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2018/02/20

ジュリア・フォーダムのフェミニズム溢れるグレイスフルなステージ。理性の隙間からこぼれ落ちる情感に心解きほどかれる厳冬の夜

 気品に満ちた旋律。情感溢れる歌声。そして洗練されたアフリカン・リズム――。

 会場に足を運んだ誰もが、1988年にリリースされたこの曲を、この空間で聴きたかったに違いない――「Happy Ever After」。30年を経て“クラシック”になったこのナンバーは、爽やかさとシックな雰囲気を湛えた美しいポップ・ソング。だが、その歌詞に込められたメッセージにまで想いを馳せる人はあまり多くないかもしれない。リリース当時、世界の情勢をつぶさに見つめ、時代の空気を敏感に察知して、人種隔離政策=アパルトヘイトを強行していた南アフリカ共和国に“No”を表明したこの曲は、「私が笑顔を使い切ってしまった理由を訊ねないで欲しい。涙でいっぱいなのは幸せではないから…」という語り口で始まるレベル・ミュージック。決して声高ではないが、しっかりとした意思と主張が滲む言葉と音のフェミニンな佇まいは、時代を超えるクオリティを備えていたのだろう。

 その他にも、ミニー・リパートンのオリジナルとはまったく異なる「Loving You」のカヴァーや、透明で美しい「Mysterious Ways」など、記憶に残る楽曲を幾つも届けてくれたジュリア・フォーダム。彼女がジャジィでグレイスフルなサウンドをバックに、心が解きほどかれていくような空気を湛えたライブを披露してくれた。

 4人のバンドによるシンプルに整えられた音。アコースティックに研ぎ澄まされた響きは、リリカルなメロディを際立たせる。ジュリアの声が深い余韻を残す空間を与えた演奏は、例えばマイルズ・デイヴィスのバックで“行間”を感じさせる音を奏でていたビル・エヴァンスに通じる“引き算”のサウンドのよう。きっちり練り上げられたエレガントな音に、ややハスキーな彼女の声がしっとり馴染んでいく。また、数は少ないが、身体に響くビートが会場を心地好く揺らすシーンも。過剰な演出とは対極にあるオーガニックなアプローチは、聴き手の意識をナチュラルに覚醒させていくようなアトモスフィアを醸成する。

 しかし、今回のライブは、決して20世紀の彼女のパフォーマンスをリピートしたものではない。今日までキャリアを積み重ねてきたからこその深みが随所に感じられる、ジュリアの知性と情感がバランスよく表出されたステージになっているのだ。ノーブルな理性の隙間からこぼれ落ちるエモーションは、デビュー以来、ジュリアがずっとこだわり、追求してきた表現スタイル。「Happy Ever After」に代表される、自立した意思が滲む歌と音が敷き詰められているのだ。その洗練と情感の表出は鮮やか。彼女の持ち味であるフェミニズム溢れる優しさと穏やかさが会場の隅々まで染み渡っていく。

 ときには軽やかなサウンドに身を任せながら、陽性な感情を露にする瞬間も。また、予想以上にエモーショナルに歌い上げるブルージーな場面も。爽やかな笑顔だけでなく、陰影のあるさまざまな表情を見せるジュリアの歌に、観客は自然とのめり込んでいく。誰もがくつろいだ気分で、彼女の世界に入り込んでいくことができるのだ。まるで1人ひとりの心の襞をやさしく撫でていくような繊細な歌声。

 これまで、最新のライブ盤やジャズ・アレンジを施したカヴァー・アルバム、ベスト盤やリミックス集を含めると17の作品をリリースしているジュリア・フォーダム。そのふくよかなキャリアと幅広い表現力が、今宵のライブでは遺憾なく発揮されていた。表面的には淡い印象を抱かせることが多い彼女だが、その歌の核には骨太な意思と豊かな音楽要素が隙間なく詰まっている。そんな、毅然とした意識と研ぎ澄まされた感性によって歌われる“大人のポップ・ソング”の数々はとてもラグジュアリー。この夜、僕はそれをたっぷり聴き、心から堪能した。

 21世紀最新型のフェミニンでシックなジュリアのステージは、21日に大阪でも体験することができる。巷に溢れるバブルガム・ポップスとは肌ざわりの異なるインテリジェンス溢れる彼女の歌を身体の奥に響かせて、ストレスフルな日常の中で萎え気味な感性に栄養を与えて欲しい。忙しい日々を軽やかに闊歩していくためにも――。


◎公演情報
【ジュリア・フォーダム】
2018年2月19日(月)※終了
ビルボードライブ東京

2018年2月21日(水)
ビルボードライブ大阪

Photo: Yuma Totsuka

TEXT:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。暦の上では「雨水」を迎えたものの、まだまだ寒さが続く2月。でも、料理には早くも春の食材が。季節を先取りした野菜と合わせたいのがフランス・ブルゴーニュ北部にある新しいアペラシオン=サン・ブリのソーヴィニヨン・ブラン。キンメリジャンで有名なシャブリの近くに位置する地区だけに、ミネラルが豊富な土壌で育ったブドウはふくよかさとコクを育み、持ち前のハーバルなアロマと共に立体的な味わいの白ワインを造り出している。シャブリのシャルドネ同様、生牡蠣にもフィットするし、ロワールのサンセールのように山羊のチーズと合わせるのもグッド。でも、まずは日本の山菜や春野菜と味わってみるのがオススメ。ひと足先に“早春”を体感してみて。

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