2017/05/08
カナダの女性シンガーソングライター、ファイストが、前作『メタルズ』(2011年)から実に5年半ぶりとなる久々のニューアルバム『プレジャー』をリリースした。“喜び”という作品タイトルとは裏腹に、その歌とサウンドには悲しげで痛ましい、極めて豊かな思考と感情の表現が刻まれている。
1990年代前半からカルガリーで音楽の道を歩み始めたファイストは、1999年のアルバムでインディー・デビューを果たすのと並行して、トロントのバンド、ブロークン・ソーシャル・シーンに参加し、またピアニストのチリー・ゴンザレス(ジェイムス・ブレイクによるカヴァーも有名な「Limit to the Sky」はファイストとゴンザレスの共作曲)と共演するなど、さまざまなプロジェクトに携わってきた。2007年のシングル「1234」は、iPod nanoのCMに使用され広く認知されることになる。
これまで、フォーキーなギター・プレイを中心に素朴で美しい歌の数々を紡いできたファイストのソロ作品だが、新作『プレジャー』では演奏のタッチと渾身のソングライティングによって大きな変貌を遂げている。ギターのリフは乾いてささくれ立つような響きとなり、彼女の透明感のある歌声の裏側に潜む感情の濃い色彩を引き立てている。リード曲「Pleasure」は夢想と創造性の翼を広げる歌心が込められてはいるが、決して軽やかではなくシリアスなトーンを持つ、奥ゆかしいナンバーになった。
「I Wish I Didn’t Miss You」で立ち上る孤独感と疎外感、そして儚さが切々と伝えられる旋律の「Lost Dreams」など、このアルバムでは“喜び”から程遠く感じられるような、重い現実を綴ったテーマの歌が次々に溢れ出してくる。中でも印象深いのは、《人は歌ではない/歌とは約束のこと/人が歌と等しいものであったなら/歌はなぜ私たちの上に成り立つことができるの》と歌われる「A Man is Not His Song」だろう。ここでファイストは、シリアスな現実に救済をもたらす音楽のメカニズムに迫り、辛く苦しいはずの日々における“喜び”とは何なのか、という表題曲のテーマにひとつの解答を示している。
また、ソリッドかつパンキッシュなアート・ロックで孤高の生き様を刻みつける「Century」では、ゲストとしてジャーヴィス・コッカーが参加。半永久的に続くかのような暗澹とした視界に寄り添う、いぶし銀のスポークンワードを吹き込んでいる。痛みを抱え、感情の深部に踏み込み、表現をよりふくよかなものに刷新することで、音楽による具体的な救済の力を明らかにした素晴らしいアルバムだ。(Text: 小池宏和)
◎リリース情報
アルバム『プレジャー』
2017/04/28 RELEASE
オープン・プライス
関連記事
最新News
関連商品
アクセスランキング
インタビュー・タイムマシン
注目の画像