2017/07/01
灯りが落ちると、いきなりギター・ソロが鳴り響く。フィルが弾く『ダイアモンド・ヘッド』からのナンバー。それに急かされるかのようにメンバーが定位置に着き、イン・テンポになると空間的でロマンティックな響きが会場を包み込んでいく。そして流麗なリズム・カッティングとクールなエモーションに包まれたメロディライン――。涼しげなギター・フレイズと緻密に使い分けられた音色によって空気が着実に変わっていくのがわかる。まるで音のタペストリー。スタイリッシュな演出でライブはスタートした。
グラムとプログレッシヴとジャズとカンタベリーの結節点に光るユニークなアーティスト=フィル・マンザネラが待望のバンド・スタイルでのライブを披露してくれた。ときに牧歌的で抒情的、その次の瞬間には空間的かつモダンに響くサウンドは、多彩な音楽が彼の身体の中で熟成し、見事な化学変化を起こしているから。その味わいはビッグ・ヴィンテージのブルゴーニュ・ワインのように芳醇で複雑だ。
英国人ながら、母親の出自の影響で幼少時代をキューバやベネズエラで過ごしたフィル。彼が音楽シーンに登場したのはロキシー・ミュージックのギタリストとしてだが、その個性的な音楽性はグループの成熟と共にスポットが当たるように。特にロキシーの活動が停滞していた時期に始動させたソロ活動やクワイエット・サン、801といったユニットでの足跡が高く評価され、独自の音楽センスとアプローチが輝きを増していったフィル。近年はピンク・フロイドへの楽曲提供を筆頭に、数々のプロデュース・ワークで注目を集めている。
今回のステージでは、ロキシー・ミュージックでクリエイトしたナンバーはもちろん、70年代半ばからアピールし始めたオリジナリティ溢れるミュージック・キャリアの中でもひときわ鮮烈な印象を与えたクワイエット・サンや801の楽曲も演奏され、まさに貴重なステージになった。
前半は「モア・ザン・ディス」などロキシー・ミュージックのヒット・ナンバーを散りばめながら、「アウト・オブ・ザ・ブルー」や「イン・エヴリ・ドリーム・ホーム・ア・ハートエイク」といった曲に独特のグラム感覚を滲ませながら、都会のダークネスを切り取ったかのような妖術的な空気を充満させていく。金切り声を上げるかのように捻じれていくギターと、夜の闇をまさぐるようなサックスの響き。それは生の理不尽さを抱えた、夜の徘徊者の蠢きのように不気味だ。曲ごとに異なるムードを描き出し、会場を都市の路地裏や地下室に変えてしまう表現力。フィルのアーティストとしての奥行きを感じさせる瞬間が矢継ぎ早にやってくる。
後半にはフィルの出自を想起させるような、さまざまなテイストのナンバーが奏でられ、多様な音楽性が重なり合った、彼の独自性が全開に。しかし、そのヴァリエーションは、フィルの美意識によって筋の通ったものに束ねられ、どれもが必然性を帯びている。そんなステージ展開に、観客はすっかり釘付けになって彼の一挙手一投足を追っている。時間経過とともに、じんわりと染み渡ってきたエクスペリメンタルなサウンドは、聴き手を「現実」から切り離し、茫漠とした音の波間に漂う「漂泊者」に変えていく。
終盤はエスニックな肌ざわりとプログレッシヴなテクスチャーのブレンドが聴きどころに。比較的ポップな曲も散りばめながら、随所にフィルの先進性が感じ取れるモダンな展開になった。女性ヴォーカルを含む6人のメンバーが繰り出すサウンドは予想以上にフレンドリーで、観客との距離をグッと縮めていく。明快なメロディが気分を沸き立たせ、近年の彼の音楽に染み込んでいる楽観的な明るさが前面に出た、ポジティヴなサウンドが畳み掛けるように迫ってくる。自信に満ちた迷いのないその姿勢に、70年代から彼が積み重ねてきたブリティッシュ・ロックのキャリアに対する確信が滲んでいた。
先鋭的でありながら親しみ深い音楽性――それは英国伝統の牧歌的で抒情的な空気と、時代を斬新に切り取った“エッジ”の共存と言っても差し支えないだろう。フィルの中に両立するアンビヴァレンスな音楽ファクター。僕はステージを見つめながら、それが彼のオリジナリティを支えているのだと感じた。ハイライトの「レッツ・スティック・トゥゲザー」では、曲が持つキャンプな個性を最大限に広げ、ルキノ・ヴィスコンティの映画にも似たゴージャスで退廃的、そして虚無的な世界観が全開になった。
そして、アンコールは、まさかのキューバ・クラシックを打ち込みを噛ませたエキゾティックなリズムに乗せて、濃密なエモーションと共に発散させた。ラテン・ルーツを垣間見せたフィルの、コロニアルなセンスが粋に感じられた瞬間だった。
まさにワン&オンリーの個性を発揮したフィル・マンザネラのステージは、東京で今日(1日)と2日に、大阪では4日に体験するチャンスがある。ブリティッシュ・ロックの抒情性とエッジを感じさせるハイブリッドなサウンドに、あなたの身を任せてみてはどうだろう。きっとワイン銘醸地のテロワールにも似た、豊かで新鮮な音楽に心沸き立つに違いない。ぜひ、お試しを!
◎フィル・マンザネラ公演情報
ビルボードライブ東京 2017年6月30日(金)~7月2日(日)
詳細:https://goo.gl/TFnrFy
ビルボードライブ大阪 2017年7月4日(火)
詳細:https://goo.gl/GM2X4r
Photo:Masanori Naruse
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。沖縄ではすでに真夏の陽射しが照り付け、全国的に梅雨明けは秒読みの段階。これから暑さを凌ぐワインは必須ですが、今年は南アフリカのワインはいかが? 最近まで「スティーン」と呼ばれていたシュナンブランによる白ワインは、コクと爽やかさが両立した“奇跡的な美味しさ”が堪能できる、まさにトレンドの味わい。果実味と酸味のバランスが絶妙で、清涼飲料水としても食事のパートナーとしても、この季節には頼もしい存在です!
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