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マイア・ヒラサワ『ビューティフル・アンド・アグリー』インタビュー&特集 ファイストやボン・イヴェール、スフィアンに影響を受けたアルバムを語る
数々のCMソングでここ日本でもお馴染みのスウェーデン出身SSW、マイア・ヒラサワ。そんな彼女が4年ぶりの新作アルバム『ビューティフル・アンド・アグリー』を7月6日にリリースした。同じくスェーデンのアーティストでありWinhill/Losehill(バンド)の中心人物でもあるJonas Svennemとの共同プロデュースによって制作された本作は、彼女が得意とする親しみ易いポップスはもちろん、クワイアやオーケストラルなアレンジもふんだんに施された充実作。インタビューでも言及されているファイストやボン・イヴェール、スフィアン・スティーブンスなどが好きなリスナーにもぜひ聴いて欲しい1枚だ。
今回はそんなマイア・ヒラサワにメール・インタビュー。『ビューティフル・アンド・アグリー』についてはもちろん、8月28日に東京、29日に大阪で行われる来日公演に向けても話を聴いた。
Jonasと私は、音楽の好みがすごく似ているから
“インスピレーション・プレイリスト”を作ったの
――アルバムリリースおめでとうございます。アルバムが完成して、今はどんな時期を過ごしているんですか?
マイア:ありがとう!長らく制作を行った作品だから、やっとリリースできてとってもいい気分よ。今ちょうどスウェーデンでミニ・ツアーを行っていて、素敵な夏っぽい会場でプレイしてる。まさに夏にピッタリって感じね。
――アルバムについて、やや抽象的な言い方になりますが、感情の様々な側面、孤独や悲しみ、怒りというネガティブな部分と、人間的で優しく希望と勇気に満ちたポジティブな部分が、分離し過ぎずマーブルに混ざり合っているという感覚のある作品だと思いました。こうした感想についてどう感じますか?
マイア:曲をじっくり聴いてくれたみたいでとっても嬉しいわ。すべて人生についての曲で、人生には良い面もあれば、悪い面もある。今回は、詞にもすごくこだわっているの。
――「分離し過ぎずマーブルに混ざり合っている」というのはサウンド面に関してもそうだと思います。ポップスはもちろん、ジャズやクワイア、そしてオーケストラ音楽など、あなたのバックグラウンドにあった要素が見事に混ざり合っている作品です。そうしたものは今回、あなたが目指したものでしたか?
マイア:今作を作るにあたって、一番の目標は感情を喚起させるような作品に仕上げることだった。どの曲も“今”という瞬間が感じられるものに。すべての曲に可能な限りベストなアレンジを施し、あまりジャンルにはこだわらず制作にあたったわ。
――アルバムが生まれたバックグラウンドを教えて下さい。本作では10曲でWinhill/LosehillのJonas Svennemがプロデュースを務めていますが、彼があなたと知り合い、今作に参加するに至った経緯はどのようなものでしょうか?
マイア:Jonasと出会う前に、色々な人々とアルバムを作ろうと試みていたけど、どれもしっくりこなかった。Winhill/Losehillの音楽は、聴いた瞬間にすごく気に入ったから、Jonasに直接連絡したの。会った時、「これだ!」って即座に思ったし、彼と一緒に仕事ができてとっても光栄よ。彼の音楽的才能は特別で、私とは全く違う音楽の捉え方をするから、お互いをうまく引き立たせることができる。彼は、元々プロデューサーではなくて、私と同じようにアーティストだから、すべてがスムーズに進んだとは言えないけれど、2人ともすごく辛抱強く耐えたわ。
Winhill/Losehill - Tell Her She´s The Light Of The World
――アルバムでは大半の楽器をあなたとJonasが手がけています。アルバム制作はどのようなプロセスで進んだのでしょうか?
マイア:曲は、設備が整った素晴らしいスタジオに加えて、Jonasのリビング・ルームや私が所有する小さなスタジオだったり、様々な場所でレコーディングしたわ。それに、すべて2人でレコーディングしたわけではなく、個別にやることもあった。たとえば、一部のピアノのパートを私一人でレコーディングして、私がいない時に彼がベースのパートをレコーディングしたりとかね。
――本作では特にオーケストラルなアレンジの数々が印象的です。アレンジはあなたとJonasの2人で手掛けたのでしょうか?
マイア:大体の場合、私がフックとなるメロディのデモを作って、Jonasがそれを展開させていくような感じだったわね。でも、「I will get up」の素晴らしいストリングスのように、Jonasが一からやることもあったわ。
――アルバムには、オーケストラルな素晴らしいアレンジの曲が多いですが、特に「A New Day」の中盤の展開は感動的でした。この曲はとても難産な一曲だったようですが、ブレイクスルーのきっかけがあったら教えて下さい。
マイア:アルバムに収録するかどうか、決められない曲がいくつかあったんだけど、スペインでJonasと一週間くらいぶっ通しでアルバムの作業をしていた時に、この曲はアルバムに入れないわけにいかない、って感じたの。私にとって一番難しかったのは、詞を書くこと。友情の難しさについての曲なんだけど、それを的確に表現するのに苦労したわ。逆に、アレンジに関しては、アルバム収録曲の中であまり苦労しなかった曲のひとつね!
――本作のサウンドについて、インスピレーションとなったものや他人の作品があったら教えてください。制作前、Jonasと2人で聴いていたというファイストやアーケード・ファイア、ルーファス・ウェインライトのようなアーティストの作品はインスピレーションになりましたか?
マイア:その通り。Jonasと私は、音楽の好みがすごく似ているから、質問で名前があがったアーティストの楽曲を入れた“インスピレーション・プレイリスト”を作ったの。他には、ボン・イヴェール、ウィルコやスフィアン・スティーヴンスなどが入っていたわ。
Sufjan Stevens - Casimir Pulaski Day & Jacksonville(Live)
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「仕事から帰ったらスマホの電源を切ることね!」
――アルバムにはあなたとJonasの他にも、様々なミュージシャンの名前がクレジットされています。彼らもまたスウェーデンで活躍する音楽家なのでしょうか?
マイア:全員スウェーデンのミュージシャンよ。今作は、ホーン、ストリングスや聖歌隊のパートが多いから、アルバムにはたくさんのミュージシャンが参加してくれた。元々は、私かJonas、どちらかの知り合いだったけど、今では2人とも全員知ってる感じね。
――もしかすると「HAPPIEST FOOL」はこのアルバムで最初に書かれた曲なんじゃないかと思ったのですが…
マイア:(笑)。どの曲を最初に書いたか、実はよく憶えてないの。単純にトラックリストにこだわったという感じかな。アップテンポな曲でアルバムを締めくくるのって稀だから、楽しいんじゃないか、と思ったの。
――『Beautiful And Ugly』というタイトルは、人生の様々な側面について歌とサウンドで表現したこのアルバムにピッタリだと思います。アルバムからは、必ずしも「Beautiful」であることが「Ugly」であることに勝るわけではない、その両面がともに大切だというメッセージを受け取りました。
マイア:ありがとう。私も同感よ。アルバムのタイトルを思いついた時、人生って白黒じゃないってことについてよく考えていたの。グレーな部分も多くて、すべてに二面性があるんだということをね。
――難民問題に影響を受けたという「Fight With Love」はもちろんですが、このアルバムは内省的である以上に、力強く、時に連帯しながら生きていくことの大切さを伝えた作品であるという印象があります。そのようなメッセンジャーとしてのミュージシャンの役割については、どのように考えていますか?
マイア:人ぞれぞれなんじゃないかな。自分が感じたことをオープンに表現するアーティストもいれば、しない人もいる。私は中間ってところかな。自分の性格よりも音楽に興味を持ってもらいたい。だから、SNSなどで意見を言い募るのではなく、音楽を通じてやっている、という感じかしら。
――力強さという意味で、最も印象的なのは、やはりあなたの歌です。リズムがとても特徴的で、ラップ・ミュージックからの影響があるようにも感じられるのですが、いかがでしょうか?
マイア:興味深い質問ね。スウェーデン人アーティストのOskar Linnros、Lorentz、Mapeiのように以前ラップをしてて、今はソウルやポップに傾倒しているアーティストもたまに聴くわ。でも、よく聴くのはR&Bかな。もうちょっとしたら、ビヨンセのライブを観に行くし、幅広い音楽の趣味を持ってるんじゃないかな。
Lorentz - Där dit vinden kommer ft. Jaqe, Duvchi, jj, Joy
――インターネットで色々な情報が入るようになったとは言え、いまだにスウェーデンの音楽は日本のリスナーには馴染みの少ないものです。あなたの目から見て、現在のスウェーデンのシーンやミュージシャンはどのような状態だと感じますか?
マイア:本当に素晴らしい状況だと思う。ジャンルを問わず、色々な新人が頻繁に出てきているし、世界的に成功を収めているソングライターも大勢いる。でも、ぶっちゃけ新しい音楽にはそこまで詳しくないの。仕事をしている時は、頭の中をクリアにする必要があるから、あまり音楽を聴かないのよね。
――今や音楽業界以上に、社会そのものの方が難しい変化のタイミングに置かれているかも知れません。ここ日本でも今後、様々な状況が変わっていきそうな予兆があります。20年後の人々のために、何かここにメッセージを残して貰えませんか?
マイア:難しい質問ね。私のメッセージは、仕事から帰ったらスマホの電源を切ることね!インターネットやSNSなしで、家族水入らずの時間を過ごすこと。これって、とっても有意義なことよ、約束する。
――8月の来日公演も楽しみにしています。ライブがどのようなものになりそうか、分かる範囲で教えて下さい。
マイア:とってもユニークで素晴らしい2人のミュージシャンと新たに一緒にプレイしてるから、1人じゃなくて3人のアーティストがステージ上で観れるわ!3人でプレイするととっても楽しいから、それもステージから伝わってくると思う。私がギターで、Ida Lindbergがキーボードとコーラス、Wille Alinがドラムとコーラスを担当する。2人は日本へ行くのが初めてだから、色々な面白い居場所や美味しい食べ物を食べに連れて行ってあげようと思ってるの!
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マイア・ヒラサワのこれまでの軌跡を振り返る
一度耳にしたら、忘れられない声がある。マイア・ヒラサワのヴォーカルには、まさにそういう印象だ。多くのCMに起用され、ジャンルを超えて様々なミュージシャンからのラブコールも絶えない。力強くエモーショナルで、時には女性ならではの繊細な情感を武器に、この10年のポップ・ミュージック・シーンを彩ってきた。まもなくビルボードライブで来日公演を行なう彼女の魅力に迫ってみよう。
マイア・ヒラサワは、1980年生まれ。日本人の父とスウェーデン人の母を持ち、スウェーデンの首都ストックホルムの近郊のソーレントゥーナ市で生まれたが、第2の都市ヨーテボリに移り住んだ。幼い頃はビーチ・ボーイズがお気に入りで、他にはミュージカルの音楽にも無中になり、これらが彼女の音楽的ベースになっているという。10歳の時にクラシック・ピアノを始め、15歳でクワイアーに参加。その後はバンドを始め、21歳の時にソングライティングもスタートする。そして、しばらくは音楽学校でジャズ・ヴォーカルを学んだり、ハロー・セーフライドというバンドのバック・コーラスに参加するなど、いわゆる下積みの時代が続いた。
And I found this boy MV
ソロ・デビューを果たしたのは、2007年のこと。ファースト・シングル「And I Found This Boy」が、スウェーデンのラジオ局でパワープレイされ、一躍脚光を浴びた。その後もシングル・リリースごとに注目を集め、 ファースト・アルバム『Though, I'm Just Me』 をリリース。翌2008年の『Though, I'm Just Me - NEW EDITION』スウェーデンが国内で大ヒットを記録し、iTunesでは2週連続で1位を獲得した。『GBG vs STHLM』(2009年)、『Maia Hirasawa』(2011年)、『We Got It』(2012年)、『What I Saw』(2013年)と着実にリリースを続け、ビョークにも通じる個性的なヴォーカルと、エモーショナルなバンド・サウンドの融合によって、日本でもカリスマ的な人気を集めてきた。
Boom! MV
彼女の声の魅力を推し量るとするなら、タイアップの多さだけでも充分伝わるだろう。そもそも彼女が日本でブレイクしたのは、JR九州「祝!九州キャンペーン」のCMソングに起用されたからだ。2011年3月にスタートしたこのCMは、実は東日本大震災が起こったため数日で中止。しかし、その過程も含めてテレビのワイドショーで取り上げられ、そこから声と楽曲の良さが一気に広がった。このタイアップ曲こそ、代表曲となった「BOOM!」であり、Billboard JAPANチャートのHot Top Airplayでは首位も獲得している。他にも、「It Doesn't Stop」(花「エッセンシャル」CMソング)、「Here I am」(トヨタ「レクサスCT200h」CMソング)、「We Got It」(キリンビール「とれたての東北に乾杯!」CMソング)、「子守唄」(NHKドラマ『紙の月』主題歌)、「HAPPIEST FOOL」(映画『WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~』 劇場主題歌)など、挙げ始めるときりがないほどだ。
SOIL&"PIMP"SESSIONS - MOVIN' feat. Maia Hirasawa
もうひとつ彼女の声の魅力を象徴しているのが、フィーチャリング・アーティストとして重宝されていることだろう。 Lumiere名義で大ヒットを飛ばしたプロデューサーELMIOとの「Melody」(2008年)、ポスト・ロックの先鋭toeとの「ネルマレ ~After long tomorrow~」(2010年)、世界に誇る爆音ジャズ集団SOIL&“PIMP”SESSIONSとの「MOVIN'」(2011年)、小西康陽のひとりユニットPIZZICATO ONEとの「Bang Bang」(2011年)などを筆頭に、ジャンルを超えてファーストコールされる存在であることは間違いない。また、「BOOM!」をバックトラックに使用した餓鬼レンジャーの「BOOM!~発車します~」(2014年)なんていう異色コラボも生まれている。いずれも、マイア・ヒラサワという稀有なヴォーカリストからインスパイアされた名曲である。
It Doesn´t Stop (Live)
先日リリースされた新作『ビューティフル・アンド・アグリー』も、新しい魅力に溢れた傑作だ。これまでどおり英語曲がメインではあるが、「話せてなかったこと」における日本語詩に情感を揺すぶられるのも新鮮な体験だといえる。また、自身のピアノを中心としたシンプルかつソリッドなバンド・アンサンブルも見事で、彼女の歌声を艶々と輝かせているのだ。こういった聴く者の情感に訴えかけてくるような感覚は、おそらくライヴでも同様だろう。今回の来日公演では、日本と関わりの深い彼女がどこまで新たな魅力を伝えてくれるのか。それはぜひ、実際に目と耳で確かめていただきたいと思う。
公演情報
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Text: 栗本 斉
ビューティフル・アンド・アグリー
2016/07/06 RELEASE
VICP-65386 ¥ 2,420(税込)
Disc01
- 01.ザ・ワン
- 02.ファイト・ウィズ・ラヴ
- 03.アワ・ストリート
- 04.話せてなかったこと
- 05.ア・ニュー・デイ
- 06.ジャスト・プッシュ・プレイ
- 07.アイ・ウィル・ゲット・アップ
- 08.カム・カム・カム
- 09.ジョアンナ
- 10.サンマ・ソート
- 11.ヴァッケル・オッ・フル
- 12.テンク・オム・ドゥ・ヴィステ
- 13.ハピエスト・フール
- 14.アルドゥリグ ~「話せてなかったこと」スウェーデン語Ver.~ (日本盤ボーナス・トラック)
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