2018/04/01
小林愛実は、輝ける天才少女として、弱冠14歳にして華々しくデビューを飾った。2枚のCDを東芝EMIに刻み、国内はもとよりカーネギーホールで公演を行うなど、その活躍ぶりは目覚ましかったが、彼女もいまや20歳を超えた。このアルバムは、2枚目のアルバムから6年ぶりとなる、インターナショナル・デビュー盤である。
収録曲はショパンの第2ソナタと、リストの『巡礼の年第2年』より第4曲から第7曲、すなわち3つのペトラルカのソネットと『ダンテを読んで』、それにアンコール・ピースとして『愛の夢』第3番を加えた、いずれ劣らぬ王道中の王道レパートリーである。
このディスクでは、持ち前の粒立ちのいいクリスタルのような音色の威力が遺憾なく発揮されている。高音の燦めきといい低音の重さといい申し分なく、彼女が自分の「声」をしっかりと持った奏者であることを印象づける。それはなにも今に始まったことではないのだが。
淀みなく進む音楽は清新で、一気呵成に突っ走ることは一切ない。むしろテンポ取りは全曲を通じて若干遅めで、じっくりと歌い込むスタイルだ。ショパン第1楽章展開部では左手のリズムを少々前のめりにしてひっかかりをつくって印象づける。こうして伴奏部の特徴的リズムとそこに現れる音型を丁寧に浮き彫りにしようとするのも彼女の特徴の一つだ。再現部は提示部よりも秘やかに音楽を紡ぐ。声をひそめる特徴は第2楽章スケルツォでも変わりないし、ゆっくりと進む第3楽章の葬送行進曲にはこれみよがしな慟哭ではなく静謐感がある。一陣の嵐のように弾かれることの多い第4楽章も、その静けさと見通しのよさに驚かされる。手のサイズの問題だろう、アルペッジョでの弾き崩しは随所にあるが、違和感はない。
ショパンとはだいぶ毛色が異なるものの深い音楽性が試されるリストの演奏では、ファンタジーにも溢れる音楽を聴かせる。比較的平易なペトラルカのソネット第47番と123番は、なによりも歌を大切にする小林の音楽とよくマッチしている。
第104番で超絶技巧を要するパッセージを易々と弾き切るテクニックは端倪すべからざるもの。抒情的で瞑想的なパッセージとテクニカルなパッセージとのコントラストをどぎつくつけてどこかを遊離させることもない。そのどちらをを包摂した一続きの連続体として、全曲を見渡す大局的で精緻な演奏だ。
規模の大きな『ダンテ・ソナタ』でも、額面通りに長く深くペダルを踏み込んでしまえばおどろおどろしい音の厚みと混濁した響きが支配するところを、モダンピアノの性能と特性を鑑みて頻繁に踏みかえ、可能な限りすべての音を響かせている。かくして、いずれの曲でも外向的な派手さに引き摺られることなく、端正で誠実な演奏を展開している。Text:川田朔也
◎リリース情報
小林愛実『ニュー・ステージ~リスト&ショパンを弾く』
WPCS-13760 3,024円(tax in.)
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