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2018/09/25

オラフソンのバッハ 驚異の才能が織りなす万華鏡的世界(Album Review)

 最初の『前奏曲とフゲッタBWV902』の前奏曲、第一音が鳴ったその瞬間、背筋に戦慄にも似た電流が走る。なんと暖かな光に満ちた、しかしそれでいて澄んだ音色。なんと見事に分離した透徹したタッチの持ち主なのだろうか。これはもしかしてすごいディスクなのではないか。そんな電撃的な予感は、精密といえば精密に過ぎるほど揺るぎない、正確無比なリズム感、一切の虚飾を排してテクストを洗い清めたような真摯なるアプローチ、それでいて爆発的な推進力にも事欠かない音楽につき従うにつれ、もはや疑いようのない確信へと変わってゆく。

 アイスランド生まれの新進ピアニスト、ヴィキングル・オラフソン、この耳慣れない名前を覚えるためには、1曲、ただ1曲でいい、彼の演奏を耳にするだけで事足りる。それほど、彼の演奏には比類なき才能が刻印されている。デビュー盤のフィリップ・グラス盤でその才能に魅了された筆者だが、この2枚目となるバッハ盤は、DGが発見した新たなる才能がどれほど得難いものであるか、骨の髄まで思い知らせてくれる。

 オラフソン最大の特徴は、冴え冴えとした技巧に裏付けされたタッチ技術が生み出す多彩な響きにある。ベースにあるのは硬質の澄んだタッチだが、ほの暖かい柔らかなピアニシッシモにおいても、柔弱に溺れぬまま、音には一本芯が通っている。こういうタッチの持ち主は、本当に得難い。

 オラフソンには、そんな硬軟だけにはとどまらない広大な音色レジスターがあり、微細な明暗の襞を丹念に彩ることが出来るし、そのコントロール技術も、既に極めて高いレヴェルにある。1990年代初頭、やはりタッチ技術が並外れていたレイフ・オヴェ・アンスネスの演奏にはじめて触れた時の、あの驚嘆と同じ感興を覚えずにはいられない。

 複数の声部をいったんバラバラに分解したあとで、その各レイヤーをあたかも聴き手の眼前で重ねてみせるかのような、ポリフォニーの描き分けの凄まじい巧みさは、もはや魔術を見せられているかのよう。これは、ハルモニア・ムンディから、やはり驚嘆すべきバッハ録音でメジャーデビューを果たした、ピョートル・アンデルシェフスキを思い起こさせる。

 自分が弾いている、ピアノという黒い物体から出てくる響きに執拗に耳を傾けつづけるメタ認知的な集中力、これがピアノという楽器を緻密に操る音色の魔術師たちに共通する特徴である。オラフソンの集中力は、およそ常人のそれでは、ない。

 テクニカルなパッセージで炸裂する、胸のすくような爽快感と疾駆感からは、高い技巧のほどを確かめられよう。重い和音の荘重さと軽やかな飛翔のコントラストは実に鮮烈。オルガンソナタ第4番第2楽書における、沈鬱なる思索の道のりは胸締め付ける哀しみを抉りだし、4声のフーガであるカンタータ54番では、折り重なる旋律それぞれが輝きを放っている。あるいは、エミール・ギレリスのアイコン的なアンコールピースだった、ジロティ編の前奏曲とフーガBWV855aの、なんと静謐なることか。

 この1枚を聴き終えたとき、若きシューマンがショパンを見出し、興奮して自らが主宰する音楽雑誌に書きつけた言葉を脳裏に思い浮かべずにはいられない。いま、彼のひそみに倣って、その言葉を叫ぶときがきた。「諸君、天才だ、帽子を取れ!」、と。Text:川田朔也

◎リリース情報『バッハ・カレイドスコープ』
2018/9/12 RELEASE
UCCG-1812 3,024円(tax in.)

 

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