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Raphael 解散インタビュー
僕は、以後一切「Raphael」を口にしないと思う。
Raphaelのリーダー代理として、約20年間に及ぶ音楽人生の大半を生きてきたYUKI(vo)。あまりにも長い時間を費やした解散決断までの日々と、解散へ向けたファイナルミッションへ懸ける想いを語ってもらった。来る2016年10月31日と11月1日 Zepp Tokyoにて開催されるラストライブ【Raphael Live 2016「悠久の檜舞台」】へ向けて、そして彼が「Raphael」を口にしなくなった後も未来永劫「Raphael」を伝え継ぐべく、ここに残してくれたひとつひとつのメッセージを受け止めてもらいたい。
華月の音をちゃんと届けてあげられる方法をずっと探していた
--4月7日、華月(g)さんの誕生日に渋谷TSUTAYA O-EASTで行われた【Raphael KAZUKI 17th memorial「蒼の邂逅」】。様々な意味で記念碑的な公演になったと思うんですが、あの日はどんな想いで1日を過ごされていましたか?
YUKI:思ったよりリラックスしてましたね。舞台の上では役割的にボーカルで、他の楽器も触ったりするんですけど、プロジェクト全体としては運営的な部分も責任として担っているので、いろいろしていたらあっという間に本番を迎えた感がありました。だから逆に本番が一番リラックスできて。あと、あの日のコンサートを成功させる為にいろんな人たちが知恵や技術を結集してくれたんだなって、舞台のセットに対してもそうですし、会場入りした瞬間から感じ取れてグッと来るものがありました。--そもそもなんであの日にあの公演をやろうと思ったんでしょう?
YUKI:このプロジェクトを「もう一度動かそう」となった一番根底にある理由は、YUKITO(b)が今回限りで音楽から全面的に引退というか、卒業する。それがあって、最後にもう一度自分たちが出逢った原点である“Raphaelの音楽”と共にステージに立とうと思ったんです。だからイメージは足並み揃ってるんですけど、「じゃあ、具体的にいつからそれをスタートさせようか?」ってなったときに、メンバーであり、リーダーであり、今は他界してしまっているんですけど、別れてしまった華月(※1)の誕生日。1年の中でどんな人にもやってくるハッピーな1日である誕生日から始めようと。そこで決意表明や自分たちの想いを、音を介してファンの方々に届けるのがベストだと思ったんですよね。正直言ってツアーは何月何日から始まってもよかったんですけど、何かを誓ったり、前回の再演(※2)から3年半経った今でも「これだけ色褪せないで、いろいろやれるんですよ」という場に立ち会ってもらうには、4月7日しかなかったのかなって。※1.Raphaelの楽曲の多くを手掛けていたリーダー。2000年10月31日、19歳という若さで他界している。
※2.Raphaelは、2012年10月31日、11月1日に12年振りの復活ライブをZepp Tokyoにて敢行している。
--他界した華月さんの誕生日ということで、もしかしたら重い気持ちを背負って来場していた方もいたかもしれないですけど、YUKIさんは序盤からひたすら笑いを取りに行っていたというか、笑顔の絶えないアットホームな空間作りに努めていた印象も受けました。
YUKI:僕、記憶力があまりよろしいほうではないので、何かを事前に決めていっても憶えられないんですよ。なので、どこでMCをするのか、どんな話をするのか、そこは全部任せてもらっちゃってるんです。だからあの日あの場所でそういう空気感になったというのは、おそらく僕が促したというよりは、それが瞬間的にぴったりハマったからなのかなって。ポンと口を衝いて出てきたのが、そういう笑いが起きるような言葉だったんですよ。それにお客さんがただただ盛り上がってくれただけで、別に努力も意識もしてないんです。気が付いたらああいうテンションになっていたという。--めちゃくちゃ面白かったですし、何か構えて観なきゃいけないと思い込んでいた人たちの気持ちを軽くしてくれた展開だったと思います。
YUKI:だとしたら良かったです。と言うのも、3年半前の再演のときってどんな顔でステージに立てばいいのか全く分からなかったんです。でも1曲目からきちんと会場全体を観なきゃって見渡したら、お客さんが全員笑顔なんですよ。そこにちょっと答えが見えた気がして。舞台の上にいる側が畏まってたら何も始まらないなって。というのが前回あったので、そういうことも心に据えての今回、2016年4月7日のライブだったんです。--また、華月さんのギターを持って演奏するシーンもありましたよね。
YUKI:あれは公演の5週間前に決めました。--「ギター歴5週間、櫻井有紀です」と自己紹介されていましたね。
YUKI:(笑)--どんな気分でした?
YUKI:指先は震えるし、勝手が分からないので、プロのギタリストの方々にも力を借りて(※3)。まぁだから「冷静じゃないし、有り得ない」っていう判断をされてもおかしくなかったんですけど、思いの外って言ったらアレですけど、チームのみんなも「応援する」っていうリアクションをくれたので…… ※3.同公演には、ゲストギタリストとして盟友であるANCHANG(SEX MACHINEGUNS)や咲人(ナイトメア)も登場した。--そもそも何で弾こうと思ったんでしょうか?
YUKI:当時、華月が弾いていたテイクって時代が時代なんでほとんどデジタルデータとして保管されてないんですよ。それで華月の音をちゃんと届けてあげられる方法をずっと探していたんです。それで、本人のテイクではもちろんないんですけど、でも本人が弾いていたギターを鳴らせば、ファンの方にとってもどこかしら聴いたことがある音色を感じられるんじゃないかと思って。で、現存のメンバーを見渡すと、YUKITOはベースですし、HIROはドラムなんで、2人とも両手両足が塞がってるんですよ。その消去法と、今出来うる最善の“華月の音色をみんなに届ける方法”を考えた結果、「じゃあ、僕が弾くしかないな」って確信したんです。--とは言え、ギター歴5週間でライブに臨むって凄いことですよね。
YUKI:無謀だなとは自覚してました。ただ、選択肢を作ると判断が鈍るし、上達もないだろうと思ったんで、「果たして出来るんだろうか?」ではなくて「やる」と約束してしまったんです。そしたらもう「やる」しか選択肢がない。そういう感じで自分の中で意識整理をして。まぁ指ももつれるし、弾きたかった弦のひとつ隣を弾いてるとかあったんですけど、一流のギタリストの方々に名実共にサポートもしてもらえたので、それでも弾いて良かったなって思います。自分で言うのもアレなんですけど、ちょっとチョーキングが甘かったとか、1,2ヶ所音がズレたりはしたものの、想定していたよりは全然良く弾けたので。あと、後悔したのは、華月の他界以来ずっとギターから目を背けてきていたんですけど、「あ、これは世の中にたくさんギタリストがいる訳だ。これは面白いし、気持ちの良い楽器なんだな」ということを知れた。だからもっと早く向き合えば良かったと思ったし、同時に思い切って今回向き合って良かったなって思いました。--全国ツアー【Raphael Live Tour 2016「癒し小屋」】でも弾いていくんですよね?
YUKI:そうですね。あの日のO-EASTと同じぐらいの物量だと思うんですけど、出来る限りは弾きたいなって。地方の規模が小さいライブ会場とかも行くので、O-EASTのような環境が他の土地でも整えられるかって言うと、ちょっと難しい場所もあるんですよ。そうなると華月の映像すら見せてあげられない会場も出てくるので、そういうことを考えるとやっぱり音色だけでもつれていきたいなって。あとは、実際に本人が使っていたギターなんで、そういうものがひとつあるだけでも全くないよりは良いのかなって思うから。言葉をどう整えるのが適切なのか分からないですけど……死んでしまった人をつれていくって非常に難しいんです。正解が分からないので。でも正解が分からないながらもそこに可能性があるなら、可能性があると分かっていながら置いていくのが一番不正解な気がするんですよ。賛否が分かれることが解っている上でまたプロジェクトが動いている訳ですから、否定が大なり小なりあるにせよ、後悔したくないから思ったことは実行していく。だから映像という武器が使えない地方ではなおさらギターは弾きたいなって。繰り返して演奏していくうちに、逆にそれが心の支えになる気はしてるんですよ。--華月さんのギターを弾く。それもO-EASTで仰っていた「華月さんが残した楽曲の可能性を見せたい」という想いの具現化だと想うんですが、どのような気持ちの変遷があってその想いに至ったんでしょう?
YUKI:単純にオリジナルメンバーは4人じゃないですか。でも2012年からの編成は3/4なんですよね。これっていくら技術が向上しようが、いくら語彙力が増えて巧みなMCをやろうが勝てないんですよ。物理的な人数で軍事力が違うというか、瞬発的な攻撃力が違うというか、聴く人の心に刺さるものが全然違うので、どう足掻いても勝てないんですよね。じゃあ、勝てないなら勝てないなりにただ降伏するのではなく、「足りてないんです」っていうものをステージの上から届けるのではなく、っていうところですね。--そこで何をするか?っていう。
Raphael - 「天使の桧舞台 第一夜~白中夢~」2012.12.26発売
--元々の形やアレンジのほうが良いとか。
YUKI:そう。それもそれで正解だと思うんですよね。聴いてくれる、応援してくれるファンやお客さんの方々には、ひとつでも多くの選択肢があってほしい……という願いで今回のそういうアレンジとか企画を提案させてもらって、僕が陣頭指揮を執らせてもらいました。- 「解散」僕のリーダー代理は終わるんですよね。これでようやく
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Interviewer:平賀哲雄|Photo:外林健太
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