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【再掲】グラスパーは、なぜそこまで評価されるのだろうか?~今世紀ジャズ・シーンにおける最重要ピアニストの魅力に迫る
ヒップホップ、R&B、オルタナティブ・ロック、ゴスペルなどのエッセンスを取り入れ、新たなジャズの形を提示した衝撃作『ブラック・レディオ』で第55回グラミー賞ベストR&Bアルバムを獲得した今世紀ジャズ・シーンにおける最重要ピアニスト、ロバート・グラスパー。なぜ彼はそこまで評価されているのだろうか?今夏、待望の最新作『カヴァード』のリリースを控える新世紀ジャズ異端児の魅力に迫る。(※2015年4月22日初出)
数年前から話題になっている“新しいジャズ”。音楽ファンにとっては、そのムーヴメントは無視できないだろう。例えば、今年に入ってから大きな話題となった2枚のブラック・ミュージックのアルバムを聴けばよくわかる。それは、ディアンジェロの『Black Mesiah』とケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』だが、いずれも新世紀ジャズのキーパーソンたちが参加し、ジャズそのものの影響を濃厚に感じられたはずだ。こういった新しいジャズ・シーンの中心に鎮座している人物といえば、なんといってもロバート・グラスパーだろう。新進ピアニストとして登場したこの10年の間に、彼はジャズを聴くファン層を驚くべきスピードで拡張し、ジャズの歴史自体も塗り替えてしまった。今のジャズを聴くとしたら、まず手に取るべきなのはグラスパーなのだ。
ジャズを追求するためにテキサスからニューヨークへ
▲ 「Maiden Voyage/ Everything In Its Right Place」 (Live)
ロバート・グラスパーは、1978年生まれ。米国ヒューストンで生まれた彼は、シンガーだった母親の影響でジャズに目覚め、ピアノを始める。教会などで演奏し始めた後、本格的にジャズを学ぶためにニューヨークのニュースクール大学へと進学した。ここで数々のミュージシャンと知り合うことになったが、なかでもシンガーのビラルとはタッグを組んでライヴを行うようになり、その関係は今もなお続いている。
在学中にはすでに、ジャズからヒップホップまで様々なジャンルで腕を磨いてきたグラスパーは、2004年に初のリーダー・アルバム『Mood』をフレッシュ・サウンド・ニュー・タレントから発表。ボブ・ハースト(ベース)、ダミオン・リード(ドラム)とのトリオ編成によるこのデビュー作では、ハービー・ハンコックの名曲「Maiden Voyage」をレディオヘッドにインスパイアされたアレンジで披露して話題を呼ぶ。
ブルーノートと契約、新たなる展開への道のり
翌2005年にブルーノートと契約を結んだグラスパーは、移籍第一弾アルバム『Canvas』をリリース。ヴィセンテ・アーチャー(ベース)、ダミオン・リード(ドラム)とのトリオを軸に、サックスのマーク・ターナーやビラルを迎えた本作は、グラスパーの作曲能力やアレンジのセンス、そしてメロディとアドリブのバランスの良さを確立した作品となった。続く2007年発表のサード・アルバム『In My Element』も前作同様のトリオ編成で臨み、J・ディラとの共作曲などで新しい展開を見せてはいるが、基本的なスタンスは変わっていない。
彼が大きな飛躍を感じさせたのは、2009年に発表した4作目の『Double-Booked』からだろう。この作品は変則的な作りになっており、前半はトリオ編成、後半はエクスペリメント名義の楽曲で構成されている。グラスパーの楽曲はさらにネオソウルやヒップホップの色彩が濃厚になると同時に、全編のドラムを担当したクリス・デイヴによる独特のビートが強烈な印象を残す。前半はアコースティックな響きを生かし、前作までの路線を踏襲した上で、さらに精度を上げることに成功している。そして、後半では、デリック・ホッジのエレクトリック・ベースやケイシー・ベンジャミンのサックスとヴォコーダーをフィーチャーしたことで、それまでのグラスパーのイメージをがらりと覆すことになった。
今世紀ジャズ・シーン最大の話題作の誕生
このエクスペリメントにおける実験をさらに研ぎ澄ませ、ジャズという枠をぶち破ったのが今世紀のジャズ・シーンにおける最大の話題作である『Black Radio』だ。2012年に満を持して発表された本作によって、ケイシー・ベンジャミン、デリック・ホッジ、クリス・デイヴとの4人によるバンド・サウンドを確立。そして、多くのゲスト・ヴォーカリストをこの大胆な実験に引きずり込んだ。エリカ・バドゥ、レイラ・ハサウェイ、ミュージック・ソウルチャイルド、ルーペ・フィアスコ、クリセット・ミッシェル、そして盟友であるビラルと、その名を挙げるだけでR&Bファンにはため息が出るが、グラスパー独自の美学に基づいた楽曲とアレンジのセンスあってこそのクオリティといってもいいだろう。第55回グラミー賞では、最優秀R&Bアルバム賞を獲得したことも後押しし、新世紀ジャズにおけるトップランナーの地位に登り詰めた。
『Black Radio』の大成功により、グラスパーは世界中をツアーで回り、ジャズだけでなくR&Bやヒップホップなど数々のアーティストからもラブコールを受ける存在となった。そして、ヒット作の続編『Black Radio 2』を2013年に発表。ブランディ、ジル・スコット、アンソニー・ハミルトン、フェイス・エヴァンスといったR&B、ネオソウル勢に加え、コモンやスヌープ・ドッグのようなラッパー、そしてノラ・ジョーンズまでを迎えて、さらにヴァラエティに富んだ作品に仕上がった。また、本作からはエクスペリメントのドラムが、クリス・デイヴからマーク・コレンバーグにチェンジ。また新たなビートメイキングを模索していくことになる。
2014.08.19 ROBERT GLASPER EXPERIMENT @ BILLBOARD LIVE TOKYO
Photo: Masanori Naruse
このように大躍進するグラスパーだが、なぜそこまで評価されるのだろうか。ひとつには、リリカルなピアノ・プレイが挙げられるだろう。ハービー・ハンコックに影響を受けてはいるが、決して派手なインプロヴィゼーションを披露するわけではない。むしろ、全体のサウンドのバランスを考えながら要所要所で絶妙な演奏で耳を惹かせるのだ。それは彼のライヴを一度体験してみるとよくわかる。常にメンバーの様子に気を配り、弾かないときは一切弾かないというメリハリを付けたステージングは、彼の美学が否応なく伝わってくる。この柔軟なスタイルがあるからこそ、ヴォーカルやラッパーをフィーチャーしても一切のブレが無いのだ。また、オリジナル・ナンバーのクオリティの高さも特筆すべきだろう。これらも、自身のプレイだけでなく、バンド・メンバーやゲスト・ヴォーカリストを見据えた上での創作であることが特徴だ。そこには、J・ディラを筆頭に、Qティップやクエストラヴ(ザ・ルーツ)などヒップホップのアーティストたちからの影響も、聴き手を限定しない要因となっているのかもしれない。
ジャズ界の異端児が放つ最新作、そしてさらなる挑戦とは?
さて、そんなグラスパーの最新作は、意外にもエクスペリメントとしてではなく、原点ともいえるヴィセンテ・アーチャーとダミオン・リードによるピアノ・トリオ。しかも、ジョニ・ミッチェルからレディオヘッド、そしてジョン・レジェンドやケンドリック・ラマーまでのカヴァーを中心とした選曲になるという。間もなくリリースされる『Covered』では、グラスパーがトリオ編成でどのような展開を見せてくれるのかが楽しみだ。
さらに、6月の来日公演は、エクスペリメントとしてのライヴを予定している。ベースには気鋭のアール・トラヴィスが参加し、さらにブラッシュアップされたサウンドに期待できる。加えて、世界的な指揮者である西本智実率いるイルミナート・フィルハーモニー・オーケストラとの初共演も行われる。このコンサートでは、グラスパーがモーツァルトのコンチェルトを世界で初めて披露するほか、エクスペリメントのサウンドと大迫力のフル・オーケストラとの融合を体感できることだろう。
すでにジャズの枠を飛び越え、新しい音楽を追求し続けるロバート・グラスパー。彼の動向を追い続けていれば、きっと音楽の未来も見えてくるはずだ。
公演情報
ロバート・グラスパー・トリオ with DJ ジャヒ・サンダンス
Robert Glasper Trio with DJ Jahi Sundance
ビルボードライブ大阪
2019年1月9日(水)
1stステージ開場17:30 開演18:30
2ndステージ開場20:30 開演21:30
⇒詳細はこちら
ビルボードライブ東京
2019年1月12日(土)- 14日(月・祝)
1stステージ開場15:30 開演16:30
2ndステージ開場18:30 開演19:30
2019年1月15日(火)
1stステージ開場17:30 開演18:30
2ndステージ開場20:30 開演21:30
⇒詳細はこちら
<メンバー>
ロバート・グラスパー / Robert Glasper(Keyboards)
ヴィセンテ・アーチャー / Vicente Archer(Bass)
ダミオン・リード / Damion Reid(Drums)
DJ ジャヒ・サンダンス / DJ Jahi Sundance(DJ)
関連リンク
Text: 栗本斉 / Photo: Masanori Naruse
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