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87歳でアカデミー賞初受賞!映画音楽の巨匠エン二オ・モリコーネの稀有なキャリアを振り返る
先日行われた【第88回アカデミー賞】で、クエンティン・タランティーノ監督作品『ヘイトフル・エイト』の音楽がアカデミー作曲賞に輝いた。受賞したのはイタリアの名作曲家であるエンニオ・モリコーネ。映画音楽に興味のある方なら誰もがその名を知る重鎮だが、意外にも6度目のノミネートにして初の受賞だという。1950年代末から映画音楽に携わり、浮き沈みなく話題の作品を手がけてきたモリコーネ。87歳という高齢ながらも、いまだに第一線を走り続ける彼の魅力を解明してみたい。
エンニオ・モリコーネは、1928年生まれ、ローマ出身。トランペット奏者だった父親の影響を受けて音楽に興味を持ち、ローマの名門校であるサンタ・チェチーリア音楽院に入学。そこで、現代音楽の大家ゴッフレド・ペトラッシに作曲や編曲の技法を学んだ。クラシックの基礎を学んだモリコーネはいくつかの習作を書き続けるが、徐々に舞台やラジオドラマなどの音楽を手掛けるようになる。また、ポップスやジャズのミュージシャンからも指名されるようになり、ジャンニ・モランディやミルバ、そしてポール・アンカにまでその手腕を買われることとなった。
1961年に『ファシスト / Il federale』という作品で、初の映画のためのスコアを書き下ろす。これが今に繋がる映画音楽作家の第一歩となった。本作の監督であるルチアーノ・サルチェとはその後も何度かタッグを組むことになり、カトリーヌ・スパーク主演の『狂ったバカンス / La Voglia Matta』(1962年)や、ボンド・ガールで有名なダニエラ・ビアンキが主演の『スラローム / Slalom』(1965年)などがある。また、60年代はお色気を売りにしたイタリアン・コメディが量産された時代ということもあり、モリコーネの作るポップなメロディや、ジャズやツイストを取り入れたモダンなスコアは重宝された。『イタリア式家政 / Menage All'Italiana』(1965年)、『ある夕食のテーブル / Metti Una Sera A Cena』(1969年)、『彼女と彼 / L'assoluto Naturale』(1969年)などは、映画自体はB級といわれているが、スキャットや口笛などを配したおしゃれな音楽は、サントラ・ファンに非常に人気が高い。
モリコーネの最初の大きなキャリアといえば、マカロニ・ウェスタンの音楽を手がけたことだろう。暴力的でダークなイメージのイタリア産西部劇は日本でも人気を博したが、その最初のヒット作が、クリント・イーストウッド主演の『荒野の用心棒 / Per Un Pugno Di Dollari』(1964年)だ。銃声や鞭を打つ音などを効果的に使い、口笛で奏でられる哀愁を帯びたマイナー調のメロディは、殺伐としたドラマを効果的に演出した。この作品で注目されたセルジオ・レオーネ監督は、モリコーネをいたく気に入り、その後も何度も自身の作品に起用する。『荒野の用心棒』を含めて“ドル箱三部作”と呼ばれる『夕陽のガンマン / Per Qualche Dollaro In Più』(1965年)と『続・夕陽のガンマン / Il Buono, Il Brutto, Il Cattivo』(1966年)に続き、『ウエスタン / C'era Una Volta Il West』(1968年)、『夕陽のギャングたち / Giù La Testa』(1971年)といったレオーネ監督の代表作は、モリコーネの音楽なしでは成立しないほどだ。レオーネ作品以外にも、『続・荒野の1ドル銀貨 / Il Ritorno Di Ringo』(1965年)、『復讐のガンマン / La Resa Dei Conti』(1967年)、『血斗のジャンゴ / Faccia A Faccia』(1967年)、『ガンマン大連合 / Vamos A Matar, Compañeros』(1970年)などのマカロニ・ウェスタンで見事なスコアを聴かせてくれる。
70年代に入ると、マカロニ・ウェスタンのブームも落ちついてしまうが、この頃からモリコーネは犯罪アクションやサスペンス・ドラマでも本領を発揮する。ジャン・ギャバンとアラン・ドロンが共演したフランス映画『シシリアン / Le Clan Des Siciliens』(1969年)、チャールズ・ブロンソンが殺し屋を演じる『狼の挽歌 / Città Violenta』(1970年)、冤罪をテーマにした社会派大作『死刑台のメロディ / Sacco And Vanzetti』(1971年)、豪快な金庫破りを見せる『ザ・ビッグマン / Un Uomo Da Rispettare』(1972年)、冷戦時代のスパイを描いた『エスピオナージ / Le Serpent』(1973年)、マフィアの抗争劇『白熱マフィア戦争/皆殺しの抗争 / Corleone』(1977年)、シャチに襲われるパニック映画『オルカ / Orca』(1977年)などは、いずれも陰鬱な雰囲気を保ちながらも、モリコーネ節ともいえるメロディアスで美しい旋律が聞こえてくる。
一方、娯楽映画だけでなく、文芸作品や芸術映画でも、徐々にモリコーネの才能は発揮されていく。70年代の代表作といえば、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督による衝撃的な問題作『ソドムの市 / Salò O Le 120 Giornate Di Sodoma』(1975年)、ベルナルド・ベルトルッチ監督が壮大なイタリア現代史に挑戦した『1900年 / Novecento』(1976年)、リチャード・ギアの出世作となったテレンス・マリック監督の名作『天国の日々 / Days Of Heaven』(1978年)などが挙げられる。いずれもオーケストレーションをメインにしたクラシカルな作風で、モリコーネの芸術的側面が現れた傑作といえるだろう。
この路線は、80年代にも引き継がれる。盟友セルジオ・レオーネの遺作となった大作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ / Once Upon A Time In America』(1984年)と、イエズス会宣教師の生き様を描き切った『ミッション / The Mission』(1986年)は、モリコーネの80年代作品の目玉だ。とくに『ミッション』の劇中テーマの「ガブリエルのオーボエ / Gabriel's Oboe」は、多くのミュージシャンが演奏しただけでなく、サラ・ブライトマンによって「ネッラ・ファンタジア / Nella Fantasia」というヴォーカル・ナンバーに生まれ変わるなど、音楽が独り歩きした好例だ。また、ブライアン・デ・パルマ監督のギャング映画『アンタッチャブル / The Untouchables』(1987年)では、グラミー賞の映画・テレビサウンドトラック部門を受賞している。
80年代でさらに重要な作品といえば、やはり『ニュー・シネマ・パラダイス / Nuovo Cinema Paradiso』(1988年)を挙げないわけにはいかない。名匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督による映画へのオマージュに満ちた本作は日本を含めて世界的に大ヒットしたが、モリコーネのセンチメンタルな音楽は非常に重要な役割を担っている。メインタイトルの「ニュー・シネマ・パラダイス / Nuovo Cinema Paradiso (Titoli)」や美しい「愛のテーマ / Tema D'amore」も、パット・メセニー&チャーリー・ヘイデンやクリス・ボッティなど多くのミュージシャンがレパートリーに取り上げた。また、テレビやCMなどでも使用されることも多く、最も多く聴かれているモリコーネ・メロディではないだろうか。
90年代以降も、モリコーネはバラエティに富んだ作風で、とどまることなく傑作サントラを作り続けている。代表作を挙げていくと、再びジュゼッペ・トルナトーレ監督と組んだ『みんな元気 / Stanno Tutti Bene』(1990年)、ラスベガスのカジノを作った男を主人公にした『バグジー / Bugsy』(1991年)、往年の名画をリメイクしたラブ・ロマンス『めぐり逢い / Love Affair』(1994年)、【ゴールデングローブ賞】で最優秀作曲賞を受賞した『海の上のピアニスト / La Leggenda Del Pianista Sull'oceano』(1998年)、ブライアン・デ・パルマ監督によるSF大作『ミッション・トゥ・マーズ / Mission To Mars』(2000年)、アカデミー作曲賞にノミネートされたモニカ・ベルッチ主演作『マレーナ / Malèna』(2000年)、ジュゼッペ・トルナトーレ監督のミステリー作品『鑑定士と顔のない依頼人 / La Migliore Offerta』(2013年)など、コンスタントに傑作を作り続けているのが驚異的だ。また、2003年にはNHKの大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』の音楽を書き下ろしたことでも話題を読んだ。
この度、アカデミー作曲賞を受賞した『ヘイトフル・エイト / The Hateful Eight』は、クエンティン・タランティーノ監督との初の本格的なタッグ作。とはいえ、以前よりモリコーネ・ファンを公言していたタランティーノは、これまでに何度もモリコーネの音楽を自作で引用している。『キル・ビル / Kill Bill』(2003年)では『新・夕陽のガンマン/復讐の旅 / Da Uomo A Uomo』(1967年)のテーマを借用し、『イングロリアス・バスターズ / Inglourious Basterds』(2009年)では実際にモリコーネにオファーしたが断られたため、過去曲を数曲サントラに使用している。また、『ジャンゴ 繋がれざる者 / Django Unchained』(2012年)では1曲だけモリコーネの新曲を起用したが、他の過去楽曲を使用したことで、モリコーネは「統一性に欠ける使用法だから、納得していない」という趣旨のコメントを公言。もともと暴力シーンが好きではないということも発言していただけあって、2人の関係に亀裂が走ったかと思いきや、『ヘイトフル・エイト』では当初テーマ曲だけの予定が、トータル30分に及ぶスコアを作り上げた。マカロニ・ウェスタン時代のダークな雰囲気を持ちつつも、ファゴットやチューバといった低音楽器をメインに重厚なオーケストレーションを加味したサウンドは、これまでの集大成であり新機軸ともいえる。まさに、獲るべくして獲ったオスカーと言ってもいいだろう。
現役の映画音楽作家としては、間違いなく頂点に位置するエンニオ・モリコーネ。これまでに500本以上もの作品を手がけてきたが、今回の受賞によってさらにオファーは増えることだろう。これからも最前線で、名曲と名スコアを生み出してくれることを期待したい。
作品情報
『ヘイトフル・エイト』(原題:The Hateful Eight)
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
音楽:エンニオ・モリコーネ
美術:種田陽平
出演:サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、
ウォルトン・ゴギンス、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーン
(C) MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.
全国公開中 / ギャガ
INFO: gaga.ne.jp/hateful8
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Text: 栗本斉
ヘイトフル・エイト オリジナル・サウンドトラック
2016/02/24 RELEASE
UCCL-1188 ¥ 2,750(税込)
Disc01
- 01.レッドロックへの最後の駅馬車 (完全版)
- 02.序曲
- 03.「ウォーレン少佐、デイジー・ドメルグと出会う」
- 04.物語の語り手
- 05.アップル・ブロッサム
- 06.「西部の正義」
- 07.レッドロックへの最後の駅馬車 (その2)
- 08.雪 (完全版)
- 09.「こいつはデイジー・ドメルグ」
- 10.6頭の馬
- 11.山に降り注ぐ太陽の光
- 12.「バトンルージュで黒人を虐殺しやがったクソ野郎の息子」
- 13.ボタニー湾のジム・ジョーンズの歌
- 14.雪 (その2)
- 15.「アンクル・チャーリーのシチュー」
- 16.4人の乗客
- 17.大虐殺の前の音楽
- 18.白い地獄 (オーケストラ版)
- 19.オズワルド・モブレーによる提案
- 20.ナウ・ユアー・オール・アローン
- 21.鮮血と雪
- 22.白い地獄 (ブラス版)
- 23.雪 (その3)
- 24.デイジーの口上
- 25.リンカーン大統領からの手紙 (インストゥルメンタル)
- 26.リンカーン大統領からの手紙 (セリフ入り)
- 27.ゼア・ウォント・ビー・メニー・カミング・ホーム
- 28.とどめの一撃
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