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クリプトン・フューチャー・メディア/「初音ミク」企画責任者 佐々木渉「CHART insight」インタビュー

 1ソフトウェアの枠を超えて、いまや日本のポップ/音楽カルチャーに多大な影響を与えているVOCALOID「初音ミク」。その開発者でクリプトン・フューチャー・メディア株式会社の佐々木渉氏にこのたびインタビューを行った。

 Billboard JAPANの新サービス「CHART insight」のローンチをキッカケに、“J-POPのヒットとは?”をテーマにお届けしているこのインタビュー・シリーズ。今回はソフト開発者という、音楽家やプロデューサーとはさらに別レイヤーで音楽制作に関わっている氏のインタビューということで、話題は普段以上に多岐に渡った。独自の目線でシーンを見つめる佐々木氏のスリリングな言葉に、ぜひご注目頂きたい。

初音ミクのエッジィな存在感、安室奈美恵×SOPHIE

――Billboard JAPANでは複数の指標から1つのチャートを作る複合チャートを作っています。

佐々木:あ、なるほど。Twitterだけのランキングとかも入ってるんですね。普通の総合音楽チャートではなく、チャートを構成する各要素をバラバラにして見ることが出来る。

――はい。CDとデジタルのセールスとストリーミング回数、ラジオの放送回数、ルックアップ(CDのPCへの取り込み回数)、Twitter、さらに6月からはYouTubeを合算して1つのチャートにしています。新サービス「Chart Insight」では、指標ごとに並び替えるなど、複合チャートの中身をより詳しく見てもらうことが出来ます。例えば「YouTubeで今週、何が一番再生されたか?」とかですね。

佐々木:ああ、なるほどなるほど。現代的で素晴らしいですね。

――最近では「初音ミク」の曲も多くチャートインしています。

佐々木:「初音ミク」の曲では、「千本桜」が突出して凄く強いんですね。千本桜の人気の持続力は果てしなくて、業界関係者の方々も、「何故だ何故だ?」と注目している話を耳にします。楽曲のキャッチーさ、大正ロマン的な世界観、動画のテンポ感の良さなどという目に見える理由だけでは説明しきれない「大きな理由」について、誰もよくわからないという所にネット時代の可能性を感じますね。

--なるほど。

佐々木:一言で「初音ミク」の曲が好きと言っても、ネット上に無料で聴ける、膨大な曲数があるわけで、その中のたまたま聴いた数曲が好きな人もいれば、1000曲以上をお気に入りに入れているコアなリスナー、音楽というよりアニメの寸劇やCGで作られたダンス動画が好きな人も居る。恐ろしく多種多様なんです。

 その中でも、「千本桜」はとても人の集まりやすい目に止まりやすい作品だったんだと思います。とてもオリジナリティが強かった。オリジナルの世界観が重視された流れとしては、カゲロウプロジェクトなどアニメになった作品もありますね。

 一時は「これからは作詞・作曲家側に集中してファンがつくんだ!」という論調や、「VOCALOIDの曲をカバーしていた歌い手の人気が大きく伸びていくはずだ!」という意見もありました。Twitterのフォロアー数の伸びなどが皆さん凄かったですから。その中で出版社や企業のプロデューサーも沢山入ってきて、そうとうダイナミックな動きがあったんですが、結局、当時はファンの方に商業展開があまり受け入れられなかったようで、離れていったり、細分化していったりして沈静化しました。一時は人気作家さんがリリースする商業CDの楽曲が沢山アップロードされていた時期があって、動画制作にも予算が付いてリッチ化していたのですが、今は凄くピュアなアイリッシュ・ロックとか、テクノポップやジャズっぽい曲が、自然と受けたりする方向にも逆戻りしていたりして、静かにバラエティが豊かな状況は続いています。歌い方の癖というか、コンセプチュアルな歌い回しの曲も受けますね。どこか、ファンもクリエイターも天邪鬼な感じがあり、尖ってるんですよね。全体としては。

――たしかに「初音ミク」も、エッジィな存在感がありますよね。最近の安室奈美恵さんの作品(『_genic』収録の「「B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU」」)ではSOPHIEという、いま最も先鋭的なアーティストともコラボしています。


▲安室奈美恵「B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU」

佐々木:そうですね。SOPHIEさんは独特ですよね…。ニコニコ動画では全く聴かれないタイプの楽曲だと思います。普通のR&BやEDMとも全く違う。そういう意味でSOPHIEさんの楽曲で「初音ミク」が歌う意義は強いと思います。良い意味で「性的な表現」に対してポップでセンシティブなサウンドで、ファッションとも相まって前衛的で素晴らしい。名前は上げられませんが、SOPHIEさんの他にも、男女の性別を超えるような表現をされるアーティストの方からお声がけいただくことがあって、初音ミクも厳密には性別のある哺乳類という定義ではないためか、そういったアーティストに好かれるのは強みだと思っています。

――安室さんとSOPHIEがコラボした曲は、どういった経緯でお話しがあったんですか?

佐々木:別件で大物EDMアーティストとのコラボの話があったんですが、「初音ミクの声は細いんで…」といってお断りして。その後1年くらい経って、安室さんのレーベルの方とお話し合いをし、方向性がマッチしたSOPHIEさんと合わせて共演させていただく流れになりました。

――実際の制作にも関わっているんですか?

佐々木:一部の歌唱部分ですね。ボーカル・パートの制作には「初音ミク」の声を熟知しているMitchie Mさんという作家さんを立てて安室さんのボーカルラインに合わせた調整をしました。作詞の部分も日本語と英語を行き来する部分を少しだけMitchie Mさんが担当しました。VOCALOIDの技術を色々と駆使しても、安室さんのような歌唱表現力が極めて高いシンガーの方に合わせるのは、至難の業でした。

良質な音楽を突き詰める作業自体がごく個人的なものになっている

――実は今回、佐々木さんにインタビューを依頼したきっかけが、アルカ(ARCA)のライナーノーツをご担当しているのを知ったからなんです。


▲Arca「Soichiro」

佐々木:あぁ…仕事ではなく趣味的に少しそういった依頼を受けさせていただきました。アルカの表現は、音楽と雑音の境目ですよね。それと破綻寸前のバランス、リズム。危ういのが凄く魅力的で、音楽の未来も、世界や日本の未来も危ういという今と合ってると思うんですよね。良い意味で壊れた音楽だと信じてます。

――アートワークも含めて、理解を拒絶するようなところのあるアーティストですもんね。

佐々木:彼と共演している、カニエ・ウェストでもビョークでもいいですし、彼の音楽について言及している様々な評論家やアーティストが、みんな彼の、独特な感受性そのものに興味を持っている気がします。理解ではなく、感覚で捉えるしかないですよね。

――佐々木さんご自身は、テクノをはじめ、かなりハードコアな経歴の音楽リスナーですよね。そういう方が、方や初音ミクのような、日本中が知っているものを作っているというのは、やはりすごく特異な立ち位置だと思います。そんな佐々木さんが、今のJ-POPのチャートやヒットについてどう考えているのか知りたくて今回オファーさせて頂きました。

佐々木:リスナー側は、J-POPを音楽文化だと思っているんですかね? 多分、あまり意識していないんじゃないかと思いますね。アイドルブーム以降は、オリコンチャートなどをストレートに音楽チャートとして見るのではなく、バラエティ豊かなチャートの一部という認識になりました。MikikiさんなどでレコンメンドしているJ-POPやTSUTAYAの店頭とかはたまにチェックしますが、ランキングでヒット曲をチェックするというのは減りました。逆にビルボードさんのビルボードレコーズとか、P-Vineさんのようなレーベルが取り扱っている日本のポップスや、歌謡曲の新譜は割りと良くチェックしますね。海外だとHype MachineというWEBサービスのチャートは良くチェックします。音楽をお勧めしているブログやニュースサイトをまとめたものですね。一般的ではないと思いますが。

 今後は、先ほどのビルボードさんのチャートみたいな視覚性に優れたサイトが、スマホに最適化されつつ、進化するのが望ましいですよね。アーティストも音楽ファンもみんなが使える「音楽をデリケートにレコメンドするシステム」が進化するのが一番だと思います。


▲一十三十一『THE MEMORY
HOTEL』

 逆に、ビルボードさんの考えを教えて下さい。ビルボードさんは、商業的なJ-POPとは違う音楽…JET SETさんと絡んだり、一十三十一さんのレコードを出したり、ライブハウスをやっているイメージも強い。やはり、ビルボードさん自身が推しているラインとして、“良質なポップス”というビジョンはあるのでしょうか?

――うちの場合、日本では事業として先にライブハウスが始まっています。そこでは“良質なポップス”というビジョンもありますし、もちろん出演するアーティストはレコメンドでもあります。一方で、チャート事業は後発で、こちらは世相をより正確に反映したチャートを作りたいと考えています。

佐々木:例えば、今の考え方だと、一部のアイドルポップス的な「業界がキッチリとプロモーションに取り組んでいる音楽」が前に出ている必要が無いですよね。今の、ネットで目立っているのって「旧体制への批判」なんだと思うんですよ。従来のシステムに対する批判的な風当たりが、「TVよりネットの方が面白い」なんて論調を生んだり、「◯◯衰退論」みたいな話を悪戯に取り上げたりする。

 気に入らないものを批判するのは良いとして、将来へのビジョンもないから最終的には大事なものがなんだったのかが判らなくなっていく、折角、情報が拾いやすいネット時代なんだから、様々な価値観を知って、より面白いものを探したいですよね。

 こんなにも情報がある中で、音楽やコンテンツに、閉塞感を感じるのは多分、何かシステム面がおかしい訳ですよ。音楽を探すモチベーションや、好奇心そのものが減っているんじゃないかと思うと、ほんと怖いですよね…。

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