Special

特集:マイルス・デイヴィス&ロバート・グラスパー『エヴリシングス・ビューティフル』 村井康司×柳樂光隆がマイルス&グラスパー新作を語る

 いよいよ7月に来日公演を行うロバート・グラスパー・エクスペリメント。ビルボードライブでの公演に加えて、今回は【FUJI ROCK FESTIVAL 2016】への出演も決まっており、現代音楽シーンの最先端とも言えるそのライブ・パフォーマンスに一層の注目が集まっている。

 その中心人物でピアニスト、ロバート・グラスパーが5月にリリースしたアルバム『エヴリシングス・ビューティフル』は、あのマイルス・デイヴィスの生誕90周年に合わせて、マイルスが残した音源を元にグラスパーが再構築/再クリエイトした1枚。エリカ・バドゥやハイエイタス・カイヨーテら、一枚を通して豪華なゲストも参加し、全く新しいマイルス解釈の作品として大きな反響を呼んでいる。今回は、そんな『エヴリシングス・ビューティフル』について、ジャズ評論家の村井康司氏と柳樂光隆氏の対談を企画。同作を通して見えてくるロバート・グラスパーの現代性、そして、マイルスというジャズ/音楽の巨人について、改めて語り合ってもらった。その対話からは、過去と現在をつなぎ、深く広く拡がるジャズの世界の奥行きが感じられる。

マイルスのトリビュート盤はちょっとした罰ゲーム

村井:聴く前はもうちょっとシンプルなリミックスだと思ってたんだよ。前のビル・ラズウェルの『パンサラッサ』みたいな、リミックス盤の最新バージョンかなと。だから結構驚いた(笑)。どちらかというと、マイルスのリミックスというより、マイルスにインスパイアされて自分の音楽を作ったという感じで、そこが素晴らしいなと思いましたね。

 個々の演奏やトラックにも面白いものが色々あって、マイルスが持ってる様々な要素のうち、例えば、メロディアスでメロウな部分をストレートに出してる気がしたね。

柳樂:そうですね。

村井:70年代のマイルスは、すごく綺麗な曲をわざと汚い音で録音したりするじゃない。「マイシャ」とかまさにそうなんだけど。それをマイルスのトランペット部分だけ元の音にして、あとは今の美しい音にしてるっていう。そういうギャップ感みたいなものを上手く使ってるのが面白いなと思った。

Miles Davis, Robert Glasper - Maiysha (So Long) Extended Version ft. Erykah Badu


村井:あと、『ライヴ・イヴル』の短い曲を2曲もやってるというのも結構驚いたね。あれはエルメート・パスコアールが絡んでるやつだよね。「マイシャ」もそうだけど、ブラジルっぽい感じをあえて意図的に出してるのかなって思いました。どうですか、柳樂先生は?

柳樂:そうですね…。マイルスのトリビュート盤やらされるのって、ちょっとした罰ゲームみたいなものじゃないですか?

(一同笑)

村井:やりたくないと思う(笑)。だいたい褒められないよね。

柳樂:僕の本(『MILES:REIMAGINED 2010年代のマイルス・デイヴィス・ガイド』)もそうだと思うんですけど、絶対に何をやっても褒められない(笑)。それをやるのがグラスパーの良いところなのかなって。しかも、それを特に怒られるような形でやるっていうのが個人的には一番面白かった気がします。

 いま村井さんが話してくれたように、音楽的にはすごく良いんですよ。でも、マイルス・ファンが怒りそうなことをあえてやる。そのふてぶてしさというか。そもそもマイルスもふてぶてしいですよね。

村井:こういうので一番良くないのは中途半端にやることだよね。自分も気持ち悪いし、誰にも褒められない。でも、徹底してどっちかに行くと、批判する人もいるけど、それについてくる人もいるわけじゃない。やる方も「ここまでやったら良いや」って思えるから、これが正解なんだよ、態度としては明らかに。

柳樂:多分、そのほうが結果もついてきますよね。

村井:ここに登場している人たちって、今までのグラスパーの人脈の人が多いわけだけど、例えばハイエイタス・カイヨーテなんかは、グラスパーは人選しているだけでしょ?「あとは好きに料理して下さい」みたいな。そういうところもこの人は面白い。

柳樂:結局、グラスパー自身の名前は出てるから責任は取らなきゃいけないんだけど、あんまり頓着してないっていう。やっぱりね、グラスパーってちょっとバカっぽいんですよ(笑)。

(一同笑)

柳樂:率直に言うと(笑)。でも、そこが良いところなんですよね。とはいえ、かなり計算しているようなところもあるし、そういうのを演じてるのかもしれませんが。

村井:もちろん素晴らしいピアニストでミュージシャンなんだけど、自分が演奏することに執着心がないよね。

柳樂:無いですねぇ。

村井:全く自分が何もしてなくてもOKみたいな部分もあったりして。ルーレットでいうと、この人選に全額ベットする感覚っていうかさ。

柳樂:でも、その人選も絶妙なんですよ。例えばフォンテってラッパーが参加してるんですが、彼はフォーリン・エクスチェンジっていうヒップホップ・グループをやってたりする人で、生バンドと一緒にライブをやったりしているんです。だから、ライブが出来る人、ライブに定評のある人っていうのにはこだわって選んでるのかなと思いましたね。

村井:なるほどね。

The Foreign Exchange: NPR Music Tiny Desk Concert


柳樂:あと、どこまで考えてるか分からないけど、ビジネス的な上手さもある。例えばDJスピナにハウスっぽいトラックを作らせたり、ジョージア・アン・マルドロウにいかにもアンダーグラウンドっぽいヒップホップをやらせてみたり。で、インタビューでも言ってましたけど、「なんでマイルスと共演したやつを入れないんだ」って絶対に言われるだろうから(ジョン・スコフィールドを)入れたとか。

村井:なるほど(笑)。でも、確かにそういう、“いま”の話題性とか受け入れられ易さに対するセンスはすごくあるよね。そういう関わり方が、ミュージシャン的というよりはプロデューサー的。よく先人でいうとハンコックとか、クインシー・ジョーンズみたいだって言われるよね。クインシーも、本人のプロデュースってことになってるけど実は何にもしてませんってトラックが山のようにあるわけで。

柳樂:そうなんですよね。やっぱりプロデューサーっぽくて、自分が何をどこでやったか、インタビューでもロクに言わないんですよ。あんまり関心が無いんだと思う(笑)。自分がどこで何を弾いたかに全然関心がないジャズ・ミュージシャンなんてなかなかいないですよね。

NEXT PAGE
  1. < Prev
  2. モダン・ジャズの終わり
  3. Next >

マイルス・デイビス&ロバート・グラスパー ビラル イラ・J エリカ・バドゥ フォンテ ハイエイタス・カイヨーテ ローラ・マヴーラ キング「エヴリシングス・ビューティフル」

エヴリシングス・ビューティフル

2016/05/25 RELEASE
SICJ-117 ¥ 2,420(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.トーキング・シット
  2. 02.ゲットー・ウォーキン (feat.ビラル)
  3. 03.ゼイ・キャント・ホールド・ミー・ダウン (feat.イラ・J)
  4. 04.マイシャ(ソー・ロング) (feat.エリカ・バドゥ)
  5. 05.ヴァイオレッツ (feat.フォンテ)
  6. 06.リトル・チャーチ (feat.ハイエイタス・カイヨーテ)
  7. 07.サイレンス・イズ・ザ・ウェイ (feat.ローラ・マヴーラ)
  8. 08.ソング・フォー・セリム (feat.キング)
  9. 09.マイルストーンズ (feat.ジョージア・アン・マルドロウ)
  10. 10.アイム・リーヴィング・ユー (feat.ジョン・スコフィールド&レディシ)
  11. 11.ライト・オン・ブラザ (feat.スティーヴィー・ワンダー)

関連商品