、美沙稀ちゃんたちの狙いが完全に形になってる。それと同時に、今の若い子が聴いたら間違いなく新しいと感じると思います。 青野美沙稀:父や上澤津さんのファンの方からもメッセージをいただけたりして、期待していただいているって感じます。見た目が怖い方もいるんですけど、メッセージがとても優しくてびっくりする時もあります(笑)。ハートがキラキラしてたりとか、皆さん本当は優しいんだなって!ロカビリーはどんなジャンルと融合しても水と油にはならないはず
--そんな美沙稀さんは11月22日、上澤津さんとSIDE-ONEという強烈な共演陣と共に原宿アストロホールにて本作のリリースパーティを行うことが決定しています。
青野美沙稀:1曲1曲の世界観をしっかり見せられたらと思っています! 色んなお客さんが来ていただけると期待していますし、完全なロカビリーファンの方から若い人たちまで、幅広く受け入れてもらえるように……。自信ですか? ライブまでに持てるようにしていかなきゃって! それにまずは自分が楽しまないと伝わっていかないと思うので、ステージの上ではすべて取っ払ってやっていきたいと。 今回のステージは大阪を拠点に活動されているCHICKEN THE SUNの皆さんにサポートしていただいて、LGYankeesさんのメンバーだったDJ No.2さんを加えたスタイルで挑戦したいと思っています。それは今回のミニアルバム『1959 ~Magical Rockabilly Night~』で作り上げたハイブリット・ロカビリーを再現するためで、今という時代に20代の女性である私がロカビリーをやる上で色々研究した結果、トライしてみたいと思いました。 もちろんステージではファッションも含めて、広く楽しんでもらえるものにしたいと思います。サウンドはロカビリーを好きな方にも納得してもらえると思っていますし、ミニアルバム『1959 ~Magical Rockabilly Night~』の時代にタイムスリップして、その世界観に入り込んで疑似体験したものを若い人にも共有してもらえると嬉しいですね。--ご共演される上澤津さんも、夏に新作『琉球グラフィティ』をリリースされました。本作からの楽曲はライブでも聴けるのでしょうか。
上澤津孝:どういう形でやるのがライブ全体にとって一番良いのか、これから話し合っていければと思うんですが、MAGICの曲はやることになると思ってますね、美沙稀ちゃんにバトンをつなぐという意味では。美沙稀ちゃんだからこそハイブリッドなロカビリーに期待しますけど、僕にはやっぱり変わらないかっこよさがあって、どちらを選ぶは人次第だと思いますね。ロカビリーという言葉すら知らない若者がミニアルバム『1959 ~Magical Rockabilly Night~』を聴いたら“これがロカビリーだ”って思うだろうし、音の世界は僕が聴いてもロカビリーだと思う。そこにファッションや色んな要素をどう見せていくかで広がっていくだろうし、音楽だけでは収まらないことになるかもしれないですよね。
ロカビリーは可能性があるとずっと思ってきたけど、なかなかこなかった。みんなが好きだったミュージシャンが好きだったミュージシャンを辿っていくと、原点は間違いなくエルヴィス・プレスリーになる(笑)。そこから広がっていったものだから、どんなジャンルと融合しても水と油にはならないはずだと思ってます。
--美沙稀さんは今後、どのようなミュージシャンになっていきたいと思っていますか?
青野美沙稀:常に新しいことをやっていきたいですね! みんながやっていることじゃなくて、他にない存在になりたいです。同じだと埋もれちゃうし、つまらない(笑)。ロカビリーと何かを融合させていくスタイルをもっともっと進化させていきたいと思いますね。リリース情報
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