2020/06/29 18:00
ローラ・リー(ベース)、マーク・スピア(ギター)、ドナルド・レイ“DJ”ジョンソン・ジュニア(ドラムス)の3人による米テキサス州ヒューストン出身の音楽トリオ=クルアンビン。昨年3月の来日公演(東京・大阪)は大盛況をおさめ、夏に開催された【FUJI ROCK FESTIVAL '19】にも出演、さらに多くのファンを獲得。同フェス出演を記念した企画盤『全てが君に微笑む』も話題を呼び、日本のみならず、世界中のオタクたちを夢中にさせた。
過去に発表した作品も、ニッチゆえにドハマリしてしまうマニアが続出。デビュー・アルバム『The Universe Smiles Upon You』(2015年)は60年代のタイ・ファンクに、2ndアルバム『Con Todo El Mundo』(2018年)は、スペインや中東系の音楽にインスピレーションを受けて作られたそうで、いずれも玄人向けの怪作として絶賛されている。
本作『Mordechai(モルデカイ)』は、その『Con Todo El Mundo』から2年半ぶり、3枚目となるスタジオ・アルバム。フェチが飛びつきそうな、マニアックなサウンドは相も変わらずだが、前2作との違いといえば、インストゥルメンタルではなくボーカルを際立たせた曲を主としていること。音でいえば、ネオソウル~ヒップホップ・フォロワー向けの、ブラック・ミュージック路線も増えた印象も。
本作もまた、冒頭の「First Class」から(良い意味で)魂を奪われたような衝撃を受ける。LP世代のDJが堀りあさっていたような70年代風ジャズ・ファンクに、残響音の広がるボーカルと低音域の深みが加わる。若干病的ではあるが、いつまでもこの浮遊感漂うグルーヴに浸っていたくなる中毒性に、アルバムの期待値が高まる。
2曲目の「Time (You and I)」は、4月にリリースしたアルバムからの1stシングル。この曲もまた、アナログ盤が高値で売られていた、70'sレア・グルーヴ(エスター・ウィリアムズあたり?)っぽい味わいがある。メロディアスな旋律とディスコっぽいサウンド・プロダクションが、マニア以外の層も引き込み、米ビルボード・ロック・ソング・チャートではグループ初のランクイン(45位)を果たした。人生における、限られた時間の哲学みたいなことを歌っている歌詞もいいし、VHSを複製したようなミュージック・ビデオもお洒落。
ローラとマークの意味深な囁き合いからはじまる「Connaissais de Face」には、前2曲とはまた違った、60年代以前のカントリーやソウル・クラシックのような懐かしさがある。一転、4曲目の「Father Bird, Mother Bird」は、エキゾチックな旋律のギター・ソロが光る、彼等の代名詞でもあるアジア流ファンク。ジャム・バンドらしさを強調したインストゥルメンタルは、豪華で精巧。そこから、スタイリッシュなムードを醸す「If There is No Question」へ。宙を舞うほどに軽いボーカルと、フレンチ・ジャズのようなライト感覚、唯一無二の演奏技術は、クルアンビンにしか出来ない業。
3rdシングルとして先行発売された「Pelota」は、マイナー・コードにスペイン語の歌詞と滑らかなギターを乗せた、伝統的なラテン・ミュージック。ラテン・ミュージックといったものの、ジャンルを特定にできない曖昧さと、シンプルだが記憶に残るメロディ・ラインがこの曲の長所でもある。メディアも特に絶賛したのは、納得も納得。
そこからスローダウンして始まる「One to Remember」は、マークの独創的なギター・プレイを主としたチル・ミュージック。レゲエやアフリカンっぽいテイストもあり、ワールド・ミュージック通がどハマリしそうな曲。ほぼインストだが、遠くでかすかに響くコーラスもアクセントになっている。次曲「Dearest Alfred」も、リラックス度数高めのミディアムで、ゆるいグルーヴと御経を唱えるようなボーカルが、どこか中近東の妖しげな雰囲気を醸す。
2ndシングルとしてリリースした「So We Won’t Forget」も、高い人気を博した傑作。柔らかい旋律と、ヴィンテージ感あるレトロ・ファンクが非常に心地よく、「First Class」とはまた違った、穏やかな空気感に身を任せたくなる中毒性がある。サーフ・ロックやフュージョン等、様々な捉え方ができそうなサウンドは、シンプルだが記憶に残る。同曲のミュージック・ビデオは、日本の栃木県で撮影されらものだそうで、制作にはナイキのCMで知られる広告会社ワイデン+ケネディ・トウキョウのスコット・ダンゲートがクレジットされている。最後は、彼等のお得意とするアジアン・テイストのサイケデリック「Shida」でシメる。
曲は凄く細かく作られているし、演奏技術、ボーカルワーク、そしてアート&ビジュアルも申し分なく、絶賛せざるを得ない完成度と説得力があった。意図的にポップ・マーケットに媚び売ろうともせず、独自のスタイルを貫いているあたりも好感がもてる。40分ちょっとと決してボリュームがあるワケではないが、異国での出来事をひと通り体験してきたような、そんな充実感にも浸れるアルバム。
なお、クルアンビンとはタイ語で飛行機を意味するのだそう。
Text: 本家 一成
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