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【ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016】イベント・レポート
5月3日から5日まで開催された【ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016】。今年は「la nature ナチュールー自然と音楽」と題し、季節、動物、鳥、虫、天気や海など様々な切り口で、世界各地から集まった演奏家が熱演を繰り広げた。テーマにあわせてテーマビジュアルは画家の四宮義俊氏の描き下ろしされ、開演前のベルには鳥の声が使われるというユニークな演出も。新たに日比谷野外音楽堂も会場に加わり、天候にも恵まれ、自然を五感で感じられるフェスティバルとなった。
Photo: (C) K.MIURA
新日本フィルハーモニー交響楽団、ナビル・シェハタによるホルスト組曲「惑星」。公演前には、東京大学の月尾嘉男名誉教授と指揮者の井上道義が登場し、惑星についてのプレトークが行われた。ステージ両サイドのモニターには様々な資料が映しだされ、中には現在確認されている地球外生物の写真も。井上は、地球にしか生命体がいないと思っているけど、虫が虫を研究するように、僕たちは自分たちの世界しか把握できていないのではないかと宇宙に思いを馳せ、曲紹介を続けた。ホルスト組曲「惑星」は、火星、金星、水星、木星、土星、天王星、海王星の7曲からなる組曲。占星術に惹かれたホルストが、運命を司る星をイメージし約2年かけて作り上げた。新日フィルの迫力ある金管楽器と、躍動感あふれる演奏によって個性豊かな星たちが描き出され、本来女性合唱を伴う7曲目の「海王星」は、エレクトーンの素材を使って表現。不思議な音響効果が神秘的な空気を作り出し、客席はつかの間の宇宙旅行に誘われた。
演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団、ナビル・シェハタ(指揮)
東京のみならず、滋賀県と新潟県でも開催されている「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」。一足先に開催されていた滋賀県から、びわ湖ホール声楽アンサンブルが登場し、林光「森は生きている」を演奏会形式で上演した。本作は、ロシア人児童文学作家サムイル・マルシャークの戯曲をもとに作られた日本語オペラ。「自然と時間を大切にしなければいけない」という普遍的なメッセージが全編通じて散りばめられており、大人から子供まで楽しめる作品だ。ステージには、中央に客席に背中を向けるようにピアノが配置され、団員の練習風景からスタート。冬なのに春に咲く“まつゆき草”が見たいと言うワガママな女王、女王に翻弄される大臣たち、欲に目が眩んだ継母と義姉、そして真冬にも関わらず森に“まつゆき草”を探しに行かされる娘。本来は2時間強の作品だが今回は1時間程度に抜粋されており、少し急ぎ足でのストーリー展開だったが、びわこホールアンサンブルの個性豊かなキャラクターにより、観客をどんどんストーリーに巻き込んでいく。客席には子どもたちの姿もちらほら見かけたが、ストーリーが進むに連れ、背筋を必死に伸ばして食い入るように見つめる様子が印象的。愛すべき登場人物たちに、また会いたいと思わせてくれるような、あっという間の1時間だった。
演奏:びわ湖ホール声楽アンサンブル、中村敬一(演出)、渡辺治子(ピアノ)
演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団、ナビル・シェハタ(指揮)
今年、没後20周年を迎える武満徹。光、雨、庭、星といった題材を作品としたものが多く、「La Nature」をテーマに掲げる今年のLFJでは多くのプログラムに名前が見える。井上道義指揮による新日フィルの本公演では、1967年に作曲された「グリーン」が演奏された。深い森の中を横切る風の音や静けさ、上空に現れる突然の鳥の鳴き声や木の実がコロコロと転がる様子など、物語が紡ぎ出される。続いてアメリカの作曲家ファーディ・グローフェによる「グランド・キャニオン」。眼前には勇壮な岩石の風景が広がり、夜明けの太陽の輝きが上ってくる。終わり無く続く、乾いた暑い道のりを行くふらついた足取りと、広い空と風を感じながら馬で爽快に進んでゆく景色。降り注いでくるような瞬きの華やかさとロマン。突き刺さりなぶるような嵐がやんだ空にかかる虹。井上道義と新日フィルの息の合った演奏は、まるで映画を見ているような躍動感を生み出していた。
演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団、井上道義(指揮)
20世紀フランスの作曲家メシアンは1950年代から鳥に声に取材した作品を室内楽や管弦楽といった編成で書いているが、なかでも全7巻13作品として1958年に完成したピアノ作品「鳥のカタログ」は有名だ。フランスの代表的な鳥の名を標題にした作品集で、フランス各地の山々や海の諸相を描き出した、自然への壮大なオマージュとなっている。LFJでは期間中全3回に渡り、ピエール=ロラン・エマールが本作品を演奏した。1回目のステージでは、第一巻冒頭の「キバシガラス」からの演奏。譜面上に登場する鳥たちの外見と鳴き声をプロジェクターで映し出し、生態をひとつずつ解説。さらにメシアンがどのように「音楽」としてトランスレートしたのか、その語法を提示してからの演奏となっており、エマールのヴィルトゥオーゾぶりに感嘆すると同時に、自然からの表現語法の吸収について理解の深まる、充実した公演内容であった。エマールが「この作品はまるで鳥たちの日常を描いた劇作品」と語ったように、多くの鳥たちの多彩なさえずりは、まるで対話として描き出されているようでもあった。
演奏:ピエール=ロラン・エマール(ピアノ)
Photo: (C) K.MIURA
ジャズ・ピアニストの小曽根真とピアニストでもあり作曲家でもある江口玲。1曲目は「小曽根真と江口玲のア・ラ?ナチュール」と題し、まずはお手並み拝見とばかりに、小曽根と江口それぞれのオリジナル曲が披露された。江口作曲の「ア・ラ?ナチュール」は、春の海を題材に作られた「koto song 春の海」。ピアノの弦の部分に、特注の紙テープを差し込み、まるで琴のような不思議な音色が創りだされた。小曽根は「フランスのナチュールを演奏する前に、ブラジルに立ち寄りたいと思います」と、自作のソロ曲「アグア・デ・ラ・ムジカ」を披露。それぞれのアプローチで表現された自然を楽しませてくれた。そしてステージ転換が終わると、サン=サーンス「動物の謝肉祭」。もともとプライベートなパーティーのために作られた作品だが、LFJのステージでも奏者全員が楽しんで演奏している様子が伝わってくる。それぞれユーモアたっぷりに演奏され、下手くそなピアニストを表した11曲目の「ピアニスト」も遊び心満載。全曲通じて、音楽を通じてコミュニケーションすることの楽しさに溢れており、鳴り止まない拍手で再び全員が登場。アンコールに第14曲「終曲」が披露され、会場を盛り上げた。
演奏:小曽根真(ピアノ)、江口玲(ピアノ)、ドミトリ・マフチン(ヴァイオリン)、矢部達哉(ヴァイオリン)、ジェラール・コセ(ヴィオラ)、宮田大(チェロ)、山本修(コントラバス)、工藤重典(フルート)、吉田誠(クラリネット)、安江佐和子(打楽器)
誰しも一度は聞いたことがあるだろうヴィヴァルディ「四季」。庄司紗矢香とポーランド室内管弦楽団がマックス・リヒターによる「四季」のリコンポーズ(再作曲)の日本初演を行った。マックス・リヒターとは1966年ドイツ生まれのポストクラシックのアーティスト。本作は、ヴィヴァルディの「四季」の旋律をミニマル・ミュージックによって再構築させたもの。「四季」の原曲の75%にあたる素材を捨て、25%の素材に基づきながら作られたことから2012年にリリースされたアルバムの邦題には「25%のヴィヴァルディ」と付けられている。一輪の花のように華やかなドレスに身を包んだ庄司と、その周りを取り囲むポーランド室内管弦楽団。今回、初の弾き振りにも挑戦した庄司だが、リハーサルを重ねて培った信頼によって、繊細で緻密なアンサンブルを聴かせた。四季折々の美しさや自然の移り変わりが色鮮やかに描かれるヴィヴァルディの「四季」と、現代の感覚のクロスオーヴァーによって生まれ変わったリコンポーズ。LFJ2016では、ヴィヴァルディ「四季」の原曲公演も行われており、聴き比べてみた観客も多かったのではないだろうか。4分の3が切り捨てられたことによって、逆に「四季」の印象的な旋律が際立ち、曲の斬新さだけでなく「四季」本来が持つ美しさを再認識させられるようなステージだった。
演奏:庄司紗矢香(ヴァイオリン、指揮)、ポーランド室内管弦楽団
ラ・フォル・ジュルネ前夜祭やキオスクステージなど、屋外無料ライブで多くの来場者を魅了したドラマーズ・オブ・ブルンジが、2日目に満を持して披露したソロ・ライブは、会場中の手拍子とスタンディングオベーションで盛り上がった。ドラマーズ・オブ・ブルンジは、中部アフリカ・ブルンジのパーカッション・パフォーマンス集団。この伝統的な太鼓による儀式舞踊は、2014年にユネスコの無形文化遺産に登録されている。褐色の肌に白・赤・緑の衣装を纏い、アクロバティックに飛び上がり、首の周りをぐるぐると手を回す踊り手と、一糸乱れぬ様ながら開放感と喜びに満ちた表情の太鼓奏者たちが繰り広げる演奏は、アフリカの照りつける太陽を会場に出現させたかのような錯覚を与える熱さに満ちていた。リードする踊り手のかけ声に答える太鼓奏者のかけ声の力強い応答に、最後は観客も唱和するという、異色にして特別なひとときとなった。
演奏:ドラマーズ・オブ・ブルンジ(アフリカン・パーカッション)
「鳥」にまつわる作品を集めた、麗しいミューズたちと、そこに突然舞い込んできた鳥たちによる、世にも珍しいコラボレーション・コンサート。ピアニストはパリ国立音楽院を一等賞で卒業し著名な奏者達と共演しているシャニ・ディリュカ。ヴァイオリンはフランスの名門トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団のソロ・コンサートミストレスを任されているジュヌヴィエー・ロランソー。技巧的にも抒情的にも端正さが顕れた二人の音楽が、ナチュラルな鳥の鳴き声とコラボレーションした。多くの鳥が生息するピカルディ地方ゾンム湾周辺で育ったジョニー・ラス&ジャン・ブコーの「さえずり」は、正真正銘、まさしく鳥の声だ。羽ばたきや動きの模倣さえ、「鳥らしく」コミカルで「鳥らしく」シリアス。演奏に相の手を入れてみたり、いたずらしてみたり、まるでソリストのような顔をしてみたり。遂には喧嘩を始めてしまい、隣で見ていた演奏家達は、したり顔でカザルス「鳥の歌」をーー平和の願いが込められていることは承知の上でーー弾き始める。最後はロッシーニのオペラ『泥棒かささぎ』序曲で愉快に締めくくられ、まるで演劇を見ているかのような趣向の楽しいコンサートとなった。
演奏:ジョニー・ラス&ジャン・ブコー(鳥のさえずり)、ジュネヴィエーブ・ロランソー(ヴァイオリン)、シャニ・ディリュカ(ピアノ)
Photo: (C) K.MIURA
ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」でも大好評を得た三橋貴風の尺八のコンサートは、生まれて初めて尺八を聴くナントの人々へ向け、古典楽曲から現代曲を盛り込んだプログラムと共に楽器の構造や歴史レクチャーも交えていた。日本の公演も同様に「初めての尺八」を意識した内容。紫綬褒章受章を始め数々の賞に輝き、パリ・シャトレ座、カーネギーホール等世界各地で公演を行う三橋貴風が、たった200余名の前でトーク付きのソロ公演を行うという、なんとも贅沢な45分。虚無僧同士が往来ですれ違う時、挨拶代わりに奏したという「呼竹」等を奏しながらの登場は、ゆったりした往時の時間の流れを感じさせた。琴古流尺八古典本曲「鹿之遠音」や、雛鶴の成長を描写する「鶴之巣籠」で、自然をうつす妙技に耳を傾けた。尺八の通り抜ける勢いのある息が筒を鳴らしていく音は、まるでつむじ風のよう。諸井誠が1964年に作曲した「竹籟五章」では現代的、西洋的奏法も含め新しい世界観が披露され、たった1本の竹の筒から描き出される響きの渦に、満杯の客席が一体となって飲み込まれていくような公演であった。
演奏:三橋貴風(尺八)
フランスの自然音採集家ボリス・ジョリヴェが、世界中で採集してきた膨大な自然音で構成された、耳で聴くシネマ。ナントでも大好評を博した本プログラムが、日本のLFJでも毎日開催された。入り口で配られた真っ黒なアイマスクをめいめいが着け終わると、真っ暗な中サラウンドスピーカーから流れる「シネマ」が始まる。視覚は使っていないはずなのに、なんと多様な映像が「見えてくる」ことだろう。深海の暗闇から徐々に上を目指して上っていくような感覚。包まれていた水の層から脱し、空気と光に包まれる感覚。ピキ、ピキと氷が溶け、波が打ち寄る。風きる景色と、葉擦れの音、虫たちの足音、雨の風景では匂いまでしてきそうな臨場感。何の音だろう、こんな音が本当に自然の中にあるのかと感じながら、その優しい音のソファにずっぷりと沈み込む30分が終わりアイマスクを取ると、まるで夢から覚めたような様子の観客(聴客?)達。ジョリヴェ氏からの録音時のエピソード・トークやディスカッションタイムなども含め、なかなか意識を向けることのない「聴覚」にフォーカスし、新たな感覚に「目覚め」させられるプログラムだった。
LFJの会期中、ホール公演や子供向けワークショップなど様々なステージで活躍したVOCES8。最後の公演は、日比谷野外音楽堂で行われた。日差しも和らぎ、柔らかな風が吹く中、VOCES8のメンバーが登場し、まずはメンデルスゾーン「なぜなら彼は天使たちに命じて」で心地良いハーモニーを響かせた。そして日本語で「VOCES8のコンサートへ、ようこそ!」と挨拶をすると、通訳を伴いながら「自然をテーマに、皆さんと探索していきたいと思います」と曲目を紹介。3曲目の「Straighten up and Fly Night」では、1人ずつ歌に加わりながら、メンバー紹介をして会場を盛り上げた。日比谷野外音楽堂はステージが美しい緑に囲まれており、時折 鳥のさえずりも聞こえてくる。木々がそよぐ音、鳥のさえずり、風の吹く音すべてVOCES8の歌に見事に調和し、鳥たちもVOCES8を歓迎しているように見えた。そして、「明日、僕たちは祖国であるイギリスに帰ります」というコメントとともに披露されたのは「ふるさと」。丁寧な日本語の発音で1番、2番が歌われ、最後は観客も一緒に合唱に加わり、野外音楽堂が郷愁溢れる音色に包まれた。最後は客席も参加しながら『ライオン・キング』の「サークル・オブ・ライフ」。鳴り止まない拍手で、アンコール代わりに「ふるさと」を再び、全員で歌うことに。終始、リラックスした空気に包まれ、声をあわせることの心地よさ、歌うことの楽しさを教えてくれたステージだった。
演奏:VOCES8
3日間にわたるLFJのステージの締めくくりとなる【大地の律動~LFJ2016熱狂のフィナーレ】には、和太鼓の林英哲、シンフォニア・ヴァルソヴィア、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、指揮のロベルト・トレヴィーノが登場した。ステージ最後部には大小さまざまな大きさの和太鼓が組まれ、開演前から凄まじい存在感。一曲目は、1994年の初演以来 世界各地で演奏され、今年ナントで開催されたラ・フォル・ジュルネでも熱狂を沸き起こした松下功の「和太鼓協奏曲<飛天遊>」。林の和太鼓とオーケストラが呼応するように演奏がスタートすると、互いに交じり合いながら、どんどん熱を帯びていく。最後の音が鳴り終わるやいなや、割れんばかりの拍手とスタンディングオベーションで会場の熱は最高潮に達した。そして、熱もさめやらぬうちに、後半はストラヴィンスキーのバレエ「春の祭典」。夜22時をとっくに回っているにも関わらず、この2曲を組み合わせるあたりが、さすがのフィナーレ公演。フィナーレに相応しい圧巻のステージは息をするのも忘れるほどで、来年のステージへの期待に胸を高鳴らせながら帰路につく観客の姿が印象的だった。
演奏:林英哲(和太鼓)、シンフォニア・ヴァルソヴィア、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、ロベルト・トレヴィーノ(指揮)
Photo: (C) K.MIURA
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