スクリーン上で自分の音楽が映像と一緒に流れた時のパワーに惹かれた

??先週末のザ・レンタルズとのライブは如何でしたか？たまにはサイドマンとして演奏するのもいいですよね。

ティム・ウィーラー：アメイジング！すごく楽しかったし、サイドマンとして演奏するのは大好きなんだ。フロントマンとしてツアーをする時に一番ハードなのって、毎日きちんと声のケアをすることなんだよね。それをやらなくていいのは、すごく楽だよ。肉体的なストレスから解放されるっていうか（笑）。それに彼らの曲も大好きなんだ。日本に来たのも3年ぶりで、前回はアッシュとして【NANO-MUGEN FES.】に出演して、その時もザ・レンタルズのバンドをやったんだ。

??今はNYで暮らしているのですか？

ティム：そうだよ。住んでいるのはブルックリンだけど、スタジオはマンハッタンにあるから毎日市内には行ってるよ。

??アーティストとして、NYのどの様なところに惹かれますか？

ティム：2005年から住んでいるけど、エネルギーに満ち溢れているところが好きだね。クリエイティヴな人種のるつぼで、とてもインスパイアされる。住む前にも、1年に一度は、インスパイアされる為に訪れていた街なんだ。バンドをやってる人も沢山いるし、音楽コミュニティがいいよね。1日に20曲書くというチャレンジもやり始めたんだ。これまで5回ぐらいやっているけれど、友人たちに声をかけて、同じように1日で20曲作ってもらって、後日参加者全員でビールとかピザを持ち寄って集まるんだ。そういうのって、田舎に住んでたら絶対できないことだよね。趣味が合う人がそんなにたくさんいないと思うし（笑）。

??その前というのは地元、それともロンドンで暮らしていたのですか？

ティム：ロンドンに9年ぐらい住んでいたけれど、スタジオを確保するのがすごく難しいんだよ。だからNYで、すんなり見つかったのは意外だったね。それにアメリカからは、いい音楽がたくさん生まれているから。

??イギリスにいた時の方が、特定のサウンドの曲を作らねばならないという固定概念があった？

ティム：そうだね。それが引っ越した理由の一つかも。制作環境が変わって、より自由になることができた、とは自分でも思うし。イギリスにいた時は、そういった批判的な意見も結構多かった。それにミュージシャンの年齢に関しても、アメリカの方が寛大だ。歳を重ねることで、演奏が上達し、成熟していくという考える人が大半で、たとえばブルックリンには30～40代のバンドもたくさんいる。でもイギリスだと、バンドがピークを迎えるのは若い頃みたいな考えが一般的だよね。今は、少し変わってきているのかもしれないけれど、僕が暮らしていた頃は、それをダイレクトに感じたよ。

??なるほど。最近では、TVや映画などのスコアも手掛けていますが、元々興味があったことだったのですか？

ティム：コンポーザーのイーラン・エシュケリと仲良くなって…、それからコールドプレイを通じて、マット・ワイトクロスという監督に出会ったんだ。彼はアッシュのミュージック・ビデオも何本か手掛けていて、機会があればやってみたい、と話してみて実現したんだ。アッシュとしてもダニー・ボイル監督の『普通じゃない』のテーマ曲を書いたことがあって、そのプロセスがとても面白かった。後は、「Kung Fu」が本当にジャッキー・チェンの映画に起用されたり、スクリーン上で自分の音楽が映像と一緒に流れた時のパワーに惹かれたんだ。

??過去の曲が起用されるのとシーンにあった音楽を新たに作曲するのとでは、また違いますしね。とは言え、最初は困難もあったのでは？

ティム：より劇中の様々な感情を形どる手助けをすることが出来るからね。最初はすごくハードだったよ、普通に曲を書くのとは、まったく異なる規律が必要になってくる。でも、納得させるのは、監督1人だけだからね（笑）。アッシュの場合は、メンバーはもちろんだし、ファンのことも考え、自分の内なる部分を掘り下げ、曲のテーマなども自ら選ばないといけない。スコアの場合は、目の前にある映像に自分が反応しながら、息を吹き込んでいくから、より直感的だよね。当初は、専門用語も全く分かなかったから、学ぶことも多かったけれど、友人達と仕事をするのは楽しいし、ギターを色々な形で使えるのは面白かったね。

ギター・ソロでギターをかき鳴らすんじゃなくて、
メロウな曲で自分のプレイの魅力を引き出せたら

▲ 「First Sign Of Spring」（Audio）

??そして、待望のソロ・アルバムが今秋リリースされますが、今どんな気持ちですか？

ティム：すごくエキサイティングだよ。とてもパーソナルなアルバムで、新たな挑戦でもあった。それに、やっとみんなと作品について話せるのも嬉しいんだ。制作している時は、誰にも話していなかったからね。

??そうなんですね。アッシュの場合は、クリエイティヴ面において、マークとリックという支えがあるけれど、それが無い状態で曲作りするのも挑戦だったのでは？

ティム：そう、1人の場合は、ソングライティングが特にハードだった。バンドだと、すごくベーシックなアイディアをスタジオに持ち込んだとしても、そこからみんなで演奏しながら感覚的に形にしていくことが出来るけれど、今回はすべてのパートを自分がPCで作って、作業を進めなければならなかった。その試行錯誤には、長い時間を費やしたね。

??因みに、どれぐらいの期間を費やして制作されたのですか？

ティム：とても長い時間。2010年ぐらいから作業を始めて、本格的に曲を作りだしたのが昨年の前半かな。

??オープニングを飾る「Snow In Nara」は、意欲的なインストゥルメンタル・ナンバーですね。

ティム：そう、聴き手をあっと驚かせ、意識的に、新たな方向性に挑戦するように自分を奮い立たせたかったんだ。昔からギターを弾くのが大好きだったけれど、そこにスポットライトが当たったことって、まだあまりないと思うんだ。ギター・ソロでギターをかき鳴らすんじゃなくて、こういうメロウな曲で自分のプレイの魅力を引き出せたらって。元々アルバムのオープ二ングになるとは思わなかったけれど、制作していて自然とそうなったんだ。平穏で、メランコリーで、アルバムの雰囲気をつくり、これから始まる“旅”のムードをセットするのにピッタリな曲だよね。アッシュの『1977』のオープニング・トラック「Lose Control」とは、まったく正反対（笑）。

??この曲は実際に奈良で書かれたのですか？

ティム：実は奈良には行ったことがなくて、僕の頭の中で描いた奈良のイメージなんだ。「日本でどこに行ったらいい？」と訊くと、必ず奈良と言われるから写真を見てみたら、冬景色が特に美しかった。しんしんと降り積もる雪が、平穏な雰囲気を醸し出していて。ビデオが作りたいと思ってるから、次に雪が降るまでに日本人の映像作家を探さないとね。とにかく雪が積もった奈良がずっと見たくて、曲を書いた時にも、そのイメージが頭にあったんだ。日本のみんなが気に入ってくれるといいな。

▲ 「Zombie Christmas」 MV / Emmy the Great & Tim Wheeler

??これまでもエミー・ザ・グレイトと制作したクリスマス・アルバムなどで、ストリングスを起用していますが、今作にも取り入れていますね。

ティム：うん。アッシュでも何度か起用していて、初期の頃にリリースした「Oh Yeah」なんかの壮大なストリングス・アレンジメントが持つパワーが昔から大好きだった。幸運にも素晴らしい映画音楽の作曲家と親友になることができたから、彼に気軽に頼めたというのもあったけれど、とにかくパワフルな作品が作りたかったんだ。そこでストリングやブラスを加えることに決めたんだ。

??今作では、ティム自身も多くの楽器を演奏していますしね。

ティム：制作プロセスで一番好きなのは、自分の好きなテーマ、興味のあるアイディアを探究すること。だから、このアルバムでは、ピアノを少し演奏しているんだ。僕が弾けるのは、キーボードとギターがメインだけど、子供の頃はクラリネットもやってたんだ。でも、めちゃめちゃ下手だった（笑）。ドラムは、まあまあって感じで、エミーと作ったクリスマス・アルバムで何曲か演奏してるよ。チェロとトランペットが弾けたらいいなとは思うけど、この人生では時間が足りそうにないから、ギターとピアノを上達させることに専念するよ（笑）。

70年代にブライアン・イーノがとっていた
アプローチを目指していたとも言えるかな

▲ 「Vigil」（Audio）

??では、アルバムのセンターピースとも言える10分強のナンバー「Medicine」について教えてください。

ティム：この曲は、アルツハイマー病を患っていた父についての曲なんだ。彼はとても聡明で専心的な人物で、裁判官として働いていたから、まめな性格だった。そんな父が、病気が進行していくとともに、変わっていく様子を見るのはとてもショックだった。いるはずのない人と会話をしていたり、普段からは考えられない不思議な行動をとるようになって…。そのことについて曲を書こうと思った。そして、ある日病院に会いに行った直後に、この曲が湧きだしたんだ。語りたい大切なストーリーがあるというのはわかっていたし、どれほど不思議な出来事だったのかも伝えたかった。ボブ・ディランは、何かストーリーを語りたかった時に、いくつものヴァースを綴って伝えたから、彼の作品を聴いて、どのような手法でそうしているかも研究したんだ。
　父のムードは、急激に変化することがあったから、それも曲の中で表現したかった。ベーシックなコードは反復しているけれど、その中で象徴的に情景に変化をつけるのには、映画音楽に携わったことが、とても役立った。さっき名前が上がったイーランは、叙述的に物語を伝えるのが上手いから、曲の骨組みを作るのを手伝ってもらった。間違いなくこれまでに書いた曲の中で一番ハードだったね。詞は、マントラのように「Taking my medicine」っていう詞を反復させたかったいうのはわかっていて、その後アパートを一歩も出ずに4日間で書き上げた。

??なるほど。内容もそうですが、制作もとてもハードだった曲なんですね。

ティム：うん。それに父がちょっとピアノを弾いている部分もあるんだよ。病院にはピアノがあって、ある日会いに行った時に、ピアノを一緒に弾いた音源が入ってる。曲の中にもそのことに触れているヴァースがいくつかあるんだ。彼は素晴らしいピアノ・プレイヤーだったけれど、残念ながらそれも記憶から消えてしまっていた。その時に、2人で作ったいくつかのヘンテコな曲を僕がメモして、曲の中に入れたんだ。

??ボブ・ディランの名前が上がりましたが、他に今作で参照した、またはインスパイアされたアーティストはいますか？

ティム：詞において、ボブ・ディランとレナード・コーエンは、僕にとって神のような存在なんだ。ほとんどの曲では、自分の胸の内を語りたかっただけから、特にスタイルとかは気にしていなかったかな。サウンドにおいては、ブライアン・イーノや70年代のドイツ・デュッセルドルフ発祥の音楽とかをよく聴いていたね。後は、カリブーやテーム・インパラとか。ギター・ミュージックじゃないものを好んで聴いていた。趣味でシンセサイザー収集もしているから、それを作品に使えたのも面白かった。70年代にブライアン・イーノがとっていたアプローチを目指していたとも言えるかな。

??ティム自身の音楽の趣味も少しづつ変化してきてるようですね。

ティム：これまでも様々な音楽を好んできたけれど、普段に比べギター・ミュージックを聴く機会が少なったのは間違いない。でも今は一周回って、またギター・ミュージックを聴きはじめているよ。それにアッシュの新作の制作も行ってるから、またギター・クレイジーになってる（笑）。

??そのように様々な種類のはけ口があるのは、ミュージシャンとしてポジティヴなことですよね。

ティム：そうだね。ピアノで、曲作りをしたことからも学ぶことが多かったし。そして、やはり映画音楽に携わったことは、ミュージシャンとしての僕に大きな影響を与えているね。

僕にとって意味がある曲で、
ファンにとってもそうだから歌い続けるよ

??アルバムのタイトル・トラック「Lost Domain」は、アルバムの他の曲に比べ、ある意味異色ですよね。

ティム：うん。ストーリーの中核は、父で、彼の死が僕の人生にどのような影響を与えたかについて。とても悲しかったから内向きになって、一人で時間を過ごすことが多くなっていた頃の話なんだけど、曲自体はアップビートなポップ・ソングみたいで（笑）。スティーヴ・ウィンウッドの「青空のヴァレリー」にもちょっとインスパイアされているんだ。でも、最後の方に書いた曲でもあるから、少し元気になってきていた自分の心境も投影しているのかもしれない。紛らわしいんだけれど、曲とアルバム・タイトルの意味はまったく違うんだよね。アルバム・タイトルの方は、『The Lost Domain』（アラン= フルニエの『グラン・モーヌ』）というフランスの小説に由来している。主人公の少年が不思議な屋敷に紛れ込み、彼らの豪華な暮らしぶりに惹かれるんだけど、そこから一度去ってしまい、ずっと戻れない場所を忘れられずにいるという話。僕にとって、父と過ごした日々と繋がる部分―そばにいるんだけれど、父自身はまるで幻想の中で生きているような状態、に似ていると思ったんだ。

??20年以上音楽を作り続けていますが、曲作りにおいて時に壁にぶち当たることはありましたか？それとも、ある意味習慣のようになっている？

ティム：１つのプロジェクトが終わると、全てのアイディアを使い切ってしまうから、しばらく曲を書かないんだ。また書き始める時には、「また出来るかな？」、「どうやって始めよう？」って常に葛藤なんだ。でも書くことに関して言えるのは、やり続ければ次第に簡単になってくるし、何かしら書くことからインスピレーションは生まれてくるものなんだ。一番やってはいけないことは、インスピレーションが生まれるのを待つことだね。最初は無理矢理でもいいから書いてみて、書き始めたらきっと何か生まれてくるはずだから。さっき話した20曲チャレンジも1つの方法だと思うし。これまで、プロジェクトに関わらずアルバムを作り始める前は、必ず少しパニックってた。アッシュの『A-Z』シリーズをやったのもそれがきっかけだったんだ。1年間で26曲のシングルをリリースするには、頻繁に曲作りを行い、練習して、レコーディングしなければならない。ルーチン化することで、上達するのは間違いないから。

??なるほど。ティーンの頃に書いた曲を、今も歌い続けるのには抵抗はありますか？

ティム：う～ん、どうかな。若い頃についての曲は、その当時からノスタルジックだったような気がするんだよね。10代後半に書いた曲ではあるけど、「Oh Yeah」とか「Girl From Mars」とか内容はそれ以前に遡っているものが多いから。その当時からすでに昔を振り返っていたから、今でも曲に対しての想いは、あまり変わってないような気がするね。それに演奏し始めると、体が勝手に反応して、15歳だった頃のパワーが自然と蘇るんだ。それに曲を演奏した時の観客のリアクションも素晴らしいから、演奏することによって僕らもエネルギーを貰ってるような気がする。とは言え、その頃に書いた曲でクソみたいなものもあるから、それらはもう一生演奏しないと思う（笑）。でも今でも良さが失われていない曲もあるし、僕にとって意味がある曲で、ファンにとってもそうだから歌い続けるよ。

??既にアッシュの新作に着手していると話していましたが、ソロ・アルバムのツアーは行うのですか？

ティム：10月か11月には、UKツアーをやろうと思っていて、可能であれば日本にも来たいと思っているよ。アッシュのアルバムは来年出せたらいいかな。