2017/07/07
音楽プロデューサーであり、『上を向いて歩こう』や『「黄昏のビギン」』の著者である佐藤剛氏が、文藝春秋より『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」』を発売し、良書として話題となっている。
2012年の紅白歌合戦。そこには真っ黒の髪で真っ黒な衣装に身を包み、男性的な佇まいで歌う美輪明宏の姿があった。「愛の讃歌」をはじめ数多くの名曲で知られる美輪だが、その日披露されたのは「ヨイトマケの唄」。放送禁止歌だったこの歌の存在や、大晦日の慌しさを一瞬で鎮めた圧倒的な歌唱力と表現力に、とにかく度肝を抜かれた人たちはたくさんいるんじゃないだろうか。
この本では、美輪明宏に改名する以前の丸山明宏が物語の軸となり、『銀巴里』時代からの三島由紀夫との強い絆、中村八大との運命とも呼べる出会い、『黒蜥蜴』での役者としての才能の開花、それに明宏が特別な想いで接した人物との別離についてまでもが細かく紐解かれている。当書で描かれるのは、稀代の表現者・美輪明宏と、昭和という時代の先端を互いに触発し合いながら“芸術”や“文学”、あるいは“芸能”の世界を切り開いていく天才たちの邂逅だ。
中でも筆者にとって印象的だったのは、明宏が中村八大とのリサイタルを開催した際の三島の言葉だ。「私はその歌や舞台姿に、実に様々な要素が結びついては離れ、離れては結びつくのを愉しんだ。…(中略)すべてのものが渾然として、それがおのづから、歌詞にも、曲にも、容姿にも、存分に盛り込まれ、このごった煮の中から、東京に出てきた田舎少年の、一本気な哀切な抒情が、目を損なわれずに、伸び立っている。」三島のようにここまで人物の本質を的確に捉えられること、そして明宏のように自身の本質をステージの上で完璧に表現できることなど、中々あることではない。筆者はリアルタイムで昭和を生きてはいないため、書かれている言葉や出来事にカルチャーショックとも呼べる衝撃を覚え、ここに登場する人物たちが持つ表現への純真な気持ちが、今もなお色褪せずに時代の輝きを放っていることを改めて感じさせられた。
現代に生きる私たちは、目の前の人やものを自分の目で見つめているだろうか。インターネットやメディアの情報を見て、そこだけで推し測ってはいないだろうか。ここに出てくる“天才”たちは、純真に前を見つめ自分のものさしを作り、そこから新しい景色と時代を拓いていった。激動の時代に、今も歌い継がれる名曲や芸術が、どのように誕生したかが手に取るようにわかるこの好著を、昭和を知らない読者こそ、是非手に取ってほしい。
text:神人 未稀
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