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黒うさP 「CHART insight」インタビュー ~「千本桜」の作曲者に聞くヒットの理由とボカロ文化のゆくえ

 先日発表した年間チャートでも1位となった三代目J Soul Brothersの「R.Y.U.S.E.I.」をはじめ、例年よりロングヒット傾向の強く出た2015年のビルボードジャパンHot 100。2011年に発表され、その後、ニコニコ動画を中心にヒットの火が点き、去年から今年に掛けて和楽器バンドらの活躍で一気にオーバーグラウンドでブレイクした黒うさP「千本桜」も、そうした動きを象徴する一曲だろう。ビルボードジャパンが6月から開始したYouTubeチャートでも半年以上に渡り常に上位をキープ、稀有な存在感を発揮した。今回、ビルボードジャパンではその作曲者であり、ニコニコ動画出身の“ボカロP”としても知られる黒うさPにインタビュー。「千本桜」の大ヒットについて、その当人から話しを聞いてみた。貴重なインタビューをぜひ読んでみて欲しい。

日本を応援するみたいなイメージで捉えられたのかな

――黒うさPさんは「千本桜」の今の状況をどのように思っていらっしゃいますか?


▲WhiteFlame feat 初音ミク「千本桜」

黒うさP:たくさんの人が動画などでカバーをしてくれていて、すごくありがたいですね。ピアノの発表会で、ショパンやベートーヴェンに並んでプログラムに「黒うさP」と載っているのを見た時は、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど本当に嬉しかった(笑)。あと、甲子園や、文化祭、運動会で曲が使われたと聞くと、広がって動画サイトではないところまで波及したんだなって実感しますね。

――先日、秦 基博さんにこの連載でインタビューした際も、「ひまわりの約束」が卒業式や、文化祭、体育祭で歌われていることを知った時に、ヒットを実感したとおっしゃってました。

黒うさP:そうですよねぇ。そうじゃないと(ヒットが)見えないですもん。TVで流れていてもヒットしてるのか本当のところは分からないし。それにテレビって受動的じゃないですか? それに対してYouTubeや発表会はもっと能動的ですよね。甲子園で聴いた時は「おお!」と思いました(笑)。

――発表した当時は、こういうリアクションを期待していましたか?

黒うさP:いやいや、全然思ってなかったです。

--ご自身の中でそこまでヒットした理由って何だと思います?

黒うさP:もう、全然分からないです。時代や背景に押されたのかな、と。

――改めて他の曲と違ったと感じるところなどありますか?

黒うさP:タイミングがやっぱり大きかったのかなと思います。(発表したのが)ちょうど震災の年だったんですよね。それで日本を応援するみたいなイメージで捉えられたのかなと。曲にもジャパンっていうイメージがあって、それは大正ロマン的なものだったりもするんですけど。僕自身も当初から応援歌みたいなものとして、作っていたので。

――作曲したのは震災後?

黒うさP:いえ、前です。で、歌詞を全部書き上げたのがその後ですね。

――震災の前と後で、構想してた歌詞も変わりましたか?

黒うさP:やっぱりちょっと変わりましたね。結局、動画を作るのに半年くらい掛かるんです。曲のイメージを絵師の一斗まるさんに伝えたのが、その震災のタイミングを超えた頃。で、発表したのが9月なので、曲自体は最終的に6月くらいまでいじってました。

――なるほど。この2015年末のタイミングであの地震の話になるとは思いませんでした。でも、そうですよね、2011年ですもんね。その影響はあったかも知れないですね。

「千本桜」は少し洋楽みたいなヒットの仕方

――ちなみに音楽的なスタイルから見ると、この曲って黒うささんの他の曲と少し違いますよね?

黒うさP:そうですね……ちょっとはじけようかなっていうイメージで。でも、そんなに大きな違いはないかな。ほかの人がやってないことを最初にやったことが一番の違いじゃないですかね。

――黒うささんの他の曲はお洒落な感じの曲も多いですよね。

黒うさP:そうですね。僕は結構R&Bとかジャズも好きなので、そういう感じの曲も多いです。仕事じゃないから好きに出来る部分もあるので、今回このジャンルで作ったら、次は違うジャンルで……という感じで、幅広くつくっています。

――その点、「千本桜」はマイナーパンク的というか、コード4つの循環が基本で、ガーっと行く感じですよね。


▲和楽器バンド「千本桜」

黒うさP:コードのことで言えば、「千本桜」はいわゆる小室進行って言われるもので、やっぱり分かり易いのかなと思います。「ACUTE」もそうですね。でも、逆にR&B進行的な「リスキーゲーム」とかもミリオン(再生)に行ってますから。「リスキーゲーム」は少し分かりにくいので、本当はそんなに受けないだろうって思ってたんです。でも、実際には色んな人がカバーしてくれてるし。だからコード進行はあんまり関係ないのかも知れない。だとすると、世界観が大きいのかな? 「千本桜」も投稿した2日後くらいには「歌ってみた」の動画がすごい数出ていて。歌い手さんは初聴の時点で「歌いたい!」って思うんですかね? 僕は作り手なので、歌い手さんの気持ちは分からないですけど……。その後、いろんな派生が出て、和楽器バンドさんとか小林幸子さんとかが歌ってくれて、より創作の輪が広がった感じです。

――曲中にはドラマチックなピアノ・ソロもありますが、全てご自分で演奏されているのでしょうか?

黒うさP:弾いてますよ。ピアノだけは長いことやっていて、生ではキツいけど、自分で弾いて、録音して、いじってという感じで。あれぐらいであれば弾けます。

――あのパートも「ピアノのリサイタルで発表したい!」って思わせる部分かも知れません。

黒うさP:動画で中学生が弾いているのを見て、「僕より上手いわ~」って思います(笑)。エレクトーンの教本にも載ってるし、楽譜のダウンロードチャートにも上位ランクインしていて。そういうのを見ると、本当に弾いてくれてるんだなって思いました。カバーしてくれたり、演奏してくれたりというのは、作曲家にとっては一番ありがたいことですよね。

――カラオケでもかなり歌われているようです。

黒うさP:そうですね。自分の曲が歌われることも、作曲家として一番うれしい反応の一つだと思います。だって5年も前に発表した曲じゃないですか? でも今になって、和楽器バンドさんや小林さんがリリースしてくれて、また知らない方たちの耳に届く。昔の本とかと一緒ですよね。誰かが翻訳したりマンガにしたりして、新しい人たちに原作が知られていく、こういう連鎖はネットだとものすごく速い。例えば昔の洋楽がドラマで使われたりするじゃないですか?

――エルトン・ジョンとか。

黒うさP:そうですそうです。そういう意味で、「千本桜」は少し洋楽みたいなヒットの仕方だと思います。

――少しスパンが空いて、またいろんなところに派生していく感じというか。

黒うさP:それがマンガだったり、小説だったりするんでしょうけど。そこは(角川に)おまかせしています。

角川担当者:どんどんやらせて頂いています! 楽曲の人気もあって、小説も小中学校の図書館に置かれていて。カラオケの方も補足させて頂くと、この前も4年目の「千本桜」がボーカル部門で当たり前のように1位と発表されていて、あまりにも当たり前すぎて、皆さん反応が薄かったくらいです(笑)。

黒うさP:逆に言うと、新陳代謝がないってことですよね。今後、ボカロ音楽がもっともっと盛り上がるために、新しい人が出てきて欲しいっていう期待はありますね。今まで発表する場のなかったアーティストが、ボカロ・シーンから出てきて、今でも作曲家として活動している人もいる。そういう一つの革命的なことを僕たちはやったんじゃないかなと思います。だから、このまま文化として定着してくれれば良いですね。僕自身、ryoさんとか先人が居て盛り上がっていたところに乗っかった部分もあったので、また次の世代に引き継いで欲しいなと思います。

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今後はボーカロイドが文化として根付いていくかどうか

――ビルボードジャパンでは、CDセールスやダウンロード、ラジオ、ルックアップ(CDをパソコンに取り込んだ回数)、ツイート数などを合算した複合チャートを毎週発表しているのですが、今年6月からYouTubeの国内週間再生回数を集計し始めたところ、「千本桜」が常に3位以内にいるような状態でして。

黒うさP:いろんな(カバー)作品があるからだと思うんですよね。和楽器バンドさんの動画なんか、もう、3000万回以上再生されてるじゃないですか。動画の数で勝っているんじゃないですかね(笑)。

――ビルボードのチャート集計対象ではないですが、ニコニコ動画ももうすぐ1000万回再生に到達しそうですね。

黒うさP:音楽シーンとしてのニコニコはどうなのかなぁ。安定期というか、やっぱり今後はボーカロイドが文化として根付いていくかどうか。それはもう今10代20代の若い子達がちゃんとシーンを盛り上げていくのかに掛かっていて。僕たちが参入した頃は、その前に「muzie」とか「MySound」とか、「プレイヤーズ王国」っていう音楽サイトがあって、そこで活動していた人が多かったんです。

――なるほど。既にあったものから引き継ぐ形でシーンを盛り上げていったんですね。

黒うさP:そうです。ニコニコ動画という今までなかったみんなが集まる場所がちょうどできた頃で、初音ミクもあったりして、相乗効果で盛り上がった。

--黒うささん自身は当時、どういう形でニコニコ動画に参加していったんですか?

黒うさP:初音ミクが出た当初はよく分からなかったです。友人から紹介されて、初めて初音ミクの曲を投稿したのが(初音ミクが)登場して1年くらい経ってからですね。それ以前はアンテナが高い人たちが先に活動していました。

――それまでは別の形で、DTMで作曲をしていたんですか?

黒うさP:そうですね。僕は一番最初は「マイナスワントラック」っていうサイトで活動していて。「マイナスワントラック」には僕以外にもsamfreeさんとか、チーターガールPさんとかがいて。「muzie」ではfripSideさんとかOSTERさんとかが活動していたと思います。当時はmp3ですら落とすのが重かった時代なので、今とは全然違うんですけど、新しくニコニコ動画が出来て、今まで音楽だけだったのが、動画という視覚的要素も付いて楽しめるということで、色んな人が集まった。僕がニコ動で一番最初に見たのは陰陽師の動画でした(笑)。あと、ゴム君っていう歌い手さんがロックマンのテーマ曲に合わせて歌う「おっくせんまん!」っていう曲があるんですけど、それも見て「こいつ面白いな」って思いましたね(笑)。

角川担当者:当時はもっとアングラなメディアでしたよね。

黒うさP:そうですね。今はもっとメジャーっぽくなったのかなと。

「何言われても気にせず。その日はお酒飲んで忘れちゃおう」みたいな(笑)

――ちなみに黒うささんはいつ頃から音楽を始めたんですか?

黒うさP:鍵盤は小学1年生頃に始めました。

――楽曲は初期の作品からかなり作り込まれてます。

黒うさP:もともとはゲームミュージックがやりたくて音楽を始めたんです。今も新しくゲームを作ってるんですよ

――ゲームミュージックということは、世界観ありきの音楽?

黒うさP:そうですね。ゲームは当時で言えば、ファルコムとかKeyとかが好きでした。Keyは『CLANNAD』とか『AIR』とか、最近だと『リトルバスターズ!』がアニメ化されましたね。悲しいストーリーが多いですけど、物語ありきで、そこに付随する音楽や名曲があってという。

――悲劇がお好きなんですか?

黒うさP:そうですね、基本的にバッドエンドが好きです(笑)。でも、悲劇曲「ACUTE」を発表した時に、みなさんのコメントとかを見ていて、やっぱりみんなハッピーエンドを求めていることに気が付いて。1年後くらいに「このままじゃ、終われないな。ハッピーエンドにしてあげたい」と思い、アンサーソング「ReAct」をつくりました。そういう風に、見てくれた人たちの意見に触発されて新しく制作に入ることもある。ファンの声ってやっぱり大事だと思います。

 僕はミスチル(Mr. Children)とかもずっと好きで、よく聴いているんですけど、彼らもファンが育てたバンドなんじゃないかなって思っていて。だって、20年経っても第一線で活動していて、たぶん20年前のファンが今でも応援してると思うんです。移り変わりの早い現代では、なかなかないことですよね。もちろん、ファンの方がちゃんとCDを買ってくれれば、アーティストもちゃんと活動できると思うんですけど、CDもあまり売れないし、YouTubeみたいな動画サイトでパッと聞けちゃうとなると、時代は変わったんだなって思います。

――Mr. Childrenはファンの声を汲み取るというか、特にコミュニケーション感のあるバンドですよね。アーティストがメッセージを投げかけて、ファンがそれにリアクションして、その反応にまたアーティストが応じるという円環感がある。そう考えると、黒うささんの活動にとって、ニコニコ動画は適正なメディアだったんじゃないですか?

黒うさP:どうですかね~。ファンレターだったら、しっかり自分の時間を使って一生懸命書いて思いを伝えますけど、動画のコメントはその場の思いつきをパパッと書き込むから、全部を受け止めていると精神的にもよろしくないです(笑)。その辺はうまく付き合っていかないと動画サイトは難しいですね。

――今はSNS時代なので、普通のミュージシャンがそういうプレッシャーにさらされていますよね。100人の内99人が「いいライブだった」と言っても、1人が「最悪だった」と言ってしまうだけで、それが気になってしまう。

黒うさP:10の声援より1の悪態の方が突き刺さりますよね。当時は結構メンタルがやられましたね……。今は慣れましたけど、新人さんには、いきなりあんなことされたら怖いですよね!

 でも、今の若い子達はそれに適応している気もしますね。例えばレコード会社のオーディションで受かったミュージシャンと、動画サイトをメインで活動しているアーティストでは、心の構え方が違うんじゃないかな。「何言われても気にせず。その日はお酒飲んで忘れちゃおう」みたいな(笑)。

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今って作品の良し悪しと、誰が作ったからどうこうって別の話なのかな

――では、逆方面からの見方で、ボカロ・シーンって、アーティストとお客だけで閉じて成立している感じがありますよね。今時珍しいくらいシーン感があるというか。黒うささんはある意味、そこから外へ出て行ったような感じだと思うんですけど、ご自身の中でそのことに抵抗感のようなものはなかったですか?

黒うさP:うーん。僕自身は基本的に使って貰えるオファーにNOと言ったことはないんです。逆に、そこから外に出ようと活動している人を応援できないシーンだとすると、厳しいと思いますよ。それだと新規参入者が入って来れないので。だから今だと外に出ていく人に対してどうこうっていう感じではないですね。ただ、当時はありました。ここになるまでに5年くらい掛かっていて。他のボカロPさんがJASRACの方と対談したり、カラオケ会社の方と対談して、それを生放送したりなど、色んな方が前に出て下さって出来た積み重ねや土台があって今がある。本当に頭が上がらないですね。

――議論を重ねてシーンの空気が熟成していったんですね。JASRACやカラオケに登録するのは、作家にとっては正当な権利だと思いますが、インターネットはフリーカルチャーというか、シェア文化という根本的な思想があるから、そことバッティングする部分もあるのかも知れないですね。ちなみに、黒うささんがあまり前に出ない方針を取られているのも、インターネット・カルチャーとの関連でしょうか?

黒うさP:僕は基本的にプロデューサー気質で、プロデューサーが前に出るのってあんまりかっこよくないんじゃないかなと思っていて。裏方の美学というか。僕の場合、ボーカルがいるわけじゃなくて、今もnero projectをプロデュースをしてますけど、そういうところでも自分が前に前に出ていくのはどうなのかなって。インタビューとかは全然受けるんですけど、イメージ的にミステリアスな方が良いのかなと思います。ライブとかあれば普通に出るんですけどね。

――じゃあ完全にパブリックな場がNGというわけではないんですね。

黒うさP:単純に面倒くさいっていうのもありますね(笑)。

--でも、プロデューサーとして普通に活動してたら、顔の出る場面って普通はそんなに無いですよね。

黒うさP:AKBの曲を誰が作ってるかとか、誰が歌詞を書いてるかとか、多分みんなそんなに知らないと思うんですね。今って作品の良し悪しと、誰が作ったからどうこうって別の話なのかなと思うんです。

――なるほど。次の作品の構想は既にあるんですか?

黒うさP:次はまずゲームを出します。もう2年くらい作ってるんですけど、来年は完成させます。あと、nero projectを頑張ってプロデュースします。それと、ここ1年くらいほとんど動きがなかったので、貯まっているWhiteFlameの音楽作品も発表したいですね。それもVOCALOIDを使い続けるのか、新たなボーカルをしっかり据えるのか、どういう形で出すかはまだ決まってないんですけど。

――次もニコニコ動画を発表の場として使おうと思っていらっしゃるんですか?

黒うさP:海外の人もすごく観てくれているので、ニコニコ動画も使いつつ、YouTubeとかにも投稿していこうと思います。両方を上手く使って行ければ良いのかなと。ニコニコ動画しか観ないファンも、YouTubeしか観ないファンも、どちらも大切にしたいです。

黒うさP feat.初音ミク「5th ANNIVERSARY BEST」

5th ANNIVERSARY BEST

2013/03/06 RELEASE
YICQ-10273 ¥ 3,143(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.千本桜
  2. 02.Cyclone (5th ANNIVERSARY ver.)
  3. 03.キズアト (5th ANNIVERSARY ver.)
  4. 04.リスキーゲーム
  5. 05.恋愛フィロソフィア
  6. 06.それって嘘でしょ? (5th ANNIVERSARY ver.)
  7. 07.紅一葉
  8. 08.虹色蝶々
  9. 09.三日月姫
  10. 10.最後の女王
  11. 11.ACUTE
  12. 12.ReAct
  13. 13.カンタレラ ~grace edition~
  14. 14.上弦の月
  15. 15.2525遊園地
  16. 16.シャララ
  17. 17.千本桜 (Bonus Track)

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